昨日のことです。

久しぶりに電車に乗りました。何度か行ったことのある場所なのですが、念のためアプリで乗り換え確認をして、この時間なら大丈夫と判断し、その乗換案内通りに乗りました。

 

結果・・・目的地の到着、アウトでした。

いや、辛うじてセーフなのですが、自分的にはアウトです。理由は、想定外のトイレ。

 

乗換案内を見た時、一抹の不安はありました。

「これで乗り換え、間に合うかなぁ・・・」と心配していました。実際に乗換案内が示した電車には間に合っていたと思います。しかし・・・途中でトイレに行きたくなりました。

 

流石に目的地までトイレの我慢は無理。

乗り換えをしながらトイレを探し、見つけて用を済まし、ホームへ。電車を探していて「あ、この電車かな?」と見つけた瞬間、その電車はどんどん遠くへ・・・

 

ハイ、予定の電車に乗れませんでした。

次の電車は・・・10分後。タクシーを使うことも考えましたが、今更ジタバタしても仕方ないので、10分待って電車に乗りました。そして駅から目的地までダッシュ・・・とは言えない速さですが、重たい体を揺らしてダッシュしました。

 

目的地に到着すると「良かったです!」と都の人。

ハイ、昨日から研修に行っており、昨日は研修初日。都の人もこれまでの研修に参加して協力しており自分のことも知っているので、時間になっても来なかった自分を心配していたみたいです。

いやぁ、こんなはずではなかったのですが・・・

 

その反省を踏まえ、今日は余裕を持って行きました。

そして、想定内のトイレもあり、それも踏まえて時間を見ていたので遅れることなく研修に参加できました。研修は明日まであるので、明日も油断できません。さらに1週間空いた後その翌週にも2日間研修があるので、そこも油断ができません。いつもは車通勤なので電車の乗り換えなんて気にしないでいいのですが、流石に今回はそう言うわけには行きません。ホント、脱落しないようにしないと。

 

あ、研修の話はこの研修が最後まで終わった後にここで書こうと思います。

今回の研修のことは最初から書こうと思っていましたが、今の段階はまだ研修を受けている最中なので、終わってから色々と書きたいと思います。ただ、個人的には研修のボリュームと内容に大変苦慮しながらも、今のところは楽しみながら参加しています。

 

ただ・・・

研修明けに職場に行くのがとても怖いです。特に、デスクの上に貼ってあると思われる付箋の山に。1日はおろか、3日も職場を空けるのですから・・・別の意味で、職場に戻りたくないかも・・・

 

 

後悔していること

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先日、今の職場で6年が経ち7年目に入ったことを話しました。

でも福祉の仕事という括りで言えば、もうすぐ23年が経とうとしています。

 

転職は繰り返しているとはいえ、同じ業界でこんなに長く続くとは。

1度だけ「もう、この仕事には就かない」と思ったことも先日のブログで書きましたが、結局はこの業界に戻っている自分。やっぱり自分にはこの仕事があっているのかもしれません。

 

これだけ長く仕事をすれば、同僚や後輩への関わり方も考えます。

その中で、自分の関わり方のベースになっているのは、社会人3年目の時に出会った先輩職員の姿です。

 

この「社会人3年目」は自分にとって大きな年でした。

この年、自分は新たな目標に向かうために専門学校に進学。夜は勉強をしながら、昼間はパートで仕事をしており、その時の職場が知的障害者デイサービスセンター(今で言う生活介護ですね)の支援員でした。

 

しかし仕事を始めてまもなく、自分にとって人生の「どん底」が現れます。

自分にとって精神疾患があることが明らかになったのが、社会人3年目。新たな目標を目指していた矢先の出来事で、目の前は真っ暗になり、全てが奈落の底に落ちた時でした。

 

しかしながら仕事はあるので、そこについては最低限のラインで継続。

本当は仕事どころではなかったのだと思いますが、なんとか気持ちを繋いで仕事をしていました。当時の職場はいわゆる「重度障害者」を対象にしており、身体的に重度の障害者や知的に重度な障害者など、障害としての支援と介護的支援の両方を合わせながら関わっていく職場でもありました。

 

当然ながら社会人3年目の自分には、何もかもが未熟。

周りの職員ができることも、自分1人ではできないことはたくさんありました。さらに精神的にもどん底の状態で仕事をしていたので、ありとあらゆることに対しての自信を喪失していた時でもありました。

 

ある日、1日の支援の中である利用者さんを担当することになりました。

その利用者さんは知的に重度な方で、コミュニケーションを図るのが難しい方。当時の自分には「支援って・・・」と考えてしまう方だったのですが、先輩職員からは「無理しないでいいよ」と言われながら、とりあえずその日に利用者さんに取り組んでいただくことに取り組んでもらうため、必死で向き合っていました。

 

でも相手は重度の方で、コミュニケーションも難しい方。

当然ながらこちらが求めるものをこなしてもらえる訳ではなく、むしろ拒否することが多い状態。それでも当時の自分は「取り組んでもらう」ことだけに必死で、とにかくやってもらうことだけに目が向いていました。その中にはどうすれば取り組んでもらえるかなども色々と考えながら向き合っていきましたが、実際には他の職員が関わるほど自分は進めることができませんでした。

 

そんな結果を先輩に持っていくと、先輩職員からは

「Mitakeさん、OK👌OK👌、十分だよ。OK!OK!」

 

