ロング・アフタヌーン
葉真中顕
2023/09/03
★ひとことまとめ★
あなたの”ほんとう”に触れる
↓以下ネタバレ含みます↓
作品読みたい方は見ないほうがいいかも
【Amazon内容紹介】
新央出版の編集者・葛城梨帆の元に突然、原稿が届く。それは以前新人賞で落選した志村多恵からのもので、学生時代の友人が時を経て再会するところから物語は始まっていた。立場の違う二人の会話はすれ違い、次第に殺意が募っていく。「いっそのこと、最後にこの女を殺してやろうか」――。そんな物語の女たちの苦境に思いを馳せるうち、梨帆自身も忘れられない出来事と原稿内容がリンクし始める……。
私たちのシスターフッドがここにある、著者渾身のミステリー。
【感想】
結構前にお客様からいただいた本です。
こちらの本をいただくまで葉真中さんのこと知らなかったのですが、今まで知らなかったのが恥ずかしいくらい、とても引き込まれる作品でした!
読み終わったあと、すぐに他の作品も読みたい!と思い、今手元に「絶叫」もあります
あらすじですが、
新央出版に勤める葛城梨帆の元に、ある日小説の原稿が届く。それは7年前の新人賞に応募し最終選考会まで残るも、悔しくも受賞を逃した志村多恵からのものだった。当時梨帆は多恵の書いた小説「犬を飼う」に惚れ込み担当を買って出たため、受賞を逃したことは梨帆にとっても非常に悔しい記憶として残っていた。
新人賞落選後、多恵から新しい小説が届くことはなく、7年の時が経った。
新央出版は3年前に既に小説から撤退してしまっていたが、梨帆は個人的な興味から、届いた小説「長い午後」を読み始める。
その小説の主人公はおそらく多恵自身。
夫や息子との関係に悩み続けた多恵は自殺するために駅に向かうも、高校時代の親友・亜里砂に偶然出会う。
亜里砂に背中を押され、初めておしゃれなカフェに入ったこと。
初めてスマートフォンを買いに行ったこと。
初めて化粧品売り場でタッチアップしてもらい、化粧品を買ったこと。
小説を書き新人賞に応募したこと。
そして、落選してしまったこと。
梨帆の知らない、7年前の多恵自身についてが書かれていた。
落選後の多恵はひどく落胆し再度自殺を考えるも、亜里砂から「それなら夫と息子を殺して、自由になればいい」と言われ、2人の殺害を決意し……_。
「長い午後」を読み終え、梨帆は自分の7年間を思い返していた。
別の出版社に編集者として勤務していた夫との生活。意図しない妊娠。どうしても産む決意がつかず、夫に秘密で堕胎してしまったこと。
それが原因となり、夫と離婚したこと。
梨帆が感銘を受けた児童文学作家と元夫が再婚し、二人の間には双子が産まれていたこと。
鳴かず飛ばずの小説家・風宮華子を売れっ子エッセイストにしたこと。華子の思想がどんどん過激な方向に行ってしまったこと。華子のエッセイを出版する価値がないと思うようになってしまったこと。風宮華子という作家を壊してしまったこと。
梨帆の心情は「長い午後」の多恵とリンクし、梨帆は原稿の終わりに書かれていた多恵の電話番号に電話をかける。
実際に最後まで読んでみると、本の帯やAmazonの内容紹介とは少し違った内容だったなという印象でした。
内容紹介には、「長い午後」での多恵の亜里砂への殺意について書かれていますが、それは本当に序盤の序盤のことです。
亜里砂によって死ぬことを思いとどまり、自由に生きていくことを選んだ多恵。
夫からはほぼレイプ同然のことをされて妊娠、結婚、出産。それでも今の生活が幸せなのだと思い込み続け、自分を押し込めてきた。
息子は夫のような人間にならないように精一杯育ててきたつもりだった。
にもかかわらず、息子も女性をレイプしていた。
「犬を飼う」に登場する犬には、息子の名前をつけた。夫のことも息子のことも、赦せない。赦したくない。
作品の冒頭は「犬を飼う」の小説から始まるのですが、この小説がまた衝撃的で。
犬って、そういうことだったのかと。
通りで登場人物が女性しか出てこないわけです。
男性が不要となった世界。
脳の一部を切り取り無害化した男性…愛玩用の”犬”だけが存在する世界。
”犬”がかつては女性と同じ人間だったことは学校教育でも教えられず、大人でも知らない人の方が多い。
主人公は友人から”犬”、男性が行ってきた所業の数々を聞き、自身の飼い犬にカッターを突きつける場面で終わります。
この「犬を飼う」は、多恵の男性…夫や息子に対する赦せない気持ちを綴った物語なのですかが、選考委員会の二人は鋭いなと思いました。梨帆以上に作家の人となり、思想を物語から読み解いている…。
レイプされそのまま流れで結婚し出産した多恵。
愛する人と結婚し妊娠したものの、望まない妊娠だったため堕胎し子を殺した梨帆。
女子校では王子様的存在で努力し一流企業にも就職、成功続きの人生を多恵から妬まれていた亜里砂。そんな亜里砂でさえ失敗し絶望し自殺してしまうこの世界。
梨帆パートも多恵の小説も、最初から最後まで女性の生きづらさや苦悩が描かれていたなと感じました。
女性の幸せってなんなんだろう。
梨帆が言っていた、いろいろなもので溢れた過剰なこの世界で、自分たちは何を選ぶのか。
読めば読むほど、葉真中さんなんでこんなに女性の気持ちがわかるんだ…と思える作品でした。
1冊(1話)の本なのに、3話読んだような読後感でした。
多恵は本当に二人を殺したのかな〜。もし夫と息子が死んだのが本当にただの事故で、二人の死を自分の人生と絡めてこういう物語にしたらどうだろう、と物語を紡いだのなら相当な才能ですけどね…。
つくりものの物語が、読み手の”ほんとう”に触れる…。確かにそうだなと思いました。
現実には存在しない主人公や登場人物たちの出来事や心情に感情移入して、共感したり感銘したり気づきを得る私たち。
帯に書いてあるコメントのように、改めて”物語の持つ力”を思い知らされました