Higher Deeper / APOGEE | A Flood of Music

Higher Deeper / APOGEE

 APOGEEの5thアルバム『Higher Deeper』のレビュー・感想です。前作『OUT OF BLUE』(2014)から約3年半、待望のリリースとなりました。

Higher DeeperHigher Deeper
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 上にリンクした4thアルバムのレビュー記事がブランク期も含めた網羅的なものとなっているので、所謂「APOGEEについて」的な前置きに関してはそちらをご覧いただくとして、さっそく本作のレビューに入ります。


01. Coral

 幕開けを飾るのは、緩急の感じられる精緻なナンバーです。立ち上がりは静かでありながら、"Let me fall"を合図に俄に激しさを取り戻し、ヴァースに戻ると再び冷静になるというつくり。アウトロが長めに取られているのも特徴で、各楽器が自由に暴れ回って熱量を増幅させながら曲が閉じられるという流れを見せるため、総合的には荒々しい楽曲だと言えます。

 「緩急」はこの説明でいいとして「精緻」はどういうことかと言うと、ボーカルラインや歌詞を一旦無視してトラックのみに耳を傾けると、従来のナンバーでは味わえなかったようなサウンドの細かさに驚かされるという意味です。バンドサウンドのみならず、プログラミングも含めて複雑な音遣いが施されているとわかります。

 とはいえ別に難解というわけでもなく、敢えて漫然と聴けばダンサブルで実にAPOGEEらしい曲だと思えるところが絶妙ですね。ただ、グルーヴィーやバウンシーといったある程度規則的な肉体のモーションを伴うものと形容するよりは、髪を振り乱しながら上を下への大熱狂とでも表現出来るような、エネルギッシュな奔流を感じさせるところは新機軸だという気がします。

 要するに「今までのAPOGEEらしからぬ野性味のあるプレイ」を感じたということで、冒頭の「激しさを取り戻し」というのもこれに絡む表現なのですが、この二つを並べると「今までになかったものを取り戻す」という言葉上の矛盾を気にする方もいるかもしれません。しかしこれを解消する自論は至ってシンプルで、「元来APOGEEはこの種の激しさを備えていたものの、今までは発露が弱かった」との考えがベースにあるというだけです。「自論とは名ばかりの妄想じゃん」と言われればその通りですが、この感想は歌詞の内容も踏まえた上でのものだということを以下に補足。

 "your universe"が"Where I belonged before"というフレーズで補われ、そこに"Let me fall"と願うのは「You & Iの統合」に他ならないと思います。この"you"を実体のある「あなた」とすればストレートな解釈ですが、個人的には"you"も"I"も分離した同一人物のことだと受け止めており、即ち"I"が望んでいるのは自身の片割れとの統合であるという理解です。それは物凄くエネルギーを要することだと思うので、その激しさを音でも表現しているという観点から「取り戻す」という言葉を使ったのでした。この点には10.の項でも再び言及するので、頭の片隅に置いておいてください。


02. TOO FAR

 8thシングル(両A面)のうちの一曲。冒頭にリンクした記事でも簡単にレビューしているのですが、本記事ではもう少し突っ込んだ内容にします。METAFIVEでもお馴染みのLEO今井がラップで参加しているのがキーとなっている曲です。

 シングル曲だけあって本作の中では最もキャッチーだと思います。メロディラインははっきりとしているし、明暗の対比や色彩表現の豊かな歌詞も鮮やかで、ポジティブネスに満ちているところが好みです。畳み掛ける部分の歌詞、"Drift in rainbows, the kiss multicolored, roses and shadows/Lights through dark are all your eyes captured"が、とりわけロマンチックでお気に入り。

 しかし「畳み掛け」という観点では、やはりLEO今井によるラップパートが圧巻だと言えます。APOGEEによるトラックメイキングの妙もあってのことですが、ワンフレーズ(シンセリフ)を軸に音を積み重ねていく後半の多層的な展開は、01.の項で対比として出した形容に従えば、グルーヴィーという意味でのダンサブルさを兼ね備えていると言え、これはファンの求めるAPOGGE像にも合致しているという感想です。


