あけましておめでとうございます。

正直気分的にはそんな気持ちではないのですが、一応年明けとなりました。

 

なので、今年は三が日に初詣に行ってきました。

 

もちろん行ったのは、母親のことがあったから。

初詣自体も自分の後厄が終わってから行ってなく、またコロナ流行もあってしばらく遠のいていました。

 

しかし昨年は母親の脳梗塞があり、リハビリ入院中に大動脈解離を発症。

生死を彷徨ったのを目の当たりにし、こんなにも大変な1年を過ごしたことはありませんでした。自分の体調不良の時も大変な1年でしたが、それ以上に自分には感じました。

 

予定なら、年末年始は毎日面会に行くつもりでした。

しかし母親の入院している病院でインフルエンザが流行しているとのことで、面会は当面禁止に。そんなこともあり時間ができたので、去年のこともあり今年はちゃんと初詣に行こうと思い、出かけてきました。

 

もちろん単なる初詣だけでなく、護摩も焚いてもらいました。

あくまで気持ちの問題ですが、やっぱりいろんなことがあると悪いものは落としたい気持ち。なので母親の護摩を焚いてもらうことに。合わせて自分と兄も一緒に焚いてもらい、お参りをしてきました。

 

そういえば、珍しくお守りも買いました。

おみくじを引くことはしても、お守りを買うことはここしばらくありませんでした。でもやっぱり、今年は悪いものを払いたい・・・そんな気持ちもあり、買いました。

 

今年はお正月らしいことはしていない自分。

でもやることだけは、やっておきたい。そんな気持ちが表れているのかもしれません。

年々、仕事納めを迎えても「終わり感」がなくなります。

そもそも年末年始という感覚も薄くなっているようにも感じます。

 

一応職場では「大掃除」として、利用者さんと一緒に掃除をしました。

で、昨日は忘年会。当然その準備もしていましたが、慌ただしく過ごしていました。実際に忘年会の準備ができたのは、1週間前。それまでは計画相談の仕事が中心。合間合間で準備もしていましたが、がっつり準備することはできませんでした。

 

1週間前からは、本当に突貫作業。

1年間の活動を振り返るスライドショーの作成、当日のパワポ、10大ニュース、イントロクイズのイントロ作り・・・あ、パソコン関係はすべて自分ですね。まぁ職場のそういう関係のものは全部自分が担っているので、仕方ないことですけどね。

 

なのでドタバタしながら、仕事納めを迎えた状態。

来年に向けても課題山積なので、終わった感は全然ありません。まだまだやらなきゃいけないことはたくさんだし、来年から3か月間は職員が少ない状態。それを乗り切る必要があるのですから、頭の痛い話。

 

あ、別に施設長じゃないのでそこまで大きなことではないのですが・・・

ただ今の自分の立ち位置は施設長のサポート的なところにいるので、他の職員と同じように考えているようにはいかないのも事実。先々の施設運営のことも考えていかなければいけないので、本当に難しいです。

 

来年控えていること、思い出すだけでも・・・

・初めての社会福祉士の実習生受け入れ

・初めての新卒受け入れによる職員育成

・計画相談関係の来年度の年間計画

・法人全体の将来設計

・職員の働き方改革(施設長も含めて)

 

あぁ、なんかどれもテーマが重い。

最後の2つに関しては、自分だけでは到底できないもの。でも考えなければいけないことだから、非常に悩ましい。こんなことを考えたら「仕事納め」なんて単なる通過点。だから年明けすぐやってくる「仕事始め」も通過点ですね。

 

とはいえ、1年が終わったことは事実。

来週にはまた新しい1年が始まるわけで・・・平穏無事に過ごしていきたいですね。

 

仕事納めの日に思うこと

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今日は仕事を休み、母の元へ。

母が元のリハビリ病院に戻るため、転院の手続きをしてきました。

 

大動脈解離を発症して1か月が過ぎ、再びリハビリへ。

発症したときは戻れるかどうかもわかりませんでしたが、戻ることになりました。

 

今こうやって冷静に書けますが、連絡があった時は大きく動揺していました。

いきなり「心停止している」と言われれば、誰だってそうなると思います。ただ自分も病院に駆けつけなければならず、ましてや車を運転して駆けつけるのでとにかく「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせている状態でした。

 

病院に着いてもすぐに母親に会えるわけではなく、病状説明。

そこで母の命の選択を迫られたわけで・・・そこまでに時間があったとはいえ、とにかく助かってほしいという思いだけはありました。一方で「延命はしたくない」という母の意向も理解していたので、必死に自分の中で考えていました。

 

