TVアニメ『宝石の国』サウンドトラック コンプリート / 藤澤慶昌
藤澤慶昌による『TVアニメ『宝石の国』サウンドトラック コンプリート』のレビュー・感想です。ディスク名の通り、前クールで放送を終了したTVアニメ『宝石の国』の劇伴を収めたディスクとなります。
TVアニメ「宝石の国」オリジナルサウンドトラック コンプリート/東宝

¥3,564
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アニメの簡単な紹介と感想は、OP曲であるYURiKA『鏡面の波』(2017)の記事や、2017年のアニソンを振り返る【秋アニメ編】の中で二度も書いているので、リンクを貼ることで前置きの代わりとさせてください。
ということで、早速CDの内容を見ていくとしましょう。2枚組・全48曲という大ボリューム作ですが、当ブログに於けるサントラレビューではお馴染みの、「気に入った数曲を抜粋して紹介する(ただし数曲単位である程度の関連性は持たせる)」スタイルで書き進めていきますね。
DISC 1
DISC 1には25曲が収録されており、基本的に曲順はアニメでの時系列に沿っていると見受けられるので、それに従えばDISC 1は7話の途中(冬眠のシーン)までの劇伴集ということになるかと思います。
05. 月人|06. 黒点|07. 戦い|08. 危機|09. 砕かれる
まずは月人関連のトラックを5曲まとめて紹介。『鏡面の波』の記事中でも少しだけ言及したので引用しますが、「月人が登場する時にかかるガムランのような曲がお気に入り」だと書いた通り、特に06.は本作を購入する動機となったぐらいには好きなナンバーです。
ここに挙げた5曲が全てそうだというわけではありませんが、たとえばこれを組曲と見做した場合に、軸となっているサウンドとして何かひとつワードを出せと言われれば…という意味合いで「ガムラン」を出しました。顕著なのは06., 08., 09.ですが、感覚的な言葉で補足するならば、何れも「神聖性」が感じられるトラックという点で共通性があると言えるのではないでしょうか。
これらは月人のビジュアル(仏像モチーフ)を解釈した順当なサウンドだという理解ですが、単なる仏教っぽさの演出に止まらず、ガムランという音楽が持っている圧倒的なパワーはそれだけでも畏怖或いは畏敬の念を覚えるほどなので、宝石達にとって脅威となる存在の音楽(有り体に言えば戦闘BGM)としても十二分に効果を発揮しているところが巧みだと思います。
本場…と言ってもバリ島でですが、子供の頃に宮廷で生のガムラン演奏を聴いたことがあり、子供ながらに(だからこそ?)「なんだこの音楽は…」と衝撃を受けた記憶があるので、その時の恐怖や恍惚感とリンクして一層惹きつけられるものがあるのかもしれません。
とりわけ06.は映像の美しさと怖さも相俟って、劇伴としての完成度が段違いだと感じます。曲名の「黒点」は月人出現の予兆として空に浮かぶ影?のことですが、これが非常に不気味で良かった。形自体がロールシャッハカードや充填ジュリア集合っぽくてキモ格好良いというのもありますが、「脅威が現れる前に目に見える予兆がある」(凶兆)という要素自体がそもそもツボみたいです。
他の例を挙げると、『魔法少女まどか☆マギカ』で壁に刺さった孵化しかけのグリーフシードから結界の中が見えているカットだとか、(ツボとか好きとかいう意味ではありませんが)緊急地震速報なんかも「凶兆」という意味では同種のものと考えています。「それが出ていたら確実に悪いことが起こる。しかし僅かな猶予がある。」というのがポイントで、いきなり襲われるよりも余計に恐ろしいとは思いつつも、向き合う時間が少しでもあるのなら自己の判断力が問われるという厳しさが生まれるので、これが画面をスリリングにしていたのだと分析します。
05.と07.に関しては趣が少し異なり、前者は恐怖を煽るようなストリングスとスピーディーなパーカスのおかげでより戦闘BGMらしい緊張感に満ちたトラックに。後者は情熱的なダンスを思わせるアレンジの自在さこそがまさに勝利の旋律といった趣で、両曲とも宝石達の心情に沿った対月人用のトラックだという気がします。
05.はダイレクトに「月人」という題ではありますが、月人のテーマというよりは「月人が出た!」といった焦燥を表していると捉えましたし、07.「戦い」も「月人との戦い」という意味で主体は宝石達だよなという解釈です。後者は次回予告のナンバーでもあるので、メタ的にも補強されているのではないかと。
17. 驚異
この曲もタイプとしてはガムラン系ですが、アクレアツスが暴れ回るシーンで流れる曲なので、「驚異」という曲名は主に「月人にとって」でしょう。笑
