気持ちがジェットコースター | 生きることなんて。

生きることなんて。

生死の境い目をスキップで。

一昨日まで楽しい旅行だったのに、昨日から気持ちが真っ逆さま。

つらくて、苦しくて、死にたい。

生きたくても生きられない人と命を交換したい、と本気で考える。

ガンの検査結果も陽性だったら良かったのに。

 

今日、精神科の通院日で、パートナーとよろよろと病院へ。

担当医の先生の診察では気持ちが真っ暗過ぎて話せなかった。

パートナーが代わりに話す。

血液検査の結果も非常に良いし、今の状態は疲れが原因だと思うから、しっかり休んで下さいと言われる。

先生の話も、パートナーの説明も頭に入ってこない。

ありがとうございましたも言えず、診察室を後にする。

 

続いてカウンセリング。

カウンセリングの先生も、旅行で体力も気力も使い切ってしまったのだろうから、食べて寝てね、と。

少しずつ話す気力が出てきて、ガンになりたかった、病気でいると安心する、という話をすると、何でそう考えちゃうんだろう?という話から、私の生育環境の話に。

 

父は仕事人間、私の事を任せられていた母はコミュニケーションが下手で、いつも仕事と家事でテンパっていて、私の事を見ているのか見ていないのか分からなかった。

それが一番顕著に出るのが風邪を引いたり、風疹に掛かったりして私が体調を崩した時。

なんで体調を崩すの!と怒って、昼前に薬とおかゆを枕元に置いて仕事に行ってしまう。

悲しくて、心細くて、しんどくて、食欲もわかないから、おかゆを残す。

すると帰宅した母が、おかゆが入っている小鍋を見て、何で食べないの!とまた怒る。

そうする事で、体調を崩す事は良くない事だと刷り込まれていく。

他にも小さな「これをすると怒ったり困らせたりする」という出来事が、だんだん刷り込みをエスカレートしていく。

最終的には、酷いいじめにあっても、いじめられていると分かったら困らせる、と思って、生きるか死ぬかのギリギリの状態になるまで話せなくなっていた。

 

私が成人して、社会人になって、結婚する位の年齢になって、初めて「体調を崩した月子を家に一人で残して仕事に行くのは、後ろ髪引かれる思いだった」と母は言った。

遅い、遅すぎる。

見かたによっては、母が一番私を否定していたのだ。

 

そんな話をカウンセリングの先生にパートナーが話したら、先生は「お母さんは亡くなってしまったからお母さんとの関係の中で修復して行くことは出来ないけれど、お話を聞いていて、今はお父さんが月子さんに歩み寄っているから、お父さんと少しずつでも過去にこれが辛かったとか、そういう話をして、心を再建する事は出来ますよ」と言ってくれた。

生育環境に問題があった人はそうする事で劇的に良くなるとも。

こんなに生きる意味が分からない私でも、時間が掛かっても良くなるのだろうか。

分からないけど、今日の私は無理だけど、1週間後の私か、1ヶ月後の私か、1年後の私なら出来るのだろうか。

とりあえず、まだ生きる事を諦めるには早いらしいので、踏ん張るしかないみたい。

 

帰宅して、朝早かったのと通院の疲れでコンコンと眠って、起きて仕事の谷間のパートナーと今日の通院の話をした。

沢山泣いた。

今は生きる事も死ぬ事も、どちらが良いか判断出来ないけど、パートナーが私が居ないと自分は駄目になると旅行で不在で分かった、と言うので、真っ逆さまな気持ちだけど、今日これからゆっくりお風呂に入って、栄養を摂って寝る事だけ考えます。

明日も真っ逆さまだったら、またその時考えます。

 

生きるのは戦いだ。