アイの温度、生理食塩水のような感情 | 森由 壱 - tune bride -

森由 壱 - tune bride -

... という 、夢を視ました 。

 

 

アイは時に誰かを傷つけるから

温めておくべきなんだ

 

名前のない生理食塩水のような感情の方が

時に人と人とをつなぐ時もある

 

ぼくたちは所詮"いのち"なんだ

動植物と何も変わらない

いい事も悪い事も突然に起こり

コントロールできない中に生かされている

 

だから

役割を果たそうと努めればいいんだと思ってきた

それは何か責任が伴う事とか

忍耐強くとか

そんな大袈裟な事ではなくても

 

ただ其処にいて

その出来事を体験すればいいし

その中で選択して生きてゆけばいいのだと

 

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お役御免となっても

きみとぼくのフェーズが変わっても

ただ川が山から海へと流れてゆくように

互いに見送ればいいのだと思う

 

ご縁があればまた

同じ地に雨となって振り立つこともあれば

一生一度きりだったとしても

二度と会えなかったからって

ご縁が無かったことにはならない

 

一度会っただけで奇跡なのさ

ぼくらは皆、袖振り合うも奇跡なのさ

 

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補助輪が要る時期を終えて

自分で漕ぎ出す頃には

補助輪を外す

 

大人に支えてもらって

一輪車を漕ぐ練習をして

慣れてきたら一人で漕ぎ出す

 

お役目を終えても外れない補助輪は

ただの障害さ

 

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ぼくは

アイが強すぎて

理想や執着が凄すぎて

ぼくにとっては刃でしかなかった

自分の母親のアイのようには

なりたくないのさ

 

口で云うのは簡単さ

 

カタチの無い関係、名前の無い感情

 

口で云うのはとっても簡単さ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いとも簡単に切れてゆく関係と命

儚いからこそ 後悔しないように

日々をだいじに過ごすの

 

 

ぼくがおそらく一番執着しているであろう

"アイを得る事"を人生で達成するには

 

それと同じ重量で"アイを手放す覚悟"を

意識する必要があるのだと思ってる

 

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人のことは考えても考えても

結局のところ、分からない

 

あの時なぜ母が

お腹を痛めてアイする父との間に産んだわたしに

あんな事を云えてあんな事ができたのか


父も父で

なぜそんな大変な母に

自分のかつての恋人であり妻に

暴力を振るえたのか


なぜ彼らは受験期のぼくを

クローゼットの前に追い詰めて平気で

蹴ったり脅したりできたのか


なぜぼくの賃貸マンションのドアを

思い切り何度も蹴ってドアを凹ませられたのか


どんな気持ちでそれをしたのか

 

その歪んだ母親像とかけはなれた

ふつうに優しく心配性な母と

母の手料理と


その暴力的な父親の晩年に見せた

ぼくへの"心配"と"感謝"と

 

ぼくの知らない母がいる

ぼくの分からない父がいる

まだまだぼくには

分からない

 

 

 

 

 

 

 

 

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結局のところ

アイがその温度によって

いかようにでも変化するように

 

ぼくの中にも母のように 父のように

たくさんの矛盾したぼくたちがいるのだろう

 

母がその時の環境や感情によって

ぼくに対していかようにでも変化したように

 

ぼくも、ぼく自身をだいじにできないと

大切な人に対しても

いかようにでも変化してしまうのだろうし

 

それは全ての人たちの関係性に於いても

云えるのかもしれない

 

 

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三日月の下に

ポロリと光る金星

 

 

その背景の夕暮れは

淡い桃色から朱桃色、薄水色、そして

藍色に泥む暮色へと変わる。

 

 

 

変化って、そういうもの。

眺めているぼくにはとっても

美しく視える。

 

そう在るべき、当たり前の姿に視える。

そうでないと、不自然さ。

 

貼り付けたように、

あの三日月が三日月のまんまで

桃色がいつまでたっても夜色にならず、

ずっと夕暮れのままだったら...

