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M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
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まめすけ3,4日前に寝てたら、こむら返りになって、痛かった~。


そしたら、その後、なんかちょっとお小水の出が悪くて、

変な感じ。


そんな違和感持ちながら、ジャ〇コで5時間ダンナ待ちで

いたら、足つっちゃて、またまた痛いよ~。


足痛いけど、ボ~っと待ってるより、この違和感を解消しようと

薬局にいって、薬を購入。


で、一安心。


その場で購入した薬飲んで、またまた安心。


ところが、甘かったの、考えが・・・。


ジャ〇コの5時間は、足つるほど冷えちゃった証。


薬飲んで快適だったのに、家帰ったら、違和感じゃなくて

痛みが出てきて・・・。


薬局の人が、痛みが出たら、内科でいいから抗生剤もらって

飲んでくださいねって言ってたの思い出して・・・。


でも、もう、お医者さんやってる時間じゃないし・・・。


取りあえず、家にあった抗生剤飲んでみた。


痛みが軽減。


お~、いいじゃん。


ナイス、私。


でも、またまた、甘かった。


抗生剤がなくなっちゃった。


家にある抗生剤飲みきっちゃった。


それなのに、完治って感じがしない。


いいところまで、回復したのに。


後一歩なのに・・・。


仕方ないから、今日、お医者さん行って来ました。


最初に尿検査。


「白血球出てますよ~って事は、ばい菌と戦ってるって事。

つまりは、膀胱炎ですね」


って先生。


膀胱炎かぁ~。


膀胱炎に効くお薬があって5日間飲みきって、また尿検査して

ばい菌いるかみて、いないと完治なんですって。


始めての膀胱炎。


辛いし、痛いし、下半身冷やしちゃいけないから冷房NGで暑いし。


ここのところ、ちょっと休みがほしかったのよ、正直なところ。


休みなくいろんな事があって、精神的に疲れちゃって・・・。


1週間から10日休みくださいって、家族に言おうかなって思って

いたところ、この膀胱炎。


実際そんなこと言う勇気ないだろうから、膀胱炎治るまで、休憩。


自分ひとりの休憩気分。


頑張りすぎても誰も助けてくれないなら、手を抜くしかない。


膀胱炎休暇実行中。




初音ミク両親は私に自分達の面倒を看て貰いたかったんだと

思う。


兄夫婦は「ガラスの家族」だから、そっとしておかないと

壊れてしまう、だから口出さないって決めているの


ってよく母が言ってた。


兄夫婦には、母がなにかしてあげても見返りを求めない。


だから、腹も立たない。


私には、見返りを求める。


私が生まれたときから、結婚から子どもの誕生、いろんな場面

で関わってきた全てがきっとポイント制になっていて、なにかして

あげたって母が思った瞬間、スタンプが押されてポイントが貯ま

っていったのかもしてない。


見返りポイントがいっぱいになって、さてこのポイント使おうかって

思ったら、あれまぁ~使えない、長い間かけて貯めてきたのに・・・。


どうにかしてよ、このポイントッ!って、怒りたくもなるよね。


「親子の縁を切るってあんた(私)が言ったんでしょう!」って母の

言葉も怒りの思い。


拒食症の娘より自分達優先してよ、見返りポイントあるんだし

歳もとってるんだからって見返りポイント思い浮かべながら思った

のかもしれない。


「拒食症なんて食べないだけでしょう、世の中には食べたくても食べら

れない子いっぱいいるのに、なに贅沢いってるの」って母。


(食べないんじゃなくて、食べれない病気なのよ)って心の中で私は

思っているけれど、相手は怒ってるから聴く耳もたない。


言っても無駄って思うから、いつしか言わなくなった。


めげずに摂食障害について説明したこともあるんだけど、自分達の

面倒は・・・の不安からなのか、全く理解しようとしない。


ここらへんから両親に対する心は完全に離れていったな。


怒りの感情。


怒りって第二の感情って言われてるよね。


人って第二の感情を表に出して表現していると、他者との心の繋がりは

もてないように思う。


第二の感情の怒りには第一の感情があって、それって大体は「不安、

寂しさ、心配な気持ち」


母も

「今までみたいに家に来れないっていわれると、なんだか寂しいな」


なんて表現してくれたら、ちょっと無理してでも、私、頑張ったのに。







チェロッコ母が顔面マヒにあり、娘が拒食症になった当時。


私は母の家に行って、こんな会話をした。


「私は娘の拒食症が回復するように、私が持ってる

全ての力で支えていきたい。


だから、今までみたいにこの家(実家)に頻繁には来れなく

なっちゃう。


おじいちゃんは(私の父)、おばあちゃんを(私の母)の

顔面マヒがよくなるように支えてあげてほしい」


って私言ったのね、そしたら


「今までみたいに来ないって事は、親子の縁を切るって

ことだよな」


って父。


「分かってくれないから、そう思ってくれてもいいよ」


って私。


摂食障害っていうものを理解しようとしないで、再三私が


私たち夫婦の悪口を娘に言わないでほしいって言っても

分かってもらえない状態の時だったから、私ももうどう思って

くれてもいいや!


って思っていた。


その頃は、どうやって娘に接していいか模索中だったし、私自身

娘の事に加えて、自分達どうにかしてよの親に疲れてもいたしね。


私がもし、娘の子どもが病気になって、娘が子どもの為に

全身全霊でその病気の戦うって言ったら、


「応援するからね」


とか


「助けがいる時には言ってね」


とか


言うと思う。


40年以上母の理想とする娘やってきて、結果、自分の娘を

拒食症にしてしまった私にとっては、なんだこりゃぁ!


