職場が変わって、昼食もバランスのいい食事に。

ただ今日は「昼食レク」ということで、希望する利用者さんと一緒に「すた丼」に行ってきました。今まで一度もすた丼には行ったことがないので、どんなものかちょっと気になりました。

 

グループとしては大所帯で、利用者さんが12人、職員が3人の15人。

途中、利用者さんの1人が歩行が大変になってきていたので、自分が急遽事務所に戻って車を持ってくることに。その間、他の利用者さんは歩いてお店へ。自分も1人の利用者さんは遅れて到着しました。

 

自分がお店に行くと、すでに行列。

すると自分の前に並んでいたお客さんがブツブツ。「何で遅いんだよ」的なことを言ってたような。後ろに並んでいたお客さんも、同じようなことを電話でブツブツ。そして前のお客さんはすた丼での食事をあきらめてどこかに行ってしまいました。

 

初めは「何を言っているんだ」と思いましたが、ちょっと先を覗くと、理由が明らかに。

遅くなっていた原因は、うちのグループでした。タッチパネルを使って注文(食券の発行)をするシステムだったけど、利用者さんにとってはそれがちょっと手間取っていたみたい。だからなかなか列が進まず、並んでいたお客さんが「遅いんだ」とつぶやいていたみたいです。しばらくして店員の人が来て、利用者さんのオーダーを機会に入力して渋滞は解消。

 

その光景を見て「そっか、こういうこともあるんだなぁ」と感じました。

今まで自分がいた施設では食券方式の場所は利用したことがなく、字が読めない利用者さんのために事前にレストランからメニューを借りて事前に食べるものを選んでおく、可能なところなら座席の予約もして万全の態勢で外食に行っていました。なので食事で手間取ることはほとんどなかったのですが、確かに食券式の注文は大変でしたね。正直自分の中では精神の方だからある程度はできるであろうと思ってはいたのですが、自分が食べるものを決めても、それを操作するというのは、意外と難しい行動なんだなぁと実感しました。今の人ならほとんど問題なく操作できると思いますが、例えば高齢者の場合はこういう形の注文の場合、なかなかスムーズに進まないことが多いですよね。結局それと一緒で、物事を効率よく進めるために導入したものが、時としてバリア(情報バリア)になるわけですね。ATMの操作にしても、苦手な人は苦手だと思いますし、「画面を見て何か操作をする」というのは実は結構大変なことであることを認識しなければいけませんね。そういう人にとっては受付のレジ対応スタッフだったり、有人対応の窓口のほうがはるかに利便性はいいですよね。

 

久しぶりに現場仕事で外に出たので、また1つ気づきがありました。

来月の昼食レクは丸亀製麺。さぁ、うまくいくかな。

1週間、仕事に行くことができました。

とりあえず1つ目のハードルをクリアしたのかな。

 

仕事に復帰するうえで懸念していたのが、勤務できるか。

先週は2日間だけの仕事だったのであまり判断できる材料にはならなかったけど、今週はフルで勤務。就業時間内をきっちりと仕事することができました。

 

1週間フルで働けたのは、かなり久しぶりのこと。

体調を崩してから退職するまでちゃんと勤務することができなかったから、おおよそ2年ぶりのこと。退職間際の時は実質週2日程度の仕事しかできなかったから、それを思えばだいぶできるようになりました。

 

退職して体調は戻ってきたけど、実際に仕事をするまではやはり不安でした。

意識の中で「もうフル勤務はできる」と思っていても、本当にできるのかなというのは心配でもありました。体調が戻ったといえども、失業期間は8か月。ブランクがあったのでやってみなければわからない状態でもありましたが、1週間を終えて「今の状態なら大丈夫」と自分でも実感できたので、多分来週も大丈夫だと思います。出勤前の吐気もなかったし、体が固まることもなかった。車通勤ができるのも大きな要因かな。出勤までに自分の気持ちを整えて、落ち着く空間の中で過ごせるから気持ちに余裕もできていました。

 