この場面でフォスを捕えていた月人の首が飛びますが、直前に「えっ、なにこれは…」みたいな困惑の表情を浮かべている(ように見える)カットが入るのがなんだか可笑しかったです。
月人との戦闘時にも流れていたような気がしなくもないですが、流石にアニメの録画を全て観返す時間は取れないので、不正確なことを書いていたらすみません。部分的にはきちんと確認を取っていますが、以降でもこの点には留意していただけると助かります。
04. フォスフォフィライト
ここからはキャラクター名を冠するトラックを中心にレビュー。まずは主人公、フォスのナンバーから。まだ純粋だった…というか脆かった頃のフォスをモチーフにしているなという向きが強い、爽やかな聴き心地の曲です。
フルート(ピッコロ)が奏でているメロディは春から初夏の風を思わせるもので、金剛先生をして「月人好みの薄荷色」と言わしめたフォスの髪色(というか自身の色)にぴったりの、非常に美しい音色と旋律であると言うほかありませんね。
19.「覚醒する力」もフォスのためのナンバーとしていい気がしますが、この段階ではシェル・アゲート(貝瑪瑙)を欠けた脚の代わりに取り込んで俊足になるという、(比較的)可愛らしい変化で止まっているからか、曲の印象も依然明るいものです。フォスの「やったー!」も心底嬉しそうで微笑ましい。
この後フォスは更なる変化を遂げるわけですが、それは険しい方向へと舵を切るものなので、楽曲の印象も同時に変わっていきます。この点に関してはDISC 2の14.「フォスの戦い」の項で再びふれるので、ここでは一旦切り上げです。
12. ウェントリコスス
続いてはアドミラビリス族の王、ウェントリコススのテーマ。事情が事情とは言え、フォスを売った形となった彼(彼女?)の後ろ暗い気持ちが反映されているのか、何処か影のあるトラックです。とは言え、終盤では海中に光が射し込むかの如くに優しくて暖かな印象へと変わっていくので、王の性根の良さが見えた気がして切なくもある。
シタールっぽいギラギラ感のあるアコギの音が特徴的で、それがピアノと合わさることで納得の海中サウンドが醸されています。ピアノは万能ゆえ何となくわかるとしても、このギターというか撥弦楽器に対する「海中」のイメージは一体何処から来ているのだろう?と思案してみましたが、意外と深夜のNHKで流れている海中散歩映像のBGMのせいかも知れないという結論に至りました。笑
15. シンシャ
硫化水銀ゆえの特異体質によってフォス以上の辛苦に苛まれていると言える彼の悲哀が、ピアノとストリングス;特に二胡によって鮮やかに表現されている、鈍く光るような楽曲です。ひとつ前の14.「孤高」も実質シンシャのテーマとしていい気がしますが、両曲とも弦に直接胸を締めつけられているかのように、重い響きが耳に残ります。
「シンシャ」は英語では'cinnabar'と言い、この表記は古代ギリシャ語に由来しているようなので'China'は関係ないのかもしれませんが、中国では古くから利用されていた鉱物だそうで、漢字表記の「辰砂」も「辰州」から来ているらしいので、このあたりを鑑みて使用楽器に二胡が選ばれているのではないかな。
余談ですが、錬金術を扱った作品に頻出する「賢者の石」は辰砂のことだという説があるみたいです。『鋼の錬金術師』という超有名作品があるので、「錬丹術」という言葉と共に赤い石をイメージ出来る方は多いかと思います。この「丹」という字単体でも辰砂を意味することは広辞苑にも載っていますが、この語には他に「まごころ」という意味での使用(「丹精」「丹念」)や、「丸薬の名に添える語」としての使用(「萬金丹」「仁丹」)が存在するのが興味深く、水銀を不老不死の妙薬として飲んだという始皇帝の話に納得がいくような言葉の残り方ですよね。
20. 金剛先生
『宝石の国』随一の萌えキャラだと個人的には思っている先生のナンバー。笑 その巨躯を体現しているかのように、どっしりとした骨太の楽曲です。楽想としても至ってシンプルで、このストイックさにも見た目通りの「僧」らしさが宿っていると感じます。
アニメを観ていていちばん正体不明というか怪しい人物(…かどうかもよくわからない。そもそも人間はいないはず。)という印象だったので、フォスが先生に対して疑念を持つ展開になるのは当然という感想を持ちましたが、他の全員はそれをわかった上で接しているというのは意外でした。洗脳か刷り込みの類で存在を最初から受け容れているのだろうと勝手に解釈していたので、宝石達はなかなか強かだなと考えを改めることに。伊達に数千年生きてないですね。
