今日の一曲!The Chemical Brothers「Free Yourself」 | A Flood of Music

今日の一曲!The Chemical Brothers「Free Yourself」

 「今日の一曲!」は、The Chemical Brothersの「Free Yourself」(2018)です。リリースは先々月の末なので、半ば新譜レビューのつもりで書きます。

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 なぜこのタイミングなのかというと、先週公開された本曲のMVが素晴らしかったことに加え、映像の内容がある意味「勤労感謝の日」にぴったりだと思ったので、今日まで温めていました。楽曲はストーリーの中に組み込まれているので、音源としては不完全ですが埋め込みます。




 論調自体の是非はともかく、「AIやロボットに仕事が奪われること」のイメージ映像的な趣があり、今これを公開するのは非常にアイロニックだなと感じました。しかし、真に恐ろしいのは、ロボット達が「楽しんでいる/遊んでいること」のほうだと思います。人間の作業が奪われる程度であればまだ可愛いもので、AIが趣味や遊戯を覚えた延長で人間をぞんざいに扱い出したら脅威でしょうね。

 SFの設定だと「AIによる合理的な人間不要論」だとか「ロボットの設計者が仕組んだクーデター」だとかはありがちな気がしますが、「AIやロボットが面白半分で人を襲い出す」ほうが実はリアルなんじゃないかと考えています。戦争に投入された後のことを考えると余計にそう感じる。これはイーロン・マスク氏に代表されるようなAI脅威論に寄せた意見ですが、その一方で所詮は疑似AI止まりでシンギュラリティなんか夢のまた夢という現実論も理解出来るので、良くも悪くもAIを大仰に扱うことはせず、便利であれば利用するぐらいの素直なスタンスを保持したいところです。

 …長々と書きましたが、ここまではただの脱線であることをお詫びします(門外漢ゆえ内容も適当です)。では、僕がこのMVに関して強く主張したい、且つ高く評価している点は何なのかと言うと、「トラック自体の意味を明確にした映像であること」です。このMVの存在によって、サウンドの意図や展開の妙がよりわかりやすくなったという意味なので、ここからは映像と音楽を同時に見ていく記述スタイルをとります。なお、以降で説明のために表示したタイム(mm:ss)はMVのものです。


 イントロから続く緊迫感は、人知れず目覚めるロボット達(静かな脅威の萌芽)のBGMには最適。その第一号;女性のスキンを纏った個体が連呼する表題の"Free yourself"は、他の個体に対する「目覚めよ」と同義だと思います。その呼び掛けに応じて、次々と起動するその他大勢。歌詞も"free me, dance"から"free them, dance"、そして"help to free me, free us"へと変わり、数の力による大きなうねりを予感させます。

 程無くしてダンスのスタートです。ここのサウンド(1:48~)は音源で聴いていた段階から最も気に入っていて、「囃すような人の声、もしくはジャングルに棲む生物の鳴き声による畳み掛け」と表現したい、不気味でコミカルな音作りにこだわりを見た思いでいました。それがまさか「ロボット達による狂喜乱舞」で解釈されるとは想像していなかったので、ハイセンスなマッチングに脱帽するしかありません。

 
 その後更にダンスは激しく個性的になります。2:34からの展開に対する言及ですが、ここでシンセベースがエッジィ或いはメタリックな音に変貌して、リードに昇格して来るのが堪らなく好きです。先の声のセクションからの流れで、途轍もなくトリッピーであるところがグッド。クロージング(3:02~04)のチョップされたサウンドも格好良いですが、この部分は映像も面白く、基盤を入れ替えられたロボットの視界が一新され、他の個体が野菜に見えるようになるというぶっ飛び具合に笑ってしまいました。

 続くクールダウンのパートも、MVの内容で納得です。こういうサークルの中でダンサーがアドリブを披露することを専門的に何と言うのかは知りませんが(ダンスバトル?ダンスセッション?)、界隈のカルチャーとしてわかりやすくクールな画ですよね。音源だけだと、冷静な"dance"のリピートが少しファニーだなぐらいにしか思っていませんでした。


 その後の展開はもはや武装蜂起の域ですね。エネルギーが外部(人間)へと向かい出す。ここの"Free yourself"は、「煽動」のニュアンスを含む感じます。たとえば3:42のカットは、「革命の女神の図」と言っても良いのではないでしょうか。また、3:54~にはボックスをドラミングして鼓舞するロボットが登場しますが、ここまでにずっと印象的だったタムがこの音で、コイツによって奏でられていたとするとちょっと可愛くも思えます。笑

 4:10まで来て、警報音によって警備員が漸く事態に気付く展開に。このサイレンのようなアレンジは音源自体にあるものなので、巧く利用したなと感心です。哀れなガードマンが恐る恐るロボット達の前に姿を現すと、彼らは急に棒立ちとなって彼を凝視。サウンドも控えめとなり、弾性のある歪んだ音が不穏当に響きます。ここからの"Free yourself"は、じわじわと距離を詰めて追い込んで来る映像を加味すると、まさに「脅迫」です。

 繰り返される"free us"。そして映像は止まり(静止画と化し)、ここでスタッフロール。「えっ?」と思ったのも束の間、バックでバイオレンスな機械音が鳴り続けるというホラー演出に慄く羽目に。しかし最後には…?という感じでMVは終わります。クレジット後の映像は二段オチと捉えればいいのか、それともオフショット的な扱いなのかは正直よくわかりませんが、エンディングを「敵対」とも「友好」とも取れるようにしてあるのは、「AIやロボットと共生出来るかどうかは今の人類次第」と言われているような気がして、個人的には充分得心のいくメッセージ性でした。


 MV解釈という普段とは異なるレビューの仕方を試みましたが、映像は抜きにしても「Free Yourself」の格好良さはケミブラの中でも随一だと捉えていて、全盛期並のトラックであると大絶賛したいです。来年の春にはニューアルバム『No Geography』がリリースされることもアナウンスされましたが、大いに期待出来るのではないでしょうか。

 少し前に現時点での最新作『Born in the Echoes』(2015)に収録されているナンバーのレビューをアップし、その中で同盤の出来について批判的なことも含めてあれこれ書きましたが、ここまでのアグレッシブさを未だ残していたことは嬉しい誤算だと言えます。


【追記:2019.5.3】

 『No Geography』収録曲「The Universe Sent Me」のレビューを後に行いました。アルバム全体への簡単な言及もあります。