"世界征服やめた"の歌詞が印象的な相対性理論「バーモント・キス」のレビューです。 | A Flood of Music

今日の一曲!相対性理論「バーモント・キッス」

 

乱数メーカーの結果:925

 

 上記に基づく「今日の一曲!」は、相対性理論のセクション(914~928)から「バーモント・キッス」です。詳しい選曲プロセスが知りたい方は、こちらの説明記事をご覧ください。

 

 

収録先:『ハイファイ新書』(2009)

 

 

 先月には本作に収録の「ルネサンス」をレビューしており、全般的なアルバム評および制作クレジットに関するゴタゴタについて言及済みなので、詳細はリンク先に丸投げしまして今回は早速本題に入ります。

 

 

歌詞(作詞:真部脩一|ティカ・α)

 

 "わたしもうやめた"の書き出しが予感させる通り、「手放し」がテーマと言える内容です。"二重生活やめた"に"甘く危険な日々にsay good bye"と不穏当な言辞からは、不貞のバックグラウンドが窺えます。となると"世界征服やめた"や"破壊工作やめた"は身を引く的な意味合いに思え、相手方の牙城を崩すことは終ぞ叶わなかったのでしょう。

 

 上記の解釈でいくと"ラブレター 渡せないのも今日いっぱい"が扱いに困る一節となりますが、その文意を「明日ラブレターを渡そう」ではなく「もうラブレターを渡す必要もなくなった」とすれば平仄は合います。ただ、前者の理解をしても筋道を立てることは可能で、その場合は遊びが本気になった(正攻法でアタックするしかなくなった)との前提に立てば、本曲に歌われているのは諦めどころか寧ろこれからが本番の一念発起なのかもしれません。

 

 両論併記で煙に巻いた感が出てしまったけれど、要するに"二重生活やめた"で何方を切り捨てる決断をしたのかが曖昧に映ると言いたいのです。ラブレターを渡さない保守的な選択が是なら、"今日からは そうじ 洗濯 目一杯"が家庭を守ろうとする努力に見える一方、ラブレターを渡す革新的な選択が是なら、"もうだめだ その日暮らしはいやだ"は家庭を捨てるフラグに思えます。或いはそれら全部を投げ出せば、何重生活だろうが"gone…"でしょう。

 

 実際"わたし"が迷っていることは、"とろけるキッスは誰のため/おざなりキッスは誰にする/恥じらいキッスは彼のため"と、口付けの使い分けに示唆されています。そんな中でオチを"はちみつキッスを神様に"と天に委ねているため、結末がファジーでも構わないのではないかと結びたいです。ちなみにやや唐突にも思える"はちみつキッス"は、バーモントカレーのキャッチフレーズから来ていると解せば曲名にも得心が行きます。調べるとバーモント州出身の医師が唱えた民間療法が元ネタらしいですね。

 

 

メロディ(作曲:真部脩一)

 

 AメロBメロサビメロと三種の旋律で構成されている点では王道と言えますが、その楽想は少し変わっています。アルバムのラストを飾るナンバーということもあってか盛り上がったままでフェードアウトさせたい意図が感じられ、AABABBとかなり焦らしてからの2:45~で一度限りのサビに入る満を持した構成です。途中からAメロがオーバーラップする変化が加わりつつ、狙い通りF.O.然とした展開でサビメロが繰り返されるため、確かなエンディング感が醸されています。

 

 Aメロは綺麗ながら代り映えのしない音運びで、"わたし"がとかく疲れていることを反映したものであるなら腹落ちの単純さです。Bメロは変化の前触れらしい小幅な動きで、それが歌詞の"微熱"と"平熱"を行き来する内容とマッチしています。しかし最後には"高熱"に見舞われ、病変を合図に蠱惑的なラインのサビメロが始まる浮かされっぷりが表現力豊かです。

 

 

アレンジ(編曲:相対性理論)

 

 先掲の「ルネサンス」の記事内では『ハイファイ新書』について、「最低限のバンド編成(Vo.+Gt,+Ba.+Dr.)にも拘らずフルオーケストラ宛らの豊かなサウンド」を売りの一つに挙げていました。とはいえ本曲はこの評があまり適さない例だと認識していて、敢えて言うと次作『シンクロニシティーン』(2010)を先取りしたかのような音作りに聴こえます。決して悪い印象を抱いたわけではないけれども、従前より装飾欲が増して煌びやかな音像を求めたのかなとの邪推に至りました。

 

 クレジットには真部さんのみ「bass & more」とプラスアルファがあるのですが、このmoreを換言してall other instruments(編曲者にありがちな表記)と捉えると、バンドの外にサウンドプロデューサーを置いた時に発揮されるような垢抜け感が生まれているのは、やはり真部さんの手腕なのだろうかという気がします。しかし各領分に於いてメンバー間に齟齬があるのは以前に述べた通りなので、実際に本曲の方向性を決定付けたのが誰なのかはリスナーは知りえません。

 

 

 
 

備考:特になし

 

 今回は取り立てて補足したいことはありません。