何気ない言葉だったけど、なんか救われました。

傍から見たらほとんど進んでいないような状態だけど、ほんの少しだけでも進んだことを評価してもらったことで、その時の自分には「これで、いいの・・・かな?」と思いながらも、自分のことを認めてもらえた気がしました。

 

この職場では産休代替職員だったので、1年で契約は終了しました。

しかしその後同じ法人内の別の場所に復職し、この先輩職員さんとはやはり同じ法人内の別事業でボランティアに誘われ、そこでボランティアをすることで関係を継続してきました。自分がボランティアとして参加している時も、色々と対応に悩むことがありながらも「OK、OK!ありがとう、Mitakeさん!」と言ってもらえることに、自分のことを認めてもらえている気がしました。

 

そんな先輩職員さんの関わり方が、今の自分の関わり方の基本にあると思います。

他の職員に対してもポジティブな対応をすることで、自分が受けた来たことをそのまま返せるようにしています。あの時の「OK!OK!」という励ましがなければ、今の自分の向き合い方はなかったと思いますし、その励ましがあったからこの仕事を長く続けることができているのかもしれません。

 

「褒めて伸びる人」と「叱って伸びる」の2つのタイプがあると思います。

でも自分にとっては「褒めて伸ばす」ことの方が自己肯定感も上がりますし、その人自身の存在を認めることにもなると思います。そう言った意味では利用者さんへの支援も同じスタンスを持っていると思います。自分がこの世界で仕事をする礎の1つが、先輩職員さんからの励ましになっています。

 

あの時励ましてもらった

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先日社会福祉士・精神保健福祉士の国家試験が実施されました。

受験をされた皆様、お疲れ様でした。今はとにかくゆっくり羽根を伸ばしてください。

 

自分が受験をしたのは、とうの昔になるかも知れません。

社会福祉士はまだ社会人になる前、第15回の時の試験。精神保健福祉士は第14回の試験で受験しました。今回社会福祉士は第38回、精神保健福祉士は第28回の開催なので、そこから考えるとだいぶ月日が経っています。

 

なので今「試験を受けてみろ」と言われて合格する自信・・・ありません。

当時は必死で勉強をしていたので、記憶を頼りにする知識はある程度持っていましたが、今となってはその記憶は遥か遠く。むしろ今は当時机上に上がらなかった内容も多いので、社会福祉を研究しているような人でなければそこまでの知識のアップデートはされていないのではないかと思います。

 

一方で現場で働く上で法制度はアップデートしなければ仕事になりません。

そう行ったところの問題は今でもそれなりに応えられるように思います。また事例問題もソーシャルワーカーとしての一般的な考え方に立てば決して難しい問題は多くないのではないかと思います。

 

事実、全てではないものの、いくつかピックアップして解いてみました。

先ほども述べた通り、記憶を頼りにする知識の問題は「???」って感じ部分が多かったです。一方で実務として関わっている分野の問題は難なく解くことができました。また自分が受験した当時は受験の範囲にもなっていなかった「刑事司法と福祉」についても最近の動向や実際の実務に照らし合わせるとそれなりに答えることができた部分もありました。

 

まだ識者の分析がそんなに出ていませんが、一部からは「難しくなかった」という声も。

でも・・・実際に受験した人からすれば「何言ってるの?」って感じなんですよね。その気持ち、とてもわかります。自分も先ほど「それなりに答えられた」と書きましたが、ピックアップした問題はほんの一部。全部を見ていけば答えられない問題が多いと思います。

 

受験生が「難しい」というのは、試験という極限の状態だからではないでしょうか。

特に試験問題を開いて第1問がわからないと、その時点で頭の中は真っ白になりがちです。その印象がずっと引きずるので、仮に答えられる問題があったとしても最初の印象は明確に残ってしまうので、総じて「難しい」という感覚に陥ってしまうのではないかと思います。

 

そんなに極限かと言われそうな気もしますが・・・

でも年に1回の試験のために、1年間相当な労力を費やして準備してきた。それをさらに1年・・・というのは誰も考えたくないもの。だからなんとしてもこの試験で合格を決めたい。1年間の努力がたった1日で決まる・・・その心理状態は受験生にとっては「極限」ではないかと思います。

 

だからこそ、今はその極限から解放されて、羽根を伸ばしてほしいものです。

試験は終わったので、あとは採点するだけ。採点もマークシートなのですぐにわかります。あとは合格基準をどこにするのかと、不適切問題がなかったかの精査。これは受験生にとってはどうにもできないことであり、祈ろうが喚こうが、力の及ばないところです。であれば、試験勉強から解放され今まで控えてきたことや我慢してきたことを存分に楽しむことのほうがよっぽど良いと思います。その先のことは、結果が出てから考えればいいだけ。1年間頑張った自分を認めて、好き放題してほしいものです。

 

自分も試験が終わった瞬間は「・・・難しい」と感じていました。

それは社会福祉士に合格し、その後精神保健福祉士を受けた時も同じ感想でした。幾つになっても、何度経験しても感じ方は変わりません。他の試験も心境は同じではないでしょうか。だからこそ、試験や受験が終わったら存分に自分の時間を過ごしても良いのではないでしょうか。

 

そんな自分は、研修の事前課題が終わっていません。

ここで自分は現実逃避をしているのかもしれません・・・はいあせる

忘れていたというか・・・気がつけばというか。

今の職場に就職して、6年が経過しました。今月からは7年目です。

 