その結果緊急手術の選択をしたわけですが、実はすぐに手術・・・ではありませんでした。

最初に運ばれた病院では手術室を使用しており、すぐに緊急手術ができない状態。それを望むのであれば他に対応する病院を探して搬送する必要があったので、そこからさらに時間がかかりました。

 

もちろんそのことも理解したうえでの搬送でした。

リハビリ病院から連絡があった時はとにかく命を助けたい一心で「運んでください」とお願いした自分。正直搬送中に死ぬ可能性もあったのでそれも理解したうえでしたが、さらにそこからの搬送なので、その時も色々と覚悟をしていました。

 

幸いにも搬送中に命尽きることはありませんでしたが、発症から既に6時間。

すぐに緊急手術の準備がされましたが、手術リスクなども説明されていた時は正直自分の頭は何も考えられませんでした。手術の同意書も普通なら自分が書いていますが、この時は兄に任せて書いてもらうことに。その後も色々と説明がありましたが、気持ちはどこかにいってしまっていました。

 

手術は6時間以上となり、病院から出て帰宅したのは深夜3時。

正直自分の中では母の死も覚悟していました。覚悟していたとはいえ・・・うーん、なんていうのでしょうか、精魂尽き果てた感じも少しありました。手術の翌日から面会に行きましたが、まだ目覚めずの状態。管だらけの姿に涙してしまい、手術したことが本当に正しかったのか考えてしまいました。

 

ただ、その後母が大動脈解離であった記事を書いた日に、自分に電話が。

電話の相手は母親で、手術後初めて母親の肉声を聞くことに。そして「急性大動脈解離」の記事を書いた内容になったわけです。

 

でもそこからすんなりというわけではなく、自分もかなり精神的にやられました。

ICUから一般病棟に移った後からは毎日電話があり、母の弱音を聞く日々。それを聞くたびに手術したことは母にとって良かったのかを思い悩む日々でした。また別の日に主治医から病状確認をしたときに、主治医から「紹介元の病院からは手術適応ではなかった」という話も聞いていたため、余計に色々と考えてしまっていました。

 

そんな中で、自分の中で導き出したのは「救命はするが、延命はしない」ということ。

まぁ半ば自分を納得させるための口実なのかもしれませんが、命を救うことはしたとしても、その後の気管切開や胃瘻造設などの苦痛を伴う延命的措置はしない、と考えました。だから今回緊急手術をしたのは「救命」であって「延命」ではないと、自分を納得させるようにしました。

 

とはいえ、手術後も胸腔ドレーンを入れることもあり、やっぱり考える日々。

そんな中で迎えた、今日の転院。なんといえばいいのかわかりませんが、とりあえずは危機を脱したと考えてもよいのかもしれません。単純に急性期治療は終了しただけなんですけどね。

 

で、今日からは再びリハビリ。

ただ今回は「生活期リハビリ」とのことで、前回脳梗塞をした時の「回復期リハビリ」ではないとのこと。またリハビリのリスクも高まっているとのことで、前回よりも慎重に行っていくとのこと。まぁ心臓の手術をしたのだから、当然と言えば当然ですね。

 

この1か月、本当に色々と考えました。

母からは「延命はしないでほしい」と聞いていたので自分もその意思を尊重していました。しかし突然「死」が目前に現れると、本当に何もできないと感じました。徐々に死が近づくものであれば心の準備もできると思うのですが、その準備なく突然「死」が現れる現実は、本当に受け入れがたいものです。「延命しない」と考えていても「救える可能性がある」と考えてしまうと、気持ちは大きく揺らくことも実感しました。

 

もし「延命しない」との考えから手術しなければ、母は死んでいたと思います。

でも結局は自分がそれを受け入れられなかったことと、心停止をしながらも蘇生したことに微かな希望を信じて手術の選択をしたのだと思います。それが結果的には良い方向に行き、一応心臓の機能としては問題はないとの話。手術の成功はあくまで結果論ですが・・・うまくいったのも奇跡だったのかなとも感じています。

 

母が在宅復帰できるかは、これからのリハビリ次第。

子としては在宅復帰し、退院したら美味しいものを食べていろんなところに連れて行ってあげたいです。

日付は過ぎしてしまいましたが、12月3日から9日まで障害者週間でした。

障害者週間は平成16年6月に改正された障害者基本法の中で、従来制定されていた障害者の日(12月9日)に変わるものとして設定されました。

 

そんな中、職場の自治体でも障害者週間のイベントが開催されました。

そのうちの1つとして就労継続支援B型の事業所が集まっての販売会が今日もありました。

 

