今年はなかなか息つく暇もありません。

施設的には先週から2週間の予定で社会福祉士の実習生を受け入れ、今週からは3週間の予定で精神保健福祉士の実習生を受け入れ。その間に4日間の看護学校学生受け入れ。よく見たら、今月は実習生の学生が誰かしらいる状態。いや、そりゃ大変だ。

 

実習生対応をしながら、本来業務の計画作成・モニタリングもタイトに進んでいきます。

特に今年は施設祭が11月から6月に移り、今月末の開催に向けて準備の予定も着々と入ってきます。さらに来月に別の研修チームでの研修準備もあり、スケジュール的にはかなりパンパンです。

 

そんな中、相談支援従事者研修の説明会に参加してきました。

今年も相談支援従事者研修の時期になり、早い日程では今月から演習研修が始まります。自分は7月と8月の研修を担当しており、今日は演習研修を担当する演習指導者が集まっての説明会。研修全体に変更はないものの、去年と進め方や演習内容の変更もあり、ポイントを抑えるべくしっかりと話を聞いてきました。

 

現任研修は既に初任者研修を終え、現場で従事している人が対象の研修。

自分も現任研修の対象者になるのですが、昨年に主任研修を受けたのでそれを持って自分は現任研修が修了しており、しばらくは研修が不要になります。なので今回からは「主任相談支援専門員」としての立場で参加です。まぁ、この研修において肩書きは何の関係もないですけどね。

 

現任研修のお手伝いも、今年で3年目になりました。

参加自体は4回参加しているのですが、そのうち最初の1回は研修の一環として参加しているので、純粋な演習指導者としての参加は3年目になります。実際今日の説明会でも演習指導者研修を受けている方の参加者もいました。自分の時はオンラインでの説明会でしたが、思えばあの時からもう4年が経っているんですね。

 

研修に毎回参加して思うのは、演習指導で参加する方が学びになるんですよね。

もちろん受講生としての参加は事前に講義動画を見たり事前課題に取り組んだり、研修の合間に地域の拠点機関で実習指導を受けるなど、やることはたくさんあって大変なんですよね。だから研修が終わると「やっと、終わった」という気持ちの方が強いんです。

 

でも演習指導者の立場だと、受講生との関わりで気付かされることが多いんです。

事前課題に自分も目を通して「あぁ、そうだよね」と思うこともたくさんありますし、演習の中での話にも「うんうん、そうだよね」と共感する部分もたくさんあります。受講生である前に、同じ相談支援を仕事としている立場として理解・共感する部分がたくさんあり、共通項があることで自分自身も学びの機会になっているんですよね。

 

もちろん、研修内容を毎年なぞることができるので、研修内容の理解もできます。

繰り返しの参加で内容の理解ができるので、研修で何を伝えたいのかも年々理解が進み、受講生からの研修内容の質問にも少しだけ答えられるようになりました。これは繰り返し研修に参加しているからこそできることであり、結果としてそれは自分の知識や技術として積み重なっています。

 

当然ながら、演習前には自分も資料の読み込みをします。

前日は研修の「予習時間」として、仕事は早めに終え職場以外の場所でお茶をしながら研修資料の読み込みをして、当日の研修に臨んでいます。何回やっても丸腰で研修に臨むのはやはり怖いですし、演習指導者としての責任としても事前準備は欠かすことができません。でもこのプロセスも自分の知識・技術向上にもつながっているのだと思いますし、結果として自分の学びになるんですよね。

 

どんなに忙しくても、自己研鑽は欠かせません。

制度は日々アップデートしていきますし、日々の仕事だけでは成長はありません。特に自分の場合は「一人職場」なので、外と関わらなければそれこそ「井の中の蛙」になってしまうので、こういう機会を逃さず積極的に関わっていくことは自分のためにも必要なことだと思います。そしてそこで得てきたことが、まさに実習生への還元にもつながっていくのだと思いますし、自分の働く地域にも還元することにつながっていくのだと思います。スケジュールがタイトな時は本当に大変ですが、自分のためになることを考えたら、この時間は欠かすことができないですね。

「ソーシャルワーカー」と言う仕事、人と接することで成り立ちます。

ですが・・・専門職でも人間です。感情もありますし、色々と感じることもあります。

 

対利用者に対しては、他にも取り掛からなければいけな時に電話。

でも話の内容を聞く限りでは「それ、今じゃないよね」というものであったり「今日のお昼、何ですか?」とか別に聞かなくても既に周知していることを何度も聞かれると、さすがにげんなりします。

 

また同じ人からの繰り返しの連絡にげんなりすることも。

電話頻回の方には常に「忙しいので、何でもかんでも対応できるわけではない」ことを伝えているのですが、それが理解できない方もいます。3日ぐらい連続で対応しているのに、1・2日対応できないと不満を漏らす人。自分が対応できないと他の職員に捨て台詞のようなことを話す状態。

 

そんな時、こう思います・・・

私は「あなたのモノ」ではありません。

あなた「だけ」の支援者ではありません。

 

色々とご本人としては言いたいこともあると思います。

ですが、自分が支援をしている人はたくさんいます。支援もその人それぞれの状況に合わせて対応します。同じ人は誰1人いないので、それぞれで個別の対応をしていきます。その人の障害特性や性格なども踏まえながら、支援の仕方を工夫していきます。

 

その中で「あの人と対応が違う」と言われても、何とも言えません。

それに支援以外にも様々な多くの仕事を進めながら支援をしていますので、時としてリアルタイムにならないこともあります。そのことも含めお伝えしている中でご自身の都合だけを一方的に主張されても、それは困ります。他の職員に対応方法を伝えてその通りに対応したことに対し不満を持たれても困ります。何しろ、相談業務は自分1人しかいないので、思い通りにならないからと言って自分以外の職員にも捨て台詞を言われるのは、職員も疲弊します。

