毎週火曜日は、納品日。

うちで商品を置いている市内の作業所さんが商品補充に来るのが、火曜日です。


その中の作業所で、自分が計画担当をしている方がいます。

その方は体が大きく、一見した感じでは怖そうに感じる部分もあります。ただ実際はそんなことなく、安心できる人には構えることなくいろいろ話をします。ちょっと声が大きいので、その辺が初めての人にとっては怖さに感じるみたい。うちの職員もその人を初めて見たときにちょっとたじろいだので後からフォローしたら「(利用者さんに)絡まれると思った」とのこと。

イヤイヤ、そんな利用者さんはそんなにいませんから・・・(笑)


で、今日もいつも通りに来所。

自分はちょうど訪問活動に行く前だったので、その利用者さんとも手短に話すことに。すると利用者さんが、納品に初めて一緒に来た利用者さんを紹介したいとのことだったので、自分も丁寧に対応することに。その人には自分から自己紹介とあいさつ。すると利用者さんが続けて自分のことを説明。



Mitakeさんはね、俺の担当。


部長だから。



ちゃうちゃうちゃう!部長じゃない!俺は課長。そんなに偉くないから。

正直人前で自分のことを極力「課長」と言わないようにしているのに、そんな間違った情報を伝えられてはいけないので、全力で否定。一緒に来ていた作業所の職員さんも笑っていました。


あぁ、なんかちょっとほのぼのとした内容。

いつもこんなことを書ければいいんですけどね…はい。

今週、スクーターを走らせなかった1週間。

今日は土曜日だったので、車を近くのコインパーキングに止めて出勤。道路の一部はまだ凍っているけど、スクーターでも走れる見通しがたちました。ただ・・・また雪が降るとの予報も。もうこれ以上雪は・・・勘弁です。


仕事は相変わらず管理的な仕事をしつつ、最近は定期面談も実施。

本来なら精神でとるべき相談だけど、最初の手帳が身体と知的だったため、自分のところで受けることに。市から回されたときは「計画相談で計画書を作ってほしい」とのことだったけど、正直計画なんてとんでもない話。こんな状態で計画を作れなんて、いったい何を考えているのかわかりません。いや、この市は何も考えていないんでしょうね。支援技術の未熟な自分ですら「ケースワーカーがケースワークできていない」と思うくらいですから。


と同時に、他の機関でも難しいかなぁ・・・と思う内容です。

なんで自分がやるのか・・・理由は色々ありますが、今までの自分の経験で何とかしてみようと思ったケースです。正直なところ、自分でも難しいと思うところはたくさんあります。「計画なんてとんでもない」と言ったのも、本人が必ずしも望んでいない状態であり、計画を作る前に援助関係をちゃんと構築しないと話が進まないのが大きな理由。あわせて本人だけでなく、家族のサポートも必要なケースであり一体的にとらえる必要があったため、定期的に面談を組むことにしました。


面談も本人と家族をそれぞれ別に面談。

本人に対しては面談というより、雑談。雑談の中からちょっとずつ将来のことについて触れるようにしています。本人にとっては自分が「安全な人」という認識を持ってもらうことと信頼関係を形成するため、雑談をする形に。家族に対してはこれまでの本人に対するサポートの支持・受容と現実課題に対しての助言。ご家族も大変なところがあり、その部分の評価をすることは大事なところかなと思います。本人に対しての信頼関係を構築するとともに、家族とも援助関係を作っていくことから、家族が望む姿・本人が目指したい姿を目指していくのが大事だと思います。


そのためには、なかなか進まなくても地道に歩むこと。

長い間引きこもりだったのを数か月で改善するのは無理な話。支援も同じように、無理矢理引っ張ってもうまくいきません。地道に面接し、地道に人間関係を積み重ねていくことが必要です。

久しぶりの大雪。

以前の職場でも大雪の経験があったけど、その時に負けず劣らない大雪。思ったよりも早く降り出し、対応も迫られることに。会議にも行く予定だったけど、とてもじゃないけどそれどころじゃない状態だったため、欠席することに。