まぁ今の状態がずっと・・・というわけではないでしょう。

まだ右も左もわからない状態だからこれから覚えていくことになるし、利用者さんのことも理解していく必要もあります。B型の業務を覚えてできるようになることも必要ですし、自分の仕事の主軸は相談支援専門員ですから、将来的にはサービス等利用計画の作成やモニタリングの実施、関係する付随業務もやっていくことになるから、今は本当にスタートラインに立った段階。それに小さい法人だから、法人業務も携わっていくことになるし。仕事の強度としてはもっとできるようになるのが自分の課題。

 

とはいえ、社会復帰の第一歩は踏み出せたかな。

1週間の勤務ができたから、次は1か月間勤務すること。まだまだ道は長いです。だから休みの日はしっかりと体を休めること。あと、気分転換や息抜きのための趣味が必要なんですよねぇ。趣味の話は入院していた時の心理士さんからも言われたこと。その辺もおいおい見つけられるといいんですけどね。

いつものことで、サッカーくじの結果を確認。

「また外れているだろうなぁ」と思ったら、「当たり」の表示が。確認してみると・・・

あら、10口中3つが当選。

こんなこと、今までなかった。まぁ当たったのは5等1本に6等2本。金額としてはそこまで大きくないけど、今までで一番まとまって多く当たったことになりました。

 

とはいえ、夢は1等6億円。

6億円あったら、いろんなことができるようなぁ。もし本当に当たったらやってみたいことがあるし、それが実現するかは、買い続けないと。夢はまだ先です。

タイトル、そのまんまです。興味本位で、食べてきました。

 

この前テレビで放送していて、スゲーと思い行くことに。

「回り寿司活 活美登利」まで、車を走らせて行きました。家の近くにはないので、駐車場があって比較的運転のしやすそうなところを選んだ結果、武蔵小杉が一番行きやすそうだったのでそこにしました。

 

普段はいくらを食べることは少ないのですが、この日は別。

一緒に母親、兄も連れ出し、母親にはアナゴ一本丸々使った「元祖穴子一本付」を。これもいいサイズだったから、写真撮ればよかったなぁ。こぼれいくら同様、迫力があったからなぁ。

 

味も良かったです。まぁ何度も行けるか・・・というと、それはねぇ。

ちょっとお店まで遠いから気軽に行くという感じではないかな。ちょっとしたご褒美や何かの時じゃないと、うちから行くにはやや厳しさも。どうしても「くら寿司」や「はま寿司」に行きなれている身としては、遠征みたいなものですからね。でもいいお店だと思います。お財布のことを気にせずに食べたいときは、間違えなくここでしょうね。

明日から就労をする前に、ハローワークに行ってきました。

本来は来週が失業認定ですが、そもそも失業ではなくなるため、就職する前日にハローワークに行きました。行きましたというより、今日来てくださいと指示と受けたので、行ったんですけどね。

 

前回のブログで、雇用保険の裏技的なニオイをさせる書き方をしましたが、やっていたことはいたって普通のことです。普通・・・うーん、普通というか普通じゃないというか・・・「一般的」ではないことですね。

 

話は雇用保険を申請する前、退職を決めたときにさかのぼります。

前々から主治医の先生と話にはなっていたのですが、退職を決めたときに申請することにしたものがあります。それは「障害者手帳」の申請。先生からは「今の状態なら、十分手帳は取れると思う」とのことで、申請しました。

 

障害者福祉には3種類の手帳があり、「身体障害者手帳」「療育手帳(東京都の場合は、愛の手帳)」「精神障害者保健福祉手帳」に分かれます。それぞれの障害(身体障害、知的障害、精神障害)に対してそれぞれの手帳があり、自分は精神の手帳を申請することにしました。精神科自体には長く通院をしているので、精神科に関する通院に対して医療費助成をする自立支援医療(精神通院)は既に利用をしていましたが、その時はまだ手帳相当の状態ではありませんでした。しかし抑うつ状態になってから体調は悪くなり、精神症状も増悪。手帳相当の状態になったので、今後のことを考えて申請することになりました。

 

