むかし、ある所に、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしている夫婦がいました。
近所の人達は、初め、夫婦を心配していましたが、その内誰も構わなくなっていきました。
この夫婦の「妻」が、恐ろしい形相で、近所の人達を睨みつけながら、町内を歩くようになったからです。
誰からも声をかけられなくなって、本当は淋しくて仕方が無かった「妻」でしたが、どうすればまた以前のように話しかけてもらえるのか、考えても答えは見つかりません。
子どもの頃から一人でいる事が多かったからか、大勢に囲まれて「ワイワイ」と楽しそうな、クラスに必ず一人はいる「人気者」に強い憧れがあった「妻」
人気者にはなれなかったけど、「友達」は何人か出来ました。
「友達」と待ち合わせて登校、休み時間には昨日のテレビの話…。
本当はテレビを見せてもらえなくて、「友達」が話す事は分からなかったけど、嫌われたくなくて、一生懸命相槌を打ちました。
ある日の事。
いつもの待ち合わせ場所に行ったら、「友達」の姿がありません…。
それでもギリギリまで待って、なんとか遅刻しないで登校出来ました。
教室に入るとすぐに、「友達」の姿が目に入り、駆け寄って話しかけようとすると…。
「友達」はプイ!と横を向き、こちらを見てもくれません。
「〇〇ちゃん、あのね、私ギリギリまで待っ…」
「話しかけないで!」「もう無理なの!!」
何がなんだか、分かりませんでした…。
他にも何人かいたはずの「友達」、
この日を境に、誰も話してくれなくなりました。
「夫」は、ある地方で生まれ育ち、高校卒業と同時に
大都会・東京で働き始めました。
真面目で、遊んだ事も無いので、お金の使い方が分からず、田舎の母に送金をする事がただ一つの「生き甲斐」だった「夫」
そんな「夫」に、ある日届いた知らせは、兄の早過ぎる死を伝えていました…。
「夫」の父親が若くして世を去り、母と暮らしていた兄、「スポーツ馬鹿」の自分とは違い、学業優秀だった兄、大学進学を初めから諦めていた兄…。
「兄ちゃん、ごめん」
「オレばっかり、好き勝手して」
「兄ちゃんに代わり、これからはオフクロの面倒をオレがみるからな」
母親を東京に呼び寄せ、元々、真面目で面倒見の良い「夫」は、更に仕事に打ち込むようになりました。
そんな「夫」を見て心配した同僚が、一人の女性を紹介、とんとん拍子に話が進み、デートの度に「結婚」の話が出るように…。
「結婚したら、同居になるんだが、その…、」
「大丈夫、心配しないで!私、お義母様大好き!」
ふと、気がついて辺りを見回した「夫」、真っ暗で何も見えません。
身体のあちこちが痛くて、「伸び」をしようとしたら、何か固いものにぶつかりました。
とても狭い所に閉じ込められている、真っ暗で何も見えないのは相変わらずでしたが、それだけは分かりました。
喉がカラカラです。
不思議と「空腹」は感じません。
「夫」は、記憶を遡ってみました。
「寝ている自分」の上に、誰かが乗っていて息が苦しい、そして重い!
「どけ!」
ソレを払い除けようとしたのに、手が動かない…。
「誰だ、コイツ?」
こちらに背を向けているので、顔を確認する事は出来ません。
ソレは、小さな機械を触っているようでした。
次に気がついた時も、相変わらず辺りは真っ暗でしたが、少しだけ目が慣れて来たように思いました。
かすかに「犬の鳴き声」が聞こえたような…。
「暑いな」
何も無いので、手で汗を拭おうとしましたが、汗はかいていません。
汗をかいた「感覚」だけが、身体に残っています。
長い時間が過ぎた事は、なんとなく分かりますが、日付けは分からず、今日も昨日も曖昧です。
それでも「昨日」と思えるタイミングで、「妻」の夢を見ました。
「凄いケンカをした事があった気がするけど、原因は何だった?」
目の前に、夥しい数の「割れた食器」の破片が広がっています…。
鬼の形相で、「夫」を睨みつける「妻」
「なんでいつも私だけが悪者なの!」
「毎日揚げ物で何が駄目なの?」
「作ってもらえるだけ、ありがたいじゃないのよ!」
「いや、だから…、」
「そんなに言うなら、アンタが作れば?」
「オレは別にいいんだよ、でもオフクロには…、」
「出来たら焼き魚とか、酢の物みたいな物を…、」
「はぁ?お義母さんとアンタ達で別メニュー?」
「私は家政婦?冗談じゃないわ!!」
「オフクロ、病院で脂を控えるように言われたから、少しだけ、気をつけてやってくれないか?」
「もう、いい加減にして!」
「私、ババァもジジィも、ホントは大嫌い!」
「お金を出して、好きな物食べてもらいなさいよ!」
「なんの役にも立たないのに、しぶといババァ!」
「なんだと!?もう一度言ってみろ!!」
「いいわよ、何度でも言ってあげるわ」
「クソババァ、さっさとくたばりやがれ!!」
「夫」の目に、亡き母の顔が浮かんで来て、汗同様に涙も実際は出ていないけど、「今オレは泣いているんだな」そう思いました。
「夫」の母は、ケンカの後、しばらくして「夫」の姉が嫁ぎ先に引き取り、姉の家族に見守られながら旅立ちました。
「オレが、あんな女と結婚したせいで、オフクロは」
「兄ちゃんにも、姉ちゃんにも迷惑かけて…」
「夫」は「妻」の前に立ちました。
「オイ!」
「…な、なによ?怖い顔して」
「一言だけでいいから、オフクロに謝れ」
「何にもしてないのに、なぜ謝るの?」
「何にもしてないからだろう?」
「毎日、毎日グウタラしやがって!」
「謝らないわよ、ワタシは悪くありませ〜ん」
「なんだと?」
同僚に「瞬間湯沸かし器」とあだ名をつけられるほど激昂しやすい「夫」の手は、「妻」の首を…。
「夢か…」
辺りは、相変わらずの真っ暗闇、「夫」は見えない両手を見つめました。
窮屈なこの「空間」にも、だいぶ慣れた気がします。
何時間、何日、何ヶ月、何年過ぎたか分からないけど
、二つ分かったのは…。
「自分がもう死んでいる事」
「閉じ込められているのは復讐の為だという事」
何もかも諦めて生きて来たオレが、オフクロの事だけは許せず「妻」に言った、あの言葉。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇〇!!」
今日も「夫」は、暗闇の中に居ます。
もしかしたら、「妻」がここから出してくれるかも?
あまり覚えていないけれど、確かこの家には、他に誰か居た気がする。
その「誰か」が気付いてくれるかも知れない。
「その日」を待とう、いつになるか分からないけど、諦めずに待ってみよう…。 〜完〜
※このお話は、「フィクション」です。
実在の人物とは、少ししか関係ありません。