03. Echoes

 何処か懐かしさが感じられるイントロからしていきなり好みで、キュートなシンセの音がよく映えていると思います。「懐かしさ」という言葉もその一種でしょうが、センチメンタルな趣を宿したナンバーですね。

 歌詞は別れを描いているように受け取れるので、この場合の"you"は素直に「あなた」のことだと解釈しています。冒頭のフレーズが特に巧いと感じていて、"your another kiss"で"we have already broken"と知るというのは、情けない話ですが非常によくわかると言わざるを得ません。関係が冷え切った頃の「いつもと違うキス」の空恐ろしさを思い出して胃が痛い。

 こう書くと「なんだ?未練タラタラか?」と囃し立てたくなるでしょうが、決してそういうわけでもないというのがこの曲のテーマだと主張します。サビの歌詞が如実に物語っていますが、"Even though I don't miss you at all"だったとしても、"The stain remains in my heart"ですし"You never leave from my cloud"ですし"Echoes in my head are getting loud"なんですよ。科学的な根拠があるかはともかく、「名前を付けて保存」の男の習性がよく表れていると絶賛します。笑

 何度も繰り返し聴いているうちに、全編英語詞でありながら意外と日本語詞も合うんじゃないかという気がしてきました。特にサビメロは日本人的な儚さが見え隠れするような旋律だと感じられるので、馴染みやすいのではないかなぁと。


04. Higher Deeper

 表題曲。正直5th以降はシングルのナンバリングがどうなっているのかよくわからないので序数は不正確かもしれませんが、9thシングル『RAINDROPS』のc/wに収録されていたトラックです。こういう昇格?は珍しいですね。

 この曲も冒頭にリンクした記事の中で少しだけふれていますが、そこにある感想を丸々引用すると「色んな音が細かく配されていて、かなり遊んでいるなと感じる楽しい一曲。」となり、今回アルバムで改めて聴いてみても同じ印象を抱きました。楽曲自体はポップでありながらも、細かい作り込みによる複雑性が飽きさせないという、APOGEEらしいインテリジェンスを備えているところがツボです。

 引用だけでは意味がないので更に掘り下げますが、ここで言う「遊んでいる」は主にサンプリングボイスやボーカルチョップなど、人の声が絡む部分を指していたのだと解説しておきます。たとえばイントロのシンセの音に合わせて加工されたようなピッチの高い女性のボイスや、曲中盤で切り刻まれて独特のビートを刻み出す"deeper"などが「遊び」に該当し、バンドアレンジよりもトラックメイカー的なセンスが光っているところを気に入っているという意味です。

 9thは配信で購入したためちゃんとした歌詞は本作で初めて知ったのですが、この曲も別れの向きが強いものだと言えますね。一人で「Higher Deeper」だったら意識高い系の感があるなぐらいに軽く考えてしまいますが、"higher she goes"に"deeper you go"ならば単なる乖離です。サビ以外の歌詞も両者が相容れないことを示すような内容になっていて、ただただ悲しいなあと思いました。


05. Sleepless



 公式サイトによれば本作のリードナンバーだそうです。先行配信もされていましたし、お馴染みの新井風愉さんが監督を務めたMVも存在するため納得の好待遇ですね。

 映像のコンセプトもまさにそれですが、タイトルの通り「インソムニアの苦悩」が滲んだ世界観が大事にされています。歌詞では"They come knocking on my door"や、"The door is open how come I can't leave"に見られるような、「扉」に絡む表現で精神的な疲弊がシンプルに切り取られていますし、メロディではラストの"just leave it"のリピート部分が、叫ぶような歌い方とも相俟って錯乱状態のようです。

 アレンジ面では、中盤のコード感が希薄になるパートが不眠を音に落とし込んだものだと解釈しています。1番ヴァースの歌詞が再び登場する部分ですが、メロディが異なる上にボーカルにはくぐもったような処理が施されているので、理性や見当識が揺らいでしまったかような感覚に陥る。繰り返される"so I can breathe"は"Make a little space"に続くものですが、この「少量を必死に求める状態」は相当キテると言えるでしょう。


