病名がわかるまでの軌跡㉒ ~一人暮らし 準備~
いつもご訪問ありがとうございますイイネ、コメント、メッセージ、フォロー、とても励みになっておりますっっランキング参加しました!にほんブログ村ポチッとしてくれたらきっと🌈🐶も喜びます🐕🦺🐾前回の㉑では、病名不明のまま生きていくつもりでいたところ、パラスポーツの関係でこのままではいけないとなり、再び病名探しのために病院に行くことを決心しました。『病名がわかるまでの軌跡㉑ ~病名不明ではいられなくなった~』いつもご訪問ありがとうございますイイネ、コメント、メッセージ、フォロー、とても励みになっておりますっっランキング参加しました!にほんブログ村ポチッとしてくれた…ameblo.jpその時に、自分の症状に似ていると感じる論文を昔読んだことを思い出します。もう一度なんとかその論文を探し当てましたが、やっぱりすごく症状や経緯が似ていて気になります。今まで何件病院をハシゴしても、まともな対応してくれるところの方が少なかったくらいでしたから、正直病院不審になっていました。当時の主治医も知り合い看護師さんに頼まれて仕方なくって感じでしたし……。(これは後ほど明らかになり割とショックを受けました)色々な病院で散々な扱いを受けていたので、病院嫌いになっていましたが、そんな私でも、一度この論文を書いたドクターに診てもらいたいと本気で思いました。でも、場所も遠いしそもそも現時点では「自分が病気だと思い込むのも症状」と言われていたので、なかなか当時の主治医には言い出せませんでした……その状況で、「こんな論文見つけたので、これを書いた人(遠方)に診てもらいたいです!紹介状と予約お願いします!」と言ったところで、バカにされたり余計にヤバいやつだと思われるだけで、書いてもらえるわけがありません。そして論文を書くのは偉い先生なわけです。偉い先生に診てもらいたい!って簡単に実現することでは無いですよね……。無謀だと思いましたけど、競技のためにはそれしかないと思いました。当時は本気でパラを目指していたので、そのためには今の状況ではダメだったのです。でも、現状は主治医だけでなく、当時関わっていた福祉サービスの関係者達は皆さん同じような感じの考えだったため、相談する人もいませんでした。まあ主治医の指示書を元に動いてるのでね……。そんな中でも協力的だったり、なにか似たような症例の人の記事を見つけては教えてくれたりしてくれた人もいましたが!色々重なり、前から諸々のことで不信感も募っていたところで、一から環境構築し直したいという気持ちが強くなりました。当時打ち込んでいたスポーツの練習会場は高速使って1時間以上かかる距離です。平日夜の練習に参加すると、帰宅は23時を超えます。ということで、唐突に練習場の近くで一人暮らしをすることを思いつきましたそれに仮病や甘えと言われていたから、ちゃんと一人暮らしして自立したらそんなこと言えないでしょう?そんな気持ちもありましたね大人になりきれていないから身体が動けなくなるという理論(これも本当に言われた言葉)なら、実家から出たら嫌でも動けるようになるはずではないですか?だから試してみたかったです。自立したら治るのかなーなんてホントにね、当時言われた様々な言葉は、今でも刺さったままですよ……。その点ではカウンセリングが必要かもしれない。一応信頼出来るヘルパーさんとかに愚痴ったりして発散してるから大丈夫ですが思い立ったらすぐ行動してしまう私……。当時は行動力あったのよっそんなわけで、まずは下調べからはじめました。この当時の私の身体状況ですが、簡易電動車椅子常用、立位不可、握力一桁、だけど車の運転可能、ベッドやトイレと車椅子の移乗はなんとか自力で可能、着替えは服装によって可能な場合もあり。ちゃんとしたリハビリや計測をしていないので、できるできないはプロが見ると変わることがありますけど、この当時はこう思っていました。そして転居先では、入浴介助の他に家事支援を入れてもらう予定で組めればと考えていました。車椅子OKの物件探し※間取り図イメージ(昔超テキトーに作ったやつだから、開かずの扉があるとか気にしないでねっ)まずは物件探しです。と言うよりも、実際はなんとなく練習場方面でバリアフリーの物件ってないのかなあ?