なんか、あっという間ですね。

正直今まで一番長い就労経験は、6年半。そう考えると今までどれだけ転職をしているのかと思います。社会人経験はそれなりにあるのに、1か所あたりの職歴はそんなに長くありません。まぁ福祉の世界は転職するのが当たり前の世界で、単純に転職の回数だけが採否に影響するものではありません。実際採用を担当していた時も単純に職歴だけで判断することはなく、その人がどんな過程を歩んできて、どんな思いを持ちながら仕事をしていくかを重視してきました。

まぁその目も、半分は当たっていて、半分は外れていましたけどね。

 

それにしても、この6年はあっという間ですね。

体感的には6年経過したというのはあまりありません。ある意味、無我夢中で走り続けて来たのかもしれませんし、時間を気にしたり考えたりする余裕がなかったのかもしれません。いや、時間が足りなすぎるからこそ、6年があっという間だったのかもしれません。

 

思えば今の職場で仕事をする時は、ものすごく不安でした。

そもそも自分が仕事をすることができるのか。前の職場でボロボロになって退職し、2度と福祉の仕事はしないと思っていたのに、戻ってきたのは同じ障害者福祉の現場。それも、同じ相談支援専門員の仕事。だからこそ、余計に仕事ができるのかが不安でした。

 

でも実際に復帰してみると、なんとかなるものです。

何とかなるというか、比較的自分のペースも守りながら仕事ができていたのも大きいのかもしれません。一方で入職して1年も経たない段階で「法人主任」の打診も受け、悩みながらも受けた自分。そして数年後には東京都の実施指導を機に、相談支援事業の管理者にもなることに。まぁ相談支援事業は自分しかいないので、管理者もへったくれもないのが実際ですけどね。

 

そんな訳で、あっという間に自分の環境は変わりました。

少なくとも、就職した時に今の状況は全く想像していませんでした。細々と相談支援専門員として仕事をして、自由にB型の手伝いをして・・・と思っていたのが、現実はがっちり相談支援を行い、東京都のキャリアラダーに沿ってキャリアを積み上げ研修のお手伝いをするようになり、市役所とはちゃんとした協働関係を構築して協議会にも参加して・・・いや、こんな自分は想像していませんでした。とにかく「無理をしない」ということだけを意識していた自分なので、仕事は程々に・・・という気持ちでした。

 

でも今は・・・程々とは、程遠いですね。

自分の業務だけでなく、他のことにも追われている状態。特に法人運営のことも考えなければいけないので、正直時間はいくらあっても足りません。ただ仕事を辞めたいかと言われると、それはそうではないんですよね。できれば今の職場で長く仕事をしたい。基本的には定年までここで仕事をしたいと思っていますね。

 

きっと自分、大きな法人での仕事は性に合わないのだと思います。

6年半の就労経験があった事業所も、法人規模としては小さいところで、自分たちで考え自分たちでやっていく。その代わり、やりたいと思ったことはすぐに実現できて裁量が任されている事業所でもありました。今の職場も基本的には自分たちで考え自分たちで進めることは変わらない感じ。裁量もかなり与えられているので、そんなところも仕事が続けられるポイントなのかもしれません。大きい法人だと何かするにはお伺いを立てて、起案書・稟議書を作って色々と説明をして・・・って、当たり前のことなんですけどそれが煩わしかったですね。ハッキリ言ってしまえば、自分は単に社会不適合者なんですけどね・・・(笑)

 

まぁ人によって合う職場と合わない職場はそれぞれです。

人によっては大きな法人の方が合うという人もいると思いますが、自分の場合は小さい法人の方が合っているみたいです。だからこそ、今の職場で長く仕事を続けたいと思うのでしょうね。もちろん大変なことはたくさんありますし、今日も利用者さんの対応で辟易としました。それでも向けるのは、やっぱり居心地の良さがあるのかもしれません。まぁ人によってはうちの職場をブラックと思う人もいるかも知れませんけどね。

 

この先も決して楽な道はないのですが、やっていくしかないですよね。

でも今は前向きな気持ちで考えられるので、今の精神状態をちゃんと維持しながら、時には自分の休息や遊びを大事しながらやっていきたいですね。そのためには・・・おひとり様でも楽しめるドライブに出かけようかな。

この立場になると、どうしても「思い」だけにはなりません。

 

今日は午後から休暇。

元々は自立支援医療の更新のために有休を取る予定だったけど、たまたま土曜日に半日相当の出勤をすることになり、有休分をそれで振り返ることになりました。まぁ午後からと言いながらも、そのまま同じ法人のグループホームに行きモニタリングを行ったのと、今後の事業運営について話をしてきました。

 

うーん、まさか自分が事業運営の話をするようになるとは。

前の職場でボロボロになった経験から二度と管理的立場に立つことはないと思っていたのですが、気がつけば法人の主任となり、計画相談支援は管理者として動くことに。まぁ計画相談の管理者は従事者が自分しかいないので、管理者というのは結果的に名乗るだけ。1人職場なので管理者なんて感じは微塵もありませんけどね。

 

とはいえ、自分もキャリアや役職を持つようになれば、避けては通れないのかも。

元々自分にキャリア志向はなく、出世なんて全く希望も考えないタイプ。なので「上に立つ」なんてことは元来望んでいません。しかし現実は親方さま(B型の管理者兼法人の統括管理者)を支える立場となり、一緒に色々と考えながら仕事をするようになっています。親方さまも元々リーダー気質ではないので今の立場に苦しさも感じているみたいで、その辺を少しでも自分が軽減できれば・・・なんて思いながら仕事をしています。

