毎週火・水はカレーの日。

今までは利用者さんと一緒に下ごしらえとかをしていたけど、先々週あたりから職員がすることに内容が徐々にシフト。先週はタイカレー作りをして、今週はカレーそのものの仕込みをすることに。

 

いつもは別の職員さんがしている仕事を、今日は自分がすることに。

たまたまその職員さんがお休みになったこともあって、その仕事を自分が担う形に。大きく分けると、玉ねぎ炒めとルー系のカレー仕込み。玉ねぎは3種類のカレー分の玉ねぎを何回かに分けてあめ色になるまで炒める作業。最初の方はフライパンを普通に煽っていたけど、後の方になると煽るためにフライパンを持ち上げることができなくなって、反対の手で煽る状態。「こんなに大変なのね・・・」と思いながら玉ねぎと格闘。ある程度終わったところで施設長が来て「あ、だいぶ格闘しましたね」と一言。コンロの周りには・・・ハイ、玉ねぎが散っています。最近は自宅で料理をしていませんが、鍋を煽ったときに飛び散るのは気にしていなかった自分。でも傍から見ると結構飛んでいたみたいです。まぁ後で掃除をしたし、あまり気にしていたら玉ねぎがどんどん焦げていってしまうので、本当に格闘ですね。

 

玉ねぎの後は、ルーの味付け。

基本的には利用者さんが分量表を見ながら調合したスパイス類を入れるだけなのですが、中には自分が調節するものも。分量表通りに調合してあれば心配ないのですが、自分が調節するのは、正直怖い。だってお店の味に直結しちゃうし、そこまでの責任を・・・と言っていられなかったので、仕方なく味付け。塩・こしょうの分量も一応書いてあるけど、最終的には「様子を見て」とのこと。ハイ、その「様子を見て」って・・・そんなに様子、わかっていませんって!

 

と言いながらも、塩・こしょうを入れる自分。

塩はわかりやすかったけど、こしょうの調節が正直難しい。で、入れようと思ったら・・・あ、いきなり入りすぎちゃったかも。すかさずお鍋をかき回して様子を見ることに。もうこの時点でこしょうの分量が見当つかない状態。だから・・・何となくで調節。念のため、味も確認・・・うん、こしょう臭くないから、大丈夫かな。

 

そんな感じで何とか仕込みを終えた自分。

明日は明日でまた温めなおすのと、最後の仕上げ。もしかしたら、またタイカレーを作るのかな。タイカレーを作るのも結構格闘するし、施設長からは「これをやりながら利用者さんの様子も見てね・・・」って言われるし。ウン、まだそこまで段取り良くないし、今日初めてやったし、まだまだですよ、自分。

あと一応、自分「相談支援専門員」なんですけど・・・カレーを作る相談支援専門員ですかね、ハイ。(小声)

 

仕事を終え自宅に帰ると、ハローワークから郵便物が。それも簡易書留で。

大体中身は想像できましたが・・・ハイ、常用就職支度手当の支給決定でした。正直もう少し早く支給されるかなって思っていたけど、1か月ちょっとかかりましたね。で金額は・・・ん?自分が計算していたよりも多いぞ。ちょっと疑問。

 

以前にもちょっとだけ書きましたが、常用就職支度手当の支給には色々と条件がありますが、その条件はクリアしています。クリアした場合いくらもらえるのかというのですが、これは計算式が決まっていて『支給残日数×40%×基本手当日額』で計算されます。自分も調べて間違えに気づいたのですが、40%(4割)の計算は「支給残日数」の40%で、基本手当日額の40%ではありません。ただし支給残日数が90日以上ある場合は36日分の、45日未満の場合は18日分の基本手当日額の支給になります。

 

ここまではハローワークの雇用保険説明会で渡されるハンドブックに書かれているのですが、実は1つだけ「例外」があったみたいです。それは「所定給付日数が270日以上の人」は上記の計算式にあてはめず、「基本手当日額×36日」で計算するとのことです。「所定給付日数」とはその人が基本手当を受け取ることができる日数のことで、その日数は離職の理由や障害などの理由による「就職困難者」などで変わってきます。自分の場合、所定給付日数が300日だったので、支給残日数に関わらずこの計算が適用されたみたいです。

