仕事の話です(。・_・。)ノ





昔  道路のラジオ情報の
工事のために

三日間働き続けた
経験が在ります





現場小屋での書類から

現場での作業の応援から

基準を守ってる大切な
証明写真撮影から

交通整理のカードマン
までしました




道路を掘るわけで
ドラックの運転手に
どやされたり





周辺の店舗の人に
どやされたり





現場で働く方々が
何故かパトカーが来ると
消えたり……
(異国の方の
違法労働者みたいでした)





昔は突貫工事は
当たり前でしたね





酒を飲みながらの
労働も当たり前やった





一日に十六時間勤務
重い荷物をひたすらに
運搬の仕分けをしたりも





トラックを運転したりも





命綱無しで
高所で組み立て作業や





一日中鉄塔の上で
作業してたり





それぞれのその世界では
当たり前やった  

三勤務で四十時間越え……

と云う勤務が終えました





よく働けました





日本人は働き過ぎらしい





自分が働き始めた時は
朝は七時前の電車に乗り
帰りは二十三時の電車
でした





休みは日曜日のみ





十八歳なのに
酒を飲まなければならず





公共機関の乗り物の
煙草の喫煙も当たり前……





やな時代やな


自分のブログ……
誰かの何かの参考にでも……

と云う想いも
一つにあり
そうも思ってました





でも癌種も希少やし
進行の遅さも

その特長の一つに有るみたいで
その事が
時には焦らなくてよい
と思ったり

時には終わらない
葛藤の継続との向き合い

みたいな

本当に闘病されてる方から
みたら幸せな状態

健康な方からみたら
同感  共感  などは難しいと
感じます

自分自身が色々と
他の方と違う面は
ちょっと…… 多めなので

ソノ(参考になれればと云う)考えはやめた方が
いいなぁ……
今は思ってます





あとブレブレなので
嘘は付いていないのですが


なんか自分のブログを
読んでみると


『どっちやねん!』みたいな
感情が起こってしまいます





俯瞰してみると
人はやはり自己中心的で
自分には甘いのだと
思いますね






その事に対しては
『かっこ悪いなぁ……』とか
『仕方がない事やなぁ……』とか
また色々と
想いが湧き出てきます






誰かの  何かの
気付きの切っ掛けの
一つになれば
それで充分幸わいですね





自分も切っ掛けを
そうして他からの刺激で

関わらせて頂く事で
見付けて来たんだなぁ……
と思いました








自分の情報の
殆どは

結局は
肺がんサバイバーの方の
ブログだと言ってもイイと
思うところが  ありです








何せブレブレなので
入院治療後には
後悔しないようにと


大好きだった
アイスクリームは
食べていた





ちょっと高めの
羅漢前は食べれてなかった





あと願掛けで
食べるのを辞めたりも
していた


色々と疲れ果ててもいたけど

その後も
願掛けで制限していた
アイスクリームだったので


衝動なのか
欲望なのかな
食べていた時期があった





でもその頃に出会った
肺がんサバイバーの方の
ブログを拝読していて……

何となく止めようと思った





何となくではないか……


その方も
自分も
放射線肺炎になってしまった






「必ずなる」と主治医から
言われていたのに……





なってしまった





そして恐くなり止めたのが
正解かも知れない





もちろん
その根底には
このままでは自分の後悔は
大きくなる

自分の信じている
『〝患〟は〝冷〟から来る』
と云う
昔テレビで観た記憶の
影響が後悔を大きく
させるのが
あるのだと思う





『冷たい空気を吸わない』
『冷たい食べ物を口にしない』

と云う漢方の
何かの知識が記憶に残ってる





結局はNHKの情報を
信じてるのかな……





自分にとり
『必要な情報が入る』
を信じてるのか(。・_・。)ノ





そんな  か細い事位は
せめてあって欲しいと
願っているのだろう





そう云えば
今  常用している漢方薬は
『薬の世界で唯一
脳の余計な水分を除く』
と  ある番組で云われてもの


でもそんな効能は
コノ漢方薬の説明には
一切書かれていない





でも自分のタイミングは
やはり大切にしている





他にも常用している
市販の鎮痛剤は

自分が新型コロナの
ワクチンの副作用やらで
苦しんでいる時に

何故か解熱はしないのに
〝楽になる〟からと続けていた


新型コロナの副作用での推奨?
流行り? では無かったタイプの市販薬






その事を思い出してからは

ずっと痛みがない時も
半量を飲んでいる

何となくの感覚なのと





検索は基本しないので
(検索能力が無いのと
知っても知らなくても
結局は理解出来る能力も無い)





