こんばんは。
実は「三月中に消えてくれたらなぁ〜」と、密かに思っていたものがありました。
ちょうど「年度末」で、区切りもよいかと勝手に思っていたのです…。
残念な結果に終わってしまいましたが、仕方ありません😮💨
過ぎた事をあれこれ考えたところで、結果が変わるわけではないですから。
私事ですが5月に、父の「十七回忌」があります。
まだまだ先の事と思っていたら、あと一ヶ月半と知り、何だか焦ってしまいました。
(お正月が終わったばかりとか思っていたので😫)
5月はGWがあるから、そこを避け10日の日曜日になりそうです。
こういった供養は、「命日」を過ぎてしまわないように日程を組むものと教わって来たので、10日でも遅くはないはずなのですが、キッチリし過ぎていた父の事だから、「うちの娘達は呑気だなぁ」と、苦笑いしているでしょうか?
二つ歳上の姉がいるので心強いのですが、もし自分が長子だったら、きちんと執り行える自信が全くありません…。
父が他界した際は、まだ母が元気でいてくれて…。
その母まで失った時は、途方に暮れました。
(勿論、葬儀はプロの方に任せたので、分からない事はどんな小さな事でも質問する事が出来、無事に終わった事は終わったので「問題無し」なのですが)
遺影用の写真は、姉と私が選んだ物では無く、少し若い母が写っている物を薦められて、思わず「これ、若過ぎませんか?」と、葬祭ディレクターの方に尋ねてしまいました。
「確かに少しお若い時のお写真ですが、笑顔がとても素敵なので、私はこちらが良いと思います」
と言って下さった事、今はとても感謝しています。
「遺影」とは、考え方はそれぞれですが、亡き人の【分身】のようなものと思っています。
その人らしいのが一番!
母の「遺影」は、どこかへ旅行に行った時のものか、綺麗な色合いのスカーフを巻いています。
(ヒキガエルの卵みたいな、変な柄ではありません)
父のは、普通にスーツ姿です。
写真嫌いな人だったりすると、「遺影選び」に苦労する事がありますが、やたら画像が残っているのに、「なぜこれ?」という「遺影」を見た時は、故人が少し気の毒になりました。
背景を処理していないので、ある家電が写り込んでいるのです。
一度選んだからと言って、ずっと同じで無くても良いのだから、余計な物が無い、その人らしい「遺影」をと、他人のくせに気になってしまって…😥
亡くなって何年も経つのに、いつまでも目につくところに「遺影」を出し続ける事自体、どうなんだろう?
家族で偲べばよい話では?
それとも他に、何か意図でもあるのでしょうか?
流石に、これから香典をとは誰も思わないだろうし、故人を使って結婚のご祝儀集めなんて、そんな下衆い真似をして、結局ご祝儀は集まったのでしょうか?
何より、故人の顔に泥を塗るような事しか出来ないのだから、外に向けて「供養してます!」のアピールより、命日くらい一日静かに偲んだらいいと思います。
その「命日」が、ホントかどうかは知りませんが。
とうに「命日」を過ぎてから、「〇〇日は、命日でした」、「忘れてなんかいません!」とアピールしたいのか何なのか…。
忘れていたのなら、別にそれでいいと思います。
結局、故人は既に「過去の人」なんでしょう。
だから供養を忘れると、いい加減認めたら楽になるのに、頑ななんですよね。
ふーっ😮💨
今までに何度も「命日」を忘れているくせに、認めないだけでなく、保身のために、「嘘」をついて平気でいる人。
こうはなりたくないわね、という【見本】のような人が、なぜそこにいて、毎日薄っぺらな記事を書き続けているのか🤔
不都合な事を書かれて困ると、いきなり記事そのものを消させる「卑怯者」
書かれた事が事実では無いなら、釈明したらよいだけだと思います。