DISC 2
続いてDISC 2を見ていきます。こちらには23曲が収録されており、うち2曲がボーカルトラックです。時系列で言えば、流氷地帯到着後の劇伴集ということになるかと思います。
06. liquescimus
まずはボーカル曲からご紹介。歌い手はフォスで、アニメでは特殊ED曲(8話)として使用されたナンバーです。アンタークチサイトを救えなかったフォスの失意が、ストレートな歌詞と共に歌われています。
"きみの微笑みも/欠片も優しい声も/月に消えた"という歌詞は、比喩でありながら文字通りでもあるという直球の内容。ラストの"冬が終わる"には様々な意味が込められていると思いますが、何れにせよ変化が避けられないということを予感させるには充分な一節です。
気になるのはタイトルの意味。「特殊な文字がない(この場合英語に用いる26文字だけな)のにぱっと見何語かわからなかったら、まずラテン語を疑え」というマイルールに従い調べたところ、ビンゴだったようでどうやら「溶ける」という意味らしいです。東宝のプロデューサーである武井克弘さんのTwitterがソースなので間違いはないはず。確かに歌詞にも登場します。
ということは、曲中の日本語詞以外の部分もラテン語かな?と思い、当該の歌詞をそのまま検索窓にぶちこんだところ、トップに出てくるページにこの表現の元ネタと思しきものを認めることが出来ました。厳密にはその変形なので引用元というわけではないかもしれませんが、ここでは「憎めばいい?それとも愛すればいい?」という訳が自然ではないかな。付焼刃ゆえ全幅の信用は寄せないでいただけると助かると言い訳をしておきますが…
21. 鏡面の波 [Orchestra Ver.]
22. 鏡面の波 [Orchestra Ver.] Instrumental
曲名の通り、YURiKAによるOP曲「鏡面の波」のオーケストラアレンジバージョンで、アニメでは最終話の特殊ED曲として披露された楽曲です。
編曲者が藤澤さんになっているのは当然として、作曲者にもオリジナルのコンポーザー・照井順政さんと共に藤澤さんのお名前が記載されているのはどうしてなんでしょう?1番までだから?それともテンポや譜割りの問題?僕が「作曲」の範疇を誤解しているのかもしれませんが、ちょっと気になる点でした。
オリジナルのアレンジの素晴らしさについては、冒頭にリンクした『鏡面の波』の記事を参照してくださいと丸投げしますが、このオーケストラ版もとても素晴らしい解釈だと思います。特にサビの「瞬間的な熱量の大きさ」はアレンジが変わっても維持されていたので、藤澤さんの手腕と照井さんのメロディセンスの双方を絶賛せざるを得ませんね。
22.は21.のインスト版ですが、これ単体でも素敵なのがまた凄い。ボーカル曲のインスト版が格好良いということは、シングルCDをよく買う&ボーカル至上主義の病におかされていない人にとっては常識かと思いますが、大抵はどうしても「バックトラックとしての格好良さ」に終始してしまうという気もします。※これは「聴き手側の注意が」という意味なので、アレンジャー批判ではありません。
しかしこと22.に関しては、単純に「インスト曲(劇伴)としての格好良さ」が前面に出てきていると思えるほどに仕上がりが自然だと感じたので、ボーカルがあってもなくても高いレベルで成立しているという、この編曲が如何に神懸っているかがわかるというものです。
04. アンタークチサイト
DISC 1と同じく、ここからはキャラクター名を冠するトラックを中心に紹介します。まずはフォスの良き師、アンタークチサイトのナンバーから。
緊張感に満ちた険しいトラックです。アンタークの哀しくも美しい散り際にこんなヒリヒリした曲がかかっていたかな?…と思って観返したところ、フォスの腕を探しに流氷下に潜る場面で流れていた曲だとわかり納得しました。あのシーンはそのまま戻って来れなくなるのかと思うほどにドキドキしたので、閉塞感の演出も含めて効果的な劇伴だと言えます。
砕け散る瞬間に流れていた音楽は、ひとつ前の03.「消失」です。こちらはピアノの残響が印象的な短いトラックで、死の直前に周囲がコマ送りになる感覚(タキサイキア現象)を思わせる、スローモーションの演出が映えていましたね。
アンタークは実質2話分しか出てこないキャラですが、僅かな描写だけでも主人公に多大な影響を与える存在としてきちんと提示されていたのが巧いと思います。いい先輩だった。流氷砕きの華麗な仕事っぷりを披露した際にかかっていた02.「冬の試練」もお洒落なナンバーで流石です。
14. フォスの戦い
