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no movie no life

・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

何かは、いつも「三丁目」の街角からやってくる。まるで寅さんがふらっと団子屋に帰ってくるかのように。


1作目は、親子・擬似親子の関係がクローズアップされていた。淳之介と親、淳之介と茶川、ヒロミと母親、鈴木オート親子、鈴木オートと六子、六子と母親、「アクマ」と亡くなった家族・・・。だが今回は親子ではなく夫婦や男女の関係がメインに描かれていたと思う。


また、前作で出ていた喪失感は薄まっている。しかし、発展や豊かさの一方で、「これでいいんだろうか?」と自問する大人たちがいる。戦争で死んで行った友人たち、厳しい現実に夢や希望が薄れてしまった心・・・人間の迷いや弱さ。でも、人は1人では弱くても寄り添って生きてゆくことで、何かしらの道を見出してゆけるのだろう。


「お金より大切なものがある。」と豪語した茶川が賞を金で買おうとしたことは皮肉だ。しかし、彼の欲しかったものはその向こうにある3人で暮らす生活。賞は目的ではなく、手段だったり、自分が動き出すきっかけなのだ。たとえ金で賞が買えたとしても、やはり人の心は買えない。見えない指輪や渾身の小説、そういったものが心を打つんだよね。


吉岡秀隆演じる茶川の情けなさっぷりは相変わらずうまくて、声の裏返り方なんか絶妙。淳之介役の須賀健太くんは子役とはもはや言いにくいほど成長していて、足は長いし声も低くなっていた。やはり前作はこの子が引っ張っていたと思うが、今作では鈴木オートの子どものほうを主役級に据えた感じかなあ。夕日に映える風景を見て発したセリフには思わず笑ってしまった。そういや小日向文世と三浦友和は「遠くの空に消えた」でも共演だったねー。


そういやうちも「三丁目」。(笑)


★「ALWAYS 三丁目の夕日」(05・日)レビュー



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ずいぶんと久しぶりの更新です。

10月は東京国際映画祭や映画館のイベント等で、本数は多いものの、時期的に偏りがあります。

何と言っても映画祭は初の参加でしたが、楽しかったです。

一方、体調不良やダブりなどで試写会に行けなかったものも数本・・・ごめんなさい!

まだ記事書いてないものがほとんどですが、地道にUPしていきます~。


01日(月)「厨房で逢いましょう」ル・シネマ(渋谷)
01日(月)「デス・プルーフinグラインドハウス」シネマGAGA!(渋谷)
04日(木)「クワイエットルームにようこそ」★試写 ユナイテッドシネマ豊洲
04日(木)「エディット・ピアフ 愛の讃歌」ユナイテッドシネマ豊洲
05日(金)「幸せのレシピ」ユナイテッドシネマ豊洲
05日(金)「ミス・ポター」ユナイテッドシネマ豊洲
11日(木)「長州ファイブ」目黒シネマ
11日(木)「プルコギ」目黒シネマ
12日(金)「ブラス!」シネカノン有楽町2丁目
12日(金)「ケス」シネカノン有楽町2丁目
12日(金)「象の背中」★試写 ニッショーホール(虎ノ門)
14日(日)「イノセント」ル・シネマ(渋谷)
15日(月)「ルートヴィヒ」ル・シネマ(渋谷)
15日(月)「プラネット・テラーinグラインドハウス」シネマGAGA!(渋谷)
18日(木)「レディ・チャタレー」★試写 九段会館
19日(金)「この道は母へと続く」★試写 京橋テアトル
23日(火)「迷子の警察音楽隊」東京国際映画祭 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
23日(火)「再会の街で」東京国際映画祭 渋谷Bunkamura シアターコクーン
24日(水)「エリック・ニーチェの若き日々」 東京国際映画祭 渋谷Bunkamura シアターコクーン
25日(木)「思い出の西幹道(仮題)」 東京国際映画祭 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
25日(木)「ハーフェズ ペルシアの詩」東京国際映画祭 渋谷Bunkamura シアターコクーン
30日(火)「ALWAYS 続・三丁目の夕日」★試写 有楽町朝日ホール


印象に残った作品
「デス・プルーフinグラインドハウス」「エディット・ピアフ 愛の讃歌」

「長州ファイブ」「ブラス!」「イノセント」「ルートヴィヒ」

「この道は母へと続く」「迷子の警察音楽隊」「再会の街で」

「エリック・ニーチェの若き日々」「思い出の西幹道(仮題)」

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

生々しい「生」が溢れる。


19世紀末、ローマの裕福な貴族トゥリオ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は妻ジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)を顧みず愛人との逢瀬を楽しんでいた。ところが、ジュリアーナと作家との不倫を知り・・・
ダヌンツォ「罪なき者」原作。ルキーノ・ヴィスコンティ生誕100年祭にて鑑賞。