って感じ。


世代間の負の連鎖。


それを断ち切らなくっちゃって今日までやってきたけれど

ある人に最近


「あなたが親を選んで生まれてきたのよ」


って言われてね。


それで、考えてるの。


そ~なんだ~私が自らこんな訳わかんない事言う親選んで

生まれてきたのかぁ~。


って事は・・・私の生まれてきた目的はナニ???



親と縁と切ることを乗り越える????


まさかぁ~。


なんだか自分に課された課題が分かんないけれど、取り合えず


自分自ら訳わかんない課題に取り組む為に今のどうしょうもない

親選んだんだって事は、受け入れるわ。



七色先日息子の学校の「合唱祭」に行ってきた。


息子の学校は「自主自律」がモットー。


学校の3大イベント全て生徒が主導で開催する。


なので、今回の「合唱祭」も生徒主導。


毎回各クラスで衣装から合唱のスタイル、工夫を

凝らして、見ている私たちを元気にしてくれる。


2年前始めてこの「合唱祭」見て、感動して涙出ちゃった。


今年度は息子が3年生なので、最後の「合唱祭」


もう見られないのか、寂しいなって思いで参加した。


毎回それなりにトラブルはあるんだけど、今回はちょっと

大きなトラブルが・・・・・。


1年生から3年生まで各クラスの合唱が採点される。


採点結果の時はみんな緊張するし、一番盛り上がる。


ところが最後の採点の一番盛り上がる時にトラブルが・・・。


時間がなくて採点が間に合わなかった。


会場は学校じゃなくて文化ホール借りてるから、時間までに

退出しなければならない。


「合唱祭」役員の生徒達は時間ぎりぎりまで必死に頑張った

けれど、タイムリミットが来てしまった。


舞台の中央で「ごめんなさい」って頭下げる委員長。


会場から、ブーイングの声。


必死に謝る委員長。


どうなるんだろう・・・・って私。


まだ同じクラスに誰がいるもかも分からない4月。


その時からクラスまとめて、みんなで協力して、各クラスなりの

個性発揮できる演目考えて「合唱祭」に望んだんだと思う。


4月から今までの努力思うと、悔しいだろうなぁ~。


特に壇上で頭下げてる委員長、一番悔しいって思ってるのに

その思い押し殺して


「本当にごめんなさい、結果のお楽しみは先に伸びたと思って

ください」


勇気いるよね、若干18歳の子が生徒、先生、保護者の前で謝るって。


謝る委員長に、いつしか


「いいよ、大丈夫だよ!」

「気にすんなよ、大丈夫、大丈夫!」


の声が会場から・・・・。


なんかさぁ~みんなの歌も素晴らしかったけれど、この場面に感動。


自分達が楽しみにしていたことがなくなっちゃったけれど、それを許す心。


これが支え合える仲間なんだよね。


これが学校の素晴しいところなんだなって思った。


帰宅した息子に


「結果でなくて残念だったね」


って言ったら、


「クラスが去年より1クラス多いのに、採点時間一緒だから、間に合わな

ねんじゃないかなって思ってたんだ、やっぱりなって感じだよ」


って息子。


息子でさえ、間に合わないかもって思ったって事は、先生方はもっとわかって

いたと思うのね。


それでも、生徒の「自主自律」信じてやらせてみる。


失敗してもそこから得るもの信じて。


「見守る」ってこと教えてもらった。


次は秋の文化祭。


かつては学校というところを受け入れられなかった娘ふたりもこの文化祭に

行く予定。



Love Bomb命に対する人の考え方ってそれぞれ。


例えば摂食障害で体重が30キロきって、25キロきって、

生命の危険が迫っていたら、どうこの状態を捉えるか。


病院に入院させてベットに手足縛ってまで点滴して栄養

入れて、命を保つのか。


そこまでしなくても・・・・って思うのか。


私はね、無理やり病院に連れて行って点滴してってするなら

子ども抱きしめて、


「一緒に生きていこう」


って言い続ける。


命守るためであっても無理やり強制したら信頼関係はズタズタに

なるじゃない。


人を信じられない人生。


誰一人自分の味方がいない人生。


そんな人生生きてきた人にしか分からない信頼の重要性。


人を信じることが出来たら、信じられる人がいたら、絶対の味方が

いたら、いつも応援してくれる人がいたら、


人って生きていけるって思う。


不器用であっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながらでも、

どうにか自分なりの生き方見つけていける。


人の「死生観」や「命」に対する考え方ってその人の生きてきた

経験とかが大きく影響するように思う。


私は人を信頼できればそれで満足。


親との関係の中で「信頼」を築きたかった。

でもそれは無理なことだった。


だからこそ、子どもとの間には絶対的な信頼関係を築いていこうって

思ったんだろうな。


命に関する考え方で、どれが正解なんてないよね。


生きていれば全てが正解なんだと思う。


でね・・・・今回命に対する考え方で考え方変えた事があってね。


「臓器移植カード」持つことにしたの。


今までは、臓器移植するってどうなの?って思っていたの。


病持ってるご本人やご家族の方には申し訳ない考え方なんだけど。


それって神の領域じゃないのって思っていたのね、臓器移植に関して。


でも、この間6歳の親御さんが臓器提供したでしょう。


あれから、私考え方変わってね。


なんで、今臓器移植可能なこの日本に私が生きているのかって思ったの。


発展途上国なら臓器提供できる、そんな選択できない。


選択できる贅沢な日本に生まれた私。


脳死状態になるか分からないけれど、

私の臓器がリサイクルできるクォリティか分からないけれど、


カード保持者になろうって思っているの。


今までの感謝を込めて、最後のご奉公で臓器提供できたら、

カッコイイよね。