OTONARIさん / パスピエ | A Flood of Music

OTONARIさん / パスピエ

 パスピエのミニアルバム『OTONARIさん』のレビュー・感想です。通常レビュー記事としてはフルアルバムの『&DNA』(2017)以来になりますが、その間にドラムのやおたくやさんが脱退してしまったため、本作は4人編成になってから初の音源となります。

OTONARIさん/ワーナーミュージック・ジャパン

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 やおさんの脱退に関しては、「今日の一曲!」でパスピエの楽曲を扱った際にも少しだけふれました。従って同じことを書くことになりますが、やはり屋台骨が変わるというのはサウンドに大きく影響すると思うので、(本作を聴く前の心境として)若干不安を抱いていたのは事実です。

 本作でドラムはどうしているのかと言うと、サポートドラマーとしてBOBOさん/佐藤謙介さんが起用されている曲と、成田ハネダによるプログラミングで生ドラムの演奏を排している曲の2パターンで対処されています。色々試したいんでしょうね。

 前置きは簡単にこのくらいとして、早速全7曲を見ていきます。


01. 音の鳴る方へ



 表記が変則的ですが表題曲と言っていいでしょう。『OTONARIさん』というアルバムタイトルを見た時はいつもの言葉遊び的要素がないなと思ったのですが、「音の鳴る方へ」という曲があるとわかった途端その遊び心に納得です。

 ファンキーなベースで幕を開けるイントロには、これまでのパスピエになかったタイプのスタイリッシュさがあると感じました。しかし歌が始まるとすぐにらしさが出てきたと思えたので、変化を感じさせつつもエッセンスは残してある曲だと言えますね。

 4人編成となって初の音源の1曲目の歌詞に、"同じようにしてても同じになれない/すれ違って響く はじまりの音が"という一節があるのは意味深長に思えますが、「音の鳴る方へ」と結ばれているのは未来志向ですし、バンド存続の決意を表しているのだと受け取りました。


02. あかつき



 インターハイ2017・読売新聞CMのテーマソングです。タイアップが付いているということもあり、わかりやすくて聴き易いナンバーだと思います。ポップという感じではありませんが、美しいメロディと素直な歌詞によって心を打つという意味でキャッチー。

 2曲目に据えられていますが、個人的にはアルバムのラストに来ていてもいいと思いました。切なさと勇気を同時に備えているこの曲は、「これから」を踏み出す人にとっては後押しになるだろうから。「あかつき」という題や歌詞にある"暁は変化の前触れ"というフレーズも、流れのひとつの終着点に出てくるのが据りがいい気がします。

 …でも実際は2曲目なんですよね。上掲のは僕の個人的な理屈に過ぎないとはいえ、表現者の意図するところを捻じ曲げるようなことを書いているので恐縮なのですが、続く曲が「EVE」であるということと絡めて興味深い一考を思い付いたので、ひとつの話を曲を跨いで続けるという滅多にやらないスタイルで書き進めていきます。


03. EVE

 ということで02.からの続きです。この曲は歌詞に"アダム"が登場するので、タイトルの「EVE」はそれに対する存在と解釈するのが自然かと思います。しかしご存知の通り「イブ」には「前日」という意味もあり、これは'even'(注:「でさえ」のような副詞でも「均等な」のような形容詞でもなく、'evening'と同じ意味の詩的使用)の短縮語なので、「黄昏」や「宵」という訳語もあるということをまず紹介しておきます。

 ここで取り立てたいのはその「宵」という訳語で、辞書的な意味をきちんと把握している方はもうお分かりだと思いますが、「夜」を時系列に沿って分解すると「宵→夜中→暁」となるんですよね。つまりこの02.→03.のシークエンスは、時間の流れに逆行していると言いたいのです。

 勿論「日中」を間に挟んでいると考えれば「暁→(日中)→宵」という自然な順番になりますし、歌詞の"泣きたいような午後 夜まで遠い"というのもその捉え方を補強するように思えるので、変に捻って「逆行」とするのも如何かという気はしますが、何れにせよ02.→03.に見られる時間表現には意図的な謎が込められていると解釈しました。