 

対利用者だけではありません。関係機関も同じです。

先日ちょっとだけ書きましたが、病院とのやりとりでも地域の声に耳を傾けることなく病院の都合だけで一方的に対応を求めることに、腹が立ちます。それも大きな病院になればなるほど、その傾向は強いです。「都立病院がその対応をするの???」と思うくらいの話のわからなさに、地域で支援をする関係者は疲弊します。地域のことを無視されている気持ちになります。

 

自分は聖人君子ではありません。普通の人間です。心を持つ人です。

たまたまソーシャルワーカーという専門職であるだけで、心を持つ人間が仕事をしています。ちょっと思い通りにならないからと言って捨て台詞を言われるこちらの身にもなってほしいものです。人間なのでパーフェクトではありません。感情もあります。AIが対応しているわけではないのですから。

 

と思ってその感情のままに進むと、いいことはありません。

なので、そんな時は「寝かし」ます。冷却させ、あえてすぐに対応しません。そうすると、こちらも少し冷静になり、ニュートラルに戻って物事を見直すことができます。そこはやはり専門職なので、専門職としてふさわしい対応ができるように心がけます。感情の赴くままに対応するのは、いい結果になりません。だから1日かけても冷静になる時間が必要です。仮にそれが相手から「遅い」と言われても、しっかりした支援をするためには必要な時間として考えます。

 

先日ケアマネージャーさんがお亡くなりになる事件がありました。

相談支援専門員も1人で訪問活動をすることは普通にあります。先日も書きましたが、ケアマネージャーも相談支援専門員も対象者などは違いますが基本的業務は同じです。利用者さんのために仕事をしていますが、感情を持つ人間が仕事をしています。私たちも傷つきます。できるだけ気持ちに寄り添いたいですが、求められるだけはできないこともあります。できないからと言って矛先を向けられると、悲しいです。話をする反対側には、あなたと同じ「人間」がいることを忘れないでほしいです。

 

ここだけの愚痴

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今巷で噂の「チャッピー」

何かあればチャッピーなんて・・・と思うのですが、誰がどう使うかによって、その効果は薬にもなり毒にもなります。

 

月末、色々と事務仕事も増えます。

例えば自分がやっているのは、利用者の通所・利用状況の記録を残すための「サービス提供記録表」を印刷します。これは利用者さんに支援を実施したことの根拠になる書類で、日々の支援記録とは別に必ず記録しなければいけません。そのため月末になると翌月分の記録表の印刷をしています。

 

ただ・・・これ、面倒なんですよね。

1人1枚用意するので、単純に人数分出すのであれば大したことありません。ただ、1人1人の名前を書く必要があり、それが面倒なんですよね。手書きは疲れるし、わざわざ1人ずつの書類ファイルを作るのは印刷で面倒。かと言って印刷のたびに利用者さんの名前を入力して印刷するのも結構な手間です。

 

この仕事、何とかならないのかな・・・とずっと思っていました。

ネットで色々と策を探してみましたが、なかなか見つかりませんでした。そこで、巷で噂のチャッピーに相談してみました。

 

結果、面倒な作業が簡単に終わりました。

今まで10分から15分程度かかっていた作業が、チャッピーのおかげで5分もかからず終了。本当にあっという間で、今までの時間が何だったんだろうか・・・と思いました。

 

もちろんチャッピーが作ったわけではありません。

チャッピーには自分が「やりたいこと」を指示し、それに合わせてチャッピーがVBAを作ってくれるので、それを微調整しながら目的の形にし、完成したVBAを埋め込んで作業の簡略化を図ったわけです。

 

チャッピーが出始めた頃、自分は全く相手にしていませんでした。

チャッピーがリリースされた時、精神保健福祉士のことについてチャッピーに聞いてみました。その中で、精神保健福祉士の根拠法(何の法律に基づいて資格が位置付けられているか)について尋ねたところ、当時のチャッピーは「精神保健福祉法」と答えました。

 

正しいのは「精神保健福祉士法」で、明らかに間違えであることはすぐわかりました。

そんな当たり前の回答が出せないチャッピーは自分の中で「当てにならないもの」と認識しており、しばらくの間は全く相手にしていませんでした。

 

しかしAIも学習を重ね、正しい答えを出せるようにもなってきました。

一方でその回答の正しさに疑義がある部分もあり、今でも完全に当てにはしておらず、あくまで一次情報を得るための手段として利用し、その先は自分自身でちゃんと調べて自分自身が信頼できるものを見つけて確認するようにしています。

 

一方で今回のVBA作成という点では、非常に高い能力を発揮しています。

事実、そのおかげで仕事がかなり楽になりましたし、これを元に来月以降も楽に書類作成ができます。自分でもこういう使い方で有効性を実感したので、もっと複雑なことについてチャッピーに聞いて、そのためのVBAを作りたいと思っています。

 

チャッピー・・・改め、生成AIは、正しく使えばとても有効だと思います。

自分の例でも分かる通り、やりたい目的がはっきりしていて、それが価値判断の必要ないもの、ある種「機会的」に進めることで問題のないことについては活用の仕方次第で仕事の効率化も図ることができ、生産性の向上につながると思います。

 

他方、使い方を間違えると大変なことになります。

根拠や事実がはっきりしていないもの、自分で確認できないもの・確認していないものに対して、AIの出したものを鵜呑みにして話を進めたり、場合によっては拡散することで誤った情報が一人歩きして取り返しのつかないことになることもあります。それ故、AIの情報を全面的に受け入れてしまう姿勢は大変危険なものであると思います。