物理的な欠損を他の物質で補うことで着実に強くなっていくフォスですが、アンタークを失ったことによる精神的な欠落の方が一層彼を成長させていると考えると切ないですよね。
この曲はアメシストに「いいとこ」を見せようとフォスが鮮やかに戦った際のBGMですが、初期のフォスからは想像が付かないほどに格好良いトラックとなっていて、DISC 1の04.「フォスフォフィライト」や19.「覚醒する力」と聴き比べてみると、逞しくなったなあと思わずにはいられません。
これは13.「変容」にも言えることですが、具体的には木琴が使用されていることが大きいのではないかと分析します。宝石というか鉱物らしさを出すには鍵盤打楽器系の音が適している…これを共感が得られやすい解釈だという前提で話を進めますが、「フォスフォフィライト」は木管がメインのむしろ柔らかな質感の曲であったため、同じキャラ名を冠している楽曲でもこちらの方がより鉱物らしい響きになっているというところに、細かい仕事を窺えて好みです。合金(金+白金)要素がしっかりと感じられるサウンドスケープというかね。
18. しろ
次回予告で「しろ」と表示された時は「城」か「白」かと思いましたが、まさかあのクリーチャーの名前だとは。笑 画面に映るものの大半が硬い質感を伴っているこのアニメに於いて、完全体?の筋肉質なところや子犬形態?のもふもふ感はあまりにも異質で、二重黒点からの出現(しかも引っ掛かる)という特殊性も含めて、セオリーを外してくるものの登場にはわくわくします。
音楽的にはここまでに登場した様々な楽曲のパターンが混ざっているように感じました。ガムランっぽくはありませんが、月人が送り込んで来たものだからかパーカスが心地好い点にはらしさがあると思いましたし、「vsしろ」に関しては戦闘でありながらただ遊んでいるだけという趣もあったため、戦闘BGMと日常BGMの中間ぐらいの険し過ぎず明る過ぎずなトラックにしているところが職人技に思えます。
それにしても「vsしろ」は何処を切り取っても素晴らしい。登場シーンの不気味さは前述の通りですが、ボルツの奇襲から撤退までの判断の早さはマジでイケメンだし(17.「撤退」も格好良い)、ダイヤモンドの孤軍奮闘はCGのクオリティも含めてアニメ史に残るレベルのバトル描写だと断言出来ますし、アレキサンドライトは変化前も変化後もいいキャラしているし、子犬回収ミッションでは全員可愛いし、再び完全体と戦うというかじゃれあう場面ではフォスの合金成形能力の高さに地味に驚かされるしで、控えめに言って10話は神ですね。
20. フォスとシンシャ
収録時間が4:41と劇伴としては長めのトラック。タイプは違えど孤独を知っている者同士、互いのことが気になるのは当然でしょうし、OP映像も両名が軸となったつくりであったため、『宝石の国』という作品は「フォスとシンシャ」の物語でもあるんだろうなと思います。
主題となっている旋律(DISC 1の15.「シンシャ」のものと同じ)の表情が豊かで美しい。最初はストレートに哀しげなイメージが浮かんできますが、中盤はストリングスの主張が強まるのに比例して文字通り熱心な想いが雪崩れ込んでくるようで胸が熱くなり、ラストでは何処か優しさが感じられる音運びになっているという、この変質が実に二人らしいと感じる。フォスは大胆にですが、シンシャも少しずつは変化していますからね。
最終話の二人の逢瀬のシーンで流れる曲ですが、場面を追いながら聴いていくと楽想にも得心がいきます。最初の哀しげなパートはシンシャの憂鬱を、唐突にも感じられる0:55からの展開は追いかけっこのコミカルなシーンのため、中盤の感情が高ぶるセクションは互いの要求をぶつけ合う剥き出しのやりとりに、ラストの優しさは端的に言えばシンシャのデレ…といった感じで、意味のある流れになっていると受け取りました。
以上、数曲抜粋というスタイルではありますが、気に入っているトラックの紹介でした。見出しとして立てたのは17曲ですが、本文中で言及したものも含めると都合22曲の名前を出すことが出来ました。全48曲には程遠いですが、大体半分はレビューしたことになるので、あと半分もふれていない楽曲があるのだと、ポジティブに受け止めてくだされば幸い。
最後にDISC 2のラストに収録されている23.「宝石の国」にふれますが、この曲は言わばメドレーという扱いでいいと思います。劇伴のおいしいところをちょっとずつつまみ食い出来るようなお得なナンバーで、収録時間も本作最長の5:35です。
この盤を繰り返し聴き込めば聴き込むほど、「あっ、ここはあの曲のこの部分だな」という発見が増えるので、何度でもまた一から聴きたくなるという好循環。この遊び心というか仕掛けに称賛を送ると同時に、改めて良曲揃いだったということがわかるまとめ的な楽曲でもあるため、この感想をもってアルバム全体の感想と代えさせていただきます。