雪は夕方になるにつれ、激しさを増すことに。

利用者さんも早帰りの対応をしたので、職員に対しても早帰り対応の指示。ただ強制はできなかったので、申告のあった人に関しては認めるという形に。本来は法人から帰宅令という形で出すべきだけど、雪国の法人だけあって、関東の雪程度では関係ないとのこと。ホント、東京のことを全然わかっていない。


自分もできることなら、早く帰りたかったです。

早い時間に電車の遅れが出始めたからあまり影響を受けないうちに帰るのが本来だけど、管理職であるが故にそう簡単に帰るわけにはいきません。他の職員が残っている中で「じゃ自分は…」なんて、言えません。あと、利用者さんによっては保護者の方に直接引き渡しができない状態でもあるので、自主通所をしている人以外は今日に限ってはちゃんと引き渡しができないとダメです。なのでそれができずに戻ってくる利用者さんも。その対応も今日はすることに。


結局帰ったのは、定時の1時間後。

早帰りどころか、早く帰るべき日にもかかわらず1時間の残業。まぁこれも、仕方ないこと。立場上、致し方ないことですから・・・まぁ正直、こういう日は仕事になりません。問題は明日。明日は利用者さんは遅れての通所。職員は通常通り。自分は・・・あぁ、休みたいなぁ。

昨日のことになりますが、企業訪問に行ってきました。

就労支援が自分の仕事ではないのですが、一度ご挨拶に行く必要を感じていたので、行ってきました。


行ったところは、特例子会社。企業名は言えませんが、航空関係の会社です。

親会社の仕事をサポートしているのが主な仕事で、そこで利用者さんが働いています。


場所に迷ってちょっと遅れたけど、先方はすべての指導員の方が対応。

こういう対応を受けたのは初めてのこと。ちょっと恐縮してしまいました。障害者の雇用人数はそんなに多くないけど、雇用人数に対しては多く配置されている印象です。むしろ、職場自体が親会社の中にあるので、広い職場を全員で見るのは難しい状態。当然親会社の社員の力も必要かな、と感じました。


担当の方には、うちで支援をしている現状について報告。

センターを利用するようになってのご本人の変化や今取り組んでいること、ご家族から聞いたご家庭での様子などを説明しました。担当の方からは「支援が最後まで残っていた方で、今回支援機関が入ってもらい、安心しています」とのこと。別に全く入っていなかったわけじゃないけど、当時は市役所が支援機関であり、ご本人の就労状況も非常に安定していたので、そこまで支援に行く必要はなかったのだと思います。ただ企業としては何もなくても様子を見に来てほしいとの思いがあり、今回自分が訪問したことでそれが実現した形になりました。


担当の方とは、意見交換もしました。

将来のことや支援体制、あと有給休暇の使用についても相談しました。障害者雇用をされている他の方はグループホームの旅行で有給をとっており、企業としてもそれを推奨。なので積極的に利用してほしいとのことでした。最初お母さまからは「有休をとるのがあまりよくないみたい・・・」なんてことをも聞いていましたが、直接担当されている方からお話を聞けたので、今後の支援に「有給休暇の利用」も入れられます。


意見・情報交換をした後は、見学。

自分も通行証と安全のための帽子をかぶって、仕事の様子を見ることに。見学して一番最初に思ったのは、みんな同じであったこと。違うのは、帽子の色。「安全第一」の職場であって、特例子会社の社員は目立つ色の帽子を着用。でもそれ以外は何も変わりません。親会社の人と同じ制服(作業着)を着て、社員証も全く同じつくり。説明がなければ、障害を持っている人の見分けはできません。当たり前のことだけど、なんかそれが新鮮に感じました。あと、1人1人を尊重していること。ちゃんとその人の障害特性を見極めたうえで、その人に合った仕事を提供する。それが「フロアの一角」で仕事をするのではなく、親会社の従業員と一緒に仕事をしているのに、本気の姿勢が感じました。特に自分が担当している利用者さんは「安心・信頼して仕事を任せられる」とのことで、一人で取り組む仕事を黙々と取り組んでいました。特定の仕事に限らず、依頼があったら柔軟に対応することができているとのことで、利用者さんと会った時も少し嬉しそうな表情をしていたのが印象的でした。