 

またAIの出す答えの「理屈」は正しくても、必ずしも理屈通りで進まないこともあります。

今回話題になったことは、確かに理屈としては正しくても、理屈が正しいから間違えではないと言い切れない部分もあるのではないかと思います。AIに聞いて「児童相談所に相談できます」という答えは間違えないと思います。で、児童相談所に相談することも間違えではないと思います。ただその先が機会的に物事が進むことで、相談した本人も思わぬ方向に進むことがあり、今回はまさにその状態になったのではないかと思います。

 

全体の結果としては、理屈では間違えではないと思います。

が、あくまでそれは「理屈」であり、そこに「理屈だけでは見えないもの」があることも忘れてはいけないように感じます。自分が仕事としているソーシャルワークも、理屈通りに進めれば問題が解決するわけではありません。そこには「人の心」や「思い・気持ち」があり、それらを全面的に無視することはできません。理屈では必要なことも、その裏にあるものをしっかりと受け止め、その上で「理屈ではこうだけど・・・」を踏まえながら状況に合わせた対応をすることが必要です。最短距離で行くことが必ずしも正解ではなく、回り道してたどり着いた方が正解だったこともあります。それ故、理屈が全てではありません。

 

誤解しないでいただきたいのは、今回の話題がおかしい、というものではありません。

全ての対応は、おそらくその時点では可能な限りの「最善」を尽くした結果だと思います。ですのでその結果に対して何かというわけではありません。ただその過程で存在が明らかになった「生成AI」という物に対して、もっと考えていくべき物ではないかと感じています。もしこれが生成AIではなく生身の人間だったら、もしかしたら全体の結果は違ったかもしれない・・・そんなことを感じずにいられません。そんな風に感じるのは、自分が「ソーシャルワーカー」という仕事を生業にしているからこそ思う部分なのかもしれません。

2年前にも同じネタで書きました。

また書こうと思ったのは、今日こんなことがありました。

 

計画相談のモニタリングで訪問看護事業所に電話した時のこと。

担当の看護師さんは不在で、電話に出たのはおそらく事務の方。電話をした事情などを説明し、折り返しの連絡をお願いすると電話を応対した方からは「ケアマネさんですかね?」とのこと。正すことが面倒だったので、「あ、はい、障害ケアマネです」と言って終話。

 

自分たちが認識してもらいやすくするために使う「障害ケアマネ」と言う言葉。

どちらかと言うとそんなに福祉のことを知らない人でも「ケアマネ」であれば何となく知っている人も多いことから「障害者のケアマネジメントをする人=障害ケアマネ」という表現の仕方をしています。ただ今日のこのやりとりだと、もしかしたら障害福祉の関係者以外からも「相談支援専門員」を理解されていないのかな・・・とも感じてしまいました。

 

以前と同じことを書いても意味ないので、繰り返しは書かなようにしたいと思います。

が、高齢者を受け持つ「介護支援専門員(ケアマネージャー)」と障害者を受け持つ「相談支援専門員」の仕事は似ている部分もありながら、細かい部分ではかなり違う部分があります。それでもわかりやすく「障害ケアマネ」と表現するのは、支援のベースにあるのはケアマネジメントの手法であるため、その考えは共通していることからそのように表現しているところがあります。

 

じゃ細かいところの違いは何なのか。

明らかな違いは、対象者。ケアマネージャーは介護保険の対象者であるため、基本的には65歳以上の高齢者になります。中には65歳未満の人も対象(2号被保険者)になることもありますが、いわゆる「高齢者」が対象です。一方で相談支援専門員は障害を持つ人、いわゆる「障害児・者」が対象です。ここでいう障害者は年齢に関係なく障害を持つ人全てを指すので、子どもでも障害を持っていれば対象者ですし、高齢者でも障害を持っていれば対象者になります。

 

さっきケアマネージャーのところで「65歳以上」と話しました。

障害者の中にも65歳以上の人はいます。じゃその人は誰が受け持ちになるのか。答えは「両方」です。65歳以上の高齢者であり障害者である人が介護保険のサービスを利用する場合はケアマネージャーが受け持ちますし、介護保険にないサービスで障害福祉にあるサービスを利用する場合は相談支援専門員が受け持ちます。ですので、介護保険も障害福祉も両方のサービスを利用する人はケアマネージャーも相談支援専門員も受け持つ対象者になります。

 

なので、こうやってみると相談支援専門員の方が対象年齢の幅が大きいです。

また一言に「障害者」と言ってもその内容は多岐に渡ります。身体障害の場合は肢体不自由もありますし、視覚障害、聴覚障害、内部障害など幅広いです。知的障害も診断としては「知的障害」でありながら自閉傾向を持っていたりダウン症だったり特性がさらに分かれていきます。精神障害であれば診断ごとに病気の症状も違います。こうやってみると「障害者」と言うのも幅広いことがわかると思います。

 

そんなこともあり、事業所によっては支援対象を限定する場合もあります。

今の自分の場合は精神障害の方だけを対象にしており、障害児は支援の対象外としています。しかし以前働いていた事業所では身体障害・知的障害・難病の方を対象にし、障害児も対象にしていました。さらにその前の事業所では全ての障害・障害児を対象にしていました。これだけでもわかる通り、対象を特化することなく支援できる力も相談支援専門員には必要な力であると言えます。

 