ですが・・・参加した利用者さんの話を聞くと「人が来なかった」とのこと。

お昼時に市役所の職員さんが来て、その中に一般のお客さんが少しだけ来たとのこと。ちなみに販売会は昨日も開催されていたけど、関係者の話を聞くと「修行のごとく耐える時間だった」とのこと。要は人が来なかったということです。

 

まぁ想像通りと言えば、想像通りです。

「場所の都合」とのことで参加できたのは1日3事業所。さらに2つの長机を3事業所で使うという、正直言ってお粗末なもの。しかも目立つ場所ではなく、全然目立たない場所。そりゃ、人は来ないです。

 

もちろん市役所の人も考えているのはわかっています。

何しろ障害者週間で障害者事業所の紹介を始めたのは、一昨年からのこと。それまでは講演会をちょっとやったり、何となく広報に触れているだけ。

 

「これでも十分」と思う人もいるかもしれませんが、個人的には不満。

というのは、今の職場で仕事をする前の自治体では、もっと積極的な動きをしているのを理解していたから。例えば以前働いていた自治体では、庁舎を新しくしたのを機に喫茶コーナーの運営を障害者団体の集まりに委ねたり、広くなった入り口ホールを使って障害者週間の期間中は障害者事業所や精神科病院・障害者団体の展示を飾ることができるなど、かなり積極的に支援をしてもらえました。

 

また障害者週間ではないものの「福祉まつり」も開催されていました。

福祉まつりも決して福祉だけでなく、祭りの理念に賛同する市民団体や企業も参加しての盛大なお祭りで、市民にとっても一大イベントになっていました。

 

そんな活動をしている自治体の施設で仕事をしてきたらこそ、非常に物足りない。

確か去年も取り組みについて市の支援をお願いしたこともあったけど、市からの回答は「事業所の集まりが主導になってやって欲しい」とのこと。いや、いずれはその方向にしていく方が良いと思うけど、今はまだその足場が整っていない中で「やってください」は、ちょっと丸投げしすぎ。

 

そもそも、今回の販売会場が目立たないのも、市の姿勢とも感じる部分が。

なぜ目立たない場所になったのか・・・理由は去年クレームがあったからと推測。元々スペース的に限界がある入り口ホール。そこに去年はマイナンバーカードの申請スペースがあったから余計に狭く、何となく追いやられる状態。可能な限り迷惑のかからないようにしたけど、それでも「通れない」などのクレームが同じ役所内から寄せられていたとのこと。

 

そんなこともあって、今回の「邪魔にならない、目立たない場所」だと感じています。

ただ市役所の職員からそのようなことを言われるのは、何だか悲しいですね。障害者週間の企画をする担当部署だけでなく、市役所全体で障害者週間のことをもう少し考えて欲しいですね。もし市民からクレームがあったとしたら、それは市民に対しての理解啓発が必要ということだと思います。

 

確かに講演会は毎年やっています。でも、だから啓発したではないですよね。

それって単なる形だけのこと・アリバイ作りをしただけのことで、中身は伴っていませんよね。さっきの福祉まつりの話ではありませんが、障害者週間だけ何かやればいいという話ではなく、常にそのような動きをしていくことは必要なことなんだと思います。障害者週間はあくまで1つのきっかけに過ぎず、そのきっかけから広げていくことが必要だと感じています。

 

正直、ここで何かムーブメントを起こすのは、結構大変な作業です。

それは自分自身が抱えている仕事が多いこともありますが、働きかけをしていくのにかなりの労力が必要と感じるから。決して民間だけの力では敵わない部分もあり、その部分の協力を得られないと、とても難儀な作業になります。市の人にはことある毎に「他の自治体も見て欲しい」と訴えてはいますが、今の障害者週間の取り組みを見ている限りでは・・・見ている様子は、なさそうです。

 

このことはまだまだ訴え続ける必要がある課題です。

もちろん「やってくれ」だけでなく提案も必要。提案しながら、できそうなことを一緒に考えて協働していくことが大事です。ただ市の内部のことは市にしかできないので、市の理解もお願いしたいところです。

ヴェルディがJ1昇格&復帰を決めました。

いやぁ、うれしいですね。

 

昇格の一報は、職場の人からのSMSから。

自分は母親の面会に行っていたのでテレビの中継も見れなかったけど、SMSで「J1昇格。国立NOW」との連絡。自分も行けるものなら、国立に行きたかったです。

 

そもそも、ヴェルディとのかかわりが戻ったのは、今の職場でのこと。

今の職場に入る前は久しくサッカーと縁はなかったものの、今の職場でヴェルディの普及部が行う「障害者スポーツ教室」の同行をするようになり、ヴェルディの関係者とも交流を持つことに。

