母の左視床膠芽腫
ご訪問ありがとうございます。
大好きなトフィは、2022年12月12日に永眠しました。可愛がってくださった皆さま、ありがとうございました。

2023年12月末には、母が病気であることが分かりました。年末から年始にかけて様々なことを考え、現在も様々なことに悩み、家族と相談したり、友人に支えられながら、前を向いて母を支援していきたいと思っています。

10万人に1人と言われる珍しい病気のため、闘病の記録がいつか誰かの役に立つことがあるかもしれないと思い、ここに残したいと思いました。何より、毎日、治療を頑張る母を応援したく、日々のことを忘れたくありません。

このブログを開くとトフィとの思い出が蘇り、悲しみが癒されます。タイトルとは関係のない内容のブログで、ご了承ください。
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~道~

兄からの着信で電話に出ると・・

 

施設の方から連絡があり、

 

母が亡くなったと・・

 

前の週に帰省した時に母が見せてくれた大きなうなずきが、

 

がんばるんだよ、という声に聞こえたこと、

 

それは最後のコミュニケーションのように感じたこと、

 

覚悟はしていたけれど、

 

その知らせは本当に悲しくて、気づいた時には泣きながら話していました。

 

悪寒がして横になっていた私は、

 

母の苦しさを和らげるためだったのかもしれない、と不思議な感覚になりました。

 

施設の看護師さんから連絡を受けてかけつけた父からは、母は苦しくなさそうだった、と後に聞きましたが、

 

ドラマで観たり聞いたりするような出来事が自分の身に起こり、

 

本当にこういうことってあるんだ、と・・

 

母が最期ずっと目を閉じていて、苦しくなさそうに眠っていたということがせめてもの救いのように思いました。

 

病気であることが分かってからまだ一年も経たず、

 

昨年の今頃はまさか母が病気を患うなんて思ってもいませんでした。

 

電話をすると特に変わった様子もなくて、

 

携帯を持っていなかった母なので家に電話をすると必ず母が出てくれて。

 

余命は半年ということもある、と術後に知らされていた期間よりもずっと長く生きてくれたように感じていて、

 

病気が分かってから一年も経っていないなんて思えないくらいとても濃い日々で、

 

家族や親戚との絆も深まりました。

 

私の中に母がいて、

 

へその緒でつながっていたんじゃないかと思うような不思議な出来事も体験して・・

 

そしてこれからも、

 

私の中には母がいてくれるような気がしています。

 

 

 

 

叔母たちの最後の面会

母の姉たちが面会に来てくれた日の夕方、

 

父からメールが届きました。

 

一時間くらい面会して来て、

 

声をかけても目は開かなかったこと、

 

看護師さんが来て叔母たちの質問に答えてくれていたこと、

 

これからは段々と目をつむる時間が長くなっていくと思われることなど説明を受けたこと・・

 

こんな風な経過を辿ることは分かってはいたけれど、

 

実際にそうなってみるととてもショックは大きくて・・

 

ただこの日は叔母たちが無事に面会できたことにはほっとしました。

 

ちょうど父からメールが届いた頃、

 

私は珍しく寒気がして、発熱でもしそうな予感がして、

 

とにかく寒くて寒くて風邪でもひいてしまったような感覚になり横になっていました。

 

そして夜も早めに就寝しようと横になっていた時、

 

兄から着信がありました。

 

 

10月に入って。

その週の土曜日は母の姉2人が面会に来てくれることになっていました。

 

母がまだ目を開けているうちに会いたい、

 

と急遽これから帰省することにした、と兄から木曜日に連絡がありました。

 

私が次の帰省の予定を立てていたのは10月の連休。

 

その頃にはもうコミュニケーションはとれないかもしれないという思いはあったけれど、

 

まだ目が合ったりできたらいいなという希望もありました。

 

例え目は開かなくても耳は最後まで聞こえる、と言われているように、

 

その言葉を信じて、

 

会えた日には話しかけたいと思っていました。

 

兄が面会に行った木曜日はちょうど入浴した後だったようで、

 

その影響もあるのか、

 

面会中はずっと眠っていて、

 

酸素マスクは外れていて、

 

すやすや眠っていて全く苦しくなさそう、と。

 

長袖のパジャマに衣替えもして。

 

訪問診療が週に1回に変更になっていたそう。

 

安全が確認できたら、また食事もできる可能性もあると看護師さんが言っていたようでした。

 

その次の日も兄は面会に行きましたが、

 

午前も午後もずっと寝ていたよう。

 

でも朝看護師さんが部屋を訪問した時は

 

「おはようございます」、と言っていたみたいで、

 

そのことを聞いた時はとても嬉しく思いました。

 

母は眠っていたかもしれないけれど、

 

兄が部屋に来てくれていたことは分かっていて、

 

きっと安心して眠っていたのだと、

 

そう思いました。

 

兄が送ってくれた写真や動画の中の母は、

 

本当にすやすやと眠っていて、

 

心底安心しました。

 

 

 

 

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