特例子会社っていうと、企業ミッションの1つとして取り組んでいる印象があります。

ただ、どちらかというと「法定雇用率の達成」を目的として設置されたところが多いような印象を持っています。でもこの会社は20年以上も前から特例子会社として障害者の雇用を行っており、そのために障害者職業センターと連携を取りながら仕事の切り出しや支援について向かい合っていました。そして一番自分が感じたのは、主従の関係ではないこと。名目上は「指導員」という形だけど、それが何か上からというわけではなく、全く対等な関係。指導的に何かをしているわけではなく、本当に普通の会社の「上司と部下」という関係。いや、それ以上にフランクだったかも。話すことは本当に世間話のようなことも普通に話せる関係で、壁というものを全く感じませんでした。


不思議なことに、特に説明がなくてもそういうものを感じるんですよね。

それは企業風土として対等であることがきちんと定着しており、単に雇用率を達成させるだけではないことが仕事の中から感じました。隣では英語が飛び交っている場所の中で、障害を持っている人も普通にその場で仕事を行っている。企業の本気度を感じることができた訪問でした。




(余談・・・こぼれ話)

仕事が終わって、いつも通りにバイクで帰宅。

その途中、中央分離帯で区画されている道路に入りバイクを走らせていると、対向車が。あぁ、対向車・・・



えっ、車対向車?

ここ、中央分離帯で仕切られているのに、なんでこっちに対向車がいるの???



ハイ、相手の車、逆走です。人生で初めて逆走した車と対峙。

慌ててスピードを落とし、クラクション。すれ違った後に対向車は本来の車線に戻りましたが・・・いやぁ、超怖い。こればかりは自分ではどうしようもないこと。こんなことって、あるんですねぇ。

お仕事のことを書くのは、久しぶりです。

前にも書きましたが、どうもお仕事のことになると愚痴ばっかりになってしまい、また自分の立場的なところから書く内容が慎重になってしまう部分もあったので、どうも書くことができませんでした。でも今日はあまり自分の立場というものが関係ないものだったので、久しぶりに書くことにしました。


今週はいろいろと予定が詰まっている1週間。

夕方からは関係者を集めての個別支援会議を開催しました。自分が計画担当をしている利用者さんの作業所から「会議を開いてほしい」との要請を受けたため、いろんな人を呼びました。実際にサービスにつながっているのは作業所だけですが、サービスの中に乗らないものも使っているので、そのような関係者も声をかけて出席をお願いしました。もちろん、市にも出席してもらいました。


で関係者が来るのを待っていると・・・作業所は4人も参加。

正直ひるんでしまいました。どう見ても理事長が一緒に来ており、自分がハチの巣(ボロボロになる)になることを、少し覚悟しました。


でも・・・結論から言えば、ハチの巣になったのは市でした。

自分は進行役でもあるので、自分の意見を言いつつも会議全体をまとめる立場。いろんな意見が出ましたが、市を除いて関係者の考え方は「ご本人に対する受容と傾聴」ということでした。自分ができることも正直その部分であり、作業所に訪問したときやセンターに商品を納品に来た時に本人の話をしっかりと聞き、その思いに寄り添ってきました。また会議の中で話題になったのは、家族のこと。関係者の話を聞きながら自分が改めて感じたのは、ご本人1人だけの問題ではないこと。課題の根底には家族があり、本人だけでなく家族をまとめてサポートしていく必要があることを実感しました。単身の人やグループホームに入居している人ならあまり問題は起きにくいのですが、こと家族が関係すると複雑になります。そのことも会議の中で話していきました。