 

さらにヴェルディのスクールの方にはうちの食事も注文してもらっていただくことに。

毎週自分がクラブハウスまで行って配達しているけど、本当にありがたい。そんなこともあり、うちの施設としてもパートナーとして参加もしていました。

 

で、一番身近に感じているのが、毎年開催しているGreen Heart Project。

これに関してはこのブログでも何度も書いているので今さら話すことでもありませんが、ヴェルディのホームタウン活動の中で「障害のある人も、ない人も」ということを軸にした活動を行っており、障害者スポーツ教室もGreen Heart Procjectもその1つ。(ホームタウン活動について書いたのもあるので、それはこちらで。)

 

特にGreen Heartは利用者さんも楽しみにしている活動。

実際にヴェルディのホームゲームで活動ができることは利用者さん自身も刺激になっているし、その姿を見ている自分たちもなんだか嬉しくなります。そんな活動に積極的なところだから、余計にヴェルディを応援したくなるんですね。

 

昨シーズンは尻上がりになったものの、昇格には絡めず。

その中で城福監督も悔しさを語っていたのは覚えています。そして今シーズン、途中ホームゲームで全く勝てない状態もあり「やっぱり難しいのか・・・」と思ったこともありましたが、最後は3位で終えたシーズン。欲を言えば「磐田に勝っていれば・・・」とも思いながら、プレーオフを見守りました。

 

そして今日のプレーオフ決勝。

守れてはいたものの、なかなか得点ができない。そんな中、アディショナルタイムでPKを獲得し、しっかりと決める。そして、昇格決定。もう少し前のシーズンなら、こういう場面も決められなかったと思いますが今シーズンはちゃんと決められるようになり、今のチームの勢いもきっと追い風になったのだと思います。

 

ただ、大事なのはここから。

これまでよく見ているのは、J1に昇格したものの、そのまま残れず1シーズンでJ2に降格というチーム。だからこそ、来シーズンはJ1に定着できることを目標に頑張ってほしいです。

 

でもね、今日は素直にJ1昇格を喜びましょう!

本当に昇格できて、良かった。ヴェルディ、おめでとう!

今日は勤労感謝の日。

でも家で仕事をしていました。やることがたくさんありすぎて、もはや半分現実逃避状態。でもおしりを叩かれているようなものもあるので、なる早でやっていかなければいけません。

 

そこまで忙しくなってしまったのも、先週はほぼ仕事に行っていなかったから。

ようやく自分も気持ちが落ち着いてきたので、ブログを書くことにしました。

 

というのは、現在母親はICUに収容されています。

先週の火曜日、リハビリ入院をしている病院で心停止となり、別の病院に運ばれることになりました。病名は、急性大動脈解離。心停止は心タンポナーデの影響とのこと。

 

連絡を受けた時は、とにかく自分の気持ちを落ち着けることで精一杯でした。

最初はリハビリ病院なので心臓疾患のことはわからず、どうやら大動脈に異常がある程度しかわからず、その後別の病院で検査して判明しました。

 

もちろん緊急手術を望み、約6・7時間ほどの手術でした。

手術前に色々と説明を受けましたが、手術そのものの成功率は50%。成功したとしてもその後感染症などを含めた合併症などの可能性が80%。さらに元々脳梗塞のリハビリ途中だったことも含めると非常にリスクの高い手術であることを告げられました。

 

とはいえ、何もしなければそれで終わってしまうので、選ぶしかありませんでした。

手術後もすぐには目覚めず、人工呼吸器は装着のまま。自分の中ではあらゆることを覚悟していました。そんなこともあり、先週は仕事を休んでいました。

 

当然ながら、自分の気持ちもかなり追い込まれていました。

話しても何の解決にもならないと思いながらも、精神科の主治医にも電話し気持ちも吐露しました。食欲もあまりなく、気も落ち込むだけ。完全に気持ちはやられていました。

 

手術して4日後の面会、母親の意識がはっきりしました。

人工呼吸器も基本は自発呼吸で、寝るときだけ機械を動かしているとのこと。意識がしっかりしているのを見て、少し安心しました。

 

そして今日・・・病院から電話が。

すると「母親が話をしたい」とのことで電話に出ると、「兄(自分から見ると、伯父)に会いたい」とのことで、伯父に連絡し一緒に面会に行くことに。何を話すのか正直不安でしたが、会ってみるとなんてことない、普通の話。伯父も深刻な話を覚悟していたみたいでしたが、安心したとのこと。

 

