生きることなんて。 -2ページ目

生きることなんて。

生死の境い目をスキップで。

カウンセリングを6年受け持って下さった先生が、新天地に行かれるという事で、最後のカウンセリングを受けました。

 

といっても、ここ数回は、前回からの間に起きた事の答え合わせをした後は、雑談に花を咲かせていました。

今年に入ったくらいで、「実は…」とお話を聞いてから、自立というのも変だけれど、いつでも受けられる、悩んだら聞いてもらえる、と思っていた存在は永遠では無い、と今更気付き、夫婦で「こういう時はこうするといい」という記憶を基に動くようになって、ある程度は自己解決出来るようになったのです。

 

昨日は学校や社会から離れて、一大事でも無い限り、別れの機会が無くなった私は、久しぶりのさようならに、ナーバスになっていました。

泣くかなぁ…?とか、言いたいこと、聞きたい事、全部回収しているかなぁ…?とか…。

後は、感謝の気持ちで一杯なのを、どうしても伝えたいので、それを言えるか分からなくて、被ってもいいか!と、手紙を書きました。

 

今日、春冷えで寒くて眠くて、しんどいけれど、病院に行って先生に会わなければ後悔する、と、夫と二人で病院へ。

いつもと変わらず、答え合わせと雑談をしました。

手紙も渡せました。

先生は少しびっくりしているようにも見えたけれど、対人のプロなので、真意は分かりません。

 

カウンセリングの今後の目標(こころが晴れるノートのワーク、父のカウンセリング参加)もあったけれど、夫と何度か話して、今までカウンセリングして下さった先生以上の先生に出会えない気がする、という事と、二人で自己解決も出来る実績が出来たので、6年前と同じような状態にならない限りは、カウンセリングを受けずに治療する事にしています。

相変わらず死にたいし、生きる意味を探しているし、心には穴みたいな物もあるけれど、死を実行しようとした6年前の私の真っ暗な世界とは、また違う世界の見え方がしているので、ここからは二人三脚で頑張ろう、と。

 

でも、頑張ろうと決めたのに、頑張れないかも…と思う自分も居ます。

夢でうなされるのと、ぐるぐるした気持ちのまま寝るのが怖くて、もうすぐ5時だというのに、こうしてブログを書いています。

二度ある事は三度ある、を体験した身としては、将来に期待出来ないのかもしれません。

それ以前に自分を信じていない。

どうせ、また調子が良いかも、と思っていたら、心身の調子を崩すのでしょう?と。

こういう気持ちをどう、折り合いをつけるのが正解なのだろう…。

先生なら、寝逃げしてって言うだろうなぁ。

前は出来た寝逃げが出来なくなった、自分を呪いたいです。

一昨日まで楽しい旅行だったのに、昨日から気持ちが真っ逆さま。

つらくて、苦しくて、死にたい。

生きたくても生きられない人と命を交換したい、と本気で考える。

ガンの検査結果も陽性だったら良かったのに。

 

今日、精神科の通院日で、パートナーとよろよろと病院へ。

担当医の先生の診察では気持ちが真っ暗過ぎて話せなかった。

パートナーが代わりに話す。

血液検査の結果も非常に良いし、今の状態は疲れが原因だと思うから、しっかり休んで下さいと言われる。

先生の話も、パートナーの説明も頭に入ってこない。

ありがとうございましたも言えず、診察室を後にする。

 

続いてカウンセリング。

カウンセリングの先生も、旅行で体力も気力も使い切ってしまったのだろうから、食べて寝てね、と。

少しずつ話す気力が出てきて、ガンになりたかった、病気でいると安心する、という話をすると、何でそう考えちゃうんだろう?という話から、私の生育環境の話に。

 

父は仕事人間、私の事を任せられていた母はコミュニケーションが下手で、いつも仕事と家事でテンパっていて、私の事を見ているのか見ていないのか分からなかった。

それが一番顕著に出るのが風邪を引いたり、風疹に掛かったりして私が体調を崩した時。

なんで体調を崩すの!と怒って、昼前に薬とおかゆを枕元に置いて仕事に行ってしまう。

悲しくて、心細くて、しんどくて、食欲もわかないから、おかゆを残す。

すると帰宅した母が、おかゆが入っている小鍋を見て、何で食べないの!とまた怒る。

そうする事で、体調を崩す事は良くない事だと刷り込まれていく。

他にも小さな「これをすると怒ったり困らせたりする」という出来事が、だんだん刷り込みをエスカレートしていく。

最終的には、酷いいじめにあっても、いじめられていると分かったら困らせる、と思って、生きるか死ぬかのギリギリの状態になるまで話せなくなっていた。

 