と適当に賃貸サイトを見ていたら、それっぽい物件を見つけてしまい、そこから一人暮らし構想が始まったという方が正しいです。普通に「地名 賃貸 バリアフリー」みたいな感じで検索します。でも、バリアフリーの定義って特に決まっていないらしくて、実際その検索で出てくる9割以上の物件は、車椅子なんて想定されていない感じの造りです。ただ室内に段差がないからバリアフリーと言っていたりするから、階段しかないアパートの2階の物件も普通に出てきます。室内に段差なくても外階段完全にバリアだよね??そこで、ワードを「バリアフリー」から「車椅子」に変えてみます。地域にもよりますけど、ほぼ該当0になります。結局「バリアフリー」の中から、本当にバリアがフリーになっていそうな物件を探しました。ちなみに、このやり方は車椅子で入れるお店探しも同じです。車椅子OKを条件に入れると極端に減るから、普通に探して画像で確認して電話で入れるか確認します。なかなかアナログな手法で面倒です。そして今は合理的配慮というものがありますから、簡単に「無理です」と言えません。けど、ハッキリ無理って言って欲しかったという事は何度かありますね話を戻します。なんとなくで始めた物件探し。そうしたら練習場と同じ地域の物件で、車椅子歓迎って物件をたまたま見つけました。歓迎は珍しいと思います元々高齢者向けの住宅だったものを民間アパートにしたものなので、二階建てなのにエレベーターもありますし、玄関も引き戸。トイレには手すりも着いているという感じで、一見住めそうに見えてしまいました元高齢者向け住宅から、民間のアパートになる物件、探すと結構出てきます。高齢者向けのバリアフリーと車椅子ユーザーのバリアフリーって違うから、必ず住みやすい訳では無いけど、物件選びの際にはキーワードとして有りかもしれません。まだ引越しを決意していた訳ではありませんでしたが、気になったのでとりあえず内覧してみることにしましたお部屋の内覧誰にも言っていないので、一人で行きましたこの当時は運転も、車と車椅子の移乗もスムーズにできていたので。不動産屋さんと物件で直接待ち合わせです。予約の際に車椅子である旨はきちんと伝えました。停めて良いと言われた駐車スペースに車を停めて、名刺を頂きいざ部屋へ。高齢者住宅時代の名残を随所に感じる作りです。談話スペースがあったりね。当時から住み続けている方もいらっしゃるようです。玄関の段差もないし、駐車場から部屋の中までスムーズに車椅子で入ることが出来ましたただ、高齢者住宅の名残で畳エリアが……。間取り的には畳エリアに介護ベッドを置く感じになります。電動車椅子でそのまま動いたら、畳をボロボロにすることが気になりましたが、カーペット敷けば問題ないと思いました。問題は建物の入口かな?二重扉になってましたが、どちらも重く、外の扉は開き戸だったので特に大変でした。当時の力ではなんとか荷物などがなければ出入り可能でした。内側は引き戸でしたが、滑りが悪く重く感じました。ここは直してくれるという事でしたが。ポストも手が届くか確認しました。ポストの前にものが置いてあったので、それがなければ取れると言ったら、それは移動してくれるとのこと。大体の確認は済みましたが、問題はヘルパーさんなどの福祉サービスの確保です。不動産屋も契約しないとお金にならないので、急かされますけど、そこは福祉サービスが契約できないと決められないとお伝えしました。福祉サービスの準備って時間かかるから、それまでに埋まってしまうかもしれないと言われましたけど、埋まったら縁がなかったと思うし、数部屋空きがあったし、了承してまた環境整ったら連絡しますと伝えました。一応その他の物件についても聞いてみましたけど、ここまでバリアフリー度が高いところはなかなかなく、家賃ももっと高かったり、手すりなど改修が必要な箇所があったりするため、もし住むならここにほぼ決めました。場所はあんまり良くないけどね。でも病状進行を考えなければ、車さえ運転出来れば買い物とかも何とかなると思ってました。当時は悪化するなんて全く考えてなかったので都合のいい時だけ進行のことを忘れるバカ相談支援員に引越しの話をする最初に「自立の為に一人暮らしをしたい」と当時の相談支援員に話をした時、本気で相手にしてもらえませんでしたあなたには無理とか、実家を出ても家族の支援は必要だとか、色々と言われましたけど粘り強く「それでもやってみたい」と伝え続けて、やっと現地の地域包括支援センターに繋いでもらうことが出来ました……。