普通に話せるということは、人工呼吸器もとれました。

トイレも車いすで介助をしてもらいながらいけるとのこと。手術直後にたくさんつながっていた管も外され、拘束用のミトンもなし。病院に運ばれたときは人工透析をするためのシャントも触れない(血流が確認できない)と言われていましたが、昨日の透析ではシャントから透析をすることができたとのこと。一時期の危機的な状況からはだいぶ脱しているように感じます。

 

とはいえ、まだICUにいることは事実。

決して油断することはできない状態ではあります。ただ今日は普通にコミュニケーションができて、自分が確認する限り見当識の問題もなさそうな感じなので、このまま順調に回復してもらえることを祈っています。

 

で、仕事も急ピッチでどんどん進めないと・・・はい。

ここ最近、電子書籍を求める傾向のある自分。

一時期はスマホやiPad本を読むことなんか考えていませんでしたが、ここ最近はむしろ電子書籍の方が読み訳す感じています。

 

特にマンガは、電子書籍の方が断然読みやすい。

何度か気になるマンガがあった時にいわゆる「大人買い」をしたことがありますが、それらを最後まで読むことはなく、途中で断念。鬼滅の刃さえも、読めませんでした。

 

それが電子書籍だと、スラスラと読めてしまう。

髪のマンガだと1巻読むのにかなり時間がかかるのに、電子書籍だと1時間程度で完読してまう。意外と自分は電子書籍の方が読み進むことがわかりました。

 

そのきっかけになったのは、リエゾン。

元々はテレビのドラマ化で知り、ドラマが面白かったのでそのままマンガも読んでみたいと思いました。ただ過去の経験から単行本を買うと場所をとるだけになってしまうので、これを機に電子書籍を試してみることに。

 

すると思ったよりも読みやすい。

フリップで簡単にページを進めることができ、iPadでも読みやすい。なのでどんどんと読み進んでいき、最終的には電子書籍の大人買いをしてしまう始末。でもすでに全て読み終えています。単行本の時では考えられないです。

 

そんなこともあり、最近は電子書籍があるものは電子書籍で読んでいます。

今ではマンガに限らず、マンガ以外の本も電子書籍で読んでいます。ただ中には電子書籍かされていない物あるので、その時はやむ無く紙の書籍を買うことに。福祉関係の専門書は電子書籍化されていないものも多いですね。

 

そんな中、最近読み進めているのは「Shrink〜精神科医ヨワイ〜」

リエゾンにしても、Shrinkにしても、同じ精神医療を扱ったマンガ。職業病的な感じもありますが、読んでいて面白いですね。まだ全ては読んでいませんが、着々と読み進んでいます。

 

Shrinkを知ったのは、Yahooのトップページから。

いろんな記事が出てくる中で、たまたまShrinkを紹介する記事があり読んでみると、なんとなく興味のあるものだったため、電子書籍で早速読んで見ることに。すると、その描写が表情にリアリティのあるものでした。

 

自分がこの仕事を始めて、今年で20年。

精神領域に携わるようになってからは12年。気がつけばキャリアの半分以上は精神領域に携わるようになっていました。精神科医ではありませんが、Shrinkのストーリーや描写は実際に精神領域に携わっている自分から見ても、とてもよく描かれています。その内容も決して医療だけでなく、それに関係する部分もしっかりと書かれているのが適切な描写と感じました。

 

どうしても医療モノだと、医療を中心に描かれてしまうのが大半。

でもShrinkは軸になる精神科医を始め、きちんと精神保健福祉士の存在も書かれているし、地域の保健師の存在や精神疾患を支援するための仕組みもしっかり書かれています。デイケアのことや福祉制度、さらにはAA(アルコール依存症当事者参加の自助グループ)のことまできちんと取材して正しく書かれていることが、同じような事柄を扱うマンガと一線を画しているように感じました。

 

もっとも、文章を読むのが苦手な自分。

専門書を読んで勉強しなきゃいけないところもありますが、どうしても読みやすい本に流されてしまう自分。そんな中Shrinkは専門書ではないけどちゃんと書かれていて理解もしやすいのが、自分でも抵抗なく読めるものになっています。

 

そういった意味では、精神疾患を知らない人にとっての「導入書」でもあります。

きっと誰でもとっつきやすい内容であり、精神医療がより身近になるようなものと感じています。個人的にはオススメのマンガでもあります。

 

 

前回、福祉に携わる人の処遇改善のことを書きました。

福祉の仕事に携わる人の待遇は十数年以上「低い」と言われており、それが今もなお続いている状態。だからこそ前回のブログで「本気の処遇改善を」とまで書きました。

 