06. Into You

 ここで本作では初めて日本語詞による楽曲が登場。と言っても歌い方が独特且つボーカルに対するエフェクトもきついので、歌詞を見なければ日本語で歌われているとは気付かないかもしれません。

 3分に満たない収録時間で歌詞も5行だけというところから、どうしても小品だという印象は拭えませんが、次曲が同じく日本語詞+本作最長の収録時間を有しているところから、つなぎの役割を果たしている曲なのだろうと思います。

 道路に面したカフェで耳に出来るような環境音から始まり、歌詞に"予報では明日も曇り"とあるように、終始アンニュイな雰囲気を漂わせつつ室内から外を眺めているようなサウンドスケープを持っていて、チル効果は充分といった感じですね。


07. KESHIKI

 先に書いてしまいましたが、全編日本語詞のナンバーです。4thアルバム以降にリリースされた楽曲から判断するに、APOGEEはもう日本語の歌は作らないのではないかと予想していたので、意外だというのが素直な感想。06.は日本語詞とはいえ、ひねってきているので納得だったんですけどね。

 この曲を聴いて真っ先に思ったことは、「永野さん声変わった?」ということでした。サビやCメロの高音部はともかく、ヴァースの低音部やラスサビ終盤の剥き出しな歌い方は新しいなと。同時にこの感じは確かに日本語でやってこそだなとも思ったので、そこまで考えれば良いアウトプットではないでしょうか。

 僕が音楽に対する表現として使うだけの意味合いしかないので邪推してほしくないのですが、希死念慮を刺激されるような仄暗さの漂うナンバーだと感じます。ゆったりとしたメロディとメロウなアレンジにのせて、際限の無さと向き合い続けなければならないという遣る瀬無さを伴った歌詞が、質の変化するボーカルで歌い上げられていくので、ぼんやりとしていたら取り残されてしまったといった類の焦燥感に満ちている…ということが言いたいのでした。


08. In Between

 ここで再び英語詞の流れに復帰。ここまでのアルバムの流れをざっくりとまとめると、何か重大な別れが背景にあるのだろうということが推測可能で、それを乗り越えようと生き続けた結果、07.である種の臨界点に到達し、それはともすれば危うい方向に振れかねない状態にあるといったストーリーを想像出来るのですが、その流れに沿えばこの「In Between」は救いの曲だと思います。

 特に最終スタンザ、"There's always something missing/You don't know what it is"という悟りの境地からの、"She's still waiting for something from you forever"というオプティミズムも多分に含まれているであろう希望に満ちた結びのフレーズは、こんがらがった思考を解いていく金言として響くことでしょう。

 メロディとしてもこの締めにあたる部分が最も好きで、幾度か繰り返されることで重層的になっていく展開と、コーラスの神々しさとがあわさってクワイアのような趣が醸されているところが素晴らしいです。ここまで聴くと鼓笛隊のようなドラムスの狙いもわかりますし、イントロから何度か登場する"Yeah"と"Ah"のサンプリングもハイセンスだなと惚れ惚れします。


09. Future/Past

 本作で唯一「written by」が永野さんではなく大城さんになっているナンバーです。ちなみに「Arranged by」には全曲共に永野さんと大城さんの両名が掲載されています。どちらも「by APOGEE」ではないのが少し気になりますが…

 楽器のクレジットを見ると今作では永野さんもシンセとプログラミングを担っているとわかりますが、あくまでもメインはギタボだという認識なので、やはりAPOGEEの鍵盤制御は大城さんの分野だろうと捉えています。要するに、本曲には「バンドのキーボード担当が作った」という「らしさ」がよく出ていると言いたいのです。

 たとえば曲の入りと締めをフェードに委ねているところや、シーケンスフレーズを軸としたアレンジ、ボーカルトラックを楽器のようにいじくり回しているところなど、DTM然とした内省的な雰囲気が感じられるところを指して、「らしさ」という言葉を出しました。

 歌詞は色々と考えさせられますね。特に"old future"と"new past"の対比の部分と、"bad future"と"better past"の忌避のくだりには、現在を生きることの大変さを思い知らされた気分です。本作収録の他の楽曲は割とパーソナルというか、描写されている世界は「自身或いは相手の」といった狭い範囲である印象なのですが、この曲に限ってはベクトルがソーシャルに向いている気がします。