 

そんな「本来望まない立場」に立ちながら運営している、親方さまと自分。

2人とも、本当だったら現場のことだけを考え、利用者さんと向き合うことだけを考えて仕事をしたいのだと思います。でも実際にはそれだけでは施設運営はできず、例えば経営的なことも考えながらどのように事業運営を行なっていくかも考えていかなければなりません。

 

自分の場合は、ただですら赤字事業の計画相談でいかに収入を増やすか。

いや、どう頑張っても黒字化は無理なんです。そこは半分「自分の思い」もあり、単純に「計画を作成する」ことと「モニタリング書類を作る」ことだけに振り切ってしまえば赤字の脱却はできるかもしれません。でも利用者さんに向き合いながら丁寧な支援をしていくと、どうしても「効率化」という言葉と相反する状態があります。面談1つとっても、面談をしたからといってすぐに結果が出るものではありません。同行支援をしても、病院の同行なら状況によって報酬として請求できますが、新しい障害福祉サービスを利用したいための支援(見学など)をしても、それ自体の同行支援の対価はありません。でも利用者さんが利用したいのであれば必要な支援はしないわけには行きませんし、「自由に行ってきてください」なんてできませんよね。収入にならないことはやらない・・・とは言えないのが相談支援です。

 

就労継続支援B型であれば、いかに平均工賃を増やすか。

B型の報酬は一言で言えば利用者さんに支払った工賃額で年間の報酬が決まる世界。高い工賃を払えば報酬は高く、工賃が低ければ報酬は低い。でも現実問題として、そんなにずっとバリバリ働ける人ばかりではない。特に精神障害の場合は単純に体力だけの問題ではなく精神面の維持も大きく、一定数はそのような人も受け入れる必要がある。でも現状はそういうことを評価する仕組みがB型にはなく、仮に就労継続支援B型相当ではない人がいたとしても、それらの人を受け入れられる障害福祉の仕組みがないのも事実。確かに「生活介護」というサービスは存在するけど、就労継続支援B型と生活介護の差は大きく、B型の対象ではないと思われる人でも生活介護の基準になると当てはまらない人も多く、結果受け皿としてB型にならざるをえない状況も存在しています。

 

経営のことを考えれば、お金になる人だけ集めればいいかもしれない。

しかし・・・それは本来あるべき「福祉」の姿なのか。全ての人を網の目からこぼれないようにすることは難しいかもしれないけど、少なくとも必要性を求める人に対しては網の目から落ちないようにしていかなければいけないのではないか。そこが今の障害福祉に存在する現実との乖離のように感じます。

 

土曜日の休日出勤で、支援している利用者さんがいる他のB型に行ってきました。

そこでも管理者の人と話をしてきましたが、そこでは新たなB型を検討しているとのこと。ただし次に開設するのであれば、高工賃を目指す事業所に特化するとのこと。現状運営しているB型では工賃が低く報酬も厳しいため、新たな方向性として高工賃を目指すB型事業所を検討しているとのことでした。ただ、今国の方針では新規開設するB型事業所については基本報酬を減らす方向性を打ち出しており、そのことを聞いたら「そうなんですよねぇ・・・」と苦笑いをしていました。

 

正直、多くの事業所は余裕なんてないんですよね。

特に就労が困難な人を受け入れている事業所ほど、それは顕著なんですよね。それでも「一般就労へ」というのではあれば、そこは国がきちんとモデルを示して欲しいです。お偉いさんの会議でも、机上の空論ではなく現場の声を聞いて考えて欲しいものです。先月きょうされんも職員不足の実態調査についての調査結果を公表しています。そういう声も聞いてほしいものです。

 

正直言って、このまま行くと障害福祉サービスの倒産も多くなるでしょうね。

それは自分たちも決して例外ではなく、だからこそ否が応でも経営のことを考えるんですよね。果たして自分たちは生き残ることができるのか・・・どうなんでしょう。

今年最初の記事です。今週の仕事が終わりました。

と言っても、まだエンジンはあんまりかかっていません。

 

そんな中行ってきたのが、相談支援従事者初任者研修の演習指導。

自分は「受ける側」ではなく「伝える側」なので受講生に比べれば負担は少ないですが、それでも研修前には自分も研修内容の予習は余念なく行っており、丸腰では臨めません。自分も準備が必要です。

 

東京都の初任者研修は講義(動画視聴)が2日間、演習が5日間の計7日間です。

ただ演習は5日間連続ではなく、2日間演習後に一度課題作成を行い、その後1日の演習で課題発表、その後さらに課題作成と地域での課題に対するスーパーバイズ(SV)を受け、最後に2日間の演習を受ける建て付けになっています。もちろんというか・・・地域でのスーパーバイズも自分は何人か担当しており、これまでの研修を踏まえてのスーパーバイズを行っています。

 

で、演習指導に行くと受講生の受けたスーパーバイズも見ます。

スーパーバイズを受けた課題を見てしっかりと習得されてくる方もいれば、受けても課題作成がもう1歩という方も、どうしても出てきてしまいます。それはある程度はしかたないのないことだと思います。

 