 

なので、自分が計算した額よりも多かったわけですね。

こうやって調べてみると、知らなかったことが結構ありますね。あと「正当な離職の理由」も色々調べると「こういう場合もそうなんだ」って改めて知ることもできました。以前もちょっと書きましたが、自分のように精神疾患を患い退職の選択肢が出たときは、できるだけ手帳を取得すると、その後が負担なく仕事探しや再就職ができるような気がします。使える制度は有効に活用することが大事ですね。

世間がコロナウイルスで騒がれている中、わざわざ都心まで行く自分。

不要不急の外出は控えたいのであまり行きたくなかったけど、行かないわけにもいかないので・・・

 

今日は健康診断。事業所は郊外なのに、検診は都心。

たしか最初の職場でもそうだったな。当時は「政管健保」だったから色々あったのかもしれないけど、今となってはどこで受けても自由。まぁ何らかのメリットやつながりがあったのだから、都心のクリニックにお願いしたのだと思います。それでも、入職したばっかりで検診を受けさせてもらえるだけ、有難いのかも。

 

40歳を過ぎたので、検診は一般検診に。

一通りの検診をやることになっているけど、今までとちょっと違うのは胃の検査。今までの事業所の胃の検診はバリウムを飲んでいたけど、今回の事業所は胃カメラを飲むことに。どちらも同じ胃の検査なので問題はないけど、久しぶりに胃カメラを飲むのでやや緊張していました。

 

クリニックに到着して検査着に着替え、検診項目をこなしていく自分。

1つ終わるたびに待合所で待っていると、心の準備が整っていないうちに、「次は内視鏡の検査ですね」と一言。えっ、こんなに早いの、ってちょっと思ってしまいました。検査前に胃の中をきれいにする液体を飲みながら、看護師さんの問診。その後準備ができると内視鏡室に案内され、血液を採ることに。いつも左腕で採血をしているのでいつも通りに左腕をまくり、駆血帯

をまかれたけど・・・うーん、看護師さんの反応が悪い。なかなか血管を見つけるのに苦労する腕であることは十分承知だけど、どうやら見つけられていないみたい。何度も確認するけど、看護師さんも半信半疑の様子。「あぁ、ダメかな」と思ったけど、看護師さんがそのままトライ。針を刺して…って、ずいぶん深く刺していることが何となくわかる自分。これ、ダメだろうな・・・・ハイ、空振りでした。

 

看護師さんだけでなく、内視鏡の検査をする先生も、どこから血をとれるか探す状態。

で、最終的に取ったのは、ここ。

ハイ、痛いことで有名な、手の甲です。

痛いということをわかっていたので覚悟をしていたのですが・・・やっぱり、痛かったです。「痛くないですか?」と聞かれたときに思わず「ちょっとだけ痛いです」と言ってしまいましたから。そのあとに看護師さんから「よく(血液が)出てきていますからね」と言われたけど・・・これって励まし???

 

ただ、この痛みのことが気になってたためか、採血したルートを確保したまま、鎮静剤が投与。で看護師さんから声をかけられた時には、すでに胃カメラの検査は終了。ホント、胃カメラの検査のこと、全く覚えていませんでした。のどに麻酔でキシロカインを噴霧され、マウスピースをはめながら手の甲から採血をしているということまではわかっていたのですが、その後のことは全く記憶なし。本当に鎮静させたんですね。声をかけられた時もなんだかボーっとしている感じで、休養室で30分ぐらい休んでいました。周りの人が起こされて出ていくのを感じていた自分は「しばらくずっとここにいたいなぁ・・・・」なんて思っていましたが、案の定30分後には看護師さんに呼び起されて普通の待合室へ。「お水を飲んでください」とも言われたので飲んでみると、のどの麻酔は切れている模様。その後再び看護師さんからは検査結果が伝えられることに。今回の検査、胃は異常なしとのこと。組織検査も行わなかったとのことで、一安心。