しかし国の報酬改定検討チームの資料を見ると、そんな気を微塵も感じませんね。

ちょうど昨日、自分に大きく関係のある計画相談支援についての報酬改定論点が示されました。まぁ正直、そんなに期待はしていませんでしたが、がっかりですね。

ちなみに報酬改定検討チームの資料は、全てここに出されています。

 

細かい説明は省きますが、個人的な印象は「方向性が現実にそぐっていない」でしょうか。

国の方向性としては「質の高い相談支援の提供」を常に掲げています。もちろんそれは非常に素晴らしいことで、当然目指すべき方向であると思います。

 

しかし何をもって「質の高い相談支援」と言うのか。

国の答えとして「人員体制と支援体制」を挙げており、それを整えた事業所には報酬をたくさんあげますよ、と言うのが前回の報酬改定のポイントでもありました。

 

じゃ国はどんな事業所にたくさん報酬をあげるのか。

わかりやすく言えば、常勤専従(フルタイムで相談支援だけに従事)の職員を多く配置し、24時間の連絡体制を確保できるような事業所には高い報酬を出す仕組みです。これはざっくりとした話なのでもう少し細かい要件がありますが、それぞれの事業所の体制に合わせて報酬を設定されているのが、現在の計画相談支援に対する報酬です。

 

で、今回の方向性としてその傾向を強くしていきましょう、と言うのが考え方。

基本的は考え方は今までと変わりません。まぁ「メリハリ」と言う言葉を使っていないので極端な報酬格差をつけるものではないと思いますが、人員体制や支援体制が厚い事業所には高い報酬を設定しようとしているのだと考えます。

 

その方向性の理由として「支援の質の高い相談支援事業所の整備を推進」としています。

要は報酬を高く設定すれば、それを目指す相談支援事業所を増やすことで結果的に安定した収入を得られるようにしましょう、と言うことなのかもしれません。

 

ただ、今回このような資料も提示されました。

最初の資料は、相談支援事業所が事業実施にあたっての課題の調査結果です。

多くの事業所で「人材の確保」が大きな課題としており、次いで「運営費の確保」を挙げています。事実、人材の確保については今回の論点でも「相談支援専門員の数は増えているが、人員は不足している」とも言っています。研修を受けて相談支援専門員の資格を取る人が増えても、実際に従事する人員は不足している現状があります。

 

それにつながるのが、運営費の確保です。

運営費の確保、簡単に言えば事業所の収入です。事業所の収入の基本になるのは、報酬です。以前、計画相談の収入についてこんな記事を書きました。

 

この記事の中で、計画相談の収入についての試算をしました。

詳しいことは記事に任せますが、相談支援専門員1人職場で頑張ろうとすれば東京23区であれば約70万円稼げることを書きました。しかしこの「70万円」と言う数字は「1ヶ月毎日サービス等利用計画書」を書くと言う前提の計算。つまり1ヶ月休むことなく書き続け、それを毎月やり続けることで成り立つ、としたもの。正直そんなこと、自分にはできません。もっと言えば、毎月39件をやり続けることで成り立つ数字。国としては相談支援専門員1人の標準件数として「35件」としていますが、これはあくまで請求上の数。それに35件契約していたとしても、その35件が毎月計画書の作成orモニタリング報告書の作成があるわけではないので、実際にはもっと契約をしていないと試算のような数字は弾き出せないです。(もちろん、試算はものすごく極端な計算。実際にそんなことができるところはないと思いますが・・・)

 

その報酬について、こんな資料も提示されました。

これは「基本報酬」の届出状況の資料。

それぞれがどんな条件で基本報酬を選べるか。簡単にざっくり説明すると・・・

 

機能強化型(Ⅰ);常勤専従の職員を4人以上配置し、24時間の連絡体制を確保

機能強化型(Ⅱ);常勤専従の職員を3人以上配置し、24時間の連絡体制を確保

 (Ⅰ)(Ⅱ)とも、1名は現任研修を修了している人を配置

機能強化型(Ⅲ);常勤専従の職員を2名以上配置し、1名は現任研修を修了している

機能強化型(Ⅳ);専従の職員を2名以上配置し、1名は常勤かつ現任研修修了

(細かい要件については、下の表の通り)

 

上記のいずれにも該当しない場合は「機能強化型ではない」になります。

で、自分の事業所の場合は「常勤の職員を1名、現任研修を修了、兼務の職員」なので、機能強化型ではない事業所になります。報酬としては機能強型ではない事業所の報酬が一番低く、体制が厚くなっていくにつれ報酬が高くなり、機能強化型(Ⅰ)が一番高い報酬になります。

 