このお腹の不調は
ある一面からは
覚悟はしていた事でもある





アルカリ化する為の飲水と





肺がん罹患するまでとは
全く異なる食事内容





胃腸が慣れるのか
不調になるのか……





不調になった場合





何を優先させるのか……





気持のコントロールも難しい





身体のコントロールも難しい





そんな事はわかって
がんサバイバーとしての
生活をしている





続けて居る事には
とても感謝している

痛み止めに何の抵抗も無い
自分は

普通に市販の鎮痛剤を
常用している





コレは
何故か新型コロナの
ワクチンの副作用時には

新型コロナのワクチンの
副作用に推奨されている
市販薬よりも

自分には効果があった





目眩に効く薬も
薬剤師によると
何故目眩に効果があるかが
実は判明していない
そうです





自分はこの目眩の薬と
鎮痛剤の組み合わせが
よく合っていて……

逆に言うと手放せない
現状があります





市販薬に対しては

薬局でウロウロして

手に取ってみたりして





何も分からなかったら
登録販売員さんと
売れ筋の話をしてみたり

何か自分にあった
市販薬がないかをよくしてます





不思議な事に
肺がんに罹患してからは
風邪薬を飲む機会は
ほぼ無くなりました

何故なのでしょうね


夜勤終わりました……
しんどい……
思考回路が止まる……





なんか怒られ……




なにかな……
怒られ……





もうホンマに
人間って難しい……





そんな中に
「ひじきさん  
お世話になりました

ここで  ひじきさんと
出会えたのが  
一番の収穫でした

本音でしゃべれた
唯一の人でした」

と言って貰えた(。・_・。)ノ





『相性が良かったんでしょう

自分はそんなイイ人やないよ』

と答えた





「いや  ほんまに  
ひじきさんと  しゃべれて
よかったんや  前を向けたんや」

と握手された(( _ _ ))





また別の方に
「ひじきさんと写真撮りたい」
と言われた

珍しいことが続く
珍しい夜勤でしたね





もちろん  自分は人と
写真なんて撮れない……

お断りしたら

「じゃあ  目に焼けつけとくね」
と言われた





そんなに言ってもらえるなら

ほんならと
キャップを取っての
姿を初めて見てもらった

「カッコいいやん
スキンヘッド!
毎日そってるの?」
と喜んでもらった(。・_・。)ノ





『自分はね
全身の毛が無いんよ』
(。・_・。)ノと伝えた





詰め所に戻って

σ(^_^;)?な自分は
看護師さんに

『ねぇ  退院される
患者さんって  
一緒に写真撮ろう
って  言わはるものなん?』

って聞いたら
「そんな事は無いよ!」

との返答やった





そうなんや……
時々はあるから

そういうモノなんかなと

思ってたら
違ったみたいやね

珍しいのか
珍獣やのかな
自分は(>_<。)





まぁ色々な
タイミングが良かったんやね

みんな後悔少ない人生を
送って欲しいと
願い祈ります(( _ _ ))

知人から
「親戚が大腸がんらしい」
「ステージも知らないが
肝臓に転移している」
「ステージや
余命などは知らない」
と聞いた





『聞く限り
ステージはⅣだと思う』
『だけどそれが
末期がんなのかは
わからない……』
『食事は食べれてるの?』

と聞くと

食べれてないとの事





そしてその
食べれない原因は

「身体からかのか
気持からからは
はわからない」

と言われた







『じゃあ  実際に痩せていってはるの?』と問うと


「やつれていってはる」
との回答





サルコペニアや
フレイルの状態になると

がん患者にとって
とてもよくない……





そして本人様が
受け入れられなければ
さらに
配慮が必要な状態と思われる








自分もそうだったよ

人間は何故に
こうも〝がん〟に対しては
心が打ち砕かれてしまうのだろう





介護で習う〝福祉〟の知識は
〝慢性的病気〟や
〝老化現象〟を
どう受け止めていくか
と言うもの
〝ショック期・喪失〟
〝否定期・拒絶〟
〝混乱期・闘争〟
〝解決への努力期・折り合い〟
〝受容期・受容〟





看護師さんが習う
〝医療〟のとは
ちょっとは違うみたいやけども
やはり似ている
こういう知識
救いに必ずなるよ





気持をどう持てるかは
本当に大切だと思います





自分で選んだ治療を得られ

効果を得るはもちろん

後悔少ない道と
なります事を願っております

ちょっと
ハードな勤務やな……

と感じるので
足し算してみた(。・_・。)ノ





二週間で約百四時間勤務
そんなモノなのかな……?

よくわからない(T^T)





明日からの一週間で
足し算してみた(。・_・。)ノ

約七十二時間勤務σ(^_^;)?

あれ?
バランスおかしいなぁ(>_<。)





この職種って
こんなモノなのかな……

七時間半勤務
十二時間勤務
十六時半間勤務がある





やっぱり
バランスが悪過ぎなのでは
なかろうか?





当たり前では
あらへんのでは

ないのや 
なかろうかな(>_<。)





おかしいように
感じるのは?
σ(^_^;)?





