ここ最近は「あつ森」の力に負けていることが多いですが・・・今日は書きますよ。
先月・今月とうまくモニタリングをできなかった自分。
今月も駆け込みで、何とか今日のうちにすべてのモニタリングと計画案の作成を終えました。正直計画案はもっと早く出さなければ・・・なのですが、利用者さんのペースもあったのでこればかりは、致し方ない状態。まぁどれもある意味、致し方ないのですが・・・
ここしばらくは計画相談の仕事をしている自分。
モニタリングの時は関係するところから色々と話を聞いているけど、精神の方を対象にした計画では「訪問看護」の看護師さんと連絡を取ることが多いです。身体で医療的ケアを必要とする人の場合もやはり訪問看護の方に連絡を取ることが多いですが、訪問看護のつながりはやはり精神の方の特徴ともいえるかもしれません。
もっとも、訪問看護は医療の一環なので、特に計画に盛り込む必要はありません。
ただ自分の中では利用者さんの計画の一部として訪問看護が位置付けられているので、計画書の中で訪問看護を入れないという選択肢はありません。福祉サービスでなくても必要とする支援なので、ちゃんと計画書の中に位置づけます。
既にいくつかの訪問看護ステーションの方と連絡も取らせていただいています。
その中の1つのステーションにモニタリングのための電話をしたのですが、どうも話を聞いている中で感じるのは、利用者さんへの冷たさ?
いや、冷たいのではなく、ちゃんと線引きをしているのだと思います。
精神の訪問看護師さんの場合、本当に医療の部分だけしか見ない看護師さんと生活支援も重視して対応してくださる看護師さんの2つに分けられるような気がします。今日連絡した看護師さんは、どちらかというと前者に当たる方。別にどっちかが合っていて、どっちかが間違っているという話ではありません。
ただ実際に支援となると、きっちり分けた支援って難しいんですよね。
今日のモニタリングの話でも、看護師さんのおっしゃることは十分理解できるし、言っていることはもっともなことであります。ただこちら側の視点としてはご本人が「揺らいでいる部分」にもう少し寄り添ってもらえないかなぁ・・・という気持ちもあります。
まぁ「寄り添う」というのもなかなか難しい表現であります。
寄り添うことが良いこともあれば、そうでないこともあります。特に疾患によっては寄り添うのではなく、明確な線引きをする必要もあります。
そういったところを全部踏まえて、今のこの利用者さんには、寄り添いが必要と実感。
とはいえモニタリング報告書の書き方次第では、あたかも対応していないかのように受け取られてしまうとその後の関係にも影響を与えかねることも。
結果、自分が取ったのは総括のところで「寄り添った支援」と盛り込むことに。
本当は訪問看護の欄に書きたかったけど、いろんなことを大局的に判断してこのようにすることに。書く人によっては「そこまで詳しく書かなくても・・・」という人もいるかもしれないけど、計画書やモニタリングってそんなチャ、チャと書けるような内容じゃないし、それも違うかなと思うのが自分。別に「できました」「できませんでした」だけを書くのであれば、相談支援専門員なんかいりません。計画を実施したことによってどうだったのか、その内容や評価を書く必要があると思います。その上で専門員としての見解も述べたうえで、今後どのように対応していくのかをまとめていくのが、計画書とモニタリング報告書なんじゃないかな、と思っています。
話がそれますが、以前課長として仕事していたところでのこと。
その市は国基準ではなく市独自の書式を使っているところだったけど、従来の計画書を引き継ぐときに内容を見て愕然。全部、一言報告書。ワンセンテンスだけ。「利用できている」とか「休まずに通所している」とか「このまま続けていく」などなど・・・あまりにも専門職が書いた計画としては疎かすぎる内容に、あきれてしまいました。当然ながらすべて書き換えましたし、一新しました。
何のための研修を受けて相談支援専門員として仕事をするのか。
パターナリズムにならないようしなければいけませんが、そこは専門家としての見識を示すところであり、プランだけ書いていればいいというわけではありません。今日の看護師さんも盛んに「プラン作り」って話を出していましたが、それも仕事だけどそれが仕事じゃないです。
自分は相談支援をしながらB型の支援もしています。
なのである意味「美味しい状況」でありますが、障害者支援はいかに利用者さんに寄り添っていけるか、ということなんじゃないのかなと感じています。気持ちに揺らぎが起きやすいのが精神疾患で、起きた揺らぎに対してどのように対応していくのか。揺らいだ心は安定させていくのであれば、それはやはり寄り添って揺らぎに対応していくことなのかな、と思います。
計画書・モニタリング報告書で書けない・書きにくいこともあります。
でも「ささやかな抵抗」として、やはり自分の気持ちや見立てはきちんと載せたい。それをどう理解していただくかは・・・あとは、受け取った方次第といったところでしょうか。