仮に今の自分のように対象者を限定していても、対象以外の知識を持つことは必要です。

障害児の知識が不要かといえばそれは違っており、最低限の知識は持つ必要があります。これは逆も同じで、障害児の支援だから障害者に関する知識が不要かというとそうではなく、むしろ子どもが成人することを考えればその先のことを考えるためにも知識は必要です。ですので特定の知識があれば良いと言う話ではなく、幅広く持つことが求められます。

 

さらに言えば、障害者も高齢者になります。

となった時に、介護保険に関する最低限の知識も必要であり、サービスの内容によっては障害福祉サービスから介護保険サービスに切り替えること求められます。その時に「知らない」では済まされないので、円滑な意向や引き継ぎができるようにするためには介護保険の知識も欠かすことのできないものです。

 

ここまで書くと、結構相談支援専門員は欠かせない仕事と感じます。

にもかかわらず、相談支援専門員の社会的な認知度や障害福祉分野以外での認知度はまだまだ低いのかなと感じる部分があります。そのことの実態調査が見つからなかったので、調査結果や実際数字としてどこまでの認知度があるのかは正直わからないところもありますが、今日のような出来事があると「ケアマネ」と言うのはわかっていても「相談支援専門員」と言うのはまだまだ認識がされていない職種なのかな・・・と感じます。

 

なんかそんなところも、相談支援専門員が適切な評価をされていないのかもしれません。

ここでも何度も書いていますが、相談支援の報酬は本当に低い。相談支援事業だけで自立した運営ができない現実がありながら、絵空事の数字で経営像を示すことに、違和感を感じています。それを解消するためには、もっと世間に認知してもらうことが必要なのかもしれません。

 

私の職業は

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先々週の金曜日に、最初の実習生受け入れが終わりました。

そして今週になり学生から実習ノートが届き、現在コメントの作成と最終評価をしている最中です。

 

今回の実習指導で、自分が大したことをしているつもりはありません。

もちろん実習生受け入れのためにそれなりの準備はしてきましたし、自分なりに言語化して理解してもらえるように努力はしていますが、実習のために何か特別なことはしていません。基本的に普段の業務をしている中で一緒に関わってもらっていただけのことです。そこにフォローして実習の意義を持たせていただけのこと。なので、ポイントは実習生がその中から何を見つけられるか。

 

今回2人の実習生を同時に受け入れました。

内容は2人とも全く同じ内容で同じことをしました。でも実習の成果にだいぶ差が出たと感じました。実際に見ていて感じたのは、実習に対しての向き合い方。そこが最終的な差になったのかなと思います。届いた実習ノートを改めて見返し、最後のまとめを読んでその差をとても強く感じています。

 

ただ、自分が学んだのはそのことではありません。

実習ノートを読み進める中で、実習生が自分の言葉に支えられたようなことが書いてありました。当然ながら実習中にはいろんな出来事があるので、必要に応じてフォローをするのは当然の役割であるのですが、そう言った自分の対応が実習生にとっては「エンパワメント」になったとのこと。自分のポジティブな対応がそのように感じてもらえたみたいです。

 

そこから実習生は、将来は同じ「エンパワメント」ができるようになりたいとのこと。

今回の経験をもとに、利用者に対しても同じような対応で働きかけていきたい、ソーシャルワークを身をもって理解した、と書いてありました。

 

自分も実習の中で様々なソーシャルワークの視点を話しました。

時に学問的な話をすることもありましたが、それらの話を実習生なりに理解し「ソーシャルワーク実習」に結びつけてくれたみたいで、その点は非常に良かったと思います。

 

今回とは別の時に対応した実習では、学生から「面談技術を学んだ」ともありました。

実習の一環で自分と利用者さんの面談(モニタリング場面)に同席してもらい、実際の面談場面を見てもらうことをしました。その後に面談のポイントなどを話して実習ノートをまとめてもらいましたが、実習生からは「頷きや共感など、面談の中でたくさんの面接技術が取り入れられていた」と書いてありました。そのことは自分でも「あ、そうだったんだ」と気づいたことでした。

 

エンパワメントの話にしても面接技術の話にしても、自分は意識していないんです。

でも実習生の立場から見ると、自分が意識せずやっていることが「ソーシャルワーク」として捉えている事実があり、そのようなことを指摘されたことは自分にとっても学びです。正直自分の中でも「ソーシャルワーカー・・・?」という時もあるのですが、長年現場で利用者さんと向き合っていると、特に意識していなくても自然と振る舞っているんですよね。別にバイスティックを意識しているわけではないですし、面接技術を意図してやっているわけではないのですが、対人援助をしているとこう言った行動は自然とやっているみたいです。

 

それはどういうことなのかなぁ・・・と考えると、利用者との向き合いなのかも。

自分の担当する実習では「利用者さんと向き合いなさい」と言うことをテーマにしており、そのためにはコミュニケーションが必要で、それがないと相手の理解はできないと言うことを耳タコになるくらい言ってきました。「ソーシャルワークとは何か?」とか色々とあると思いますが、その前にちゃんと相手と向き合えるかと言うのが大事と思っているからこそ、技術云々よりもコミュニケーションを重視しているのかもしれません。

 

そんな自分の実践が、実習生にとっては「ソーシャルワーク」と理解するみたいです。

でもよく考えれば、ソーシャルワークは利用者相手だけでなく色んな相手にも展開できるものであり、そこに意図した関わりがあれば全てソーシャルワークになるのかもしれません。もちろん細かく定義すればソーシャルワークにおける支援関係など色々とあると思いますが、小難しいことを横に置けば人との関わりは全てソーシャルワークなのかもしれません。で、それをする人は全員ソーシャルワーカーなんでしょうね。

 

改めて、現場の仕事だけでなく、育成に関わることも必要と実感しています。

現場実践があるのは当然のことなのですが、それだけでなく実践の還元によって自らの業務を振り返ることができますし、研修などで自らの学びをすることも欠かすことのできないことです。それがないと自らの成長はなく、こう言った活動をすることで自分自身も学びの機会になるのだと思います。そう言った意味では、今後予定されている相談支援従事者研修のファシリテーションも自己研鑽として大事な機会なのかもしれません。プラス、今後も受け入れる実習生のために自らのスーパーバイズの技術も向上を目指さないといけませんね。それは質の高い実習を実現するのと合わせて、自分自身の技量を高めるためにも。

 

最近の学びは

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実習生の受け入れが終わり、GWが終わりひと段落・・・

 

なんて言ってられません!

