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★なかじま食堂http://pigly.fc2web.com/umaimon/nakajima-syokudou/1.htm
★大原口道標http://www.demachi.jp/sanpo/oharaguchi.html
★金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)①http://www.kurodani.jp/

午前中は洗濯。昼頃出た。まず昼食。御所近く、今出川通りと河原町通り交差点から少し下って一筋目かな寺町通りの方向に右折した狭い通りにある「なかじま食堂」。

店内には大きいテーブルが真ん中にひとつあって寮の食堂のよう。ランチ720円。質、量、良し。

食堂から今出川通りに出ると歩道に一抱えほどもある石碑らしい物件あり。東西南北と大きく文字を掘り込まれてその方角にある有名ドコロの距離を記してある。

これから行こうとする金戒光明寺も「黒谷」とある。あとで調べると「大原口の道標」で、明治初年に据えられたらしい。世の中が騒然としているときに「方向」を示したいと言う心理が働いたものかもしれない。



金戒光明寺はドラマの新選組にも出てきたのではないかな。丸太町通りと岡崎通り交差点近くの路地から入ってくねくねと行ったところだ。こういうところはバイクで行くのが正しいであろう。

門前の道は路地然としていて、大寺とはアンバランス。昔からこうだったのだろうか。石屋があったかな。

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◎器械館というお宿(東山IVY)http://ivy.free-d.jp/

朝から雨だった。しかも一日中らしい。歩いていける河井寛次郎記念館はもう行った。それ以外では豊国神社だ。宿から南方向に300Mくらいだ。

で、一応、傘をさして出たが・・・やめた。リスクが大きい。傘をさして杖ついては障害物競走だ。宿の赤レンガを撮ってもどった。

ちなみに路地側になる入り口の向かいも「トマトゲストハウス」という宿であったのには笑った。ネットでも見たりしてたからだ。相部屋方式で外観は学生寮のような感じだ。2枚目の写真がその入り口付近。

ここで今回の旅行でできなかったことを書いておこう。
1・大阪に行って吉本新喜劇の舞台を見る。
2・神戸、淡路島、四国にツーリング。
3・帰りには奈良見物。さらに伊勢方面をツーリング。

・・・たしかにできなかったが、いくところがなくなったらというか気分で行こうと思ってただけだ。だから次回のおたのしみだね。                (47)

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◎龍源院http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/daitoku-ji.htm

龍源院。名前はすごそうだったけど受付にはオバアチャンがいて、挨拶してくれた。なんだかなあ、ワシのバアチャンを思い出してなあ。気いつかわんといてな。

ここだけは拝観料350円と格安。その分ほかより規模が小さいようだった。気を使ったんだね。他と同じでもいいのにね。なんだかグッと来た。

建物では方丈、附玄関(唐門)が重要文化財だ。方丈の襖絵には文字通り龍が描かれていた。一枝坦(いっしだん)と命名された方丈前庭には樹齢700年の楊貴妃と言う名の山茶花があったらしいが昭和55年に枯れたとある。

オバアチャン元気でね。

一応大徳寺で公開されている塔頭4寺院をすべて拝観できた。

◎今日は光悦寺から始めて源光庵、大徳寺、高桐院、大仙院、瑞峯院、龍源院と、数をこなした。今日はこれで帰る。曇った空から雨粒が落ち始めた。

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◎大仙院・瑞峯院http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/daitoku-ji.htm

高桐院は庭と言っても花こそないが緑のしっとりとしたものだったが、大仙院以下の3つの塔頭は枯山水であった。

大仙院も拝観料400円。だが、内部は撮影禁止。ここは中でグッズも売っていた。もらったパンフには「永正6年(1509年)正法大聖国師が開かれた数ある大徳寺塔頭中でも特に由緒ある名刹・・・」と自慢げな書き方をしている。

撮影禁止が厳重だったりちょっととっつきにくかった。高桐院はなんでもなかったのになあと思った。



瑞峯院。ここも拝観料400円。受付はボーさんらしい人がやっていた。もらったパンフにキリシタン大名大友宗麟が瑞峯院としたとある。どおなっちゃってんの。禅問答?

枯山水に置かれた石が十字型になっている。またまたどおなっちゃってんの。パンフには「感じ良し」と自筆のメモあり。

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◎高桐院http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A1%90%E9%99%A2

大徳寺塔頭の公開している一つ、まずは高桐院。拝観料は400円と安い。

その安いのは、やはりこじんまりとしているせい。だけどその分ある種の親しみやすい雰囲気がある。

入り口のやや長い通路は雑誌でも取り上げられる位の印象深いものだ。これだけのことで「見せる」というのもすごい。

庭も特に花が咲いているわけではないがしばし休息させてくれる。じつに京都らしいイメージ充分であった。

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★ラーメン・天龍http://gourmet.yahoo.co.jp/0006712158/P007486/
★大徳寺http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/index.html

鷹が峰から町なかに入って昼食。大徳寺近く、堀川通りの「天龍」。ラーメン600円。店内やや暗かったけど、もうちょっと明るくした方がいいんじゃないの。余計なお世話だけど。



大徳寺は門が東側の大徳寺通りという、やや狭い道に面している。門前の広い駐車場を横切って門の前の受付に行って拝観料はと聞くと大徳寺としては拝観自由、寺内の公開されてる四つの塔頭については拝観有料という。

