世界一、俺はシアワセもん -16ページ目

未来の買い方



最近投資に対する自分の考え方が変わったので少しメモ的な意味も含めて簡単に書きます。


結論を先に言うとこれからはモノからミライを買う時代が来ると思ってます。(モノ≒ミライ)


昔1980年代、日本人は欲しいモノを買って、それで自分の生活を豊かにしようと努力した。

今はモノがある。 欲しいモノは何でもどこでも買える時代が来た。

今の日本を昔と比較して分析すると、

昔はモノはない、けど景気は良かった、だから未来に希望を持てた。

今はモノはある、けど景気は良くない、だから未来に不安がある。

少し乱暴な分析だけどw 

ある程度モノを手に入れられるようになった今、日本は物質的な幸福で自身を豊かにする今までのやり方、考えから、目には見えない新たな要素で自身だけでなく、他を意識するようになったと思う。


特に自分みたいなゆとり教育を受けてきた平成世代の人は特にモノに困るという経験はそれほどなかったし。



そこで自分が思ったのは、

今までのようにモノを買うだけではなく


顧   →  お金  →  企
客   ←  モノ  ←  業 



これからは、ミライを買う



顧   →  お金   →  企
客   ←  ミライ  ←  業 



具体的には

【世界の力関係】

銀行 > 企業 > 国家 だから

     
銀行、企業に投資をしようということ、投資というよりはミライを買うの方が正しいと思う。


日本の個人金融資産は1400兆円あります。 これはありえない数字でGDPの約3倍です。 
これがあるから今のところ日本はギリシャみたいに財政破綻することがありません。



この個人金融資産で日本のミライを買って、日本経済を元気にするそんな投資方もこれからはあるかもしれないです。



世界一、俺はシアワセもん。


成功と失敗について~過去と現在、そして未来の境界線は誰が設けたのか?~


$世界一、俺はシアワせもん


過去と現在、そして未来の境界線は誰が設けたのか? 

こうやってブログを書いているこの時も、過去であり、現在であり、未来である。

3つの要素は一つの一連のプロセスであり、過去がない、現在もなく、未来がない現在もない。

何かが欠けるとと成り立たないものに境界線が設けてある。 

一つの要素を無理やり3つに分解し、境界線が設けてある。


上下
生死
善悪
左右
光闇
長短
黒白



物事は2つではなく一つである。 




成功と失敗はどうか?



これは中学生ぐらいの頃から考えていたテーマ。

ていうのも、良く勝利者インタビューなどを聞くと、決まって「いやー今回優勝できたのも、去年の失敗(屈辱、辛い経験)があったから.......」



ってことはそれは失敗ではなく、成功だ。

つまり、これらの事象は区別されるものではなく、お互いに独立せずに、同じものの異なった側面であり、関係性を語るただのことばである。


成功に失敗は不可欠で、失敗に成功も不可欠である。

本質的に、2つではなく1つである。





世界一、俺はシアワセもん。

我を無くして夢の中

無我夢中になってなんか出来る環境にいれるってすごく幸せなこと。

今年の夏もシアトルで2つのインターンをすることになった。

一つの会社はコンサルで、もうひとつが社会起業を教えるNPO団体。

インターンも出来るし、彼女にも会えるし今からワクワクしている。

今の彼女が出来てから、俺の中の全てに対する軸が変わった。 彼女には本当に感謝してます。 



今から情報の整理をします。 日曜日はお掃除の日。 


学生時代に世界中どこでもビジネスが出来るように、英語だけは完璧にしたい。 


---------------------------------------

それにしてもドイツヤバいなw 

個人的にはガーナにもっと頑張って欲しかったけどなぁ。 


今日はこんな感じで、 

世界一、俺はシアワセもん。

ワールドカップで思ったこと

特に今回のワールドカップを観て思ったこと2つ。


・サッカーという新しい外交

・団結力の怖さ




サッカーという新しい外交


今回のワールドカップは特に、ワールドスポーツは野球でもなく、バスケでもなく、やっぱりサッカーだなぁと強く感じた年だった。



改めてなんで中田英寿がサッカーというツールを使って「世界のために何か出来ることを」を、あれだけ必死になってやっているのかわかった気がした。

サッカーじゃないとダメなんだ。


外交的な側面からサッカー、もしくわその他スポーツを考えた時、間違いなくベネフィットとして上げられる点は、両国の歴史的背景、宗教、力関係がほとんど関わらないフェアーな立場で行われるというところ。