ですが・・・今回演習指導をする中で、SVを受けたことで悩んでしまった人もいました。

基本的にSVを受ける前と受けた後の課題を見るのですが、その時見たのはSVを受けた後の内容のみ。その内容を見て「うーん・・・」と思ってしまったのですが、SVの過程などを聞いていると、受講生も悩みに悩んで作った結果のもので、SV前は演習での研修を踏まえて色々と書いたけど、結果SVでダメ出しをもらい、その結果研修の狙いとは少しズレたものになってしまっていました。そのことは同じ研修を受けるグループメンバーもヒシヒシと感じており、板挟みになりながら作って来たものであったことをみんなが感じていました。

 

いや、ホント大変だったと思います。もちろん、ちゃんとフォローをしました。

SVを実施した人も決して「SVの主旨」としては間違ってはいなかったのだと思いますが、この研修における「SVの狙い」とは少しズレていたのかもしれません。もっとも、演習指導に携わっている人のSVとそうではない(役所からSV依頼があった)人のSVの違いに差が出てしまうことは否めない部分だと思います。

 

そんなこともあってか、今年の地域におけるSVには資料がかなり配られました。

また地域SV向けの説明会も実施され、できるだけ演習研修の内容と地域SVにズレが起きないように工夫はしていました。それでも、ズレは出てしまいます。やはり研修の建て付けの理解や研修そのものの内容の理解がSVレベルでも進まないと、演習の狙い通りのSVは難しいのかなと感じました。

 

また相談支援従事者研修に対する区市町村の姿勢も大事だなと思います。

今回の研修では地域でSVを受ける課題の他、区市町村の担当者から相談支援体制についての説明や質問をすることを課題として出しており、それについては区市町村にも対応してもらうことを都から依頼が出されています。

 

しかし今回の演習で、受講者から「質疑の対応がなかった」との話がありました。

聞くところによると、説明の内容についてはペーパーがメールで送られてきたが質問があっても対応してもらえなかったとの話で、結果受講者も満足した課題作成ができなかったとの話でした。その件については自分の方から課題にはその事情を書くことを勧め、研修の事務局(都)にもその一件について報告をしました。

 

国や都道府県レベルでは相談支援従事者の養成が急務であることを言っています。

現に相談支援に従事する人材不足もあり、そのために相談支援従事者の養成研修を実施しているわけですが、その意識が区市町村レベルに浸透していない表れなのかなとも感じます。実際計画相談を行う事業所の数は不足しており、国も「望まないセルフプランの解消」を掲げているので、地域に相談支援専門員が増えることは必要なことであるはず。にもかかわらずその地域(=区市町村)の対応が疎かでは、人材育成としては不十分であり育たない環境になります。

 

研修事務局としては、少しでも質の高い研修ができるように工夫をしています。

そのためにそれぞれの研修(初任者・現任・主任)では現に第一線で活動している相談支援専門員が中心となって研修内容の検討や実施方法などを考え、1年がかりで準備をしています。そこに演習指導者(ファシリテーター)も一緒に準備をして研修に臨んでいます。一方で地域SVを担当する相談支援専門員や課題作成を支援する区市町村の温度感が一致しないと、結果として受講生が戸惑う結果になってしまいます。その辺が今回の実習で「難しさ」として感じた部分でした。

 

とはいえ、研修に参加したことを無駄にはして欲しくないです。

初任者研修はかなり大変な研修だと自分は認識していますが、それでも最終的に「受けてよかった」と思ってもらえるように、その先には「相談支援専門員として活動する」につながってもらえれば、自分も演習指導者として参加した意味があるのかなと思います。同時に、自分も演習指導者として参加することは自分自身の自己研鑽にもつながっているので、自分にとっても欠かすことのできないもののように感じます。

 

でもね・・・。疲れたぁ🥱

明日はゆっくり休もう・・・買い物には行かないと冷蔵庫が🈳だし。

今年はカレンダーの暦で、いつもより早い仕事納め。

仕事納めが早いのは、労働者としては嬉しいことなのかもしれませんが、仕事をしている個人的立場としてはあまり嬉しくないかもしれません。

 

何しろ、年末年始の「年始」は色々と終われるです。

ここでも良く話しているのが、国保連請求。障害福祉サービスも介護保険サービスも診療報酬も、報酬をもらうためには翌月に国保連(国民健康保険団体連合会)に請求をして受け取ります。ただ、この請求は請求できる期間が決まっており、毎月10日が請求の締め切りになっています。これは年末年始・ゴールデンウィーク関係なく同じです。

 

そのため、事業者は毎月10日までがものすごく忙しいです。

1日になったら請求するためのデータを取りまとめ、取りまとめたものをデータ化し10日までに国保連に送る。で、審査の結果問題がなければ月末に支払いの決定通知が届き、翌月に支払われるのが請求の仕組みです。

 

つまり、普通の月であれば10日間しっかりと準備ができるのですが・・・

1月は暦上の休みがあるのでその日は基本的に業務を行いません。今回で言えば4日までは暦上で「休み」になるので、請求までには5日から10日までの5日間で行わなければいけません。国保連もヘルプデスク(困った時の相談先)がありますが、そこも1月1日から4日は休みと公言しているので・・・本当にタイトな中でやって行かなければなりません。

 

そんな状態なので、今年の年明けは忙しいです。

さらに自分の業務としては仕事始めの週から早速初任者研修のファシリテーターに参加。その後も会議やいつもの計画作成やモニタリングがあり、それ以外の個別対応もするので時間はありません。

 