TVアニメ「宝石の国」オリジナルサウンドトラック コンプリート/東宝

¥3,564
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アニメの簡単な紹介と感想は、OP曲であるYURiKA『鏡面の波』(2017)の記事や、2017年のアニソンを振り返る【秋アニメ編】の中で二度も書いているので、リンクを貼ることで前置きの代わりとさせてください。
ということで、早速CDの内容を見ていくとしましょう。2枚組・全48曲という大ボリューム作ですが、当ブログに於けるサントラレビューではお馴染みの、「気に入った数曲を抜粋して紹介する(ただし数曲単位である程度の関連性は持たせる)」スタイルで書き進めていきますね。
DISC 1
DISC 1には25曲が収録されており、基本的に曲順はアニメでの時系列に沿っていると見受けられるので、それに従えばDISC 1は7話の途中(冬眠のシーン)までの劇伴集ということになるかと思います。
05. 月人|06. 黒点|07. 戦い|08. 危機|09. 砕かれる
まずは月人関連のトラックを5曲まとめて紹介。『鏡面の波』の記事中でも少しだけ言及したので引用しますが、「月人が登場する時にかかるガムランのような曲がお気に入り」だと書いた通り、特に06.は本作を購入する動機となったぐらいには好きなナンバーです。
ここに挙げた5曲が全てそうだというわけではありませんが、たとえばこれを組曲と見做した場合に、軸となっているサウンドとして何かひとつワードを出せと言われれば…という意味合いで「ガムラン」を出しました。顕著なのは06., 08., 09.ですが、感覚的な言葉で補足するならば、何れも「神聖性」が感じられるトラックという点で共通性があると言えるのではないでしょうか。
これらは月人のビジュアル(仏像モチーフ)を解釈した順当なサウンドだという理解ですが、単なる仏教っぽさの演出に止まらず、ガムランという音楽が持っている圧倒的なパワーはそれだけでも畏怖或いは畏敬の念を覚えるほどなので、宝石達にとって脅威となる存在の音楽(有り体に言えば戦闘BGM)としても十二分に効果を発揮しているところが巧みだと思います。
本場…と言ってもバリ島でですが、子供の頃に宮廷で生のガムラン演奏を聴いたことがあり、子供ながらに(だからこそ?)「なんだこの音楽は…」と衝撃を受けた記憶があるので、その時の恐怖や恍惚感とリンクして一層惹きつけられるものがあるのかもしれません。
とりわけ06.は映像の美しさと怖さも相俟って、劇伴としての完成度が段違いだと感じます。曲名の「黒点」は月人出現の予兆として空に浮かぶ影?のことですが、これが非常に不気味で良かった。形自体がロールシャッハカードや充填ジュリア集合っぽくてキモ格好良いというのもありますが、「脅威が現れる前に目に見える予兆がある」(凶兆)という要素自体がそもそもツボみたいです。
他の例を挙げると、『魔法少女まどか☆マギカ』で壁に刺さった孵化しかけのグリーフシードから結界の中が見えているカットだとか、(ツボとか好きとかいう意味ではありませんが)緊急地震速報なんかも「凶兆」という意味では同種のものと考えています。「それが出ていたら確実に悪いことが起こる。しかし僅かな猶予がある。」というのがポイントで、いきなり襲われるよりも余計に恐ろしいとは思いつつも、向き合う時間が少しでもあるのなら自己の判断力が問われるという厳しさが生まれるので、これが画面をスリリングにしていたのだと分析します。
05.と07.に関しては趣が少し異なり、前者は恐怖を煽るようなストリングスとスピーディーなパーカスのおかげでより戦闘BGMらしい緊張感に満ちたトラックに。後者は情熱的なダンスを思わせるアレンジの自在さこそがまさに勝利の旋律といった趣で、両曲とも宝石達の心情に沿った対月人用のトラックだという気がします。
05.はダイレクトに「月人」という題ではありますが、月人のテーマというよりは「月人が出た!」といった焦燥を表していると捉えましたし、07.「戦い」も「月人との戦い」という意味で主体は宝石達だよなという解釈です。後者は次回予告のナンバーでもあるので、メタ的にも補強されているのではないかと。
17. 驚異
この曲もタイプとしてはガムラン系ですが、アクレアツスが暴れ回るシーンで流れる曲なので、「驚異」という曲名は主に「月人にとって」でしょう。笑
