お魚さんが一匹
ガブリと食べられて
ぷ〜かぷ〜かと浮いている
たんぽぽの綿毛さんが一本
ふわりと飛ばされて
ふ〜わふ〜わと旅に出る
こんにちは、体が半分のマンボウさん
こんばんは、アスファルトに着地した綿毛さん
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野生の動物や植物さんたちって
いつも手ぶらでさ
スマホも持たずに、ペンもメモも持たずに
川で餌を探したり、木の枝で楽しそうに囀ったり
時に人知れず食べられてしまったりしてゆくね
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蜘蛛さんまたまた、おはようさん
この前はぼくがうっかり家の扉を開ける時に
きみの大事な巣を引っ掛けて
恐らく破ってしまったのに
こんどはぼくの傘の柄に糸をかけて
また綺麗な巣を作りましたね
あんまり素敵な巣を
こんなに素早く作るものだから
感心してしまって、払えないでいるぼくです
蚊さんや小蝿さんなどを
すみませんが宜しく頼むのであります
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野生の命さんたちって
すごいね
食べられそうになってもさ
巣を不意に壊されてもさ
ぐちを云う術もなく
トゥイッターで暴言を吐くでもなく
誰かに怒りのメールをするでもなく
ただもくもくと、生きる為の対処をしている
ペンも持たず、スマホもガラケーも
ポケベルも持たず
蜘蛛さんも鷺さんも一匹で一羽で
おともだっちも居そうにないし
寂しいとか、悔しいとか、そういう感情も
どうしているのかしら。
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お星さまが一粒
キラリと夜空に光って
ゆ〜らゆ〜らとにじんでく
ニンゲンで生まれて
孤独に嘆くぼくに
野生の命たちがささやく
"いいじゃない、悪くないじゃない"
きみって素敵だよ
傷ついてもさ、泣いて眠れなくってもさ
回復した気管支が涙と鼻水のせいでまた
喘息をぶり返してもさ
重い体を自分で起こして、
自分を癒す旅に出かけられる
スマホでお気にの癒しスポットを予約して
しっかり寝て、寝汗をシャワーで流して
全速力で駆けてって
駅で財布を忘れたのに気がついて
また全速力で戻って財布を持って出て
そしたら途中の駅で"普通"に乗り換えようとして
真逆の電車に乗っちゃって
それでも諦めずにお気にスポットに到着できて
自分で自分の機嫌を取り戻せた
きみって素敵だよ
ぼくたちには、スマホもなければ
ぼくたちをマッサージしてくれる人もなければ
ぼくたちのごはんを作って
与えてくれる人もなければ
涙を流している間
優しく見守ってくれるおともだっちも
いないんだよね
きみって、ニンゲンって、素敵さ
悲しいことがあっても
その気持ちを書き残せるだろう?
時には歌ったり踊ったりして
それを何年も何十年も
語り継いだりできるじゃない
ぼくたち野生の命にはできない芸当さ
きみたちって素敵さ
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アリさんが一匹
ピシャリと仕留められて
じ〜りじ〜りとくるくるポイ
ぼくたちニンゲンの為に
ごめんなさい
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書き残せなかった虫たち
歌えなかった魚たち
踊れなかった木々たちの
声も想いも、地球に残るかしら
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お魚さんたち
すいすいと
すれ違っては離れてく
大海原で離れたら
恐らくそれが一度きり
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おともだっちが居るって
素敵だね
それだけで生きている間の
灯火になるんだもんね
お母さんやお父さんがいるって
素敵だね
世界中の誰一人とつながれなくっても
たまに電話できたりするんだよね
居るからこそ、
居なくなった時が辛いんだよね
はじめから居なかったら
そんな事は感じないんでしょうけどね
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それでも動物さん達も