というか・・・本当に年々慌ただしくなっています。

ちょうど去年の最後のブログでどんなことを書いた振り返ってみたら、こんなことを書いていました。

来年もやることはたくさんです。法人としての将来設計も本格的に考えていく年になると思いますし、自分の法人だけでなく市の相談支援全体も考えて行動をしていく年にもなりそう。そこには市に根回しをしながらやっていくこともあるし、いよいよ「自分の仕事だけをすればよい」という立場ではなくなりそう。

いや、まさにその通りになっています。

今年は法人としていろんな施設への視察に行きましたし、それを受けての市との打ち合わせもしてきました。で「自分の仕事だけ」ではなく、それ以外の部分もしてきました。ファシリテーターとしての参加もそうですが、相談支援従事者研修に組み込まれている「地域実習」も担当してスーパーバイズもしましたし、相談支援専門員の自主研修にも携わりました。本当に色々と動いた1年でしたね。

 

この傾向、来年も間違いなく続いていくでしょうね。

今年できなかったことや棚上げにしてしまったことも多く、十分にできなかったことの多い1年でもありました。やることが多くなっていく中で業務量的にもいっぱいになってきている現状もあるのですが、それでも自分が推し進めて行かなければ進まない事柄もあります。なので、何を自分が推し進めて行くものなのか、何を他の人に投げていくのかなど、その部分をちゃんと見極めていくことも来年は大切になっていくのでしょうね。

 

とは言え・・・法人は少数精鋭、小さな自治体なので難しいこともあります。

投げたくても投げれる人がいない現状もありますし、周りが追いつかない部分もあるでしょう。そう言った部分では悩ましい1年をまた送っていくのかもしれません。

 

逆に・・・慌ただしくない年って、来るのでしょうか。

慌ただしくない年って、穏やかといえば穏やかなのかもしれませんが、反対に「活発な活動」ができていないことでもあるのかな・・・穏やかは欲しいけど、しっかりと仕事をしてきた充実感は欲しい。これもまた、バランスなのでしょうね。仕事をするのって、難しいですね。

 

福祉業界の取り巻く現状はますます厳しくいなっていきますが・・・

それでも、自分ができることはきちんと、真面目に実直に取り組んでいく。そうすれば、いつかは結果がついて来ると信じて来年も仕事をしていこうと思います。

ここ最近、時間をかけることの多いケースがあります。

自分でもある程度は想像していましたが、今自分が持っているケースの中で指折りのケースです。

 

支援が始まったのは9月から。別の相談支援事業所からの依頼でした。

相談のあった相談支援事業所が本来サービス提供外地域の方を担当していたため、本来の支援居住地で支援をしてもらえないかというのがきっかけでした。こちらとしても自分のサービス提供地域であれば基本的に断る理由はないので、6月に初回面接をし契約を行いました。

 

ただ・・・その方は相談の求めが他の契約者に比べて多い方。

就労支援事業所に通所していますが、そこでも頻回の面談要求で職員の方も疲弊しているとのこと。まぁそこに至るにはここでは話しきれないほどの経過があったので、話を聞けば「それは・・・疲弊しますね」と感じるものでした。

 

そんな状況もあったので、自分が支援に入った時の評価や目標として、

・「丁寧な対応」と「頻回な面談・相談」は違う。

・決めたことはやっていきましょう。

 

といったことを目標に組み込んで支援を行ってきました。

ただ・・・元々不安を持ちやすい方ので、些細なことがあると不安になってしまいます。もちろんそこには障害特性やご本人の性格もあると思いますが、事業所の職員としては同じことの繰り返しにも疲弊している状態でした。

 

で、先日自分の支援で初めてのモニタリングを実施してきました。

そこで出てくるのは、他の利用者と比較しての対応の不満。その辺についてはこちらからも何度となく丁寧に話をしているのですが、どうも納得できないのか理解できないのか、同じことの繰り返しになってしまいます。

 

もちろん、できていることもあります。

自分が支援に入った時に「自分のことは自分で決めましょう」ということを目標に加え、そのために関係者から助言をもらうのは構わないから最終的には自分で決める、ということを確認し、事実それはちゃんと行うことができていました。その点は評価できる部分でありました。

 

ただ・・・決めたことを覆したい部分はある様子で。

その辺は就労支援事業所でも個別支援計画で盛り込まれていることなのですが、どうしてもそこから外れたい様子があります。そこで出てくるのは「他の人は良いのに、どうして私はダメなの?」ということ。この辺について事業所の職員さんはかなり丁寧に話していますし、過去の経緯も触れて話しています。過去の経緯に触れられる「はい、確かに・・・」となるのですが、どこか納得はできていない部分も感じます。

 

一応ご本人としては「家から出て自立したい」とは言っているのですが・・・

ここ最近この方の支援を色々と考える中で、何が必要なのかなと思う部分があります。そんな中自分が思ったこと・・・今必要なのは「自立」ではなく「自律」ではないか。

 

自律・・・いかに自分のことを律することができるか。

先に書いた「決めたことを覆したい」というのは、まさに「自律」ができていない部分でもあります。今まで支援をしてきた中でご本人の言動などを振り返った時、自分の中で「自律」というキーワードが出てきました。

 

よく支援をする中で「自立」と「自律」を使うことがあります。

障害を持つ方の支援で一般的に思い描きやすいのは「自立」で、よく「自立生活」を目指して・・・なんて言われることもあります。一般的にはこちらの「自立」の方がイメージもしやすく、考えやすいのではないかと思います。

 