 

その下で暮らすぼくたちは、いや、

あくまでもぼくは

気が狂ってしまうかもしれない。

 

三日月と金星や空、本人たちは

どう思っているんだろうね。

ぼくがインタビューできるなら、

出向いて聞いてみたいものだ。

 

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画像引用 :  pngtree.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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近くになるほど

人は喧嘩したり違和感を感じたりするものだ

 

あれが気に入らない、これが気に入らない

それは、関わる頻度が多いから

見えすぎるから

 

匂いもそう

音もそう

 

香水の匂い、口臭の匂い

コオロギの声、蝉の声

 

一階のカフェに地鳴りするように響く

地下のクラブの爆音

 

遠いほどに憧れる

エベレスト、月、スター、

三島由紀夫にマイケル・ジャクソン

釈尊にお釈迦様にブッダにアッラー

 

 

 

 

 

 

 

 

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それでもぼくたちは

トイレットペーパーが無いとうんちやおしっこを拭けないし

箱ティッシュが無ければ安心して号泣もできない

 

手で拭かないといけない状況では

うんちもおしっこもさぞ出難かろう

垂れ流すしかない状況では

鼻水混じりの涙はさぞみっともなかろう

 

 

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コンビニですぐに買えて

便利に使われる雨傘も

強風や豪雨にボキボキにされたら

お役御免で捨てられる

 

トイレットペーパーと変わらない

儚い"人生”

 

それでも

自由に使える傘はありがたいんだ

便利に使える傘はありがたいんだ

 

すぐに流せるペーパーは必須なんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

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ぼくの今果たしている役割が

たとえ誰かにとってそんな風でも

今ではいいと思えるようになってきた

かもしれない

 

自信を持っては言い切れない

そう言い切る事は自分を軽視することだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、お花を視ていて思うんだ

一所懸命、何の欲もなく(恐らく)生きている

 

たくさんの人々の目に留まっては愛でられて

そんなことも知らないのかもしれない

 

だからこそある日突然切り取られて

根差した土地から離れた所で

短い命を終えたりする

 

長いか短いかの違いで、

役割を、命を果たしていることに変わりはない

 

トイレットペーパーもお花も同じで

それとぼくたちの命も、同じさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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排水溝からどこかに溶け出た

うんちまみれのトイレットペーパーたちや

涙と鼻水だらけのティッシュペーパーたちは

最後に何処に行き着くんだろね

 

ボキボキに折れた安い雨傘たちは

そして

いつか誰かにとっての

"お役御免"になったぼくは

 

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ぼくが枯れた植木をそのままにしてしまうのは

枯れたちっこい球根をそのまま捨てられないのは

心に巣食うそんな感傷の現れなのかもしれない

 

 

 

 

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親が、先生が、

子や生徒にとっての踏み台なように

 

 

親が弓なら子が矢のように

種に養分を与えて枯れてゆく花のように

交尾を終えた鮭が死んでゆくように

 

繁栄しすぎたニンゲン達が滅びてゆくように

アイを交換しつくした男女が冷めてゆくように

 

温めてとろけたマシュマロが

ただの砂糖の角質になるように

 

感謝の後には反抗が起こり..

 

言い出せばキリがないね笑

このへんで終わりにしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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粒ではなく、波になるんだそうな

自己の小さな世界に執着するのではなく

大きな波の中の粒として、自分を捉える

 

そうすると、いいそうな..

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってみるよ

ぼくが恐らく執着しているであろう

"アイを得る事"

この小さな世界、限りないegoを

 

ぼくという粒から解放して

世界に、大きな波の一員として

生きられるように

 

素敵な波の一粒になれるように

 

 

 

 

 

やってみるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美し過ぎるものが消えやすいなら

生き残る程度に醜く生きたい


醜すぎるものが生きづらいなら

生きられる程度に美しく在りたい