まだまだ、やることはたくさんあります!やること、ありすぎます!ひと段落なんて、当分先の話です!

 

って、別に語気を強くしても何も変わりませんからね。

なので、ここは1つ最近のことから思うことを。

 

この前友人と仕事の話をしました。

この友人は自分にとって数少ない親友の1人。自分と一緒と福祉の勉強をしてきた人がこの世界を離れる中、友人は自分と同じこの世界に残って仕事をしています。友人とは公私共に仲も深く、真面目な話をすることもあれば、メチャクチャくだらない話もしています。

 

そんな友人は、一時期自分と同じ相談支援の仕事もしていました。

今の職場では現場支援をしていますが、法人内には相談支援の現場もあり、相談支援専門員の資格も持っていました。そんな友人に、相談支援専門員の資格についての更新を聞いてみたところ、法人としてはその方針がないとのことでした。友人自身もかけあったみたいですが、ダメだったようです。

 

まぁ他の法人・事業所のことなので、外様が口出しすることはできませんが・・・

非常に残念ですね。これで相談支援専門員の資格が失効してしまうので、また相談支援専門員として仕事をするときは、再度最初から研修を受けなければなりません。

 

この辺がケアマネージャー(介護支援専門員)と違うみたいです。

ケアマネージャーの場合、一度資格が失効しても「再研修」というシステムがあり、それを受講すれば再度資格が付与されケアマネージャーとしての業務を行うことができるようになっています。

 

しかし相談支援専門員の場合、再研修のような仕組みは現時点ではありません。

そのため相談支援専門員として仕事をする場合は定期的に現任研修を受けて更新する必要があり、期間内に研修を受講せずに更新しなかった場合は失効し、失効した場合は最初の研修(初任者研修)からやり直す必要があります。

 

また現任研修を受けるためには要件があります。

平たく言えば、現に相談支援の仕事をしていることが要件で、特に初めて現任研修を受ける場合は研修を受ける前5年間の間に2年以上の相談支援の実務経験がないと受けることができません。つまり相談支援に従事していないと研修自体の受講資格がなく、相談支援専門員の資格を持っても従事しなければ研修を受けることができないのです。

 

ここで論点は2つあります。

1つ目は、現に相談支援専門員の資格を持っている人について。例えば私の友人のように、相談支援専門員の資格を持ちながらも、現に相談業務に従事していないケース。今後相談支援に付く(異動を含め)可能性があったとしても、現に従事していなければ研修の受講要件を満たさず、失効するのを待つだけの状態に。本人の意思とは裏腹に、研修受講の壁の存在により失効せざるを得ない状態は、とても勿体無いです。

 

2つ目は法人の考え方。個人的にはこっちの方が重要と思っています。

1つ目の論点と重なってきますが、法人内に相談支援専門員の資格を持つものがいたとしても、その人を適切に配置しないために資格を失効させてしまう状態。これは本当に避けて欲しいものと感じます。その場では失効となっても、その後再び相談支援の業務に異動となり、でも相談支援専門員は失効したからもう一度初任者研修を受けてくださいって・・・これ、受講する人にとってはものすごく負担なことだと思います。それとこれ、法人・事業所にとっても非効率です。失効しなければすぐに相談支援に従事できるのに、失効してしまうと再度相談支援専門員の資格を得るまでは計画相談などに従事できないのですから、その時間はとても勿体無いです。

 

2つ目の問題は、ある意味で法人による「人材流出」だと個人的に思います。

3月に受講した主任研修でも人材育成の話がありましたが、相談支援専門員はただですら少ない状態なのに、こういう形で相談支援専門員が減っていくのは大きな損失であるように感じます。もちろん全ての相談支援専門員が高い能力かと言われると「・・・」という部分もありますが、一方で力のある人が異動などで相談支援の現場から離れてしまうケースも見てきているので、そういうことを考えるととても大きな損失であるように感じます。

 

もちろん、先に挙げた通り「民間法人」のことなので、容易く口出しはできません。

また相談支援事業そのものが採算の取れない事業でもあるので、そこにコストをかけるのであれば他の収益を上げられる事業に人材を集中させたいという考え方は理解できますし、経営という考え方から言えば、その方が正しいのだと思います。

 

ですが、国も相談支援は必要と言っている事業。

であれば、やはりそこに適切な人材を配置していくことは必要なことだと思います。合わせて「採算が取れない」というのも大きな問題であり、そのことはここで何度となく訴えてきました。国が「必要」と言いながら十分な「手当」がされていないのは構造的問題であり、その問題の解消は人材流出を防ぐためには不可欠なものであると思います。

 

そして研修制度の在り方も1つかもしれません。

相談支援が安易に誰でもできるという資格にはなって欲しくありませんが、一方で止むに止まれず資格を失効してしまった人の対応は考えるべきなんだと思います。そこはケアマネのように「再研修」のような仕組みを作ることも必要なのかもしれません。