で、円グラフの図を見てもらえれば分かる通り、多くの事業所は機能強化型ではないです。

その割合は73.8%。逆にいえば、機能強化型の報酬を算定できる事業所が少なく、一番高い機能強化型(Ⅰ)はたった3.6%しかありません。また機能強化型ではない事業所を対象に、今後機能強化型事業所の届出をするかの質問に対し65.3%の事業所が「届出はしない」と答えています。

 

その実情を裏付けるとも言えるのが、この資料です。

これは相談支援事業所の人員体制についての調査です。

相談支援事業所の多くは「1人職場」と言われ、事業所に1人しか職員が配置されていないことから、そのように言われます。自分も相談支援事業所としては「1人職場」であり、調査からも常勤専従で配置されているのが1人と言うのが多くなっています。さらに常勤専従として職員が配置されていない事業所も42%あり、うちの事業所もつい先日この分類になってしまいました。

 

このような調査結果がある中で「支援の質の高い相談支援事業所の整備を推進」は、果たして実現するのでしょうか。正直、疑問です。そもそもの話、常勤専従が配置できない事情や1人職場にならざるを得ない状況を解消できない中で、機能強化型の事業所に転換することはかなり大変な作業だと感じます。自分もうちの事業所を考えた時にお「お金」がない以上人員の整備はできませんし、それを担保できるだけの報酬になっていない以上は既存事業所の転換は難しいものと思います。また新規に事業所を立ち上げるにも、現状の報酬ではそれなりの収支が見込めなければ機能強化型の事業所は立ち上げにくいと思います。

 

となると、個人的な見解としては「異次元の報酬増額」が必要でしょう。

もっと言えば、福祉に従事する職員の処遇改善は、報酬の大幅増額だと思います。処遇改善手当などではなく、基本報酬を多くすればその中で施設運営をします。施設運営の大半は人件費なのですから、基本報酬を多くすれば話は早いです。処遇改善手当は報告が必要で、その報告も非常に煩雑です。であれば、最初から報酬として払えば煩わしい手間もなく、即効性を持って対応できるのではないかと思います。そもそも相談支援には処遇改善手当すらないのですから、基本報酬で対応するのが最も手っ取り早い方法と思います。

 

まぁそもそも、現在の報酬構造すら個人的には疑問にもっています。

相談支援は連続性の支援であり、計画を作った・モニタリングをした、会議を開いた・・・など単発の出来高を評価するものではないと思います。連続性の評価をするには、常に相談支援の体制を取っていることそのものへの評価が大事ではないのかと思います。

 

報酬改定の話はまだまだキリがありませんが・・・今回はこの辺りで。

気にしていない人は気づかないかもしれませんが・・・

今年は医療報酬・介護報酬・障害福祉報酬3つの「トリプル改定」の年。障害福祉の現場に身を置いてみる立場としては障害福祉の報酬改定について注目をしています。

 

と同時に、最近ニュースに出てくるのが「処遇改善」という言葉。

当の厚労大臣はさまざまな方面から批判を浴びていますね。

 

大臣は「報酬改定で処遇改善に取り組む」なんて言っていますが・・・

障害福祉の場合、自分の「計画相談支援」は処遇改善の仕組みすらありません。直接利用者さんに接するサービスについては「処遇改善手当加算」などがありますが、自分の職種のように直接関わらないサービスは報酬の中に処遇改善に関するものはありません。まだ計画相談支援に関する報酬改定の方向性が出ていないので、一応今の時点では何もいませんが・・・そもそも仕組みのないものに「処遇改善に取り組む」というのは、報酬構造を理解しているのでしょうか。

 

そもそも「直接支援」と「間接支援」で処遇改善の差をつけることも、変ですよね。

障害福祉であれば相談支援専門員、介護保険であれば介護支援専門員(ケアマネージャー)には処遇改善加算の仕組みはありません。しかし両方の職種とも障害福祉サービス・介護保険サービスを利用するためには必要な役割を担う職種。にも関わらず処遇改善されないは、やはり不公平感を否めません。

 

さらに、その後こんな話も。

 

介護職の賃上げ、月6000円ですか。年間で7万2000円。

介護職の評価、低いですね。国会議員さんはそんなお給料で身体介護をすることができるんですかね。簡単に物事を行っていますが、ぜひ一度高齢者施設で1ヶ月ほど介護の体験をしてみてはいかがですかね。いや障害者施設でも体験をしてください。その上で評価していただくのがいいのでしょうね。で、体験中は歳費を受け取らず、そこで働く人と同じ給料を受け取ってください。その給料で、1ヶ月生活を送ってください。国会議員は年に1回、1ヶ月間歳費を受け取らず高齢者施設・障害者施設・子どもの施設で1ヶ月実地体験することを義務化すると良いかもしれません。でも・・・迷惑かな。

