ぼくは自分の性を
フケツだとは思わない
父母がくれたものだから
大切な命だから
植物が受粉をするやうに
魚が受精をするやうに
我が性器も又
繁殖をする為に欲情する事を赦されている
--
しかしながらニンゲン社会は
"成熟"すれば成熟するほど
"繁殖"からは遠ざかってゆく
魚が自慰をするだろうか
花が自らを慰めて喘ぐだろうか
繁殖できないで"一人で済ませる"ニンゲンは
哀れなのだろうか
フケツなのだろうか
--
ぼくは自分に与えられた性に
感謝している
繁殖できないでいるとしても
ないがしろにせずに
ぼくなりに"愛して"ゆきたい
命に感謝するということに
性も含まれていると
性こそが命の根源であると
最近痛感するから