価値観の違いが

作る勤務表にも現れる

付いて回るのが
現場の不満やね……





掛ける言葉一つで
色々と変わるのを知ってる
プロのはずなのに……
何だかなぁ……
〝上〟の使う言葉は
とても冷淡である








まだ肺がんがわかる前から

自分は体調管理は
上手く出来てなかった




辞めた上司が言ってたよ

「体調を聞くのは
休みを促してるようで

してはいけないと
〝上〟から指示されていた」





う~ん……
言い訳の技術に
しか聞こえないなぁ
冷たいねぇ





まぁイイや
その仕事を続けて居るのは
自分の責任なんやしね

夜勤  終わりました





ここ数日で
身体の変化が
起こっている事に
気付きました





気持も体調も
いつも通り不調で
とにかく仕事を
続ける事に
気持を向けていました





休みの日は
何処にも行かずに
アニメを観たり

薬が必要な時は
薬を飲んだり

とにかく気持の状態に

白けないように

気を付けてました





あきらかに
筋肉が減ってきているが
とにかく気持の方を
大切にしてました





でも
ドンドンと
見た目が
お爺ちゃん化して
いってる





このままでいいのかな……

アカンのかな……

どうしようかな……





と思っていても……

でも  筋トレする元気も
無い……




ふと
『卵御飯を食べよう!』
と思い  実行してました





数ヶ月経ち
減っていた体重は
止まり

維持が出来ていた





それで良しと思っていたが





さらに  ここ数日で  
身体の体型の変化に
気付いた





『あれ?  首のシワが
目立たなくなってる?』

から始まり





『あれ?
指の筋肉が戻ってる?
(親指と人差し指の間に
筋肉があります)』





『肩の筋肉が?』

『太ももの筋肉も?』

『腕の筋肉も?
戻って来ている?

回復傾向なのかな?』





『これは卵御飯の
効果なのかな?』





肉体の不思議を
体験してます  





でも
油断大敵





目標としている
大きな壁
三年目の壁を

とにかく  とにかく
まずはとにかく目指す





目指す!
ということ自体は
『単純なこと!』





でも肺がんの現実を
知れば知るほど学ぶのは
『簡単じゃないこと!』





自分らしく
後悔少なくして
過ごせていければ
有り難いなぁ……


暖かくなって来て

冬眠のような状態から
やっと身体は少しマシに
なって来たのかも知れない





やっと冬は
越せたかも知れない

肺がんとは関係なく
ずっと向き合ってるのは
季節での体調の波です





いずれ自分は
たぶん冬に
心臓が止まるのかなと思う





『持病がある』

『何処かしら不調がある』

のが普通の自分で
あるんやけど





心の不安定さは
本当に全てによくないなぁ
と年々に思わさせられる





でも経過観察中において

変化が無ければそれが
自分を知る今の最良のこと





ここまで
化学放射線療法治療後に
色々と云われて来たなぁ…





「放射線肺炎ですね
間質性肺炎になると
地固めは中止です」

「急性肝炎と急性筋炎ですね
数値が三桁でグレートⅢですね
これ以上悪くなると
地固めは出来ませんね」

なんか淡々と云われて

それでもまだ
心は今ほどはしんどくなかった





緊急入院になり

「地固めは中止と
カンファレンスで
決まりました
このままでは肝炎で死にます」

「原発の肺がんが違うかも」

「膵臓の尻尾の部分が腫れてる」

「腹水がある」





約二年の間に
何回ドキドキしながら
診察を受けて来たか

心はずっと
ほったらかしやんね





そして
この約二年の間に

何回  つらい報告の
他の方の投稿を
見て来たか








何とか心をと思ってるが
もうグラグラすぎて
情けなすぎて
哀しかった





そんな中
「肺がん  胃がん  脳梗塞
になったが  
肺がんは二㎝ほどの
創が四ヶ所あるだけ

胃がんは内視鏡手術で

脳梗塞はあと
二㎝位置が悪かったら
片麻痺やったらしいけど

支持物無しで
歩けている
本当に色々と運が良かった」

と云う人と
実際に面を向かって
お話をした(。・_・。)ノ





もう凄くて
『なんてあなたは
強運なんですか!』
と何回も伝えて





そして自分の事も伝えた





『片肺全摘出
在宅酸素は必要
携帯酸素も必要と思われる

痛みはずっと取れず
仕事は続けられないだろう』





さらに
『平均は二年
一年保たない方も居る』

『リンパ転移のステージⅢ
手術を拒否されるなら
五年生存確率は十五%です』






そう云われて

頑張って治療の効果が
最大に得られるようにと

治療後の
一月後  三ヶ月後  六ヶ月後
一年後  三年後を目標に

過ごして来たことを夢中に
話してしまった





あぁ  自分は

直接誰かと
闘病についての
話をしたかったんやなと





強く自覚しました





人それぞれに
受け取るダメージに
違いはあるのだろうが

やはり不安であり





そして希望も

やはり強く持ちます




これは煩悩なのですかね?





でも俯瞰して
タイミングを求めて

僥倖を得られるようにと
目指します