 

相談支援の仕事は、決して楽な仕事ではありません。むしろ、大変です。

でも個人的にはやりがいのある仕事だと思います。だからこそ「やりがい搾取」でこの仕事から離れる人は無くしたいですし、本人の理由によらない人材流出も防がないといけないと思います。相談支援の在り方も「待ったなし」の状態ではないでしょうか。

現在、自分の職場でソーシャルワークの実習生を受け入れています。

以前より実習生の受け入れを行っていますが、今回新たに精神保健福祉士の実習生を受け入れました。今までと違うのは、精神保健福祉士の実習指導者資格を持っているのは自分だけ。なので指導主体は自分になり、B型に参加することがあっても最終的には自分の指導になります。

 

まぁそれ自体は社会福祉士の実習指導とそんなに変わらないので、大したことありません。

ただし、今回は事前準備が非常に多いです。初めての精神保健福祉士の実習生であり、それに向けての用意をする時間をかなりかけています。また実習が始まった後もノート指導などにも時間を要しており、思った以上に忙しさを感じています。

 

とはいえ、手を抜くことができないのが自分。

手を抜こうと思えば、何となく実習をして、何となくやってもらればOKです・・・なんて言うこともできると思うのですが、実習を受ける以上はちゃんとしたものを提供することも必要なことと考えており、将来の人材育成の観点からもしっかり準備をして臨んでいます。

 

精神保健福祉士の実習は医療機関での実習と地域実習の2つ。

自分はそのうちの「地域実習」を担当しており、実習期間は15日間。今日がちょうど10日目で、残り5日間。その間はB型にも参加してもらいながら、自分の方でも講義をして地域特性や障害者施策、相談支援の歴史なども説明してきました。会議聴講や面談同席もし、残りの5日間では病院や他事業所見学、相談支援演習も予定しています。

 

いや、ここまでやると「やりすぎ」なのかもしれません。

ただ・・・さっきも話した通り、手を抜くことができないんですよね。やるからには、ちゃんとやらないと気が済まないのかもしれません。ただ、本質はそこだけじゃありません。

 

自分が実習を受けたのは、社会福祉士を目指していた学生時代の頃。

当時自分が通っていた専門学校は、2年間の通学課程に通いながら、1年10ヶ月の通信課程を一緒に勉強して受験資格の取得と合格を目指していました。その関係で、通学課程で2か所、通信課程で1か所の実習を行くことになっていました。ただ当時の自分は「勉強ハイ」だったのか、もう1か所を自主的に希望し実習をしたので、在学中に4か所で実習をしてきました。

 

で、自分は非常に恵まれていたのか、とても有意義な実習を受けることができました。

通学課程では区役所と障害者の入所施設(当時の名前では「知的障害者入所更生施設」)で、通信課程では今でいう地域活動支援センターⅡ型(当時の名前では「身体障害者デイサービスセンターB型」)で、そして自主実習では児童相談所で実習をしました。入所施設の実習は結構大変だった覚えがありますが、どの実習でも現場経験のない自分にとっては1つ1つが新鮮で、本当に勉強になることの多い実習でした。

 

あれから23年、今では実習生を指導する立場に。

実は23年前の実習ノート、今も残っています。先日そのノートを改めて見返してみましたが、指導者所見を読んで、改めて丁寧に対応してくださったことを実感しました。自分の記述自体は今から見ればまだまだ考えが浅い部分が多いのですが、それに対し1つ1つ丁寧にレスポンスをしてくださり、きちんとコメントをして下さっていました。日々の業務がある中で実習指導をするのは大変なことだと思いますが、その中でも手を抜くことなく丁寧に対応してくださっていたことを改めて感じました。

 

そんなこともあり、丁寧に向き合うためにも手を抜くことができません。

自分が体験して良かったと思ったことは、これから社会福祉士・精神保健福祉士を目指す人にもきちんと還元していきたい。それが社会福祉士・精神保健福祉士になった自分ができる役目の1つではないかと思い、骨の折れることですが丁寧に準備をして実習対応に臨んでいます。講義のためのパワポも準備しましたし、事前ガイダンスで実習生から希望のあった内容はできるだけ実習に盛り込もうとしています。ただここで一度形が作ることができれば、今後受ける時にこれをベースに組み直したりブラッシュアップして提供することができるので、今の忙しさは将来に向けた準備と思えば、意味のあるものかのもしれません。

 

そんな明日は、演習のための事前講義。

いきなり演習に行くのではなく、演習前に相談支援の考え方や演習の内容を説明し、それに向けて心づもりを持ってもらい、その後の演習に繋げていきたいと思っています。いや、自分でも良くここまで考えていますよね。でもこれも日頃相談支援従事者研修のお手伝いをしているからこそできることなのかなと思います。

 

日々の業務もあり、それ以外の業務もあり、ホント大変ですが・・・

でもこれも、ソーシャルワーカーとして大事な仕事であり、役割です。残り5日間、自分も頑張りましょう。

例年通りの「愚痴」をこぼそうと思いましたが・・・

去年書いたこととほぼほぼ同じことしか書かなそうなので、やめておきます。

 

その代わりに、このネタで。

「引退」というと仰々しいけど、ある意味で引退を考えた瞬間です。

 

障害福祉に携わり、今年で25年目。

これまでに何度となく転職はしてきたものの、同じ分野・同じ業界で長く仕事をしていることに、一応は頑張っているよなと思います。専門学校で一緒に福祉を学んだクラスメートの中で、今もなお福祉の仕事を続けている人はどれだけいるのかな・・・もしかしたら、半分以上は福祉以外の仕事をしているかもしれません。