私が成人して、社会人になって、結婚する位の年齢になって、初めて「体調を崩した月子を家に一人で残して仕事に行くのは、後ろ髪引かれる思いだった」と母は言った。

遅い、遅すぎる。

見かたによっては、母が一番私を否定していたのだ。

 

そんな話をカウンセリングの先生にパートナーが話したら、先生は「お母さんは亡くなってしまったからお母さんとの関係の中で修復して行くことは出来ないけれど、お話を聞いていて、今はお父さんが月子さんに歩み寄っているから、お父さんと少しずつでも過去にこれが辛かったとか、そういう話をして、心を再建する事は出来ますよ」と言ってくれた。

生育環境に問題があった人はそうする事で劇的に良くなるとも。

こんなに生きる意味が分からない私でも、時間が掛かっても良くなるのだろうか。

分からないけど、今日の私は無理だけど、1週間後の私か、1ヶ月後の私か、1年後の私なら出来るのだろうか。

とりあえず、まだ生きる事を諦めるには早いらしいので、踏ん張るしかないみたい。

 

帰宅して、朝早かったのと通院の疲れでコンコンと眠って、起きて仕事の谷間のパートナーと今日の通院の話をした。

沢山泣いた。

今は生きる事も死ぬ事も、どちらが良いか判断出来ないけど、パートナーが私が居ないと自分は駄目になると旅行で不在で分かった、と言うので、真っ逆さまな気持ちだけど、今日これからゆっくりお風呂に入って、栄養を摂って寝る事だけ考えます。

明日も真っ逆さまだったら、またその時考えます。

 

生きるのは戦いだ。

 

 

子宮内膜ポリープの精密検査でJ病院に行ってきました。


前日から、翌日の診察で怖い事を言われたらどうしよう…入院の話は明日出るのかな…と不安になり、またも「なるようにしかならん!」と無理無理就寝。


翌朝の今日、予約時間の30分前に来院して下さいと言われていたので、早めに出発。

バスと電車とバスを乗り継いでJ病院に。


初診受付で手続きをして、婦人科外来へ。

病院内が広くて天井が高くてゆったりしているのだけど、気が気でないので落ち着かない。

同じ時間帯に婦人科の診察待ちをしている方々は皆さん付き添いの方がいらして、1人がとても心細くなる…。

早く終わらせたい…早く楽になりたい…と、ちんまり椅子に座っていると、10分程して婦人科外来の受付の方が「担当の先生と診察室が変わったので、移動して下さい」と。

えー!

ますます不安になる…!


指定された診察室の前に移動して、また暫し待つと、電光掲示板に私の診察番号が。

ついに来た…!

覚悟を決めて診察室へ。


担当の先生は若い男性の先生。

紹介状と問診票を交互に見て、「子宮頸管ポリープですね。今日取ってしまいましょう」。

えっ…子宮頸管ポリープ???

子宮内膜ポリープじゃなくて???

てか、今日取れるの???

大きいんじゃないの???


頭の中が???でいっぱいになりながら、内診室へ。

いつもの内診台に上がって、程なくして先生が来ました。

「消毒してポリープ取りますね」

「超音波検査しますね」

と、手際良く処置してくれる先生。

超音波検査は、くまなく診ているのか、(体感時間だと)かなり時間を取ってました。

終わりましたよ、と言われ、看護師さんに着替えたら診察室にまた入ってくださいね、と言われたので、いそいそと着替えて再び診察室へ。


先生が「ポリープはちゃんと取れました。1.5センチ位です。子宮はとても綺麗でしたよ」と説明して下さったのですが、1.5センチならクリニックで取れたのでは…?と素人は考えてしまう…。

どこからがクリニックで取れない範囲なんだろう…。

先生の腕なのかなぁ…。


あと、「生理等で不安な事などありますか?」と聞かれたので、「問診票にも書いたのですが、生理が再開してから生理痛が起きる期間が長いのと、経血量が増えてるのが不安です」と伝えた所、暫くうーん…と考えた後、「妊娠を希望していないなら、ミレーナを入れるという手があります。あとは漢方や、ホルモンのお薬がありますね…ピルもありますが、あまり使いたくないですね…」と。

少し相談をして、持病で結構お薬を飲んでいるので、漢方が良いですと伝えた所、じゃあ漢方(桂枝茯苓丸)を1か月分出しますね、と処方箋を書いて下さいました。


ポリープは病理検査にかける事になったので、2週間後の予約をして今日は終わり。


緊張と不安と、コロナで院内飲食が可能か分からなかったので、いつも持ち歩いている水のペットボトルをすっかり忘れていた私。

帰りのバスを待つ間に自動販売機で水を買って飲む…ああ…体に染みる…。


心配から解放されて、気持ちが軽くなったと同時に一気に疲れが。

バスでターミナル駅に戻って、ゆっくりご飯が食べたい…美味しいの…と、アフタヌーンティールームで秋のパスタを食べました。


どうせターミナル駅に出るなら…と、同時にこなしてしまおうと思っていた用事も済ませて、ササッと帰りました。

本当なら、気になってたデパコスとか見たかったけど、限界でした…。


何はともあれ、何事もなくポリープが取れました。

病理検査も、きっと大丈夫だと思いたい!