10. RAINDROPS

 幕引きには9thシングル曲が据えられました。帯では『デビュー以来繰り返し用いられるモチーフ「雨」を圧倒的なスケールで描いた』曲だと評されていますが、本作を総括するナンバーという意味では「圧倒的なスケール」は言い得て妙ですね。

 "Open the arms wide into the storm"という挑戦的な歌詞から曲が始まりますが、それを受けて"I feel the raindrops dancing on my skin"と余裕を感じさせるようなフレーズを続けられるのは、ここまでの紆余曲折があるからこそだなと得心がいきます。

 サビの歌詞は如何様にも解釈が可能なシンプルなものですが、01.の項で書いた「You & Iの統合」の話を持ち出すならば、"I just keep losing you"というのは、まさに「統合」を表している表現ではないでしょうか。"you"は役目を終えて、"I"に吸収されるわけですからね。



 以上、全10曲でした。4thアルバムのリリース時も同様のことを思ったのですが、初めて通して聴いた時は「なんかこれじゃない…」という感想が僕の中では優勢だったことを白状します。
 
 しかし繰り返し聴くうちに筋道のようなものがぼんやりと見え始め、各曲の意味や役割をおぼろげながらにも把握出来るようになり(妄想力が逞しいだけとも言う)、一曲一曲傾聴していったところ、いつの間にか全曲好きになっている自分に気付きました。

 その道筋や役割等についてはレビュー本文中でも何度か言及していますが、何処まで行っても個人的な解釈の域は出ないので、ここに改めてまとめ的な文章を書くことはしません。何が正解/不正解ということもないと思うので、参考程度に留めてください。

 全曲を対象にするならば個人的なヒットは02.「TOO FAR」と04.「Higher Deeper」ですが、本作が初出のアルバム曲に限るなら08.「In Between」が最も好きで、次いで03.「Echoes」と09.「Future/Past」がお気に入りです。


 僕は時々音楽シーンについて語ることがありますが、別段熱心にシーンを注視しているというわけではありません。従って、以降に書くことには事実誤認が含まれているかもしれないと言い訳しておきますが、Suchmosが流行ってPAELLASやD.A.N.が評価されるような今のシーンであれば、APOGEEにも再び脚光があたるのではないかと密かに期待しています。

 各バンドが目指している方向性はそれぞれ異なると思いますが、古い音楽ジャンルを独自に解釈して現代人に馴染むようなアウトプットにしているという点では共通しているのではないでしょうか。これだけだと対象が広すぎるのでもう少し言及すると、ブラックミュージックや古い電子音楽の要素をバンドサウンドに落とし込んでいるタイプですかね。感覚的には「なんかお洒落」「一周回って格好良い」的な感想に集約されるようなスタイリッシュな音楽。先月にはAPOGEEとPAELLASの対バンイベントがありましたが、これが組まれた意味を考えた時に、上掲のような共通性は多少なりとも意識にのぼってくるのではないかと推測します。

 この観点で言えば、APOGEEは時代を先取りしていたとも言えますよね。1stアルバムの時点でありえない程に高い完成度を誇っていた、そう言えるほどにAPOGEEの音楽性は日本のバンドでは随一だと思っていますが、そのクオリティの高さに対する知名度はどうしても低い印象です。一時期露出が減ってしまったので(永野さんのソロワークスは除く)、そのせいも勿論あるのでしょうが、バンドの意向やメンバーの思惑を敢えて無視して言わせてもらえば、もっと売れていてもいいだろうにという歯痒い気持ちは拭えません。

 これは昔から思い続けていることではありますが、永野さんのCMソングメイカーとしての売れっ子っぷりと、先に書いたような近年の音楽シーンの傾向(背景には若い世代のレトロブームもある気がします)を鑑みると、余計にそう思うといった主張です。要するに「APOGEEを含めてここに名前を出したバンド全てもっと売れろ!」、或いは「こういう音楽がもっとスタンダードになれ!」という願望に集約されますね。笑


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