体調が悪い中、まさかガンや重病ではないだろうと軽視していて、
主人には『明らかにおかしいから病院にいってほしい』と毎日のように言われたけれど
当時病院で働いていたので『毎日行ってるし(笑)』と助言を無視し
大きな大きな青紫のアザが何個かできて、それでもまだ自分は重病なわけがないと思っていました。
なので、白血病のわけがないけどアザができてるしとりあえずと思って自分から医師に『白血病の検査してください』と申し出ました。
白血病を否定してくれると信じて。
絶対白血病ではないと自信があったし
周りの人たちも大げさやな~っていう雰囲気。
ですよねーーー
私もそう思います。白血病だなんて!
ところが翌日、最悪な血液検査の結果だったと上司に呼び出され
あれよあれよと緊急入院に。
自分は重病にはならないと変な自信があったので突きつけられた『白血病』は受け入れられるわけがなく、
痛い検査や処置があるときも
病名を検索するときも
主治医から生存率が悪いと告げられたときも
つらい治療が始まるときも
耐え難い副作用に耐えているときも
いつもなぜ自分なんだ?なんでなんでなんで。
と、普通の生活を続けている人が羨ましくて仕方なかった。妬ましいくらい。
親友、ママ友、ご近所さん、窓から見える誰かしらない人。
挙げ句のはてには、私のために手を尽くしてくれている医師や看護師、看護助手、リハビリの先生、お掃除スタッフまで羨ましかった。
『今から仕事終わって家族や友人と美味しいご飯食べるんでしょ?お休みの日にはショッピングにでかけて楽しいこと、いっぱいいっぱいするんでしょ?長生きするんでしょ?』
って心の中で思って、
それどころかこの人も病気になればいいのに!ってもっともっと最悪最低な考えが心を支配していました。
そんなことを思って本当にごめんなさい。
でもそれほどまでに病気を受け入れて、前向きになるのに時間がかかりました。
そんな中、事情を知る数人の方たちから同じような連絡がきたのです。
『あたりまえの日常は、当たり前ではないのですね。その事に気付き当たり前に過ごしている日々の生活に感謝することをすすきさんに教えてもらいました。ありがとう』
こうやって言われることが嫌でしかたなかった。
私はその方々にありがたさを教えるために病気になったわけじゃないし
この先、生きていけることに自信がなかったし
当時の私が喉から手がでるほど欲しかった日常を、その方々が送れていることが妬ましくて妬ましくてしかたなかった。
こういう感情は『白血病』を受け入れて前を向けるようになるまでありました。
受け入れられた時期は
初めての検査を一通り体験したあと
初めての薬や抗がん剤を一通り体験したあと
治療の効果があらわれたこと
抗がん剤の副作用の出方が把握できるようになってきた頃(抗がん剤は一番初めがしんどいと主治医から説明がありました。大群対大群の戦いだから衝撃が大きいのだとか)
くらいからでしょうか。
ひょっとしたら病気治るかもって少し思えてきたころにメンタルが戻ってきたように思います。
そうなると、自分はなんてひどいことを思っていたんだと気付きました。
私は病気であることを必要最低限の人にしか伝えていませんでした。
『白血病』であることを人々に憐れみに思われたくなかったからです。
体調不良と伝えた人たちから『なんの病気なん?言っちゃってよ』と言われたことが何度かあります。
興味本意なだけ、無神経な人だなと思いました。
どこぞの旦那さんDVなんだってー
どこぞの子供、発達障害なんだってー
どこぞの奥さんがガンなんだってー
どこぞの奥さんが不倫してるんだってー
どこぞのおうち、離婚したんだってー
どこぞの旦那さん事故で亡くなったんだってー
それはつらいやろなー
それはかわいそうやなー
それは大変やなー
こんな会話、あちこちで聞きます。
私はそんな風に話題にあげられたくなかった。
今では漠然とした不安はあるけれども
移植に成功し、ちょっと先の未来を描くことができるようになったし
たくさんの苦難を乗り越えた自分を誇りに思えるようになったので
関わりのある人には病名を伝えることができました。
『白血病』は憐れみに思われるものじゃない。
そして当たり前の日常は当たり前ではないこと、
保険を見直し、万が一に備えること、
健康診断や、検診を受けることなどを伝えています。
自分勝手ですよね。
メンタル次第で考え方がかわるなんて。
まだまだ遠い未来を思いきり描くことはできませんが、いろんなことに左右されない強い人間になりたいものです。
血内定期診察前に不安になるくらいなのでまだまだですけどね。