結果、先生の想定していた等級ではなかったものの、交付されました。

交付されたことで、様々な法律上での「障害者」になり、優遇を受けられることになりました。そしてその優遇は、求職活動においても受けることができました。一番大きかったのは、障害者であることで雇用保険の給付日数が大幅に増えたこと。今回の給付、一般であれば給付日数は120日でしたが、障害者として認定をされたことで300日まで給付を受けられることに。1か月30日と考えて、120日であれば4か月のところ、300日なので10か月もらえることに。6か月の差は本当に大きかったです。また求職活動についても障害者であることで一般の人の基準よりも緩やかであったので、その負担も少なかったです。余裕が持てたのも、障害者として活動をすることができたことが、一番大きかったと思います。

 

また今日の失業認定で、常用就職支度手当の申請説明も受けました。

雇用保険を受給している人は、早く就職をすれば「再就職手当」が支給されますが、支給残日数が3分の1を切るともらえません。ただ自分の場合は(障害があることにより)「就職困難者」と認定されているため、再就職手当の対象から外れていても常用就職支度手当で、支給残日数に応じた手当てがもらえる可能性があるとのことでした。これもやっぱり、手帳があることで受けられるもので、今回の求職活動は本当に手帳のおかげで何の焦りもなく活動ができたと実感しています。

 

こうやって就職し、明日を迎えます。

まぁ正直なところ、手帳の存在はあまりないものと考えて行きたいと思っていますが、殊仕事に関しては手帳のあるなしでこんなに違うので、使える限りは使っていこうと思います。もちろん他の優遇(所得税・住民税の軽減など)を受けてもいいのですが、精神障害者保健福祉手帳の有効期限は2年で、2年ごとに更新しなければなりません。なので体調が良くなり手帳相当でなくなれば更新できずに返還。自分の場合もいつ更新が通らなくなるかわからないので、更新できる限りは続けていこうかなと思っています。あくまで手帳を使うのは、ハローワークのお世話になるときだけ。それ以外ではいつ使えなくなっても大丈夫なように、初めから手帳ありきで考えないようにしています。

 

あんまり手帳のことを話すのは・・・とちょっと思っていました。

ただ自分のように精神疾患を患ってしまったために仕事を辞め、再就職を考えている人にとっては、手帳があるとないのでは支援が全く違ってくるので、あえて書いてみました。

1年以上ぶりに、ブログに戻りました。

まぁ何も書かなかった1年間、色々とありました。去年は本厄で、本厄というにはふさわしい1年でしたからね。

 

率直に言えば、退職しました。

復職はしたものの、体調の悪さは変わらず、まともに出勤できない状態。そしていよいよ仕事をしていて支障(迷惑をかけている)が出ていると感じた時、退職を決意しました。

 

思えばやっぱり過負荷だったのでしょうね。

開設準備の段階から人が抜け、オープンした時に係長へ。その半年後、課長へ。別に希望をしているわけではなく、勝手にさせられてしまった状態。これが以前書いた「書きにくくなった」ということです。管理職になれば今までのようにオープンに仕事のことを書くことは難しくなるし、管理職であるための守秘義務もあります。管理職の時は、もう愚痴だらけ。運営上のことやら、施設全体のこと、補助金の執行に報告書類。自分の領域だけでなく、色々と見ながらだったので、本当に大変だった。そのうち主治医の先生からは「抑うつ状態になっている。仕事を休みなさい。」とドクターストップがかかり、短期間の休養に。あわせて、課長からも外してもらうことに。その後復帰をするものの、やはり体調がすぐれず今度は3か月の療養。その間に短期の休息入院もしました。

余談ですが、休息入院をした病院は、どうやら何か問題を起こした芸能人が「治療」と称して入院する有名な病院だったみたいです。確かにプライバシーは守られていましたし、病院とは思えないようなところでしたからね。

 

退院し、職場に復帰すると、最後の同期も自分が休職をした数週間後に退職。

とうとう最初からのことを知っているのは自分だけになってしまい、自分の立ち位置を考えることになってしまいました。決して周りはそんな目で見ているわけではないことは十分承知していましたが、今まで自分がやってきたことやわかっていることもたくさんありながら、それが自分の業務として力を発揮することができない。昔のパフォーマンスを求めなければいいだけの話なのですが、そこが心に突っかかっている状態で仕事をしていたわけで、ジレンマに陥っていたわけです。そこに仕事上の支障が出てきて、「これ以上迷惑をかけることはできないし、自分としても限界」と判断し、去年の4月・・・平成最後の日に退職しました。

 

で今は・・・ハイ、元気です!