そこで、今後の方向性としていくつか整理。

その中に、市に協力をしてほしいこともあったので持ち帰って検討してもらえるように話をまとめていましたが、市の立場は消極的。返す返事は非常にお役所的答えばかりで、正直「何なの?」って感じでした。ただそれ以上にその返答に苛立っていたのは、作業所の理事長。理事長は大学教授も歴任しており、福祉行財政のスペシャリスト。その人に対して色々と反論したり、できないと言ったりするなど、理事長のフラストレーションがみるみる溜まっていくのが見てわかりました。なのでうまくまとめるために少し助け舟を出して収めようとしたけど、そうしたら今度は「制度が使えないのは、(相談支援の)計画に書かれていないから」と、自分に対して責任転嫁。その瞬間、もうフォローをするのを辞めました。理事長も呆れ顔で、議論&会議は終了。


正直、会議という中で決定的な結論には導けませんでした。

今日の会議でそこまで求められるかは難しいところもありました。ただ会議が終わって市が帰った後、理事長に挨拶して、相談支援専門員としての苦しさも話したところ、理事長からは「ここにちゃんとしたソーシャルワーカーがいてよかった」と評価のお言葉。いえいえ、ちゃんとしたソーシャルワーカーなんて、身に余るお言葉。自分はソーシャルワーカーとしてはまだまだだし、技術も未熟です。今の自分はできるだけのことをしているだけで、利用者さんの気持ちに寄り添うことを一番に考えて行動しているだけのことです。


ただ、こうやってその人から評価されるのは、やはり嬉しいものです。

何もかもが未熟な自分でありますが、こんな自分でも「ソーシャルワーカー」として評価してもらえるのは、この仕事をしているうえで大きなことだともいます。正直、一部の市のワーカーは自分の目から見ても「ソーシャルワーカー」とは言えないお粗末なもの。そういう中で評価してもらえるからには、その期待に裏切らないように仕事をしていきたいです。なかなか外から評価されにくい部分がありますが、こういったことを積み重ねていくことが、施設の信用にもきっとつながっていくんですよね。毎日、地道にコツコツとやっていく必要性を感じた1日です。

今週、仕事中に何度か電話がかかってくることに。

後で留守電を聞くと、去年住宅改修をした業者さんからの電話。また電話しますとのこと。で、昨日電話を受けることができて、うちの住宅改修例をホームページで載せたいとのこと。別に支障はないので、OKしました。


一昨年母親が倒れたことは何度も話した通り。

大きな障害が残ることもなく今も生活しているけど、お風呂に入ることだけは懸念材料でした。今までも加齢の影響で不便になりつつありましたが、脳幹梗塞で倒れたことでそれはさらに進むことに。そこで浴室の住宅改修を行うことになりました。


うちの場合はかなりな大掛かりな工事だったかも。

脱衣場と浴室に段差があったので、その解消。あとお風呂に入るにも浴槽が深かったので、浴槽も変えることに。また安全のために浴室内に手すりも付け、さらに段差解消に伴ってシャワーや水栓の位置も変えることに。当然介護保険の範囲内では収まらないので、限度額ぎりぎりまでは介護保険対応し、残りは自費で改修をしました。お風呂自体はもう30年以上も前になるので、一気に新しくしました。


そのおかげで、今は安全にお風呂に入れるようになりました。

介護保険で改修した場合は改修前と改修後の写真を撮って市役所に提出することになっているのですが、今回の話は市のほうから「ホームページに載せたい」との相談があり、業者さんから自分のところに電話をしたとのことでした。まぁそれくらいのことは自分ではなく母親が判断すればいいんじゃないかなと思っていましたが、母親からは「私じゃダメみたい」とのこと。一度連絡があったみたいだけど、母親の返事だけでなく自分の返答も聞きたいとのこと。業者さんとしては自分の方が施主みたいなところがあり、自分の仕事もオープンにしていたので、そういう諸々のことを踏まえて自分に最終確認したかったのかもしれません。


まぁ住宅改修例は他にもいろいろあったと思うけど、うちがよかったのかな。

市のホームページで確認してみたけど、今までに住宅改修例が載った形跡はないみたい。出来が良かったのか、それとも住宅改修の典型例としてふさわしかったのか、何を基準にして選ばれたのは沙汰かではありませんが、他の方のお役に立つのであればどんどん使ってくださいといったところかもしれません。

 
あなたの運勢は・・・



 
そういえば、今年のおみくじも小吉だったなぁ。
仕事についても「多くの選択肢に迷いも今は動く時期ではない」ってあったから、大変なことが続いても今の仕事は続けていったほうがいいみたい。願望も「努力を続けることでいつの間にか叶うでしょう」とあるし・・・まさに、「ちりも積もれば山となる」なのかな?