 

そんな自分も、1度だけ福祉の仕事から「引退」を考えました。

それはまさに、自分が体調を崩して仕事を辞めた時。あの時は本当に「もう、この仕事はしない」と思いました。

 

今思えば、何事も正常な判断ができない状態だった自分。

ただ当時仕事を辞めた判断は本当に限界だったと思いますし、自分の中でも「もう仕事ができる状態ではない」と感じ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思って辞める決断をしていました。そもそも復職すらしない気持ちだったところを引き止められていたので、ある意味そこも自分を騙していたと思います。

 

でも、騙し騙し仕事をしていても、自分の体は騙せません。

復職して短時間就労をしたもの通常勤務の状態にも戻ることはできず、まともに仕事に行くことができていませんでした。朝起きると体が重く吐き気に襲われ、夕方になるとちょっとだけ回復。で翌朝を迎えるとまた吐き気に襲われる。無理して出勤してもまともに仕事をすることすらできず、早退の日々。週5日出勤できた日なんてなく、できたのは週2日の半日勤務。1日いることができれば珍しいくらいでした。

 

一緒に仕事をしている人はそんな自分をわかっているので、責めることはありません。

しかし外の人はそんなこと知りませんし、保護者にはそんなことを説明するなんてありません。当然ながら保護者の問い合わせがあれば対応することになるのですが、その場で自分しかいない状態で対応せざるを得なくなった時、自分が何もできなかった時は流石に自分でも「できないのか・・・」と感じてしまいました。そこが職場を辞める引き金になり、対外対応のできない自分は福祉の仕事すらできないと考え、その時にこの業界からの「引退」を考えました。

 

退職してからは休養しながらハローワーク通い。

福祉以外の仕事も検索していましたが、自分のこれまでのキャリアからなかなか気になる仕事は見つかりませんでした。そのうち「せめて相談対応をしない仕事を」程度までに考え、単純に直接支援だけをする仕事を探すようにもなりましたが、そこでも自分の中で思うような仕事は見つからず、職探しを続ける日々。

 

そんな生活が半年を過ぎた頃、少しだけ元気が戻りつつありました。

で、そこからしばらく経ったある日、ハローワークの求人検索で見つけたのが、今の職場。応募した職種は・・・まさかの相談支援専門員。

 

いや、そこで選ぶか?って感じですよね。

当然ながら自分の中でも不安はありました。前の職場でボロボロになって辞めて、2度とこの仕事はしないと考えていたのに、また同じ道を歩こうとしているのか・・・って感じですよね。でもその時に応募する要素になったのが法人の規模。前の法人は100以上の施設がありグループ全体で1000人以上の職員がいる法人グループ。それに比べ今の法人は全体で15人の小さいな法人。で、相談支援事業を再開するにあたっての職員募集とのことで、何となく引かれるものがあったんですよね。

 

その結果・・・今や、相談支援の管理者であり、法人全体の主任に。

えーと・・・体をぶっ壊したことの反省が全く生きていません。むしろ仕事は前の職場よりもハードになっているかもしれません。単純に今の状況だけを見たら、前の法人で仕事をしていた時と、変わっていませんよね。

 

ただ、仕事はしやすいですし、環境は悪くないです。

きっとこれも小さい法人だからこそのことであり、風通しもよく意思疎通もしやすい環境。これが前の職場よりハードな仕事なのに、何の問題もなく仕事ができる理由なのかもしれません。お給料も前の職場より全然いいですし・・・非採算事業で赤字なのに、お給料だけおもらってすみません・・・

 

当然復職する時は、メチャクチャ不安でした。

ボロボロになって仕事を辞めて、復職までのブランクもあったので、本当に仕事をすることができるのか自分でもわかりませんでした。でも1つ1つステップを踏みながらやっていくと、意外とできるものです。今となっては自分の経験を利用者さんに話してネタにするくらいですし、元気になってわかったのは当時の自分があまりにも「異常」だったこと。異常だったから正しい判断もできないし、それは当然で仕方のないことだったことを今だから理解し、断言できるものであります。

 

結果的には、この業界を引退せずに今も続けている自分。

でも当時の自分は本当にこの業界から足を洗おうと思っていました。福祉の仕事以外は何も知らず、何も経験のない自分。それでも当時は「もうやらない」と思っていましたが、今こうやって仕事に戻れている自分を見ると、自分はやっぱりこの仕事しかないのかなと思います。「天職」というには大袈裟かもしれませんが、25年もの間「障害福祉一筋」の自分は、この仕事を最後まで続けているのかもしれませんね。

 

引退を考えた瞬間

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「ほっこり」と言えるかわかりませんが・・・ただ単に、感謝を伝えたいのです。

 

ここ最近、忙しい自分。

仕事が休みなのに仕事をしたり、行く必要もないのに職場に行ったり、気がついたら夜遅くまで仕事をしていたり・・・と、ちょっと仕事とプライベートの境目がいつも以上にあやふやになっている状態の自分。

 

特に昨日・一昨日は「イラッ💢」「モヤッムキー」っとすることが。

できることな詳細を言いたいくらいですが・・・本当の愚痴にしかならないのやめておきます。ただ、本当にここ最近の中でやり場のない気持ちとなり、関係者の間でもその思いは共有されており、みんながみんな納得感のない状態に。関係者間だけでも同じ思いなのがせめてのもの救いですが、本当にやるせ無い気持ちしかありませんでした。

 