退職した当初は「仕事に復帰できるか・・・」が心配でしたが、辞めて4か月・5か月もすると、気持ちが非常に楽になっていました。余計なことを考える必要もないし、雇用保険もロングでもらうことができたので、相当の安心材料になりました。抑うつ状態ではあったと思いますが、今思えばこれは適応障害とも言えたかもしれません。あくまで診断は「抑うつ状態」だったので、適応障害は自分の考え・・・ではなく、入院していた病院の先生の診断。どっちもあったということでしょう。それに、以前仕事がなかなか決まらなかったときは気持ちが全然落ち着きませんでしたが、今はまったくもって余裕。何の焦りもありませんし、何の苦しさもありません。雇用保険がもらえるというのは大きいですね。まぁその雇用保険についてもちょっと裏技を使ったので、それがなければこんなに余裕を持つことはできないでしょうね。

 

そしてその余裕もあったおかげで、再就職も決まりました。

退職して落ち着いてから、いくつか採用面接にも行きました。で選んだのは・・・やっぱり、相談支援専門員。職探しは福祉に限らず、それ以外の求人も見ましたが、結局自分のキャリアを活かしたいとの気持ちが大きく、福祉以外の仕事には挑戦しませんでした。退職した当初は「もう相談支援専門員はやらない」と思っていましたが、体調が徐々に回復していくうちに、その考えも少しずつ変わりました。そんな中で、これからお世話になる事業所が相談支援(特定相談支援)を再開するにあたって、相談支援専門員を募集していたところに応募したところ、採用となりました。ただ元々の事業は就労継続支援B型の事業所なので、B型の事業にもかかわりながらのごとになるかなと考えています。まぁその方が、自分にとってもいいかもしれません。相談支援もB型に通所している人の計画を行うことが目的で、現時点では外部の相談支援は受けない予定。だから余計にB型のかかわりも必要だし、今までとはちょっと違う雰囲気で進めていくことができそうだったので、それなら自分も相談支援ができるかなと考えています。

 

これから自分に必要なのは、失敗を繰り返さないこと。

「失敗を繰り返さない」というのは、みすみすと自爆するようなことはしないこと。まぁ小さなNPO法人だから、その方が自分としてはやり易いのかもしれません。無理なく着々とやっていくのがいいでしょうね。

 

今年が後厄で、厄払いは最後。

厄払いと一緒におみくじを引いたら「明」の文字。

今の自分にピッタリな言葉。

明けない夜はない。自分の置かれた状況の中でどれだけ最善を尽くせるか。

心を屈せず迷うことなく一歩一歩歩き続けよ。ついにその先に辿り着くだろう。

これが自分のこれからを暗示するなら、おみくじの仰せのままにやっていくだけ。着実に1歩1歩歩んでいけば、先は明るいかな。

児童相談所ってどんなところ?元職員がその実態をお話しします
2017年11月、港区は南青山の一等地を「(仮称)子ども家庭総合支援センター」建設のために購入しま..........≪続きを読む≫


年の瀬に久しぶりに更新したかと思えば、こんなこと。

自分も学生の時に児童相談所で2週間の実習に行っていました。なので、自分も何となく(というか福祉の仕事をしているからある程度のことは)児童相談所のことはわかっています。


治安が悪くなる?価値が下がる?

