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夢日記

あまり夢はみないほうですが、たまに、かなり訳のわからない夢をみる。筒井康隆の虚航船団のような。まれにそれを記録する。数年後に自分で読み返すとおもしろいから。

自宅の台所の、ステンレスの洗い桶に、でかいカタツムリがはいっている。
色はしろく、でも先端が黄色い角がいっぱい生えていて、ポップだがグロくてきもちわるい。
正視に絶えず、中性洗剤をたらした(あるいは、洗剤を含んだ水をカタツムリのほうにまわした)ら、すぐ固まって倒れて死んだ。

 

うー、生理的に非常に不快な夢。起きてからもずっと不快で、会社に遅刻しかけた。

どうも父は近所で再婚だかして子どもまでいるようなのである。
[現実では、私の父は数年前に死んでいる]

わたしは母と住んでいるようだ。
父から電話がきたのか、こちらから電話をしたのかわからないが、とにかく父の家と電話をしていると、たしかきちんと用件があったはずなのに、まぁいいじゃないかそれより××ちゃーん~ と、父のまだ幼いこども、下手すると赤ん坊に電話を代わられてしまった。しゃべりかけても応答がない。電話は切った。
この夢の中の父には、幼いこどもがいるようだ。ただこの夢のなかのわたしは、赤ん坊に電話でしゃべられることに違和感は感じていない。

ふと気付くと、棚の上に俺のMacBook黒が分解されておいてあるではないか。
その下には、父の所有だった2Uぐらいのサーバだかをばらしたものが下敷きになっている。
これは、父が故障した自分のサーバを直そうと、よくわかりもせず分解して、で、私のMacBookから何か部品取りができないか勝手に人のノートパソコンまで分解して、そのままほってあるということらしい。
[父は無論サーバなど持っていなかったしパソコンの分解などできようはずもない]

怒り心頭でぶつぶついいながらふたたび自分のMacBook黒を組み立てる。
でもって父の家に電話をする。しかし、確かに電話には誰かが出たが、そのまま向こうは無言で、外の雑踏がきこえるばかり。
おそらく先方のこどもが電話をとって、そのまま受話器をほったらかしにしているのだろう。

らちがあかない。文句をいっていると、

 

その自分の文句(つまり寝言)で起きた。

ここはどうも奥さんの実家のようである。
(ただし実在する奥さんの実家ではなく、ひょっとすると成城の親戚の家のイメージかもしれない)
雰囲気はとても昭和っぽい。たぶん本当に昭和のころの話なのだろう。
あるいはいとこの家かもしれない。ただしその従兄弟は実在しない架空の従兄弟っぽい。

どうもこれからの進路を従兄弟たち? と一緒に考えているようだ。クラシックなカーペットが敷かれた小さな洋間でいろんな雑誌をみたり読んだり。僕はまだ大学生とかへたすると高校生なのかな?

僕はちょっと離れの部屋にいって、昭和っぽいチャンネルをダイヤルで選ぶテレビの台のしたから分厚い雑誌を取ってみてみると、その紙のうすい雑誌のいちばん最後のページの下半分が中山病院(だったかな、記憶が定かでない。もちろん架空の病院だろう) の広告になっている。場所は静岡のようだ。

おお、病院で医者をやるのもいいな。場所は静岡のようだが、週の多くを車で行って静岡で過ごし、週末は車で自宅に帰って自分の家族(奥さんと息子と娘のこと。これは実在のほう)と過ごす、のもなかなかいいだろう、相談しだいだが。いいなあ (俺は高校生とか大学生じゃなかったのか?)
ちょっと医者になる方向でも考えてみようかな。ならば ??? (学校か何か) に3ヶ月ぐらい行かないとならないけど、そのあと結果4月には勤務開始できるようになるだろう。(???)

ちょっと自分の家族に相談してみるかな。そのまえにちょっとこの病院のことしらべてみよう (なぜか何でもぐぐってみる、という発想はある)
義父には悪いけど(やっぱここは妻の実家なのか。でも実在する義父ではない違う人?)、だまってよっと、このページいただいちゃえ。その雑誌の最後のページをびーっと切り取って、みんなのいる広い居間に戻ろうと立ち上がって、

そこで目が覚めた。
なんか明け方には寝ながら歌もうたっていたらしい。