 

体には2か所穴をあけられてしまいましたが、胃カメラは全く苦痛ではありませんでした。

多分、今までの検診の中で一番精神的に楽な検診だったかもしれません。バリウムを飲んだ後の下剤で気にすることもないし、ある程度余裕がありながらの検診だったので、全体としては良かったのかな。まぁだけど、自分のかかりつけのクリニックの看護師さんは太い自分の腕から一発で採血する場所を見つけて採血できるから、採血の腕はもう少し上げてほしいかな。それさえできれば、ちょっと遠いけど来年も同じクリニックで検診を受けてもいいかな。

今月の担当シフトを見ると・・・あぁ、もう一人立ちなのね。

まだそんなに行ってない特養清掃や公園清掃、今月の中頃からは自分一人で利用者さんを連れていくことになっているみたいです。多分、自分よりも利用者さんの方が慣れているはずなので、もしかしたら利用者さんに聞きながら仕事をするような気もします。

 

そして、しっかり残業も。

来月の宿泊旅行の行先も決まったので、さらに細かいプラン作りをすることに。もちろん宿にも連絡をして予約を入れて・・・あ、予約の窓口は自分になるのか。

 

周りの職員さんからも「もう何年もいるみたい」なんて言われていますが・・・まだ、1か月半。

初めて入職した職場で1か月半が経った頃って何をしていたかな。前の職場は例外として、まず利用者さんのことを知るところから始まったよな。特に生活介護だったときは介助の仕方とかを覚えていったし、もちろん仕事を覚えることもやっていました。まぁ社会人になりたてのころと比べてしまうことは一概にできませんが、そんなにハイペースでやることはしなかったですね。多分、残業も。

 

きっと前がかなりハードだったから、ちょっとだけ感覚がマヒしちゃっているのかな。

またはなんだかんだ言いながらの経験があるから、多少のことでは動じなくなってしまったのかも。普通に利用者さんからの電話をとって助言もしているし、理事さんや監事さんに電話をして理事会の日程調整もしているし。

 

うん、やっぱりハイペースだ。ちょっとペースを落とさないと。

とはいえ、宿泊旅行の準備は時間的な余裕がないため、きっと今週はもう何日か残業をするかな。オーバーペースにならないようにしないといけません、ハイ。

仕事を終えて帰るために、ポケットから活動量計を取り出してみると・・・あ、バンドが折れてる。やっちまったかぁ・・・

 

前の職場は定期的に面談を組んでいたので腕時計が必須でしたが、それまでは活動量計をつけていました。今の職場ではそんなに時間を気にしながら何かすることもなさそうなので活動量計だけで済みそうですが、それまでは右に腕時計、左に活動量計・・・とヘンテコな装備で過ごしていました。

 

なので今のスタイルが元に戻った形ですが、調理をするときは外します。

当然ですが衛生管理のため活動量計を付けたままでは支障があるので、その時はいつもポケットの中に入れています。ポケットの中でも歩数ぐらいは測れるのですが、自分の場合は睡眠状態も記録しておきたいため、基本的に24時間ずっとつけっぱなしの状態。バンドが折れてしまっては寝るときに着けることができないので、早急に手配。

 

自分が長く使っているのは、fitbitシリーズ。今はCharge3を使っています。

このバンドが切れてしまい、なかなかお店でバンドだけ売っているのを見たことがなかったため、amazonでバンドだけを手配。でも早くて明日の到着だから、今日の夜には間に合わない。うーん・・・と考えた時、もしかしたらビックカメラのサイトなら売っているかなと思いアプリで確認。すると取り扱っていることは確認。ただ店頭で販売しているかはわからなかったのでもう少し詳細に確認してみると・・・職場からちょっと離れたお店なら、取り置きが可能とのこと。早速取り置きをしてもらい、お店に向かうことに。

 