この場面でフォスを捕えていた月人の首が飛びますが、直前に「えっ、なにこれは…」みたいな困惑の表情を浮かべている(ように見える)カットが入るのがなんだか可笑しかったです。
月人との戦闘時にも流れていたような気がしなくもないですが、流石にアニメの録画を全て観返す時間は取れないので、不正確なことを書いていたらすみません。部分的にはきちんと確認を取っていますが、以降でもこの点には留意していただけると助かります。
04. フォスフォフィライト
ここからはキャラクター名を冠するトラックを中心にレビュー。まずは主人公、フォスのナンバーから。まだ純粋だった…というか脆かった頃のフォスをモチーフにしているなという向きが強い、爽やかな聴き心地の曲です。
フルート(ピッコロ)が奏でているメロディは春から初夏の風を思わせるもので、金剛先生をして「月人好みの薄荷色」と言わしめたフォスの髪色(というか自身の色)にぴったりの、非常に美しい音色と旋律であると言うほかありませんね。
19.「覚醒する力」もフォスのためのナンバーとしていい気がしますが、この段階ではシェル・アゲート(貝瑪瑙)を欠けた脚の代わりに取り込んで俊足になるという、(比較的)可愛らしい変化で止まっているからか、曲の印象も依然明るいものです。フォスの「やったー!」も心底嬉しそうで微笑ましい。
この後フォスは更なる変化を遂げるわけですが、それは険しい方向へと舵を切るものなので、楽曲の印象も同時に変わっていきます。この点に関してはDISC 2の14.「フォスの戦い」の項で再びふれるので、ここでは一旦切り上げです。
12. ウェントリコスス
続いてはアドミラビリス族の王、ウェントリコススのテーマ。事情が事情とは言え、フォスを売った形となった彼(彼女?)の後ろ暗い気持ちが反映されているのか、何処か影のあるトラックです。とは言え、終盤では海中に光が射し込むかの如くに優しくて暖かな印象へと変わっていくので、王の性根の良さが見えた気がして切なくもある。
シタールっぽいギラギラ感のあるアコギの音が特徴的で、それがピアノと合わさることで納得の海中サウンドが醸されています。ピアノは万能ゆえ何となくわかるとしても、このギターというか撥弦楽器に対する「海中」のイメージは一体何処から来ているのだろう?と思案してみましたが、意外と深夜のNHKで流れている海中散歩映像のBGMのせいかも知れないという結論に至りました。笑
15. シンシャ
硫化水銀ゆえの特異体質によってフォス以上の辛苦に苛まれていると言える彼の悲哀が、ピアノとストリングス;特に二胡によって鮮やかに表現されている、鈍く光るような楽曲です。ひとつ前の14.「孤高」も実質シンシャのテーマとしていい気がしますが、両曲とも弦に直接胸を締めつけられているかのように、重い響きが耳に残ります。
「シンシャ」は英語では'cinnabar'と言い、この表記は古代ギリシャ語に由来しているようなので'China'は関係ないのかもしれませんが、中国では古くから利用されていた鉱物だそうで、漢字表記の「辰砂」も「辰州」から来ているらしいので、このあたりを鑑みて使用楽器に二胡が選ばれているのではないかな。
余談ですが、錬金術を扱った作品に頻出する「賢者の石」は辰砂のことだという説があるみたいです。『鋼の錬金術師』という超有名作品があるので、「錬丹術」という言葉と共に赤い石をイメージ出来る方は多いかと思います。この「丹」という字単体でも辰砂を意味することは広辞苑にも載っていますが、この語には他に「まごころ」という意味での使用(「丹精」「丹念」)や、「丸薬の名に添える語」としての使用(「萬金丹」「仁丹」)が存在するのが興味深く、水銀を不老不死の妙薬として飲んだという始皇帝の話に納得がいくような言葉の残り方ですよね。
20. 金剛先生
『宝石の国』随一の萌えキャラだと個人的には思っている先生のナンバー。笑 その巨躯を体現しているかのように、どっしりとした骨太の楽曲です。楽想としても至ってシンプルで、このストイックさにも見た目通りの「僧」らしさが宿っていると感じます。
アニメを観ていていちばん正体不明というか怪しい人物(…かどうかもよくわからない。そもそも人間はいないはず。)という印象だったので、フォスが先生に対して疑念を持つ展開になるのは当然という感想を持ちましたが、他の全員はそれをわかった上で接しているというのは意外でした。洗脳か刷り込みの類で存在を最初から受け容れているのだろうと勝手に解釈していたので、宝石達はなかなか強かだなと考えを改めることに。伊達に数千年生きてないですね。
DISC 2
続いてDISC 2を見ていきます。こちらには23曲が収録されており、うち2曲がボーカルトラックです。時系列で言えば、流氷地帯到着後の劇伴集ということになるかと思います。