去年はごたごたして何もできまでしたが、今年は初詣に行ってきました。

昼間は混んでいるので、最後の護摩の時間に行ってきました。最後の護摩の時間は、結構すいているので母親もつれていきやすいです。それに夜の景色も、なかなかいいものですから。

お不動さん


初詣なので、家族それぞれの祈願もしてもらうことに。

母親は病気なくと思いきや「手術成就」というのがあったので、もしもに備えて手術成就に。で自分は何にしようかなぁ・・・と思って年齢の表を見ると、ん?厄年???


よく見てみると、ちょうど自分の生まれ年が「前厄」に。

まだ今年は40歳だから・・・と思っていたけど、どうやら数え年で見るみたい。そうなると自分は数えで41歳、まさに前厄の年に。去年は初詣に行かなかったからわからなかったけど、お参りにきて初めて厄年になっていることを知りました。


前厄であることが分かれば、お祈りするのは厄除け。

こうやってちゃんと行くからわかるんですよね。意外とこういうの、自分は信心深いですよね。もし行かなかったら今年が前厄だったことも知らなかったでしょうね。これであと2年はちゃんとお参りをして、何事もなく過ごしたいです。


でもなぁ・・・何かあるのかなぁ。

思わぬ形で把握した厄年。何かあったら「厄年だから」で片づけてしまいそうな自分がいるのも事実です。

新年あけましておめでとうございます。

一応、毎年最初の挨拶だけは欠かさず行っているので、今年も新年のあいさつはちゃんとします。


大みそかから新年の過ごし方を見ると、相変わらずです。

大みそかにガソリンを入れたのと合わせて洗車をし、年越しは「笑ってはいけない」を見て、見終わった後にお風呂に入って、ブログを書いて寝る・・・と、こんな生活。今年も全く同じ生活です。


でも去年は、本当に大変でした。

母親が脳幹梗塞で倒れ、せめてお正月だけは自宅で過ごさせてあげたと思い、外泊許可をもらっての対応。当然ながらいつも通りのお正月を迎えられるわけではなく、母親のことを気遣って過ごすことに。その後大きな後遺症を残すことなく退院したのもつかの間、今度は父親が心筋梗塞で緊急入院。本当に大変な1年でした。


その後大きな病気をすることなく、迎えた年越し。

何事もなく過ごせたことが、本当に良かったです。ただその分、仕事のほうが今度は大変なことになっていますね。その大変さはこのブログにも表れているし、今まで毎日更新できていたのができなくなったのは、本当にいろいろと疲れが出てきてしまっているのだと思います。なので、今年は無理なく自分のペースで書いていこうかなと思います。


あとは、仕事を辞めないことかな。

この前も書いたけど、本当に日々辞めたいと思うことばかり。「何でこんなことやっているんだろう・・・」と思いながら仕事をしているけど、それでも周りに何とか助けられてやってきました。三が日が明けて仕事に行くと思うと、今から憂鬱。それでも利用者さんのことを思うと、そんなことも言っていられません。まずは今年1年、辞めずに行ければいいかな。


新年なので、ブログのデザインも変えました。

せめてブログだけでも晴れやかに・・・と思い、いい感じのデザインがあったので変えてみました。晴れの日ばかりじゃないと思うけど、そんな日が続けばいいなぁ…と思ています。今年もよろしくお願いします。

昨日、仕事が終わりました。

全体には「全員、残業しないで帰ってください」と言いながらも、自分たちは残業。もちろん残業せずに帰れるものなら帰りたかったですけど、現実はそういうわけにはいきません。最後の最後まで、残っていました。