色々とやりとりをしているので、電話がかかってくることもよくあること。

昨日もちょうどお昼を食べた後に電話がかかってきて、でもまだ食器の片付けはしていないので利用者さんに「ゴメン、電話終わったら片付けるから、そのままにしておいて🙏」と言って事務所で電話応対をして、食器を片付けるために戻ると・・・あれ、食器が片付けている。

 

利用者さんから「一緒に洗うから、片付けちゃいました」との一言。

思わす申し訳なく思い、恐縮と感謝を伝えると利用者さんから「いいですよ、Mitakeさん忙しいから、気にしないでください」と。いやぁ・・・本当に申し訳ない。でも、本当にその気持ち、感謝です。

 

で今日も遅いお昼を食べた直後に電話。やっぱり片付けてない状態。

そのため「ゴメン、電話終わったら片付けるから🙏」と言って事務所へ。電話対応をして戻ると・・・あ、片付けている。2日連続。今日片付けてくれた利用者さんは、昨日の利用者さんとは別の利用者さん。やはり恐縮と感謝を伝えると「いいのよ、Mitakeさん大変だし、大丈夫よ」と。ホント、スミマセン・・・🙇‍♀️

 

ただ・・・ホント、ありがたいです。

すでに自分が利用者さんから「忙しい人」と認識さえてしまっていることはちょっと情けないですが、自分は利用者さんからも支えられており、自分が今の職場で仕事ができるのは周りの協力のおかげ。それは一緒に働く職員だけでなく、一緒に過ごす利用者さんからの協力もあって成り立っていることであり、それを改めて感じる出来事でありながら、みんなで支え合う雰囲気ができているうちの事業所に、ほっこりする部分でもあります。

 

ほっこりついでに・・・

やり場の無い思いを解消するために、夜桜も見てきました。今日は雨だから見れませんけどね。

 

 

 

職場のある市役所沿いで毎年開催しているライトアップ。

最後のブルーライトは発達障害啓発週間に合わせて一緒に開催しているものです。ただ見にきた人には「あぁ、これだけ青い!」で終わってしまっているのが、ちょっと寂しかったですね。一応その趣旨を書いた看板もあったのですが、目は桜なのであまり看板まで読む人はいない感じでした。うーん、残念。

 

今日のほっこりエピソード

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正直、休みの過ごし方は困ってしまいます。

 

実は昨日からお休み。

昨日は先月祝日に出勤したため、その振替休暇でお休み。なので珍しく4連休です。

 

ですが・・・今日はしっかり家で仕事をしていました。

まだモニタリング報告書が出来上がっていないので、2人分のモニタリング報告書を作成していました。残り2日間の休みで、あと1人のモニタリング報告書を作成すると思います。

 

って、休みなのに休んでいませんよね。

いや、自分でも良くないことはわかっているんです。わかっているんだけど、やってしまうんです、時間があると・・・。

 

これじゃ、何のための休みなのかわからないですよね。

でも現実の話、出勤しているとやることが多すぎて、全部できないんですよね。となると、仕事以外の時間を使ってしまうのはやむを得ない部分でもあります。例えば仕事終わりの一服☕️でも、モニタリング報告書を書いていることはよくある話。持ち運んでできるようなことであれば外でやってしまうのが自分。逆に出勤している時はその場でないとでできないような仕事を優先して行なっています。

 

例えば、関係機関との連絡。

流石にこれはプライベートな時間まで使って連絡することは困難なので、そういったことについては出勤中に済ませてしまい、後からできる部分をこういった形でこなしているのが現状です。

 

ってことを考えると、自分、ちゃんと休んでいませんよね。

もちろん休みの日にずっと仕事している訳じゃありませんよ。本当に1日、何もせず寝ているだけの日もありますし、意図的に外出することもあります。あ、昨日はうどんのチートデイをしてきましたからね。

 

別の日は友人と一緒にドライブも行ってきました。

だから、ちゃんと休むべき時はちゃんと休んでいます。自分の時間を持つことの大事さはこれまでの経験の中で一番わかっているので、過剰なやり方にはならないように注意しています。

 

まぁ本音を言えば、もっと外に出ていきたいですよね。

もはや「おひとり様」になれてきてしまっている自分であれば、誰が一緒であろうが無かろうが、自由に出かけることも自分自身の健康のためには必要なことなのだと思います。家の中で塞ぎ込んでしまわないようにするのも、自分にとっては大事なことですからね。

 

しかしながら・・・自分の立場を考えると、そうも言っていられないのが現実。

まだまだ積み残していることはたくさんあるし、準備するものもたくさんあります。それを仕事の時間内で終わらすのは・・・うーん、見通せません。だからこそ、勤務中のタスク管理を上手に行い、それ以外の場所で効率よく時間を使っていくかも大事なのだと思います。

 

でもね・・・本音を言えば、連休って怖いんですよね。

連休でなくとも、職場を空ける行為自体が自分には不安と憂鬱なんですよね。例えば先日の研修も仕事をしていく上では必要な研修なのですが、自分が不在の間にたくさんの付箋が机に貼ってあるのはよくある状況で、その状況が憂鬱なんですよね。であれば最初から仕事・・・という話になり、だったら休まないと言いたいです。

 

が、休むことも労務管理上求められるもの。

特に有給休暇を適切に使うことは労働者として求められていることであり、ましてや休日出勤した分は必ずその振替を取ることも必要なこと。だから昨日の休みは必要な休みなのですが・・・その辺はとても複雑な心境です。

 

ホント、何のしがらみもなく休める日が欲しいですね。

しがらみがないのは、ホント年末年始だけ。それ以外の時も、気兼ねなく長期休暇をとってみたいものです。

 

休日の過ごし方は

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