引継ぎがめんどうだったのか、本当に無理だと思われていたのかは分かりません。でも一応、最終的にはスムーズに新生活ができるように手配してくれました。家族への説得は、父親が一番難しかったです。昔の人だから、障害を持った人が1人で生活をするということが全くイメージできないようなので、1から説明をしました。母は入浴介助でヘルパーさんの出入りを見ていますから、一人暮らしになったらそれをもっと増やしてもらえるって感じで説明は簡単でした。お金の心配はされましたけど自由な育成方針?に感謝しております現地の支援員と面談現地の地域包括支援センターの人と、新しい相談支援員になる予定の人、そして今の相談支援員と、部屋の状況を把握してもらいたいということで、アパートで面談することになりました。そのため、もう一度内覧を不動産屋さんにおねがいします。この時点ではまだ福祉サービスの利用状況的に契約できるか分からないと伝えたのですが、念の為仮の申込書が必要と言われて記入してしまいました一応仮押さえということで、まだキャンセル可能かは確認してるし、手付金も入れていません。そうしないと進まなかったのでね……諸々手続きを済ませてまだ何も無いアパートへ。どれくらいの支援が必要かを聞かれましたけど、家事は家では家族がやってくれていたので、正直どこまで自分で出来るかやってみないと分からない部分が大きいということを正直に伝えました。実際分からなくないですか?自分にどれくらいの支援が必要なのかと聞かれても。 やってみないと分からない部分が多いと思います。環境も変わりますし。リハが入っていればある程度評価もできたのだと思いますが……。そんな考えも甘いと思われるのかな。でも一応無い頭を振り絞って考えてみて、台所なんかは一般的な形だったので、調理はあまり自分でできないだろうと思いました。電子レンジは置き場所を工夫すれば使えそうなので、野菜のカットとか鍋を使うような下準備はヘルパーさんにお願いしたかったです。あとは掃除や洗濯、ごみ捨てなどをお願いしたいと考えていました。当時は入浴介助以外の身体介護は考えていませんでした。本当は着替えもまともに出来ないから、お願いしたいことはあったけど増やしすぎてもなあと思いまして……。当時は介護区分まだ4でしたし。その辺を伝えて大体の時間数を割り出してみると、大丈夫でしょう!とのお返事がということで、本格的に引越しの話が進み始めました。現在の相談員から新しい担当への引き継ぎや、新しい役所に申請などがある為、すぐに引越しができる訳ではありません。行政サービス利用してるから仕方ないんですけど、昔は思い立ったらすぐ引越しができていたし(引越魔だった)、なんだか障害者の引越しって一筋縄ではいかないものなのねと、準備をしながら感じていました。そしてその準備が整い次第、引っ越すという方向で話は進んでいきました……。長くなったので、今回は以上にしますっこのあと引越しまでに、いくつもの「聞いてた話と違う」が出てきます……障害があって、行政サービスを利用している身で、昔のように自由に住みたい場所に行くって簡単ではないと痛感しました別の自治体に暮らしてみることで、福祉サービスに地域差がかなりある事を実感したのです話には聞いていたけどね……『【連載】病名がわかるまでの軌跡 記事のまとめ⑵』病名がわかるまでの軌跡シリーズが想像以上に長くなってしまったので、まとめページも⑵に突入です最初から読んでくれる心優しい方は是非まとめページ⑴からご覧いただけ…ameblo.jp連載まとめ記事は⬆️こちらからお願いしますこの連載は、病名不明、心の問題、仮病などと言われている間に病状が進行してしまって現在はほとんど寝たきり状態のブログ主が、本当の病名に辿り着き、きちんとした治療やリハビリを受けられるようになるまでの記録です。過去のことを記憶を辿りながら書いているため、矛盾点など感じしまう部分もあるかもしれませんが、全て事実を元にしています。一部個人情報保護のためフェイクなどもありますが。今は心許せるヘルパーさんと、ネタにして笑っていますが、当時はなかなか大変でかなり傷ついたこともたくさんあります不定期更新になってしまいますが、よろしくお願いしますっ