 「一考/解釈」と言いつつ答えを示していないので消化不良感のある書き方ですが、「あかつき」が(悪く言えば)半端な位置に据えられていることの意義をこの「EVE」の存在によって感じることが出来たので、個人的には満足しているということが言いたかったのです。「だから何だよ」と思われるかもしれませんが、歌詞解釈の一助となればと思い書いてみました。


 ある意味脱線しているのできちんと「EVE」自体にも着目しましょう。全体的なイメージとしては、暖色系で可愛らしいサウンドの曲だと言えます。特にサビ前のキーボードには、オルゴールのような優しさが感じられるので好みです。1番では単に間奏部ですが、2番では歌がのってBメロとして機能するという変化もいい。

 歌詞に於いては、複数回登場する単語が気になりますね。"蛍光灯"、"林檎"、"魚"、あと"時計"と"歯車"も同一かな?…何れも象徴的なモチーフのように思えますが、サビで"なにもかもが歪んで見えた"と"あれもこれも輝いていた"と相反するような表現がなされていることを考えると、「どうでもいいけれど愛おしいものたち」なのかなと妄想。



04. (dis)communication



 新機軸トラックです。前置きで書いた「生ドラムの演奏を排している」(=ビートは打ち込み)曲のうちのひとつ。ボーカルもオートチューン全開で、わかりやすくエレクトリックに舵が切られています。こういうサウンドは大好物なので、本作の中では最も気に入りました。

 とはいえ生音も使われていて、きちんとバンドらしさも醸されています。トラックメイキングとバンドアレンジのバランスが丁度良く、それぞれの良さを要所要所でちゃんと主張させているところは流石パスピエだなと感心です。

 アレンジの特殊性もさることながら、メロディと歌詞も新しい局面を切り開いていると言えますね。ヴァースのメロもコーラスのメロもバンドの曲っぽくないというか、格好良い系で売り出している女性ソロ或いはグループのトラックにありそうなタイト感が宿っていると表現したい。

 英語日本語交じりの歌詞も相俟って余計にそう感じます。特に"聡明に君 and 懸命な understand/I wonder if you feel the way I do な気分"のところは、パスピエの歌詞では珍しく「えっ、今なんて(言ったの)?」と思ってしまいました。笑 日本語部分も英語っぽく歌っているので、耳をどちらの言語に適用させるか一瞬迷いますね。


05. 空

 着実に刻まれるリズムに感情に訴えかけるようなメロディと、曲としてはかなり剥き出しだという印象を持ちました。しかし意外とキーボードの主張が大きく、隙間を埋めるように鳴り響き続けているので、こういうタイプの曲には珍しい独特の圧があるように思えます。それが素敵。

 そのキーボードが奏でている旋律が何処かオリエンタルなのもいいんですよね。歌のバックの比較的ポップなやつはチャイナ調な気がしますし、2番後間奏の切ないやつには日本的な寂寥感が宿っていると感じるので、東洋人としての感性が刺激されるナンバーだと思います。


 歌詞で気になったのは、"不来方を待っているさ"というフレーズに出てくる"不来方(こずかた)"という言葉です。聞いたことはあるけれど正しい意味はよく知らなかったので調べたのですが、まずは「盛岡の異称」として有名らしいですね。そういえば今春のセンバツに部員10名で出場したことで話題になった不来方高校は岩手でしたね。
 
 歌詞の文脈的には当然地名ではないと思いますが、調べ方が悪いのか本来的な意味はよくわかりませんでした。wikipedia(ソースなし)には岩手という地名と絡めて鬼との逸話が載っており、一応「不来方」の意味というか由来も載っていたのですが、それをそのままこの文脈に当て嵌めると、「叶わぬ願い(=待っていても意味がない)」というニュアンスが加わってしまいますよね。