とりあえず、2週間後の18日まで忘れて、週末の旅行を楽しむぞ!


それにしても、診てもらう先生によって、こんなにも違うのか…。

旅行から帰ってきたら、利便性だけでなく、患者と真摯に向き合ってくれる先生の居る婦人科を探そうと思いました。




結婚指輪とピンキーリングのサイズ直しをする為に、カットしてもらってきました。


結婚した時の体重が今の体重の半分以下の体重でして、その当時のサイズのまま、お守り代わりに付けっぱなしにしていたのですが、ここ数年の体調悪化で太って、抜けなくなったのです。


抜けないなんて生易しいものでは無い。

くい込んでました、指に。


いつか何とかしなきゃ…と思いつつも、なかなかきっかけが自分の中で作れず…。

でも、この先入院するかもしれないので、この機会に、と。


カットしてもらったのは、地元の住宅街の中にある、個人のアクセサリー屋さん。

アクセサリー屋さんと言っても仕入れた物を売ったりとかしているのではなくて、リフォーム等を受けて、素敵なアクセサリーにしてくれる職人さんのお店です。


事前にカットを受けて貰えるか、予約が必要か等の問い合わせをして、今日行ってきました。


お伺いしたら、先客のご夫妻がいらしたので暫し待って、私の番になったので「メールで問い合わせした者です」と、カットとサイズ直しの事を職人さんに伝えると、リングの素材の再確認をして、リングカッターで切って下さいました。


指輪が指にかなりくい込んでいたので、カット出来るのかな…と不安になったけど、職人さんが「カッターの受けの部分が指輪と指の間に通れば切れますよ!」と。

何とか通りました…!

どうカットするのかな?と思いながら見ていたら、ハサミ状に受けと歯車があるのですが、受けを指輪と指の間に通すと、指輪の上に歯車が来て、その歯車をハンドルで回転させてカットする、という…。

素人なので、硬い金属をこんなに薄い歯車でカット出来るのかな…?と心配になりましたが、取り越し苦労。

職人さんが歯車を回転させて、1、2分でカット完了!

凄い!


「指輪を外しやすくする為に、広げますね」と、ペンチで指輪を広げて下さったのですが、指が太すぎて抜けない…恥ずかしい…。

すみません、もう少し広げて下さい、とお願いして、更に広げてもらって、やっと抜けました。


小指のピンキーリングも同じ要領でカットして外して、指がスッキリ…と言いたいところですが、指輪の厚みで分からなかったくい込みが、しっかり跡になって残っていて、無惨…。


職人さんは慣れてらっしゃるようで、「指輪を外したばかりの時は、指輪の跡で正確な指のサイズが分からないのと、指が変形しているので、変形が戻ってからサイズ直し致しますよ」と言って下さいました。

早くて3週間位、長いと1か月以上かかるかも、とのお話。

でも、このボンレスハム状態の指が平坦になるのは、年内は無理かもしれないな…と、なんとなく感じました。


カットされた指輪を早く直す為にも、ダイエット頑張らなきゃ。

そもそも、こんなになるまで太った事が情けない。

パートナーに嘆いたら、病気も薬の副作用もあったから仕方がないよ、と慰めてくれました。


あと、指の指輪で段違いになった部分の脂肪が固くなっているので、指のマッサージもしようと思います。

お風呂に入った時とか、温めながらマッサージしたら、効果があるかも…?


とりあえずは、カットしてもらった指輪をなくさないように、ちゃんとしまって時を待とうと思います。



子宮頸がんと子宮体がんの病理検査の結果が出た。

 

両方とも陰性!

(CLASS Ⅱというものでした)

 

よかったね、とパートナーと話しました。

事前に事情を話してあった父にも連絡。

これで明日のPerfumeのライブも、来週の沖縄旅行も安心して行ける!

 

それにしても生理の経血量と生理痛が半端ない…。

ポリープ取ったら楽になるのかな…。

 

J病院での内診の事でちょっと調べたら、排卵前じゃないと正確な状態が診れないというものを見かけたので、早めに初診を受けようと、J病院に初診の予約の電話をしました。

受ける日は11月4日。

隅々まで診てもらおう。

 

もし子宮鏡下検査が受けられるなら受けたい。

クリニックで見つかった、大きなポリープ以外にも何か潜んでそうな予感がするので…。

じゃなきゃ、生理の諸々の納得がいかない!

 

とにもかくにも良かった。

本当に18日から気が気で無かったので、これで安心して眠れます。