でも支援過程の中で、ふとこっちの「自律」はできているのか、と思うこともあります。

今回のケースはそれが自分の中に湧き上がったもので、どこかでこのことは触れていく必要のあることかなと感じています。

 

個人的には、「自立」は後からでもなんとかなるものかな、と思います。

自立を目指してグループホームを使ってみる、一人暮らしをしてみる・・・など、アプローチの仕方は色々とあると思います。しかしどんなに頑張っても難しいこともありますし、そもそも第三者の支援が必要なこともあります。身体障害の場合、障害故に誰かの力を借りてご飯を食べさせてもらったり、トイレのサポートをしてもらうことはあると思います。でもそれができないから「自立できない」ということではなく、できない部分を他の方法で代替する(ヘルパーを使って支援を受ける)ことができれば、それはそれで問題のないことだと思います。

 

一方で「自律」・・・「自らを律する」ことで、「自立」とは違ってきます。

あまりこういう括り方をしたくはないのですが・・・強いて括るとすれば「自立」は肉体的なこと、「自律」は精神的なこと、と考えるとイメージはしやすいのかもしれません。(ただこの括り方も必ずしも適切かと言われると、少し疑問に思う部分はありますが・・あえてイメージしやすくするのであれば、こういう括り方なのかもしれません。)

 

先の「決めたことを覆す」も、自律とは違っているようにも感じます。

少なくとも共に決めた目標でありながら、それを覆してしまう行為は自律性の低さとも言えるかもしれません。もちろんその事象だけでなく、なぜそのようなことが起きるのかを見た上で判断するのですが、現状では自律性の低さと見ている部分があります。

 

となった時、今この人に対する支援は「自立」ではなく「自律」ではないか。

もちろん同時並行に支援をすることは普通にありますが、時には分けて考える時も必要です。さらに「自立」は後から追いかけて考えることもできるかもしれませんが、「自律」は日々の暮らしの中から育んでいくことが必要であり、いくら「自立した生活」を求めても「自律」ができていなければ「自立」は弱いものになってしまいます。逆に自律性・自律心が高ければ「自立」は徐々に高めることもできるのではないかと思います。

 

今度面談するときに、この言葉がどこまで響いてくれるか。

それは自分の伝え方にもあるでしょうね。

自信を持って言えます!

 

それは「読書感想文」。

何であんなもの、宿題で出すんでしょうかね。

 

まず、本を読むのが嫌でした。

小さい時から、マンガすら読まない自分。だから「本」を読むこと自体が自分の中に習慣としてなかったのだと思います。ましてや夏休みに面白くもない、興味も湧かないような「推薦図書」なんてものを読むなんて・・・嫌でしたね。

 

あと、その後の感想文を書くのも嫌だった。

感想・・・覚えていません。本を「読んだ」だけで、読み終わった後に中身のことなんか、覚えていません。読み終わるのにめちゃくちゃ時間がかかるのに、その後に感想なんて書ける訳ない。感想を書くためにもう一度本を見返して・・・なんて面倒な時間なこと。

 

まぁみんなそうだったのかもしれませんが・・・感想なんて、とってつけたもの。

多分、中身のない読書感想文だったんじゃないのかなと思います。今でも本を読むのは苦手です・・・

 

と言いながらも、専門書はやはり読んでいます。

流石に仕事に関係すると思うと、読み方が違うんでしょうね。宿題だと「やらされている」感が半端無いとおもいますが、自分で選んだものは「読まなきゃ」や「理解しよう」と思って読むので、向き合い方は全然違いますからね。

 

それは大学の時も同じ。

大学の時の教科書として買わされた本も、当時は全然頭の中に入りませんでしたからね。特にゼミ講師がピエール・ブルデューの話をよくしていたのですが、当時の自分は「???」でしたね。今だったら多少は興味を持つと思うので、本当に余裕があれば本を読んでみようかなと思いますが・・・まぁ時間がないので読まないでしょうね。

 

で、感想文を書くのが嫌と言っていた自分が・・・こんなにもブログを書いています。

まぁ感想文とブログを比較するのはちょっと違いますが、文章を書くという意味では同じですね。文書を書くことが嫌で嫌で嫌だった自分が、こうやってブログを書いていることもちょっと不思議ですね。

 

文章をある程度書けるようになったのは、やはりレポートの作成でしょうか。

それも大学時代に鍛えられたのではなく、その後の専門学校の方で鍛えられたのでしょうね。大学時代は卒論を含めてほとんど書くことがなかったのに、専門学校時代はほぼほぼ毎日レポートの作成に勤しんでいました。

 

それもそのはず、専門学校時代は日中通学しながら、通信のレポートも作成

通信のレポートは概ね3ヶ月から4ヶ月ごとに3・4本を提出。書いても書いても次のレポートが待っているので、休む暇はありませんでしたね。さらに専門の最終学年には一応「卒論」を書くことになっていたので、それもそれなりに書きました。ただ・・・正直なところ、大学の時の卒論より専門学校の時の卒論の方が主体的に取り組んでいましたし、内容もある程度はあるものが書けていたように思います。その証拠に、大学4年間のレポートより専門学校2年間のレポート作成の方がはるかに多く、大学時代の倍以上書いていたと思います。大学より2年短く、レポートは倍・・・相対的には4倍ですね。

 