今回も、ブラジル対北朝鮮戦の時も、実際日本人としては北朝鮮に対する印象は良くないし、過去の日本に対する行動などは最悪だけど、気が付いたらあれだけ頑張っている選手を見て、なんか北朝鮮のチームを応援している自分がいた。


そういった意味では、サッカーは世界中を変えることが出来る、間違いなく世界一のスポーツ、国際言語だ。



団結力の怖さ

今回の日本の代表チーム、そして選手だけでなく国民の団結感というものは素晴らしかった。
青いブルーのユニホームを着ている人がいればすぐに会話が弾み、観戦中は、一致団結。 点が入れば近くにいる誰とでもいいから、抱きつき、ハイタッチ、さらには踊りや騒ぎ。


こういうのはすっげーいいことだと思うし。  やっぱり何より楽しい。




でも今回はすこしネガティブな一面を。 


今回分かったことは、シンプルな要素でも盛り上がるのはすっげー簡単。
ていうのはこういうのは本当に矢印の方向で結果を大きく左右する。 



戦争なんかもこんな感じだったんだろうなぁと思った。


「戦うぞー!!」「愛国心だぁー!!」っててっぺんが叫べば、もう周りは右でも左でも動いちゃう。


この日本人が持つ熱をもっともっと日本は上手に使って、国民発信のよりよい民主主義社会になれればいいと思う。 















世界一、俺はシアワせもん




































言語について~15種類の愛を操るヘブライ人~

$世界一、俺はシアワせもん



ヘブライ語には15種類の「」があるようで、彼らは「愛」を15種類も場面場面で使い分け、愛情表現するみたいです。

日本語では「なんか恋しく、優しい、あったかい感じ」を愛と呼び始め、愛という一つの言葉でしか表現できない。

他の言語を学ぶということは、そういう意味ですごく面白く、新しい発見が沢山ある。 

その新しい発見が良く自分の固定概念をいい意味でぶち壊してくれる。 

自分は固定概念を持つことはとても大事なことだと思ってる。というのはある程度のその国民、国家で共有された一つの価値観や判断軸みたいなものがないと国はまとまらないし、とても国家として維持することはできない。

例えば、日本では、急に初対面で会った人に抱きついてキスなんてもんをしたら、間違いなく「この人痴漢です、牢屋にぶち込んでください」となるだろう。

でも、こんな場面である人が「抱きついたって、キスしたっていいじゃないか!!!、基本的人権を尊重しろ!!」なんて言われたらたまったもんじゃない。 

こんな連中が毎回こうやって現れたらめんどくさい以外なにもんでもない。



 
もし、現実問題不可能なことではあるが、仮にアメリカという国の情報を全く知らない人間が、突然アメリカに行き、人々があらゆるところで「ハグ」している光景を目の当たりにしたら、間違いなく「なんじゃこりゃー!!!!」となって、固定概念どころか脳みそまでぶち壊されるのと思うw




とまぁ言語を学ぶということは言語だけでなく新たな発見が多いです。 

自分の場合、アメリカに言って驚いたことは「告白」についてです。

「告白」と英語辞書で調べるとconfessとかprofessとかそんな単語が出てくると思いますが、これは基本的に秘密など、情報を告白するという意味でつかわれ、恋愛でつかわれるいわゆる「告る」は英語にはありません。 


つまり英語に「告る」という文化がないからです。 
なんかすごく「アメリカ人ってチャライじゃん」って思っちゃいますけどw ないみたいです。

言葉というのは文化から生まれるものなので、これから先将来、どんなに翻訳機能が発達しても、自分は言語を学ぶことを辞めないと思います。





めっちゃ余談になりますが、日本語のH(エッチ)ってどこから来たかわかりますか?




変態のHかららしいですw ちなみにこれはアメリカ人の友達から教わりました。

日本人にも関わらず、日本語もまだ未熟です。






世界一、俺はシアワセもん。