豊かな感情があるみたいだよね
ほんとはみんな
悲しかったり嬉しかったり
泣いたり笑ったりしてるんだよね
聞こえないだけで
見えないだけで
分からないだけで
近くで触れ合えたら
分かることもある
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お月さんがぽつり
ひとりごとを云う
" "
近くで聴けたらな。
泣いているのか、笑っているのか。
お月さんが悲しんでいるとしても
ぼくにはお月さんを慰めてあげることも
分かってあげることもできない。
お月さんに向かって
幸あれと祈る
届くことを祈って。


時にはそんな
"素敵な"ニンゲンのぼくたちも
自分の生存には何の差し障りもないことですら
いがみ合ったり奪い合ったり
"汚い"ことをしてしまうけれど
その反対に
全く自分の利益にはならないのに
命に代えて誰かを護ったり
自分を犠牲にしてまで
誰かの役に立とうとしたり
"美しい"ところもあるね
願わくばぼくたちが
一人余さず、生きとし生けるもの
幸せに"美しく"在れますように
願わくばそんな"幸せな"ぼくたちで
地球を"喜ばせて"いけますように
時にとてつもない渦に巻き込まれて
理由もわからず為す術もなく
悲しみや悔しさにのたうち回る夜があっても
いつか必ず終わりが来て
優しい日々を取り戻せますように
たった一人ぼっちに感じてしまっても
人生の何処かで会った
刹那刹那の人の優しさを
おともだっちの優しさを
笑い合えた瞬間を
大事に忘れずに思い出しながら
笑って温かく
前へ前へと生きてゆけますように
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p.s
赤ちゃんの夜泣きも
オトナの夜泣きも
いつしか朝ごはんの時間になったりして
会社やバイトや用事の時間になったりして
止んでゆく
風邪だって
特効薬はなく
みんな対処療法の力を借りたりして
乗り越えてゆく
農業も、虫さんや天災やらを乗り越えて
僅かでも立派な実りを収穫している
野生の命たちは
一度食べられてしまったら
生き返れないけど
ニンゲンは
色んな病気や災害に呑まれても
おともだっちと喧嘩しても
会社をクビになっても
悪口を言われまくって病んでも
或いはお金がなくて食べ物を買えなくても
致命傷にならなければ
命さえあれば
生きようとさえ強く思えば
互いに助け合うことができれば
分け合うことができれば
優しさでつながることができたら
なんとかかんとか
生き永らえることができる可能性が
野生の命よりは与えられている
ありがたいことです
もし乗り越えることができたら
前よりさらに強く健康になっているかもしれない
もし、乗り越えることができたら..
それができれば無理ないんだけどね。
でも、
わたくしごとで恐縮ながら
絶望的に激しかった誤嚥と
恐らく肺炎寸前だった気管支炎が、
今回薬を呑まずして回復することができた
これって
とてつもなく感動だったの
たぶん
体も心も、"頑張って"くれたんだと思う
そしてたぶん
ご先祖さまや視えない神様や人たちも
陰ながら
祈ったり護ったりしてくれたんだと思う
「生きよう生きようとしてたら、
ええこともあるもんや」
夢の中で父が
真っ暗な天国へと上がってゆく時に
わたしに云ってくれた言葉
その言葉を信じて
生きている
生きようとしている
そして、亡くなった敬愛する
大崎善生さんの著書に
しつこいくらいに書いてあった
"生きてほしい"というメッセージも
ずっと忘れないで生きている
わたしに事あるごとに
「あんたなんか産まなきゃよかった」
と嘆き続けた我が母の母子手帳に書いてあった
「〇〇(わたしの名前)の笑顔を見ると
どんな悲しいことも忘れます」みたいな文言も
思い出しながら生きている
どんなに自分にとって辛いことがあっても
人様には分かってもらえないと
孤独に苛まれても
大崎善生さんと
父と母と
おともだっちを思い出して
死のうとするのではなく
生きよう生きようと
自分を生かす選択をしてゆきたい
野口健さんの云うように
生きて帰るまでが登山
生きて帰る為に途中下山するのも又
立派な"登山"であるように
自身の生もまた
せっかくなら
死ぬ為の生ではなく
沢山楽しんで生きてゆく為の
生きる為の生にしてゆきたい
