今日の一曲!ケミカルブラザーズ「The Universe Sent Me」【平成31年の楽曲】 | A Flood of Music

今日の一曲!ケミカルブラザーズ「The Universe Sent Me」【平成31年の楽曲】

 【追記:2021.1.5】 本記事は「今日の一曲!」【テーマ:平成の楽曲を振り返る】の第三十一弾です。【追記ここまで】

 平成31年分の「今日の一曲!」はThe Chemical Brothersの「The Universe Sent Me」(2019)です。今月に出たばかりの最新作『No Geography』の収録曲。



 このアルバムは名盤過ぎて衝撃を受けました。個人的には過去最高傑作の座を与えていいと思っています。関連シングルとしては既に『Free Yourself』(2018)をレビュー済みで、その中では同曲を指して「全盛期並のトラックであると大絶賛したい」と述べ、リリースを控えていた本作を指して「大いに期待出来るのではないでしょうか」と記しましたが、これらは何ら間違っていませんでしたね。

 日本盤に付属していた佐藤讓さんによるライナーノーツをソースとするに、今回の制作は1st/2ndの頃に使用していた20年前の機材を再び中心に据えて行われたようなので、原点回帰的なサウンドが展開されているのにも納得です。とはいえ、旧作の焼直しだとは決して言えないところが美点で、その理由を再びLNの表現を借りて説明するならば、現在のスタジオの中に過去のスタジオを再現するというスタイルのおかげだと推察します。昔の機材で作って「はい終わり」ではなくて、現在へと繋がる導線が周囲にきちんと張り巡らされているため、これまでのキャリアで培ってきた全てをラフ段階の楽曲に反映させることが出来、2019年のケミカルブラザーズの音としてアップデートされたものが最終的なアウトプットとなっているからこそ、懐かしさと新たな驚きが同時に押し寄せてくるのでしょう。

 平成振り返り企画のラストに洋楽を持ってくるのは殊更どうかと迷ったものの、今年はメンバーであるトムとエドが大学で出会ってから30年の節目にあたることがLNに書かれているのを見て、四半世紀を越える積み重ねを味わえる一枚または一曲として、非常にタイムリ―であった点を意識してのチョイスというわけです。




 最大のお気に入りトラック、06.「The Universe Sent Me」については後でたっぷり語るとして、先にその他の収録曲にも簡単にふれておきます(言及済みの08.「Free Yourself」は除く)。特にツボだった曲を登場順に挙げると、01.「Eve Of Destruction」、02.「Bango」、04.「Got To Keep On」、05.「Gravity Drops」、09.「MAH」となり、更に日本盤のボーナストラックでは、11.「Fantai」、12.「MAH (Electronic Battle Weapon Version)」がおすすめです。

 上に埋め込んだMVは04.のもので、サンプリングネタがディスコであることからも明白なレトロなグルーヴが、現代に蘇ってEDMに強烈なカウンターをお見舞いしていくかのような、隠れた攻撃性を心地好く感じます。ちなみに11.は04.のインストバージョンといった向きのナンバーで、ややダークな変貌を遂げているのが格好良いです。まさかの日本語が登場する01.は、ゲストにゆるふわギャングのNENEが招かれているのがサプライズで、アルバムの幕開けを飾るに相応しい超越的なトラックでした。これを聴いただけで、名盤の予感を覚えましたからね。

 トライバルなリズムセクションを軸に表題の"Bango"が連呼されるサグい印象の02.は、徐々にカオティックな向きが増大していくところが、実にケミカルブラザーズらしい変化の付け方で安心します。05.は曲名からして06.への布石となるスペイシーな楽曲との認識で、浮遊感と歪曲感のあるシンセサウンドと力強いビートメイキングとの合わせ技は、宇宙空間に漂う無数のアステロイドもしくはデブリのビジョンを脳内に投影させるような仕上がりです。09.についてはEBWバージョンたる12.のほうが一層好みですが、うねり具合と沈み込みの凶悪さが顕著なベースラインと、パンチの効いたダミ声気味のボーカルサンプルが、それぞれ好き勝手に耳内を蹂躙していく破壊性に快感を覚えます。




 軽いアルバムレビューの体をなしてきていますが、ここからが漸く「The Universe Sent Me」への言及です。一曲前の「Gravity Drops」を本曲の布石と位置付けたのは前述の通りで、0:00の時点で既に意識は宇宙へと飛ばされています。

 グリッターなシンセサウンドをバックに、"I cave in"が連呼される序盤。歌詞カードでは"降参"と訳されており、確かに人が主語であればこう理解するのが正道でしょうが、個人的には「崩れ落ちる」と翻訳したい一節です。航行不能となった宇宙船もしくは無軌道になった天体に人格を与え、壊れゆく自身の現状を機械的に繰り返しているというのが、"I cave in"が何処か哀しげに歌われている理由だとの妄想解釈になります。こう考えると、0:12~0:42のキラキラとしたフレージングにも、何処か墜落していくような趣を感じないでしょうか。