子どものころは嫌だ嫌だと思いながらも、大人になると逆になる。

こんなにも文章を書くことをするようになるとは思いませんでしたし、ちゃんと興味や自己研鑽のために本を読むようになるとも思いませんでした。最近こそは紙媒体で読むのが大変に感じているので、電子書籍が存在するものは電子書籍で読んでいますが、こんなにも変わるとは思っていませんでした。ホント、不思議ですよね。

 

夏休み宿題で嫌だったもの

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12月になり、今年もあと1ヶ月です。

ですが・・・ブログ、1ヶ月以上も書いていなかったんですね。

 

世の中的には12月が忙しいのだと思いますが、自分はすでに忙しかったです。

忙しさは10月から始まっており、計画相談支援としての業務であるモニタリングや計画作成が多いのをはじめ、新規相談や臨時的なサービス調整などでバタバタとしました。またその間に相談支援従事者の初任者研修も始まり、そのお手伝いで研修も参加していたので、職場で仕事をする時間も減っていました。

 

おまけに11月に至っては、仕事の積み残しもあります。

今週末に方をつけて、来週には積み残しの分は終わらせたいです。ただ・・・当然ながら12月の仕事はすでに始まっているので、それも同時並行。さらに12月はいつもより稼働日数が少ないので、当然ながらいつもより限られた期間での仕事に。おまけに今年はカレンダーの並びからいつもより休みの多い年末年始に。世間的にはありがたい話なのかもしれませんが、個人的にはそれだけ仕事の時間が減るわけなので・・・なんとも言えません。

 

それでも、この状況を打開するために色々と工夫をしています。

例えば、モニタリング報告書の作成。今までは紙にメモを取りながらそれをパソコンに入力して文章を考えていました。ただ最近は紙へのメモを基本的にやめ、iPadのメモアプリを使って記録。それを後から修正しながら記録に残しています。もちろんその記録はモニタリング報告書にも使うようにしているので、少しだけ手間を省いています。

 

同じように使っているのは、レコーダーを使った文字起こし。

試しに使って見たら、思いの外使える感じがあり、カンファレンスの時には使うようにしています。自分が使っているのは、これ。

 

カンファレンスなども当然記録をとっていますが、すべてのカバーは難しい。

また通常の記録とは別に「カンファレンス記録」としても残すため、カンファレンスでの気の張り方はまた違ってきます。そこで「ものは試し」に、文字起こしもできるレコーダーを購入し、自分が出席する会議でその実力を確認してみました。

 

すると・・・まぁ完全ではないけど、ほぼ内容が理解できます。

発言者ごとにセクション分けもされるので、必要なところを直していけば十分に対応できます。細かく録音の内容を拾わなくても実際に自分も参加していたわけですから、正確に文字起こしがされていなくても話の筋は十分に理解できます。

 

その後、既に何回かカンファレンスでレコーダーを利用しています。

完全にレコーダーに頼るつもりはないので自分も記録を残しながらですが、カンファレンスでの気の張り方はだいぶ変わりました。後から自分の記録とレコーダーからの文字起こしを照らし合わせながらカンファレンス記録を作れるので、だいぶ楽になりました。また文字起こしが残るので、後から「あの人、何て言ってたかな?」というのを文字起こしから確認できるので、その意味でもだいぶ楽になったことは言うまでもありません。

 

少しずつ自分なりに業務効率化を図りながら、省ける手間は省いている自分。

ただ・・・手間が省けても、やるべきことは省けません。その月に対応するモニタリングだったり、今後待ち構えている役所への書類提出、さらには来年度の予算編成、今後の法人の行く末など・・・手間を省く以上に対処すべきものがあり過ぎて、溺れそうです。

 

そう言った意味では、書類の手間も省いてほしい。

特に何度も言っているけど、処遇改善手当なんて最たるもの。処遇改善手当を取るためにその計画書を作成し、年度が終わったら報告書を作成して提出。以前より作成の手間は減りましたが、それでも面倒です。国は福祉従事者の待遇を上げていくと言いながら、そのための事務手続きは煩雑なものにしており、そこにどれだけの労力がかかっているのかがわかっていないような気がします。

 

またこれもいつも言ってますが、すべての職種が対象ではないんですよね。

例えば自分のような「相談支援専門員」は処遇改善手当の対象外。国は対象外の人に「法人の判断で支払っていい」と言いながらも財源としては「対象外事業に対して(処遇改善手当として支給した)財源を使ってはいけない」と言っているので、やるなら法人独自でやらなければいけないこと。それは報告書でも支払った金額を報告することになっているので、おかしなところがあれば当然指摘されます。下手すれば返還にもなりかねないので、ちゃんと法に則って対処していますが・・・その事務をしていても「処遇改善」の評価にはならないんですよね。同じ利用者への支援をしていて、周りの職員に手当を支給するために、手当が支給されない自分が頑張る。この事務を誰かがやればまた負担になるのは明白なので投げるつもりはありませんが、本当に矛盾を感じています。

 

これは法人の問題というよりも、やはり国の問題です。

大きな法人であれば事務専属の人が対応すれば良いかもしれませんが、うちのような小さな法人では利用者支援をしている職員がこのような事務もやっていかなければいけないので、法人規模によって差が出るような状態にしている国に問題があると思います。今国では報酬改定検討チームが動き出していますが、どのような動きになるのでしょうか。

 

うちの事業所も国も、課題・問題は山積ですが・・・

まぁ何を言っても、やっていくしかないんですよね。とりあえず個人的な目標として「今年の仕事は今年のうちに」でしょうかね。