到着してメールを見せると・・・ありました、お目当てのもの。

実は以前にもバンド部分が折れてしまいamazonで手配したことがあったのですが、今回はお店で手に入れることができました。でも・・・amazonで買ったものが余っちゃう。まぁここは、以前にもバンドが折れたことがあるので「予備」として取っておくのもいいでしょう。

 

ビックカメラに来たついでに、キーボードカバーも物色。

最近はキーボードカバーを置いている店も少なくなり、やっぱりamazonで買うしかないかなぁ・・・と考えていました。なので「売ってないだろうなぁ・・・」と思いながら物色していると・・・あ、あった。欲しかったタイプのカバーが。全部で2枚売っていったので・・・買い占めちゃいました。1枚あれば十分なのですがこの先手に入らないことを考え、やっぱり1枚は「予備」として購入。

 

都合、fitbitのバンドとキーボードカバー、それぞれの「予備」を買ってしまいました。

久しぶりにお給料がもらえたので大盤振る舞い・・・というわけではありませんが、とりあえず必要なものなので購入。これからは無駄遣いをなくしていかないと。

 

そうそう、久しぶりにちゃんと働いてお給料がもらえたので、家にも入れました。

今までは仕事がまともにできない状態&失業状態だったのでお金を入れることができませんでしたが、ようやくきちんとした形でお給料がもらえたので、家に入れられるようになりました。これも1つの社会復帰の形なのかな。ようやく、こっちも正常な方向に戻せそうです。

先週末、少しだけ仕事を持ち帰りましたが、結局やりませんでした。

正しいといえば正しいことだし、当たり前といえば当たり前。それがいいんでしょうね。

 

持ち帰ったのは、宿泊旅行のプラン作成の仕事。

元々先週の金曜日に職員ミーティングで素案を出したけど、最終的に利用者さんに意見を図ることに。そのための下準備として調べておくことをやっておきたいと思っていました。一番の仕事は、宿が取れるかということ。その確認を週末のうちにやろうと思っていました。

 

一応、そのつもりだけはあったんですよ。

ちゃんと宿泊元のサイトを調べて、ネット予約の状況なども確認しました。でも実際に電話をして確認するまでには至らず、プランの下調べもしませんでした。友達との旅行程度であればネットからの予約で済みますが、多少の団体になる場合はネット申し込みだけでは済みませんし、「休養ホーム事業」を使っていく予定なので、やはり直接電話をして空き状況や利用が可能かどうかを調べておく必要があります。宿なので土日祝日関係なく空いていると思うのですが、それをわかったうえでも電話はしませんでしたね。多分心の中で「まぁ、いいや」なんて気持ちが出たのかも。

 

もっとも、仕事を家に持ち帰ること自体が違いますよね。

昔は仕事を持ち帰ってケース会議の資料を作ったり行事案内などを作ったりするなど、普通に休みの日も仕事をしていましたね。でもここ数年は自宅に持ち帰って仕事をすることはなくなりましたし、仕事は仕事、休みは休みと切り分けて過ごすことができるようになりました。だからそもそもの話、家に仕事を持ち帰ってもやらない習慣が出来上がっているからやらないのでしょうね。正常な反応です。

 

なので、明日は職場に着いたら仕事。

電話をして、大雑把なプランを作って、利用者さんの朝ミーティングに間に合うようにするだけ。素案自体はできているのでそんなに時間がかかることではないと思うし、今までの自分の経験からすればそんなに難しいことではないので、多分大丈夫でしょう。内心、職場に行って仕事することを頭の中によぎりましたが、そこまでやる必要がないことをちゃんと判断することもできましたし、メンタルは正常なようです。

念のため・・・今の仕事ではありませんよ。

今の仕事は先日書いたように、順調に滑り出しているのでまぁ大丈夫です。合わないと思うのは、自分の適性分野のこと。

 

今日は初めて特養の掃除に行くことに。

週に2回特養の掃除に出ているけど、今日は初めての体験。利用者さんがすることと職員がすることを一通り覚えるのが今日の仕事。もちろん利用者さんと一緒に掃除もしました。

 