 ここでトラックは一度落ち着きを獲得し、0:43~1:12まではテクノらしいストイックな構成で聴かせてきます。この流れの中で視点が宇宙から地上へとパンしていくビジョンが浮かび、後に"I cave in"のメッセージを受け取ることになる"me"に、歌詞上の主人公格が移動していくシークエンスだと読み解きました。表題を含む一節、"The universe has sent me a message"は、遥か上空から落ちて来る何かを意識し始めたことの描写であると。

 続く歌詞の文学性の高さには特筆性があり、"It came in a flower encrypted with time, time, time, time/Ecstatic emotions, drives right through me/Pointed like fingernails of a beautiful lady"は、気付きや覚醒の表現に女性らしい感性を交えたユニークなものだと絶賛します。歌詞カードには聴き取りである旨が断ってあったため、上掲の内容が正しいかどうかは定かでありませんが、聴き取り者も対訳者もお名前から判断するに女性なので、そのおかげもあるのかもしれません。


 多層に重なる美麗なコーラスと、遠くから次第にアプローチしてくるシーケンスフレーズによって、アッパーな盛り上がりを見せる…かと思いきや、まだまだ焦らして再びヴァースへ。先のコーラスも"nervous"の神々しい畳み掛けも伏線的だと言えますが、今度はボーカルに対するリバーブが一段と強められているせいか、残響が独特のリズムを刻み始めます。"message"の直後から左側でノイジーに展開していくものと、無声歯茎音("time"の[t]や"smelled"の[s]など)だけが切り取られてスネアっぽく振る舞っているところが、この観点ではツボなアレンジでした。

 2:15からじわじわと存在を主張してきていたライザーサウンドが2:45あたりから愈々本性を現し、力任せに大音量にしただけのチープなEDMでは味わえない、技巧的な音の極大集中でもって脳内に嵐を巻き起こしていきます。激しい轟音を立てるジェットエンジンのような、もしくは高速で移動する大質量の物体が空気を裂く際の風切り音の如しです。ただ、この例示だと地上から上空へと向かうルートを連想してしまうので補足をしますと、前述した壊れかけの宇宙船または天体の話に結び付けて、反対の大気圏(再)突入時のサウンドスケープのことを言いたいのだとご理解ください。

 大気圏内に入ってトラックは平静を取り戻し、また"I cave in"のリピートが始まります。一度フラットになったここから先は、足し算のトラックメイキングがひたすらにクールです。3:16~の気が抜けたような気鳴楽器系の音の応酬で幕を開け、3:31~は機械の運転音じみた断続的なサウンドが鳴り出します。本作のメインボーカルを務めるAURORAの美声が幾重にも折り重なる、"Help me become divine"の波状攻撃も圧巻です。3:47~はシーケンスフレーズが復帰してよりスピーディーとなり、音の加算の果てにくる二度目のライザーセクションを経て、遂に楽曲はクライマックスへと突入します。


 以降の4:02からの楽想が、僕が本曲に於いて最も高く評価している部分です。ロック的な格好良さが前面に押し出されていて、満を持してビッグビートユニットの本領発揮といった、有無を言わさぬアグレッシブさに痺れました。4:02~4:16で右側から聴こえるパワフルなサウンドは、実際にはディストーションされたシンセによるものだと思いますが、ハードなギターに置き換えても成立しそうな荒々しさを備えているので、この感じは電子音楽だけでは形容出来ないなと。

 4:17からは「とにかく美しい」と語彙力低下で褒め称えるしかありません。よく通るクリアなウワモノが感動的で、なぜだか涙が出そうになったほどです。こうして魂を揺さぶられた状態で聴くことになる4:32からのリードは、なお一層の切なさを伴って心の奥底に響いてきます。交互に出てくるこの二つのメロディアスなラインが、ケミカルブラザーズによる歌声なきボーカルに思えて素敵なのです。


 この儚さを帯びた美しさは、またも壊れかけの宇宙船または天体の擬人化で喩えるなら、大気圏(再)突入でバラバラになった破片が地上へと降り注ぐ光景に近いと考えます。地上から見る現象としては綺麗であるものの、当人からすれば自身の崩壊に他ならないわけですから。僕が"I cave in"を「崩れ落ちる」と訳したのも、このオチに着地させたかったからです。

 更に言うと、"Help me become divine"も船または星の台詞だと受け取っていて、自身の終わりが近いと悟った彼らが、このまま誰にも知られずに完全に消え去ってしまうくらいなら、せめてあなたの中だけでも神で居させてくれと懇願したのが、このアポテオーシスに繋がる歌詞だと見做しています。このメッセージを唯一人受け取ったのが"me"で、表題を含む"The universe has sent me a message"につながるのだとまとめます。