花柳界(かりゅうかい)というのは、はっきりしないコトバだ。
遊郭と、その周辺的な商売を含めたものと考えていいのだろうが、これを、花街(かがい)ともいい、「はなまち」と読むのは間違いであるらしい。
こういう思い違いというのは、結構ある。
納豆を包む「経木」を、ずっと俺は「きょうぼく」だと思い込んでいた。
花柳界を構成するのが、「三業」で、すなわち、芸者屋、待合、料理屋という。だから、三業地と花柳界は、ほぼ同義となる。
それに加えて、検番というのがあり、三業の経理事務所だという。
しかし、花柳界の具体的なありさまや、人々の生態は、なかなかうかがいしれず、そうしたものを扱った小説を読むことが大きな助けになる。
そうしたものを読んだことが無いかといえば、じつは、川端の『雪国』が最たるもので、おそらく誰もが読んでいる、あるいは、読みかけた、しかも、若いうちは、どう読んでも分からない小説なのであった。
丸谷才一の選んで編んだ『花柳小説名作選』(集英社文庫)というのがあり、短編を18おさめてある。
収録内容は、
永井荷風の「あぢさゐ」「雪解」「牡丹の客」、吉行淳之介の「その魚」、里見とん「いろをとこ」、川端康成の「童謡」、泉鏡花の「継三味線」、大岡昇平の「黒髪」、徳田秋声の「戦時風景」、小山内薫の「梅龍の話」、岡鬼太郎の「四つの袖」、舟橋聖一の「堀江まきの破壊」、森鴎外の「そめちがへ」、野口富士男の「なぎの葉考」、三島由紀夫の「橋づくし」、丹羽文雄の「海面」、中山義秀の「名妓」、岡本かの子の「老妓抄」。
そして、巻末に対談解説(野口富士男・丸谷才一)が付いている。
そこで語られていることだが、日本の花柳界は、低俗とみなされつつも、西洋の「上流社会」「社交界」の代用品として機能していたのではないか、という丸谷の説がある。
なるほどと思いつつも、他方で、あいかわらず、その西洋の「社交界」というものが、具体的にどこにあるのか、その実態はどういうものかが、わからないという気持ちも、あわせもっている。
だから、「社交界」の低級な代用品というものも、イメージは曖昧模糊としたままだ。
なお、この本には、続編があり(『花柳小説傑作選』)、
吉行淳之介の「娼婦の部屋」「寝台の舟」、井上ひさしの「極刑」、瀬戸内晴美の「てっせん」、島村洋子の「一九二一年・梅雨 稲葉正武」「一九四一年・春 稲葉正武」、大岡昇平の「母」、永井龍男「蜜柑」、丹羽文雄「甲羅類」、里見とんの「河豚」「妻を買う経験」、志賀直哉の「瑣事」「山科の記憶」「痴情」、永井荷風の「妾宅」「花火」「葡萄棚」、徳田秋声の「町の踊り場」、佐藤春夫の「哀れ」、以上19編が収められている(解説・杉本秀太郎)。
こちらは、紙質が悪いうえに高値で有名な講談社文芸文庫から、今でも定価(税込)の1,680円を出せば買えるのだが、前者は絶版らしく、古本でしか手に入らない。
ただし、おおかた、有名作家の短編なので、図書館で全集でも借りてきて、それぞれ拾い集めて読めば済む。しかし、それは面倒だということで、「どこかにあれば、買う」という類の本だろう。
そして、古本屋に行く人は、モノを、安く安く買おうと思って出かけるのだから、ほこりをかぶった棚から取り出してみた小さな本の裏表紙に、1万円の値付けがされてあれば、苦笑とともに、あきれた鼻息を漏らしながら、さっさと元に戻すであろう。
だから、そういうバカバカしい値段をつける古書店というのも無いはずなのだが、にもかかわらず、アマゾン(amazon)には姑息なボッタクリを狙う奇人が多数、こうした書物を出品している。
・\ 9,999 良い トモ江,書房(甲府市)
・\10,000 良い 満月にこにこ堂(東京世田谷)
・\20,819 良い ☆happy☆rie (浦和市南区)
・\20,820 良い もったいない本舗(都留市)
ここまで法外な値段の古い文庫には、よもや飛びつく人間もいまいと思うが、しかし、欲得に目がくらむ出品者というのは跡を絶たない。
そんな値段で売れるという「願望」の強烈さ。
だが、妥当な値段は、せいぜい3,000円ではないだろうか、というのが俺の考えだ。
なぜなら3,000円以上出せば、もっと中身の濃い、別の本を買い求めることができるからである。
まったく強欲な物売り、というのがはびこる世の中にはうんざりしてくる。だが、それは、ネットのおかげもありシロウトが商売をすることが容易になったことと深く関係があるのかもしれない。