さようなら、先生 | 生きることなんて。

生きることなんて。

生死の境い目をスキップで。

カウンセリングを6年受け持って下さった先生が、新天地に行かれるという事で、最後のカウンセリングを受けました。

 

といっても、ここ数回は、前回からの間に起きた事の答え合わせをした後は、雑談に花を咲かせていました。

今年に入ったくらいで、「実は…」とお話を聞いてから、自立というのも変だけれど、いつでも受けられる、悩んだら聞いてもらえる、と思っていた存在は永遠では無い、と今更気付き、夫婦で「こういう時はこうするといい」という記憶を基に動くようになって、ある程度は自己解決出来るようになったのです。

 

昨日は学校や社会から離れて、一大事でも無い限り、別れの機会が無くなった私は、久しぶりのさようならに、ナーバスになっていました。

泣くかなぁ…?とか、言いたいこと、聞きたい事、全部回収しているかなぁ…?とか…。

後は、感謝の気持ちで一杯なのを、どうしても伝えたいので、それを言えるか分からなくて、被ってもいいか!と、手紙を書きました。

 

今日、春冷えで寒くて眠くて、しんどいけれど、病院に行って先生に会わなければ後悔する、と、夫と二人で病院へ。

いつもと変わらず、答え合わせと雑談をしました。

手紙も渡せました。

先生は少しびっくりしているようにも見えたけれど、対人のプロなので、真意は分かりません。

 

カウンセリングの今後の目標(こころが晴れるノートのワーク、父のカウンセリング参加)もあったけれど、夫と何度か話して、今までカウンセリングして下さった先生以上の先生に出会えない気がする、という事と、二人で自己解決も出来る実績が出来たので、6年前と同じような状態にならない限りは、カウンセリングを受けずに治療する事にしています。

相変わらず死にたいし、生きる意味を探しているし、心には穴みたいな物もあるけれど、死を実行しようとした6年前の私の真っ暗な世界とは、また違う世界の見え方がしているので、ここからは二人三脚で頑張ろう、と。

 

でも、頑張ろうと決めたのに、頑張れないかも…と思う自分も居ます。

夢でうなされるのと、ぐるぐるした気持ちのまま寝るのが怖くて、もうすぐ5時だというのに、こうしてブログを書いています。

二度ある事は三度ある、を体験した身としては、将来に期待出来ないのかもしれません。

それ以前に自分を信じていない。

どうせ、また調子が良いかも、と思っていたら、心身の調子を崩すのでしょう?と。

こういう気持ちをどう、折り合いをつけるのが正解なのだろう…。

先生なら、寝逃げしてって言うだろうなぁ。

前は出来た寝逃げが出来なくなった、自分を呪いたいです。