抗がん剤は本当につらかった。
でも制吐剤も進化してるらしく、
Hyper-CVAD/MA療法ではずっとムカムカしたり食欲はなくなったり、気分は悪いのに実際には吐きませんでした。
抗がん剤開始からだいたい1週間半くらいで復活します。



その他は特に大きな副作用はありませんでした。 
両頬にソバカスがたーくさんできたけど、本退院して肝臓の数値が落ち着くときれいに治った。
口内炎も一回もできなかったし
下痢にもならなかった。
お腹もいたくなかった。
便秘はしたが薬で調節できた。
足の裏に膜を張ったような感覚としびれがあったが歩くのに問題なかったし、
手指のしびれもあったが感覚が気持ち悪いだけで日常生活に支障はなかった。
足も手指も毎回抗がん剤を入れて3日ほどで出現して3週間ほどで治った。


髪の毛は初めて抗がん剤投与してから3週間後くらいからするっと抜け始めた。
長かった髪の毛は病院内の美容室の人に病室まで出張してもらいショートボブにしてもらった。
短くしすぎると、抜けてきたときにちくちくするからとのこと。
入院中はシャワーの時間が30分と決まっていたので、どんどん抜ける髪の毛の処理が大変だった。
あがったあと、ドライヤーをすると床には髪の毛の山ができた。
切なかった。


何日かしたらハゲ散らかしてきて
シャワー室の鏡にうつる自分の姿が悲しくて何度も泣いた。
いきなり緊急入院になって、主人や子供たちと離され、準無菌室の個室に入り、病気も受け入れられないまま抗がん剤治療が始まって、心が追い付かなかった。
たくさん点滴されて、夜中にトイレで目が覚めたとき、何度も夢じゃないかと思った。
なんで私なんだと思った。
原因はなんだろ。あれが悪かったのか、それともあれかな。
なんでなんでなんで。。。
悔しくて何度も泣いた。

当たり前に日常を送ってる人
当たり前に子育てしてる人
家族と一緒にいれる人たちが心底羨ましかった。


これがしっかり治療して完治する病気なら前向きになれたと思う。
でも主治医からは再発しやすく、5年生存率は40%と言われた。
『それじゃあ、私は長生き出来ないじゃないですか!!』と先生に八つ当たりして主人と泣きました。


そのままされるがままに治療された。
7クールのうち、一時退院するたびにだいぶ元気になれて、ようやく前向きになり頑張ろうと思えた。
主人はほぼ毎日面会にきてくれた。
二人で告知された夜、主人から電話がかかってきた。
絶対死なないで、ずっとそばにいてなと大泣きしていた。
そんな主人をおいてはいけない。
子供たちもママのいない子にしたくない。
もし私が死んだら参観日とかでよそのママとか見て羨ましく思うのかなとか
子供の気持ちを考えたらとても切なかった。
死ねない。絶対治さないと。長生きしないとと心に誓いました。


なんでこんな病気になってしまったんだろうと本当に悔しく思うけど
家族の誰かが病気になるくらいなら私でよかったと思う。







■診断される半年くらい前から身体のだるさ。
でも元気に動き回れる。





■診断される3~4か月程前~
・夜中に肋骨が痛くなって目がさめて、しばらくうげけないことが毎晩続く。
それでも横になって寝ているので骨が圧迫されて痛いのだと思っていた。

・左胸の肋間神経痛で息が吸えない、左側臥位になれない状態が丸2日。
3ヶ月のうちに2回、このような状態になる。







■診断される2ヶ月半前~
仕事中に立っていると、ぐわぁんと脳ミソが右に揺れる感じ。

経験したことのないめまい?立ちくらみ?に初めて身体の中で異変が起こっているかもと感じる。

このぐわぁんとした感じは診断される日に近づくにつれ何度も感じるようになる。


ここまでで、血液検査は正常。





■診断される1ヶ月半前~


・親知らずを抜くが、その場所がずっと腫れて引かない。
・微熱が続く。
・骨が痛む。
・胃痛
・時々38度台の熱がでて抜歯した方のあごが痛くて口が開けれない。



親知らずを抜いてから、腫れがひかず、37度2分前後の微熱がずっと続く。

歯医者にいって強めの抗生剤を飲むと一時的に腫れと熱が下がったがまたすぐぶり返す。





また腕、股関節、太もも、胸骨、肋骨、腰の骨が痛くて寝れなかったり唸ったりして痛み止めばかり飲んでいた。

特に痛みは夜間にひどくなり、腰痛がつらかった。

腰部の椎間板ヘルニアが再発したのかと思ったが、急に痛みが引いたりする。






あまりの不調に抜歯後の感染か縦隔腫瘍を疑って診察をうける。

この時にも採血をしているが標準値におさまっていた。

CRPがそんなに高くなかったこと、
レントゲンでなにかできている様子もなかったので抗生剤を飲んで様子をみることになる。



ただ白血球が9千台でいつもより高かったこと、
血小板がいつもは45万あるのに25万に減っていたことに少し違和感を感じるが

後日、歯医者で相談すると抜歯後に白血球が増えたり血小板が下がることはまぁまぁあることだと言われて前向きに納得するあせるあせる



この時に血液像まで調べていたら白血病を早期発見できていたかもと何度も悔やみました。





■診断される1ヶ月程前~
・めまい
・息切れ
・頭痛
・異常な喉の渇き



頭痛は咳やお腹に力をいれたときにずきっと痛む。
めまいもあるので脳腫瘍でもできているのかと思った。


仕事中、何度も水分を補給しないと喉が渇いてつらかった。
8時間の勤務で二リットルくらい飲んでいた。





■診断される2週間前~
・異常な発汗
・異常な寝汗
・食欲低下
・体重は減っているのにお腹が異様に出ていて上腹部の痛みがある。






■診断される数日前
今まで書いてきた症状全部が続いているのと

足に覚えのない紫の大きなアザや点状出血が
あちこちにできているのを見て、

ついに、自分で白血病かもと気付く。




そのときの写真↓↓













翌日、白血病の検査を依頼する。

そのさらに翌日、白血病と診断。

大きな病院へ紹介され、検査をしてその日のうちに急性リンパ性白血病と診断される。











私の抗がん剤治療はhyper-CVAD/MA療法です。



病気が疑われて初めておこなったマルクのとき
白血病細胞が多すぎて(ドライタップ)骨髄液が採取できませんでした。


抗がん剤治療に入る前の骨髄でしか、染色体異常がわからないようで
結局私の白血病はどんな染色体異常があるかわかりませんでした。
フィラデルフィアについてはわかるらしいです。
その他の染色体異常がわからないので
万が一に備えて強い抗がん剤を使用するということでした。



ただ大人の急性リンパ性白血病の場合、あまり染色体異常を伴わないことが多いらしいです。




緊急入院した際、脾臓と肝臓が腫れていました。
白血病細胞が浸潤している可能性があるそうです。
ちなみに末梢血のブラストは10%。



初期で発見できていると言われましたが臓器への浸潤はすごくショックでした。




入院してしばらくはステロイドを服用して反応をみることになりました。


白血病細胞によく反応してどんどん破壊されていきました。


ステロイドによく反応する場合、抗がん剤もよく効くと言われました。



結果、寛解導入してからずっとCRを維持できました。


主治医から急性リンパ性白血病はとても再発しやすい病気。
第一寛解期での移植が絶対条件だと言われました。
なのでドナーが決まらず、抗がん剤が延長されたときは、白血病細胞がいつ湧いてくるかもしれないと不安で仕方ありませんでした。