06. liquescimus
まずはボーカル曲からご紹介。歌い手はフォスで、アニメでは特殊ED曲(8話)として使用されたナンバーです。アンタークチサイトを救えなかったフォスの失意が、ストレートな歌詞と共に歌われています。
"きみの微笑みも/欠片も優しい声も/月に消えた"という歌詞は、比喩でありながら文字通りでもあるという直球の内容。ラストの"冬が終わる"には様々な意味が込められていると思いますが、何れにせよ変化が避けられないということを予感させるには充分な一節です。
気になるのはタイトルの意味。「特殊な文字がない(この場合英語に用いる26文字だけな)のにぱっと見何語かわからなかったら、まずラテン語を疑え」というマイルールに従い調べたところ、ビンゴだったようでどうやら「溶ける」という意味らしいです。東宝のプロデューサーである武井克弘さんのTwitterがソースなので間違いはないはず。確かに歌詞にも登場します。
ということは、曲中の日本語詞以外の部分もラテン語かな?と思い、当該の歌詞をそのまま検索窓にぶちこんだところ、トップに出てくるページにこの表現の元ネタと思しきものを認めることが出来ました。厳密にはその変形なので引用元というわけではないかもしれませんが、ここでは「憎めばいい?それとも愛すればいい?」という訳が自然ではないかな。付焼刃ゆえ全幅の信用は寄せないでいただけると助かると言い訳をしておきますが…
21. 鏡面の波 [Orchestra Ver.]
22. 鏡面の波 [Orchestra Ver.] Instrumental
曲名の通り、YURiKAによるOP曲「鏡面の波」のオーケストラアレンジバージョンで、アニメでは最終話の特殊ED曲として披露された楽曲です。
編曲者が藤澤さんになっているのは当然として、作曲者にもオリジナルのコンポーザー・照井順政さんと共に藤澤さんのお名前が記載されているのはどうしてなんでしょう?1番までだから?それともテンポや譜割りの問題?僕が「作曲」の範疇を誤解しているのかもしれませんが、ちょっと気になる点でした。
オリジナルのアレンジの素晴らしさについては、冒頭にリンクした『鏡面の波』の記事を参照してくださいと丸投げしますが、このオーケストラ版もとても素晴らしい解釈だと思います。特にサビの「瞬間的な熱量の大きさ」はアレンジが変わっても維持されていたので、藤澤さんの手腕と照井さんのメロディセンスの双方を絶賛せざるを得ませんね。
22.は21.のインスト版ですが、これ単体でも素敵なのがまた凄い。ボーカル曲のインスト版が格好良いということは、シングルCDをよく買う&ボーカル至上主義の病におかされていない人にとっては常識かと思いますが、大抵はどうしても「バックトラックとしての格好良さ」に終始してしまうという気もします。※これは「聴き手側の注意が」という意味なので、アレンジャー批判ではありません。
しかしこと22.に関しては、単純に「インスト曲(劇伴)としての格好良さ」が前面に出てきていると思えるほどに仕上がりが自然だと感じたので、ボーカルがあってもなくても高いレベルで成立しているという、この編曲が如何に神懸っているかがわかるというものです。
04. アンタークチサイト
DISC 1と同じく、ここからはキャラクター名を冠するトラックを中心に紹介します。まずはフォスの良き師、アンタークチサイトのナンバーから。
緊張感に満ちた険しいトラックです。アンタークの哀しくも美しい散り際にこんなヒリヒリした曲がかかっていたかな?…と思って観返したところ、フォスの腕を探しに流氷下に潜る場面で流れていた曲だとわかり納得しました。あのシーンはそのまま戻って来れなくなるのかと思うほどにドキドキしたので、閉塞感の演出も含めて効果的な劇伴だと言えます。
砕け散る瞬間に流れていた音楽は、ひとつ前の03.「消失」です。こちらはピアノの残響が印象的な短いトラックで、死の直前に周囲がコマ送りになる感覚(タキサイキア現象)を思わせる、スローモーションの演出が映えていましたね。
アンタークは実質2話分しか出てこないキャラですが、僅かな描写だけでも主人公に多大な影響を与える存在としてきちんと提示されていたのが巧いと思います。いい先輩だった。流氷砕きの華麗な仕事っぷりを披露した際にかかっていた02.「冬の試練」もお洒落なナンバーで流石です。
14. フォスの戦い
物理的な欠損を他の物質で補うことで着実に強くなっていくフォスですが、アンタークを失ったことによる精神的な欠落の方が一層彼を成長させていると考えると切ないですよね。