ただですねぇ・・・見てられないです、特養の中。

外から見れば清掃担当の一人である自分、掃除中は福祉職の人間ではない「仮面」をかぶっている状態。その中で特養に入所している利用者さんがじっとしていられず椅子から立ち上がると、職員が来てルーチンのごとく利用者さんを座らせる。離席センサーの付いている椅子なので、利用者さんが立つと音楽が鳴り、なると職員が来て座らせる。でも座らせるだけで、何かやってもらったり関心の持つような働きかけをしているわけでもなく、同じことの繰り返し。一方で利用者さんがとろみ入りの飲み物を床にこぼし、うちの利用者さんが掃除で処理をすることに。その時、床にこぼした利用者さんには「遊びはダメです!」と、なんだか子供相手のよな対応をする職員も。掃除している中で目の前でこぼしたので、特養の職員さんはそれに対しどのような対応をするのかな・・・と、少し様子を見ていました。でも今日は掃除があるからと思っているためなのか、特養の職員がこぼしたとろみを片付けることはなく、うちの利用者さんが掃除の一環として処理をしていました。あとで特養の方から「ありがとうございます」とあいさつはいただきましたので、こちらとしては「はい」というだけのこと。

 

うーん、関われるものなら、関わりたい。

あくまで掃除がメインの仕事だから、自分が特養の利用者と関わることは基本的になしですね。でも特養の職員の対応を見ていると、なんだか冷たいなぁ・・・ということをひしひしと感じます。もちろん大きな理由の一つに「職員不足」というのもあると思います。別にここの特養だけのことでなく、一般的に介護職自体が少ないといわれている時代なので、どの特養に行っても職員が慌ただしく業務をこなしているであろうことは容易に想像つきます。でもだからって、利用者さんを居室から出てもらって、デイルームで特に何もすることなくただ座っていることを求めるのは、ちょっと酷なんじゃないかな。もし自分が利用者の立場で、何もやることなく席に座らされて離席することができないって・・・いや、無理でしょ。そんなこと普通の人だって苦痛なのに、認知症などがある利用者さんにそれを要求するのは、もっと苦痛でしょ。話を聞いたり、ちょっとだけ散歩するだけでも違うと思うけど・・・でもこのことを突き付けていくと、やはり最終的には「人が足りない」「仕事が忙しい」ということになるのでしょうね。

 

自分が特養清掃に行って実感したこと、やっぱり高齢者分野は自分には合わない。

今の職場に入職する前には高齢者関係の相談員の面接にも行ったけど、何となく自分の中でも明確に「やってみたい」という気持ちは出てきませんでしたね。今日なんかは別に利用者さんと接するわけではなく、ただ単に掃除に来ただけのことでしたが、それでも自分の中でいろんなことを感じてしまう。高齢者支援が仕事じゃないのにネガティブな感情を持ってしまうということは、やっぱり自分の仕事として高齢者分野というのは適性が低いということなのでしょうね。黒歴史でもある特養での生活相談員の経験も、決して仕事としてできないわけではなかったと思いますが、それ以上に他のことが色々とあってわずか1か月半で退職。もちろん体調もジェットコースターのように悪くなりましたからね。それ以来、絶対に高齢者分野の仕事には就かないと決めていましたが、やっぱりそれを貫き通して間違ってはいないようです。

 

一応、名誉のために書きますが・・・良い特養もあると思いますよ。

ちゃんと人員配置をして利用者のことを一番に考えて支援をしている人もいると思います。仮にそれができていない職員でも、気持ちの中では「変えていきたい」と思っている職員の人もいると思います。すべての介護職員が冷たいというわけではありません。熱い情熱を持った人もいるはずです。自分が障害者福祉の分野で力を発揮していこうと思っているのと同じように、高齢者福祉の分野で力を発揮していこうと思っている人もたくさんいると信じています。

社会復帰の第一歩は1週間仕事をすることでした。

そして今日は社会復帰の第二歩。無事、1か月仕事をすることができました。

 

