職場に出勤して早々、母親からLINEが入りました。

内容は、父親のこと。スリーアップとのこと。

 

スリーアップ、介護認定で3つ上がりました。

今までは「要支援1」だったのが、今回は「要介護2」とのこと。どんな認定でこんなに上がるんだよと思いつつも、妥当な評価をしてもらったと思います。

 

介護問題・・・というか、本人は何も困ったことはないのですから。

そりゃそうだ、本人は何でもできると思っていますしね。別に体の介護を必要とする状態でもありませんから。問題は、認知症。

 

うーん、いつから認知症になったのでしょうね。自分もそこまで関心持っていませんでした。

明らかに指摘されたのは、3年前のこと。急性心筋梗塞で緊急入院となり、カテーテル手術をした後のこと。切開して止血した場所を自分で外してしまい、大流血。両手拘束のミトン対応になっており、先生からも「認知の方が来ているみたいです」との指摘。

 

心筋梗塞の対応で一段落した後、神経内科を受診。

そこで薬を処方され、かかりつけ医に戻される形に。で、今の長谷川式認知症スケールのスコアは13点とのこと。明らかに認知症です。

 

ただ、今までの介護認定では「要支援1」に留まっていました。

脳幹梗塞と脊柱管狭窄症をした母親の方が「要支援2」で、バリバリの認知症の父親の方が「要支援1」って、正直あり得ないって感じ。一度再認定を行ったのですが、その時も「要支援1」の判定。なので今回も変わらなかったら、不服申し立てを行うつもりでいました。

 

多分、3つ上がった大きな理由は、家族の話も加味したことだと思います。

今までの認定は全部本人に聞いて、家族には特に様子を聞かなかった状態。なので本人が「できる」と言ってしまえば、できると判断されてしまう。特に身体的な不自由もなく、理解しているかは別としてバスに乗って出かけることができることもあり、認知症の症状も軽く見られていたのだと思います。

 

でも今回は、立ち会った母親に調査の人が丁寧に様子を聞いたとのこと。

当然、母親としては色々と苦労がありますから、そのことはすべて話しました。本人が「できる」と言っても、実際には見当識のずれがあり、日にちも時間もあっていない。腕時計をつけているけど、その時計も正しく読めない。日中活動はテレビを見ているだけで、自発的に行動はあまりない。ただ、デイサービスは気に入っている様子・・・など、多分今の様子や母親の苦労を話したのだと思います。

 

その結果が、今回のスリーアップで「要介護2」に。

予想では「要介護1にはなってもらわないと・・・」と思っていましたが、その上をいく結果だったので、認知症の部分を適切に評価してもらえたのだと思います。

 

介護保険に限らず障害福祉サービスでもそうなのですが、「できる」というのは危険です。

結局「できる」という言葉1つで支援の必要性が変わってきます。調査員の視点も課題なのですが、本人や家族が安易に「できます」という言葉をそのまま聞いて判定に反映されてしまっては、本当に必要な支援が受けられなくなってしまいます。「疑う」という言い方は語弊がありますが、「できる」と言っても本当にできるのか、「わかる」と言っても本当にわかっているのかはちゃんと確認しなければいけません。例えば「今日は何月何日ですか?」とか「年齢はいくつですか?」とか、基本的なところはちゃんと確認するべきこと。そこで違和感を感じて、掘り下げればどの程度の認知症なのかは、推測できます。

 

障害福祉サービスの区分認定も同様。

なんでも本人が「できる」というからそのまま・・・ではなく、実際にやってもらうことが必要。あと、家族が本人のことを良く見せようとして「できます」と答えてしまうのも、大変問題であること。周りの人も「できる」と言ってしまえば、できると判断されます。その結果障害支援区分が低く出て「これはおかしい!」と言っても、本人の状況を正しく適切に、ありのままに伝えていないのですから、そうなるのは当然のことです。

 

「できること」があるのは、良いことです。

しかし「できない」ものは「できない」とはっきり言うことも大切です。より具体的に、何はできるけど何はできない、と伝えたり、こういうことができない、とはっきり例示することも必要です。支援が必要であることを伝えるのが、介護保険の認定調査や障害福祉サービスの区分認定調査で大事なことなのです。

 

と同時に、認定調査員の方の技量も高めていただきたいです。

「言葉に出ないこと」をしっかりとくみ取って、本来どのくらい支援が必要なのかを見極めていただきたいものです。