イノセント・・・罪なきもの、無垢なるもの。
妻が作家との子どもを身ごもったことから、男は嫉妬に狂い、子どもを堕ろすことを提案する。
男は罪なる者を生み出さないという中絶こそがイノセントであると言う。
女は中絶と言う罪を犯さずに子どもを産むことをイノセントだと言う。
そこに相容れない溝がある。
男の身勝手さ、理不尽さ、そして裏腹の脆弱さ。女の忍耐強さと生命力、順応性。
女は母親となり子どもを必死で守るが、男は父親にはなれず男のまま。
そしてイノセントな存在の子どもが、男の身勝手な理論により失われてしまう。
しかし、男は妻と愛人の心を失い、ただの犯罪者となって自らその生に結論を下す。


ヴィスコンティは官能の何たるかを知り尽くしたうえで、まとわりつくようなカメラ目線で役者を撮る。役者は耐え切れずに己のドロドロした部分をさらけ出すかのようだ。絢爛豪華な衣装に身を包んだ貴族たちの仮面をはがし、壊れゆく様を描くのはヴィスコンティの得意とするところ。


残念ながらこれが遺作となってしまったが、消えゆく生など微塵にも感じさせない。生々しい生がここにある。


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planet


デス・プルーフに続くグラインドハウス作品。ロバート・ロドリゲス監督作。


グラインドハウス映画でブルース・ウィリスが登場とは豪勢なつくり。冒頭からgogo danceにロドリゲスの音楽が聞かせる。物語は軍の機密にゾンビ、不倫夫婦にレズビアン、何故かミニスカ・ショートパンツの女性たちにガン・アクション。「デス・プルーフ」との関連もおもしろさのひとつ。てんこ盛りである。キャラクターも無駄に多く、こんなに人がいたっけ?と思わせるほど。

確かにジェットコースタームービーではあるがネタがありすぎてメリハリがなく、散漫な印象。なのにセンチメンタルなラストは合わないような気もする。デス・プルーフのラストが爽快だったからだろうか。でも、このB級のいい加減さと安っぽさがグラインドハウスの魅力なのだろうな。


「デス・プルーフ」も「プラネット・テラー」もイキのいい女性陣が魅力。なぜかミニスカやショートパンツ姿で美脚がクローズアップ(笑)。


今回もポスターゲットです。


デス・プルーフinグラインドハウス(レビュー)


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「やりたいことをしたい。自立したい。好きな人と結婚したい。」
今ならば当たり前とも言える思いが、100年前のイギリスでは並大抵のことではなかった。


1902年のイギリス。上流階級の家庭に育ったビアトリクス(レニー・ゼルウィガー)は両親の反対を押し切りながらも、自活を目指し、絵本を出版するために出版社めぐりをする独身女性。やがて絵本「ピーター・ラビット」の出版が決まり、さらにビアトリクスは出版社のノーマン(ユアン・マクレガー)と恋に落ちる。しかし、両親は身分違いの結婚を認めようとせず・・・


絵本を出版すると言うこと。働かなくてもよい階級でありながらそれに留まらないというのは理解されがたかった。でも、彼女にとっては自己の世界の表現のひとつの手段でもあり、クリエイターとしては当然の気持ちかもしれない。まさにその成果が、今私たちが見ることのできる「ピーター・ラビット」たちなのだ。


そして結婚。「愛されるチャンスを逃さないで。」相談するビアトリクスに、ノーマンの姉は強く勧める。愛し合うもの同士がカンタンに結婚できる時代ではない。結婚だけでも強靭な意志が必要だったに違いない。そしてノーマンを失うという悲劇。ビアトリクスは両親からの結婚の猶予の提案を受け入れていたので、葬儀に参列することも出来ず、公にできないという苦しみもあった。「この年だから、1日1日が大切なのよ。」というビアトリクスの言葉が強く心に残る。


深い闇に落ちたビアトリクス。しかし彼女を救ったのは、心から信頼できる友であり、自分の生み出したピーター・ラビットたちであり、美しい湖水地方の風景だった。彼女は、悲劇にあっても、急いで結婚したり絵筆を折ってしまうこともなかった。あくまで自分なりに人生を生きた。


本当に、女性にとっては生き難い時代が長く続いていたと思う。しかし、現代においても、真の意味で女性の生き方はそんなに変わっただろうか。多様な選択肢を選ぶ女性が増えてはいると思うが、まだまだ意識は100年前とそんなに違わないのかなとも思える。


レニー・ゼルウィガーはブリジット・ジョーンズのイメージからか独身女性と言うイメージかある。今回のタイプは全く違うけれど、彼女の表情がとても初々しくて好感が持てる。人が人を好きになる表情、しぐさ、そして愛する人を失う辛さ。ユアン・マクレガーも誠実さがあふれる演技で好感が持てる。ピータ・ラビットたちが生き生きと動き出すことも、なんだか自然に見えてしまうから不思議だ。


ところで、イギリス映画には「プライドと偏見」や「ブリジッド・ジョーンズの日記」などがあるけど、もともと女性の意識が強いのだろうかな?


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