えーっ、そうなの、あとでガイドを見たらのってた。ま、無料なら言うことないけど。

一休さんの寺だ。どんどん入って行った。さすがだねえ。臨済宗大徳寺派の大本山。大燈国師の創建。花園上皇、後醍醐天皇の帰依を得て「本朝無双の禅苑」といわれたとある。

拝観自由はいいが、全然「説明」がないのはいかんよ。仏殿には立派な仏像が安置されてたけどなんという仏像かわからんかったよ。あとでさんざん調べたら釈迦如来像らしい。

千利休切腹の因縁の三門、金毛閣もあった。これは例の「国家安康」と同じだね。あとで豊臣自身もやられたんだ。

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◎源光庵http://www17.ocn.ne.jp/~quest/k_genkouan.html

光悦寺に近く源光庵がある。もともとは臨済宗大徳寺徹翁和尚の隠居所という。その後卍山(まんざん)道白禅師という高僧が住持となって曹洞宗の寺になった。

じつは光悦寺に行くまでここを知らなかった。光悦寺から出てきて次はどこに行こうかなと思ってガイドを見たら「血天井」がある寺がここだというので行ってみたのだ。ミーハー(古い?)ですいません。

行ってみたら公開してるし拝観料300円とお手ごろ。早速入った。小さいお寺だ。境内の通路が面白い。光悦寺のデザインを思い出すが、近いからアイデアを頼んだのかねえ。

受付で拝観料を払うと係りのオネーサンがすぐに「血天井は入って左の・・・」と聞かなくても説明してくれた。親切ね。でもワシのようなやじ馬気分が多いってことがわかる。

本堂は普通の大きさ。入ってすぐ天井を見上げた。入り口近くの天井はたしかにシミが大きく広がっていた。単なる雨漏だろうかワカラン。

一応もっとソレらしいところを探して奥のほうに行くとなにか押し当てたような黒茶色の模様のようなものがあった。これかなと思って写真をとった。違ってたらお笑いだ。

もらったパンフでは伏見桃山城の討ち死に三百八十人余りの自刃とある。でもどうしてそれをこんなところにと思うが、やはり弔いの意味をこめてわざわざお寺の材料に使ったのだろう。血天井を使ったお寺は他にもあったと思うが、こういうものはお寺でしか使えないし、そうすることが供養になるということだろう。ナンマンダブ。

「悟りの窓」とか言う丸窓がある、JRの宣伝に使われたと、そのポスターも貼ってある。オネーサンの手回しのいい説明といい、なにかまじめさ懸命さがわかる。

じつは京都の人情というものを期待していなかった、しかし、今回あちこち廻った限りでは、なにか懸命さとかお客さんに来てもらいたとか、そういった意思が多く感じられた。また来ようという気になる。

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◎光悦寺②

光悦寺はこじんまりとした敷地に何棟もの茶室が建っている。昔の建物はとにかく柱が細いってのがわかった。

建物にあんまり耐久性を求めなかったんだ。ここらへんに日本人の住居に対する意識が窺われる。

それにしてもだが、言ったとおりもともとは寺でなかったから、梵鐘があったりするが境内と言っても全然お寺の雰囲気はない。粋人の寓居そのものだ。

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◎光悦寺①http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/koetsu-ji.htm

千本通りを北上して北山通りとの三叉路を左に伸びるのが鷹が峰街道というのかな、いきなり静かな町並みになる。そこをどんどん行って突き当たるようになっている三叉路をまた左方向に行くと光悦寺だ。

いいねえ、この雰囲気。全然人通りがない。光悦寺は街道に面して門構えがあるわけではない。鬱蒼とした植え込みがあるだけだ。そのせいかわざわざ看板が出ている。

そこを入ればいきなり通路は意匠がほどこされていて歩みを止められる。敷石にしてもランダムな大きさだが、同じ形状の石を敷くより断然手間はかかるはずだ。そしてここも祇王寺のように始めから寺であったのではないのだ。

今、思うのだが祇王寺に見るように「寺」に指定することが文化を保護する方法だったのかと思う。

拝観料300円。おくゆかしい。それにしても人が歩く一歩一歩にいちいち工夫がアイデアがほどこされて、そのこだわりは一種の遊び感覚で楽しんでやったのだろうと思わせる。

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◎落柿舎http://www.k3.dion.ne.jp/~biken/resume_old/rakushisha.htm

祇王寺に近いところで落柿舎。向井去来の家だ。これも裏道をくねくねと曲がって行ったところにある。

入場料200円。ガイドにはすげ傘と蓑が写真に出ているので、それを見たかった。表の土壁にそれはちゃんとかかっていた。風でゆれるせいだろう壁を削っていた。

これは「在宅してます」という合図だという。「下の畑にいます」ってわけだ。

祇王寺に似た建物だ。わびたたたずまいって言うの?。日本の住居というものは長年変わらなかったんだ。こんなところじゃ寿命も縮まる。今の人間にはリフォームしなきゃ住めない。

敷地内にはゆかりの句碑などがいくつかある。文字通り柿の木も。投句箱もあって俳句の投稿をうけつけている。

周辺には民家も多いが、畑も多くある。現在でもにぎやかとは言えないのだから昔はさびしいところだったろう。芭蕉も来たらしい。

柿も落ちるが夕日も落ち始めた、今日はこれくらいでカンベンしてあげよう。

そこで一句、

★柿おちて 夕日にせかされ 宿の道

調子に乗ってもう一句、

★旅路来て 柿の告げるや 日暮れかな

思いついて、またまた一句、

★日は暮れて 主なき庵に みのと笠・・・季語は「日は暮れて」でいいかな。