 

口では「専門職」と言いながら、実態はそんなこと思っていないのかなと感じます。

それとも収益を生まない仕事だから、自分たちの低い収入は仕方がないことなのでしょうか。資格を取って希望を持って福祉の仕事を始めたのに、その現実に失望してこの世界から去っていく・・・そんなこと、日常茶飯事だと思います。世の中は「(この仕事は)必要、必要」と言いながら、従事する人に対して必要性に見合った対価が払われない。そんなんじゃ、誰も携わろうと思いません。

 

あと、兎角「介護職」ということばっかり強調されるのも違和感が。

福祉の仕事は介護だけでなく、障害福祉の支援も仕事。「介護職」と言わないで「福祉職」と言って欲しい。

 

ってことをここで一生懸命書いても、国の人は読んでくれないだろうなぁ。

でもどこかで訴え続けないと、現実を知ってもらえないですしね。物事を伝えるのが下手だけど、下手なりに書かなければ伝わらないし、知ってもらえない。だからこれからもここで書いていくことは続けていきます。国には本気の処遇改善を見せて欲しいものです。

前回の記事で母親の入院歴のことを書きました。

その最後に「早く転院させて、リハビリを受けさせたい」と書いて締めましたが、その後リハビリ病院への転院が決まり、今日が転院の日でした。

 

今回の転院先も、前回のリハビリ入院と同じ病院。

同じ病院に3度目のお世話になることに。まぁ人工透析とリハビリの両方ができる病院はそんなに多くないので、同じ病院になるのは仕方ないことであり、必然なのかもしれません。

 

転院先の病院では、これまでのことについて説明。

もちろん紹介状やサマリー、関係する書類も転院元の病院から預かってきているので当然伝わってはいるけど、改めて自分からも説明することに。

 

そのうち家族構成なども聞かれることに。

そうすると必然的に自分の職業も明かすことに。正直個人的には自分が福祉関係の仕事をしていることはあまり伝えたくないなぁ・・・と思っているのですが、結局何らかの形でバレてしまうんですよね。今回もリハビリ担当の先生から色々と聞かれる中で兄貴の職業を話した後に、自分の番が。もう観念して「精神保健福祉士です」というと先生からは「あぁ、やっぱり。医療用語とかよく理解されているから。納得です。」と。

 

バレないようにしつつ、変に意識はしていないのですが・・・バレてしまいます。

もちろん自分から「精神保健福祉士です」「社会福祉士です」とか「福祉関係です」とか言うつもりは全くないのですが、最終的には色んな経緯から話してしまうことが多いのが実際。脳幹梗塞後のリハ転院の時も、転院前面談で話をする中で「お仕事って何をされているんですか?」と聞かれ「障害福祉です」と話すと「なるほど。医療用語とかも話されていたので詳しいと思ったのですが、納得しました。」と言われることに。

 

というより、自分の中では普通の話をしているつもり。

ただ「ADL」とか「構音障害」とかという言葉は自分にとって普通に使っている言葉なので、あんまり「医療用語」という感覚がないのが実情。きっとその感覚の違いが自分にないから、結果的に「バレちゃった」ということになってしまうのでしょうね。

 

もちろん、バレないケースもあります。

今回入院した転院元の病院は、たぶん自分の素性がバレずに済んだはず。主治医の先生からは「一家族」として認識されていたと思うし、病棟の看護師さんからも「優しい息子さんですね」で済んでいる感じ。転院に向けてMSWの人と面談もしたけど、そこでも「家族」程度の扱い。素性について触れられることもなかったので、たぶんバレていない・・・と思います、多分。

 

まぁバレても良いといえば良いのですが・・・なんか、気を遣う感じが。

意識しなくても良いのですが、相手も気を遣うかなと感じてしまいます。もしかしたら自分自身があまりプライベートまで同業者を相手にしたくないという思いが心の奥底にあるからなのかもしれません。だから「バレたくない」という気持ちになるのかも。もちろんこれからお世話になるPTさん・OTさんはそんなこと関係ないと思いますが・・・気にしすぎですかね。

 

でもこの仕事をしている以上、仕方ないことですね。

変に知識があることも事実だし、ソーシャルワーカーが自分の仕事だからそのことも受け止めていくことも、自分の覚悟次第なんでしょうね。そういうことを考えると、自分は公私ともにあらゆる場面で「覚悟」が足りないですね。

 

ただ、今は色々と預けた身。お願いするだけですね。