「やりたいことをしたい。自立したい。好きな人と結婚したい。」
今ならば当たり前とも言える思いが、100年前のイギリスでは並大抵のことではなかった。
1902年のイギリス。上流階級の家庭に育ったビアトリクス(レニー・ゼルウィガー)は両親の反対を押し切りながらも、自活を目指し、絵本を出版するために出版社めぐりをする独身女性。やがて絵本「ピーター・ラビット」の出版が決まり、さらにビアトリクスは出版社のノーマン(ユアン・マクレガー)と恋に落ちる。しかし、両親は身分違いの結婚を認めようとせず・・・
絵本を出版すると言うこと。働かなくてもよい階級でありながらそれに留まらないというのは理解されがたかった。でも、彼女にとっては自己の世界の表現のひとつの手段でもあり、クリエイターとしては当然の気持ちかもしれない。まさにその成果が、今私たちが見ることのできる「ピーター・ラビット」たちなのだ。
そして結婚。「愛されるチャンスを逃さないで。」相談するビアトリクスに、ノーマンの姉は強く勧める。愛し合うもの同士がカンタンに結婚できる時代ではない。結婚だけでも強靭な意志が必要だったに違いない。そしてノーマンを失うという悲劇。ビアトリクスは両親からの結婚の猶予の提案を受け入れていたので、葬儀に参列することも出来ず、公にできないという苦しみもあった。「この年だから、1日1日が大切なのよ。」というビアトリクスの言葉が強く心に残る。
深い闇に落ちたビアトリクス。しかし彼女を救ったのは、心から信頼できる友であり、自分の生み出したピーター・ラビットたちであり、美しい湖水地方の風景だった。彼女は、悲劇にあっても、急いで結婚したり絵筆を折ってしまうこともなかった。あくまで自分なりに人生を生きた。
本当に、女性にとっては生き難い時代が長く続いていたと思う。しかし、現代においても、真の意味で女性の生き方はそんなに変わっただろうか。多様な選択肢を選ぶ女性が増えてはいると思うが、まだまだ意識は100年前とそんなに違わないのかなとも思える。
レニー・ゼルウィガーはブリジット・ジョーンズのイメージからか独身女性と言うイメージかある。今回のタイプは全く違うけれど、彼女の表情がとても初々しくて好感が持てる。人が人を好きになる表情、しぐさ、そして愛する人を失う辛さ。ユアン・マクレガーも誠実さがあふれる演技で好感が持てる。ピータ・ラビットたちが生き生きと動き出すことも、なんだか自然に見えてしまうから不思議だ。
ところで、イギリス映画には「プライドと偏見」や「ブリジッド・ジョーンズの日記」などがあるけど、もともと女性の意識が強いのだろうかな?
→ブログランキング
に参加しています