 中には「来し方」と混同しているんじゃないかと思うような解説もあって混乱しているのですが、ここでは文字通り「(未だ)来ていない方向」と理解し、「未来」のことだと捉えるのが文脈に沿っているのではないでしょうか。単に「未来」ならば、「待っていたら意味があるかもしれない」という前向きな解釈も出来るので、僕的にはこうあってほしいです。


06. ポオトレイト

 04.と同じく新機軸トラックですが、こちらは一貫して和風の趣が維持されていると思うので差別化は図られていますね。アレンジの妙のみで新しい一面を引き出した感じとでも言いましょうか。或いはバンドとしての枠を飛び越えたサウンドであるとも評せます。

 メロディだけを取り立てれば、パスピエお得意の童謡風の旋律だと思うんですよ。歌詞も日本語オンリーですし、「ポートレート」ではなく「ポオトレイト」という表記も戦前の小説みたいじゃないですか。つまり要素としては従来のパスピエが表現していたような普遍的な日本人らしさがあると言いたいのです。

 しかしアレンジは新しい。実際に鍵盤を弾いているパートとシーケンスフレーズを流しているパートのミックスだと思うのですが、終始この跳ねた音が主張を続けているのでとてもダンサブルですよね。今までのパスピエだったら、こういうアレンジを日本的な要素を持つ曲にはぶつけてこなかった気がするんです。しかしこの曲ではその垣根が取っ払われているので、更に自由になったバンドの進化を感じます。

 中毒性が高く、1曲リピートを延々と続けていても全く耳が疲れません。圧が丁度好い。そういう意味でもバンドサウンドというよりは電子音楽の質感が強いと言え、個人的な趣味に合致しているので僕としては嬉しい限りです。完全に傾倒するとバンドとしての意義が薄れてきますが、こういう実験的なトラックも今後増えていったらいいなと思います。


07. 正しいままではいられない

 ラストを飾るのは、本作中最も収録時間が短く疾走感を纏ったナンバーです。ジャンル名を失念…というか正確にはそれではないんですが、バンジョーの速弾きが印象的なテンポの速いカントリーミュージックっぽさがある曲だと表現出来ます。

 詳しくありませんしより細かいジャンル名があるかもしれないので失念と書きましたが、僕が言わんとしているのはブルーグラスのことです。それをパスピエのバンド編成で再現している感じ。あくまでもテンポとか曲の雰囲気が近いという意味ね。

 ということでこの曲は正しくポップ&キャッチーです。聴いていて楽しくなりますし、ライブでも盛り上がること請け合いでしょう。ライブアレンジにするなら、ラスサビはもっと何回も繰り返しちゃっていいと思います。笑

 開き直りを感じさせるような歌詞も素敵ですね。タイトルにもなっている"正しいままではいられない"という姿勢こそが実に正しいと、そう思います。



 以上全7曲でした。やはり屋台骨が変わった(というかいなくなった)ことによる変化は避けられないと感じた一枚でしたね。予想はしていたので僕はナチュラルに受け入れられましたが、この変化をどう取るかは個々人に委ねられるでしょう。

 個人的には04.「(dis)communication」や06.「ポオトレイト」のように、ドラム云々の視点よりもっとマクロな観点でバンドの枠を取り去った楽曲に可能性を見出したので、この変化を是とする立場です。

 ただ06.のところでも書きましたが、この路線はともするとバンドとしての意義が薄れがちになるので危ういとは思います。パスピエは元々持ち味としている音楽性が広いので一般的なバンドよりは大丈夫でしょうけど、上手く扱ってほしいですね。


 従来型というかサポートドラマーを入れてレコーディングされたバンドサウンドメインの楽曲も良かったです。02.「あかつき」が持つ変わらなさには安心しましたし、07.「正しいままではいられない」はドラマーの違いによるグルーヴの変更を巧く利用していて、これもまた新生パスピエのひとつの答えであると思いました。

 これら諸々が巧みに融合しているのが01.「音の鳴る方へ」ですね。表題になっているのもわかります。様々な手法で新しいパスピエを模索している最中でしょうが、"アイデンティティ"を保ちつつも停滞はしないように、これからも"音の鳴る方へ"導いていってもらいたいです。