今の職場は、勤務の締め日が15日。明日が15日なので、今日が締め日に。

なので入職も16日からで、ちょっとイレギュラーな形に。今日が入職して1か月経ったことになります。タイムカードがいっぱいになったのを確認して、着実に1か月仕事をしたことを実感しました。

 

当初からの最初の懸念材料は、ちゃんと働けるか。

そのための第一歩は1週間仕事ができるかということ。それをクリアし、次の1週間、また次の1週間・・・と積み重ねて、1か月勤務のハードルをクリアすることができました。

 

まぁタイムカードを打つのと同時に、毎日勤務簿に時間も書くのがルール。

毎日書いていれば積み重ねになり、結果的にそれがある種の認知行動療法的なものとなって「1か月やり切った」と自分で認識したことも大きいかもしれません。昔の話(10年以上前)になりますが、自分が初めて精神疾患(パニック障害)を患った時も、とりあえず1日を終えていく、それを続けて1か月終えることを目標に仕事をしていましたが、その時のモチベーションと今のモチベーションは大きく違います。昔は苦しい中を少し無理をしながら積み重ねていましたが、今回は「できる」を実感しながらの積み重ねでした。

 

ただ完全に不安払拭・・・というわけでもありませんね。

先週精神科の受診でしたが、そこでも先生に話したのは「この先」のこと。滑り出しは無事にできたけど、今後仕事の強度が強くなっていったときに自分が耐えられるかどうかは不安を持っていることを話しました。抑うつの状態でありながら適応障害のような状態でもあったので、順調にこの先の仕事に適応できるかは心配です。今思えば前の職場の退職は明らかな不適応状態であり、だから吐気が出たり体が固まってしまっていた状態。職場にいても思考が働いていない状態であり、結果として欠勤していたわけですから、心身ともに疲弊して終わってしまっていました。それだけに再度仕事をすることに関してはかなりの不安感を持っており、心の中で「これでダメなら、もう普通に働くことができないのでは・・・」と、危機感と背水の陣のような感じでもありました。でも「1週間仕事ができる」「1か月仕事ができる」はクリアしてきたので、社会復帰という意味ではできてきているのかなと思います。

 

1か月の勤務ができたので、次の目標も。

次の目標は・・・うーん、試用期間(3か月)を無事に終えることができるかどうか。まだ試用期間中であるので、そこがクリアできなければ水の泡。そのためには先日の失敗を繰り返さないように、ある程度は自分で考えて行動することも必要。仕事を覚えていくことも大事なことであるけど、同時に利用者さんとの円滑な関係を築いていくこともこれから必要になること。どうしても話す利用者さんが偏りがちになってきてしまうので、利用者さん全員と世間話ができるようになっていくことが、1つの目安かな。

 

でも焦りは禁物。思わぬ落とし穴にはまってしまうことも。

それをやってしまうとまた自分が致命的なダメージを負いかねないので、あまり無理をすることなくできる範囲から徐々に進めていくことが大切。一人でも多くの利用者さんから自分のことをちゃんと認知してもらえるように、地道にコツコツと進めて行きましょ。

今週も水曜日なのでカレーの提供。

先週に引き続き、今週も注文の数が多い状態。前回不穏になってしまった利用者さんを配慮するため、サポート体制について職員で確認。そのおかげで、今日はその利用者さんが不穏になることはなく、大きなトラブルもなく過ごせることに。注文も複雑ではなかったので自分もそんなに焦ることなく、落ち着いてこなすことに。

 

でも・・・最後の最後に、やってしまいました。自分の無意識にあったもの。

別の利用者さんから「締めはやらないの?」と言われた自分。自分はそうだなと思い利用者さんのところに行くと、一緒にいた利用者さんの顔がかなり強張っている状態。ちょうど施設長も戻ってきたところで一緒に話を聞くと、今までの不満が一気に噴出し、非常に心がエキサイトしている状態でした。

 

