1126.
「無知の知」とは、昔の、誰だったか忘れたけど、
偉人がよく言い当てたもんで、
何世紀も使わいまわされてます。
人間の根本というか、
人間の宿命なんでしょうね。
こんな、知識やら、情報やらが
求めてないほど、行き交い、溢れてる世の中だから、
知らないことは、3秒で分かる、って程じゃけど、
そういうことじゃないんよなあ。
それは、なんていうか、
「知る」というよりも、「確認」作業に近いというか。
本当の「知る」っていうのは、
脳に刺激が走るような。
人の魅力って、
知識の量じゃなく、
知覚した量、で量られるような気がする。
僕の頭の中での捉え方としては、
知識や情報は、器に入れられる塵(ちり)のようで。
知覚っていうのは、その「器を作る」よう。
人の魅力って、
器の大きさじゃなくて (それも行くとこまで行ったら素敵だけど)、
器の量で、量られるような気がする。
ガツンと一色の濃い人間も良し、
彩り豊かな色々な人間も良し。
ただ、いえるのは、知識や情報に振り回されないこと、追い求めないこと。
こんなに投げ交わされてたら、放っておいても、
器さえありゃ勝手に入ってくるさ。
魂が震えるほど、
脳がビビビッと刺激されるほど、
それほどの「発覚」を自身に起こそう。
そうするには、
自分を疑いにかけることだ。
いま、知らないことはなんだ。
いま、弱点であるのはどこだ。
「知覚」は、人間の何よりもの満足。