【鉄板焼との出会い】
新潟に戻ってきた。
この日は市内のホテルで一泊する。
そして明日は新発田市の月岡温泉に一泊して我々の新婚旅行も千秋楽だ。
「さすが新潟は大きな街だね~」
空港からホテルへ向かう途中、旦那はタクシーの中からキョロキョロして落ち着きが無い。
まるで小学生の子供のようだ。
この日お世話になるホテルは新潟市内を流れる川のほとりに建っている。
部屋からはこの川にかかる橋がよく見える。
佐渡のホテルと比較しては失礼かもしれないが、何もかもが違う。
エントランスにはベルボーイがいた。
つまり高級ホテルということだ。
新潟市内を観光する予定はなかったのだが、部屋で一休みした後、近くのデパートに出かけた。
色々買い物をしたので、キャリーケースに荷物が入らなくなってきたのである。
デパートに向かう間、またしても旦那はキョロキョロして落ち着きが無い。
おそらくこのあたりが市内で最も賑わっている場所なのだろう。
周りの目もあるし、さすがに「おいおい恥ずかしいから辞めてくれよ」と心の中で思った。
晩御飯はホテル内で済ませることに。
いくつかのお店があったが、私は「鉄板焼がいいな」とリクエスト。
「鉄板焼」なんて一生に一度行けるか行けないか、それくらい敷居の高い世界である。
それこそ「新婚旅行」でもない限り、このような特別なお店になんて行けないのだから、旦那に頑張ってもらうことにした。
すると旦那からはこんな返事が戻ってきた。
「鉄板焼って、お好み焼きとかでしょ?そんなのよりもオレはあっちの日本料理の方がいい」
私の目が点になったのは言うまでもない。
「え???それも鉄板焼かもしれないけどね、鉄板焼は鉄板焼でもね…」
旦那は笑いの為に「ボケる」というスキルは持ち合わせていない人である。
「あのさ、本気でお好み焼き屋だと思ってんの?」
店の前に立っているホテルマンに聞こえないよう、小声で話す。
「ほら、目の前でシェフさんが高級お肉をジューッって焼くでしょ。あれよ、あれ。私は生まれてこの方、そんなお店に行ったことが無いから、一度、行ってみたいのよ」
「あぁ、分かってる分かってるさ。本当にそれでいいの?」
「本当に分かってるのかしら?」
絶対、ホテルマンの耳には筒抜けだったと思う。
私は私で生まれて初めての鉄板焼のお店で緊張していたが、旦那は旦那でどんな店なのか想像がつかないらしく、警戒心を露わにした状態で席に通される。
傍から見ていて実に滑稽な二人に見えたことだろう。
「いらっしゃいませ。本日担当させていただきます…」
シェフさんが我々の前に立ち、挨拶をする。
とりあえずビールを頼み、しばしシェフさんの華麗な手さばきに見とれる。
「おお~、TVで見たのと一緒だ!」
ここで妙に気取ってもしょうがない。頃合いをみて、シェフさんに話しかける。
「…そうでしたか、新婚旅行で新潟にいらしてくださったんですね」
シェフさんの柔和な笑顔を見たら、それまでの緊張が一気に解れた。
これも「出会い」である。
それから主に「私と」であるが、シェフさんとの会話が弾むことに。
なお警戒心を解かず、それでなくとも人見知りのする旦那は隣でニコニコするのが精いっぱいだった。
やはり新潟と言えば「日本酒」である。
「新潟には美味しいお酒がたくさんありすぎて迷ってしまうのですが、地元の方によく飲まれている銘柄はなんでしょうか?せっかくなのでそれをいただきたいです!」
するとシェフさんは村上市の「〆張鶴」を薦めてくれた。
もうその後は書くまでもないだろう。
一体、どれだけ飲んだのか覚えがない。
コースの締めは白米かガーリックライスの二種類を選ばねばならないが、どちらも味わいたかったので、旦那と私、それぞれ別々にお願いして、二種類とも味わうことにした。
まず、旦那のもとにご飯が運ばれてきた。
「ん!香りが物凄くいいよ!!」
お酒が進むとともにいつしか警戒心を解いていた旦那。
周りのお客さんを無視して大きな声を発する。
「うん!美味しい!!物凄く甘い!!」
もはや説明はいらないだろうが、お米は魚沼のコシヒカリである。
「こんなご飯、初めて食べた!!」
子供のような反応を見せる旦那にシェフさんは静かに喜んだ。
場所を移動してお口直しのデザートを食べている間も旦那はずっとご飯の話を続ける。
「やっぱ、本場のコシヒカリは違うね~」
すっかりご機嫌の旦那。
これもすべてはシェフさんのスマートなおもてなし術のおかげである。
シェフさんのおかげでいい気分させてもらったのをきっかけに、旦那はすっかり「鉄板焼ファン」になってしまった。
それから我々はいろんなところへ旅に出かけるのだが、鉄板焼のお店があると旦那が率先して「行こう!」と誘うようになった。
よほど新潟での時間に満足したのだろう。
ただ、幸か不幸か、新潟のシェフさん以上のスマートな応対をしてくれたシェフさんには未だ出会えていない。
お世話になったお店のシェフさんは皆、一定以上のレベルを保っていて文句はないのだが、何かが違う。
一体、何が違うのだろう?
もし、再び新潟に行くことがあれば、またこのシェフさんのおもてなしを受けたいと思っている。