その利用者さんが言っていたことも、もっともなことでした。

水曜日の作業に参加する利用者さんはそれぞれ分担を決めており、厨房を担当する人、接客を担当する人、後片付けを担当する人、配達を担当する人・・・など。今の自分は主に厨房を担当しており、オーダーに合わせて調理もしていました。で、ここ最近は配達にヘルプで入ることもあり、今日もちょっとだけ配達をすることに。その後施設長から、外出で不在になるため配達担当の利用者さんへの配慮を申し受けた自分。配達担当の利用者さんと一緒に在庫確認などの作業をしていました。お店もちょうど終わった後で、職員も一息をつける段階。職員が食事をする準備もしていました。

 

きっとそんなところを利用者さんは見ていて感じたのでしょうね。

自分たちの仕事(配達)が他の人に比べて軽んじられているのではないかということを。確かに自分の意識の中では終わったことにホッとしていた部分があり、施設長からの申し受けも利用者さん同士の関係性だけのことと受け止めていました。自分が施設長の意図を理解しちゃんと最後まで関りをしていれば、もしかしたら今日の一件は起きなかったかもしれません。

 

もっとも、利用者さんの前兆状態もありました。

一緒に配達に行ったとき、利用者さんが配達するカレーを持っていくのを忘れ、自分は別の、まだ詳しくない場所へ一人で配達をすることに。まぁ自分は場所をスマホで調べて何とかなりましたが、利用者さんにとっては自分がミスをしたと焦っている状態。自分が配達から帰ると、別の利用者さんが忘れたカレーを届けるために出かけたけど、すれ違いになっていたみたいで気をもんでいる状態。最終的には落ち合って無事に届けることができたけど、そのミスからその利用者さんの中でのリズムが狂いだしてしまったみたい。で、担当ごとに終わってどんどん解散していく中、配達担当の利用者さんだけは宙ぶらりんの状態であることを利用者さんが感じ、色々と溜まっていた不満が一気に爆発したみたいな状態でした。

 

まぁすべてが自分の責任というわけではありませんが、トリガーになったのはやっぱり自分が最後まできちんと締めるところまでやらなかったことだと思います。遅い昼食を食べた後に、その利用者さんのケース記録などを読むと、過去にも今日と同様の不満が爆発していることが度々あったみたいです。ただ時系列で読んでいくと、利用者さん自身の個性の部分があり、とても勤勉で真面目であるが故に柔軟に対処することができなかったり、良い意味で力を抜くことができなかったりすることがあるみたいでした。だから仕事においてミスをすることはきっと利用者さんの中では許せないことで、その自責感とともに日頃思っていたことが一気に噴出したのが、今日のことだったのだと思います。

 

施設長からのフィードバックでは、視野を広く見ていくことを提示されることに。

自分は職員であり利用者ではないから、同じことを同じようにやっているだけでが意味がない。ましてや自分は常勤の職員として勤務をしているのだから、より臨機応変に動けるようにならなくちゃいけない立場。だからこそ目の前の作業も行いながら、全体を見てフォローが必要なところにはフォローに入り、入れなくてもちゃんと気にしていることを伝わるようにしなければいけない。自分の足りないところが、見つかった感じです。決して仕事や利用者さんのことを軽んじていたわけではありませんが、そんな空気が厨房の中に無意識に漂っていたのかもしれませんし、自分も含めて無意識下にあったのかもしれません。利用者さんの支援、まだまだ分からないことも見えていないことも多く、1日1日が勉強です。

今の職場には相談支援専門員として採用されたけど、実際はまだ稼働していません。

稼働していないというか、休止中のまま。その間自分は支援員として・・・うーん、支援員というよりもまず中の様子を知るのと利用者さんを知るために、一緒に現場で仕事をしています。

 

ただ相談支援専門員としての仕事が始まったとしても、水曜日は別。

自分の中でも「水曜日は現場に出ることになるんだろうなぁ・・・」と考えている部分もあります。今現在、B型としては職員が1人欠員の状態になっているので、人数不足に。他の曜日もギリギリの中で動かしている感じですが、特に水曜日は全員体制でやるような状態ですから、当然自分もその一員としてやることになるのは覚悟しています。