今月、著しく投稿が少ないですね。

正直なところ、疲れていました。肉体的にも精神的にも。精神的な疲れはこの前書いた通り。「抗うつ剤を飲んでいるから大丈夫」と言い聞かせていますが、実際にはそうとも言い切れないのかも。それでも薬を飲んでいるからこの程度であって、何も治療していなかったら完全に破綻しているのかもしれません。


今の自分は、今までの自分とは明らかに違います。

転職するとき、自分が辞めても仕事は回っていくものと思っていました。事実、今までの職場は自分が辞めてもそんなに大きな影響はありませんでした。しかし今の職場は、自分がいなくなったら明らかに影響が出ることを強く実感しています。前の職場を辞めたときも若干の影響が出ているのはわかっていましたが、今の職場を辞めたら若干どころでは済まないと思います。


例えば、市への対応。

ここ数か月、市役所の対応に疑問を持つところがあり、ケース自体はそれぞれの担当に任せていました。ただ明らかにおかしい部分か改善されなかったときは自分から直接課長に話すこともありました。そうすると手のひらを返したように対応が変わる状態。先日も職員が仕事として当然のことをしたのにもかかわらず、市の担当者から「それはあなたのすることじゃありません!」と上から言われてしまい気持ちが萎えてしまうことがありました。本人はもうこれ以上話を大きくしたくないとのことでしたが、それをしなければ自分たちの仕事(相談支援専門員)にかかわることであり、相談支援専門員の存在を否定されかねない事態であると判断したので、自分が課長に話すことに。するとその日のうちにまた対応が変わって、状況を聞きに連絡をよこすことに。挙句の果てには、利用者さんと直接会わずに物事を判断していたこともわかり、さらに腹が立ちました。(まぁ内心は「利用者さんのことを何も把握せずに決めているんだろうなぁ」と思っていましたが、まさにそれが当たった形ですけどね。)


些細なことだけど、自分が言わないと動かないこの現状。

もし自分がいなくなって誰も言わなくなると、きっと困るだろうなぁと思う自分。決して自分の発言力はそんなに大きなものじゃないと思っていますが、事実自分が話したことで事態が動くことを目の当たりにすると、やはり影響力を感じざるを得ません。


施設運営も、混乱の中同僚と一緒に考えながら行っています。

東京都へ提出する書類とかも同僚と確認しながら作成。調査依頼が来たときは自分が窓口になって確認し、ほとんどの場合は自分が回答を作成することに。研修があるときも自分が起案を作成して、申し込みを行うことに。窓口が決まっていないものについては、基本的に自分のところに回ってきて自分が対処。当然ながら相談支援に時間をかける割合は減り、もはや管理業務が自分の本業になりつつあります。


自分も今のこの状態は想像すらしていませんでした。

入職前は相談支援と地域活動支援センターのことをするつもりでしたが、今は管理が中心。思い描いていたものと違うことは、もうここでも何度となく話しています。


もし自分が今の職場を辞めたら・・・今まで自分がやってきたものをだれがするのか。

これ、かなりの業務量になっていて、なかなかほかの人に振れるものにはなりません。何かあったときに同僚といつも一緒になって考えていましたが、それがなくなると屋台骨が1つ欠けることになります。「影響力はない」と思っていますが、でもこれだけのことを現実として突きつけられると、影響がないわけはないです。


開設準備で入ったのに、当時から残っているのは同僚と2人だけ。

だから一緒になって頑張ってきたし、自分の心が折れたときは同僚に励ましてもらったし、自分が今何とか仕事をしてきているのは同僚がいるからこそできています。そこに自分のことを慕ってくれる人がいるから、踏ん張って頑張っています。毎日辞めたい、仕事を変えたい、転職をしたいって思っていますが、同僚のがんばっている姿を見ると、軽々に行動をすることはできません。


今の自分の立場は、本当に重いです。仕事の内容も、重いです。

仕事に見合った給料はもらえていませんが、それでも同僚がいるからやってきているだけ。来年も同僚と頑張っていきたいですが・・・将来はわかりません。いろんな状況の変化によって、きっと自分も変わってくると思います。年度初め、もしかしたら転職するかな・・・と思っていましたが、何とか今年は踏ん張れました。来年、どうなるのかなぁ・・・わかりません。