この曲はアメシストに「いいとこ」を見せようとフォスが鮮やかに戦った際のBGMですが、初期のフォスからは想像が付かないほどに格好良いトラックとなっていて、DISC 1の04.「フォスフォフィライト」や19.「覚醒する力」と聴き比べてみると、逞しくなったなあと思わずにはいられません。
これは13.「変容」にも言えることですが、具体的には木琴が使用されていることが大きいのではないかと分析します。宝石というか鉱物らしさを出すには鍵盤打楽器系の音が適している…これを共感が得られやすい解釈だという前提で話を進めますが、「フォスフォフィライト」は木管がメインのむしろ柔らかな質感の曲であったため、同じキャラ名を冠している楽曲でもこちらの方がより鉱物らしい響きになっているというところに、細かい仕事を窺えて好みです。合金(金+白金)要素がしっかりと感じられるサウンドスケープというかね。
18. しろ
次回予告で「しろ」と表示された時は「城」か「白」かと思いましたが、まさかあのクリーチャーの名前だとは。笑 画面に映るものの大半が硬い質感を伴っているこのアニメに於いて、完全体?の筋肉質なところや子犬形態?のもふもふ感はあまりにも異質で、二重黒点からの出現(しかも引っ掛かる)という特殊性も含めて、セオリーを外してくるものの登場にはわくわくします。
音楽的にはここまでに登場した様々な楽曲のパターンが混ざっているように感じました。ガムランっぽくはありませんが、月人が送り込んで来たものだからかパーカスが心地好い点にはらしさがあると思いましたし、「vsしろ」に関しては戦闘でありながらただ遊んでいるだけという趣もあったため、戦闘BGMと日常BGMの中間ぐらいの険し過ぎず明る過ぎずなトラックにしているところが職人技に思えます。
それにしても「vsしろ」は何処を切り取っても素晴らしい。登場シーンの不気味さは前述の通りですが、ボルツの奇襲から撤退までの判断の早さはマジでイケメンだし(17.「撤退」も格好良い)、ダイヤモンドの孤軍奮闘はCGのクオリティも含めてアニメ史に残るレベルのバトル描写だと断言出来ますし、アレキサンドライトは変化前も変化後もいいキャラしているし、子犬回収ミッションでは全員可愛いし、再び完全体と戦うというかじゃれあう場面ではフォスの合金成形能力の高さに地味に驚かされるしで、控えめに言って10話は神ですね。
20. フォスとシンシャ
収録時間が4:41と劇伴としては長めのトラック。タイプは違えど孤独を知っている者同士、互いのことが気になるのは当然でしょうし、OP映像も両名が軸となったつくりであったため、『宝石の国』という作品は「フォスとシンシャ」の物語でもあるんだろうなと思います。
主題となっている旋律(DISC 1の15.「シンシャ」のものと同じ)の表情が豊かで美しい。最初はストレートに哀しげなイメージが浮かんできますが、中盤はストリングスの主張が強まるのに比例して文字通り熱心な想いが雪崩れ込んでくるようで胸が熱くなり、ラストでは何処か優しさが感じられる音運びになっているという、この変質が実に二人らしいと感じる。フォスは大胆にですが、シンシャも少しずつは変化していますからね。
最終話の二人の逢瀬のシーンで流れる曲ですが、場面を追いながら聴いていくと楽想にも得心がいきます。最初の哀しげなパートはシンシャの憂鬱を、唐突にも感じられる0:55からの展開は追いかけっこのコミカルなシーンのため、中盤の感情が高ぶるセクションは互いの要求をぶつけ合う剥き出しのやりとりに、ラストの優しさは端的に言えばシンシャのデレ…といった感じで、意味のある流れになっていると受け取りました。
以上、数曲抜粋というスタイルではありますが、気に入っているトラックの紹介でした。見出しとして立てたのは17曲ですが、本文中で言及したものも含めると都合22曲の名前を出すことが出来ました。全48曲には程遠いですが、大体半分はレビューしたことになるので、あと半分もふれていない楽曲があるのだと、ポジティブに受け止めてくだされば幸い。
最後にDISC 2のラストに収録されている23.「宝石の国」にふれますが、この曲は言わばメドレーという扱いでいいと思います。劇伴のおいしいところをちょっとずつつまみ食い出来るようなお得なナンバーで、収録時間も本作最長の5:35です。
この盤を繰り返し聴き込めば聴き込むほど、「あっ、ここはあの曲のこの部分だな」という発見が増えるので、何度でもまた一から聴きたくなるという好循環。この遊び心というか仕掛けに称賛を送ると同時に、改めて良曲揃いだったということがわかるまとめ的な楽曲でもあるため、この感想をもってアルバム全体の感想と代えさせていただきます。