自分からすれば「何言っているのかな」という感じです。児童相談所での生活はすでにニュースに書かれている通りなので、その辺は割愛します。


東京都には全部で11の児童相談所があります。

ただ11すべての児童相談所が同じかというと、実は違います。一番ニュースで気にかかているのはこの点じゃないのかなと思っていますが、児童相談所の規模によて一時保護を行うことのできる児童相談所とそうでない児童相談所があります。自分の情報も実習に行った時のことが情報なので変わっているかもしれませんが、自分が児童相談所に実習に行ったときは、一時保護の施設のない児童相談所でした。ですので保護が必要な児童は管轄外で一時保護所の近い児童相談所に保護されていました。


保護されている児童のほとんどは、養育環境に問題のあるケース。

一番頭に思いつきやすいのは、被虐待児の保護ですね。まれに触法や虞犯の子もいますが、数的には多くないでしょう。だから「治安が悪くなる」というのは、何か間違った情報が流れたんじゃないのかな、って思います。


一時保護された児童、厳しいようだけどあまり自由ではありません。

学校に通うことができません。なので、一時保護所の中で授業代わりに勉強をします。あとは1日の日課に合わせて生活をしていくことになります。なので基本的に保護されている子が一人で外出をする・・・なんてことはあり得ません。安全管理なのですが、少々窮屈な場。でも問題ある養育環境から保護されたと思えば、一時保護所のほうがいいのかもしれませんけどね。


いろんな噂が流れるのも、情報が正しく出ていないから。

ちゃんと説明すればいいだけのこと、だと思うんですけどね。

社会人になってから欠かすことのなくなった、インフルエンザの予防接種。

今年の5月にはうちの兄が季節外れのインフルエンザにかかり、やっぱり油断できないもの。


特に今の職場に入ってからは、職場の費用でインフルエンザを打つことに。

大本が医療法人だし、感染症に対してはかなり神経質なだけに、全員接種が原則。まぁ負担してもらえるだけこちらとしては助かります。


ただねぇ・・・打つ人がどうなのか・・・な?

打ってくれるのは、嘱託医の先生。予定を組んで先生の病院に行き、そこで注射をするわけだけど、1年目の予防接種で分かったのは、先生がどこに注射をしたのかわからないこと。注射そのものは大したことないけど、問題はそのあと。注射した後にパッチ(絆創膏)を貼るけど、それがずれていること。ちゃんとガーゼの部分に当たらずに、粘着面についている状態。全然注射したところを保護していないんですよね。意味、ないじゃんって感じ。去年も同じ。


そして今年は・・・ハイ、残念でした。

パッチを外してみると白いガーゼの部分はまっさらな真っ白。そしてその絆創膏のところに、赤い点がポチっと。やっぱり先生、どこに打ったのかわからないのね。


地元の医師会会長だから、年齢はそれなりです。

まぁ注射が痛くないだけ、まだマシなのかも。精神科で打ってもらった時が一番痛くて、かかりつけの先生に打ってもらったのが一番痛くなかった。それを基準にすれば痛くない方なのでまだいいのかもしれません。


先生、詰めが甘いです。来年こそはちゃんとパッチを貼ってくださいね。

歯の定期検診、行ってる?


定期健診、行かなくなりましたね。

たしか30歳の時かな、市の無料検診で歯医者に行くことがきっかけで検診を受けていたけど、気が付いたら行かなくなっていました。


もっとも、自分にとって一番縁遠い医者は、歯医者。

小さいころは虫歯がなく、歯医者に行くことはほぼなし。行ったとすれば、乳歯が抜ける前に永久歯が出てきたので乳歯を抜歯するために行ったくらい。虫歯が見つかったのは高校生の頃かな。それでも「初期の初期」だったから治療せずに経過観察。


その虫歯を処置したのが、30歳の検診の時。

でも治療も1回だけ。麻酔も使わず、虫歯になったところを削って、そこを埋めて終わり。ホント、10分ぐらいで治療が終わってしまいました。その後は歯のクリーニングで毎年通っていたけど、すっかり行かなくなってしまいましたね。


行く習慣のない、歯医者。

多分来年はまた検診の案内が来ると思うけど・・・どうしようかな、時間に余裕があったら行ってみるかな。



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