 

毎日作業やプログラムはありますが、特に水曜日はカレーを提供するお店を運営。

お店の中で提供するほか、配達の注文も受けているので参加できる利用者さんはほぼ参加。水曜日だけの営業ですが、パワープレーのような状態。そして今日は特に注文の数がいつもよりも多かったので、お店が開店するまでの間に用意する配達用のカレーが多いこと多いこと。

 

自分もカレーの作業に入るのは3回目だから、まだ段取りも不十分。

サラダを作るのも迷い迷いだし、オーダーによってトッピングの有り無しもまだ覚えられていない状態。多分いつも通りならそんなに焦らないけど、今日は今までにない多さだったので、自分も若干足を引っ張り気味の状態。

 

そんな時だと、利用者さん同士の関係も影響に。

他の利用者さんから厳しく言われた利用者さんが「私、辞めます!」と厨房で宣言したりして不穏な状態になってしまうことに。自分は努めて「大丈夫ですよ」とか「ごめんなさいね」とかの声掛けをするけど、効果のほどは不明。まだ完全に利用者さんと関係が構築できていないから。

 

注文がひと段落すると、いつものペースに。

全体的に落ち着いてくると、雰囲気も多少は落ち着くことに。やっぱり忙しかったり慌ただしかったりすると、利用者さんも職員も余裕をなくすことがあります。特に自分は、余裕なかったかもしれませんね。ただ売り上げを出すためにはもっと多くの数をさばかないといけないから、慌ただしい状況にも落ち着いて対処できるようにならないとダメですね。

 

相談支援専門員としての仕事が始まっても、自分の現場志向は変わらず。

相談だけの仕事だけでなく、実際に現場に入った方が直接利用者さんを見ることができるし、自分の気分転換にもなるので、早く他の仕事も覚えたりできるようになりたいですね。

今日から2月。まだ余裕はありましたが、車検に出しました。

新しい車を買ってから3年、あっという間ですね。車検の費用も・・・うーん、するなぁ。

 

今の車(ポルテ)にしたのは、母親に対応するため。

それまでは10年以上ウイングロードに乗っていましたが、母親が病気になったことで買い換えました。当時のブログにも書いてあるけど、脳幹梗塞になったため。母親の病気に合わせて車を買い替えたので、ちょうど母親が病気になって3年が経ったということです。

 

母親が脳幹梗塞になったのは、3年前の11月。厳密には2016年の11月。

くしくも自分の誕生日の日に緊急入院し、1か月後に回復リハを受けるために転院。その間一時外泊をしてから2か月で退院。早期に病院に行ったこととリハビリのおかげで、今も大きな後遺症を残すことなく生活を送っています。

 

ただ、車に乗ることは若干の配慮が必要な感じ。

座面が低いと車から降りるのがかなり大変そうな感じ。そんなこともあって乗り降りに負担の少ない車にすることを考えました。今まではパンフレット上だけで車を決めていましたが、この時は実車を見て、実際に母親に乗り降りを経験してもらってポルテに決定。今の車に変えてからは以前に比べだいぶ乗り降りが楽になっている印象があります。

 

まぁその後、脊柱管狭窄症の手術をし再び同じリハ病院でリハビリを受けることになるのは想定外でしたが、手術して良くなったことで体の動きも良くなることに。ここでも車を買い替えていたおかげで乗り降りがさらに楽になり、日帰りではありますがちょっと遠出をすることもできるようになりました。

 

今の車は、母親の大病の歴史につながっているもの。

ディーラーの人から「3年ってあっという間ですね」と言われ、自分の中では母親が病気になって3年が経ったんだなぁという思いが大きかったです。3年が経ち時々ふらつくこともあるので外出では手引きが欠かせませんが、1人で出かけられないこともないし自宅では杖なしで生活ができるので、脳幹梗塞の大きな後遺症はありません。慢性腎不全で透析を受けていますが、母親には長生きをしてほしいし、自分なりに考える大きな親孝行はできていないので、早く親孝行が実現できるといいんですけどね。