今まで3割だと思っていた仕事への自己採点が、気づけば体の疲れとなって、「意外と12割出してたのかな」と思えるくらいになっていたのを抄子は感慨深く思った。
数々の温かい人々の汗と苦労、孤独と温かさを知り、これ以上の職場はもうない、そう感じた瞬間に次の"職場"を漁る意欲は消えた。
もう、組織は終わりにしよう。
抄子はどんなに頑張っても報われることのなかった雇われ人生の中で、唯一過去最高に自分を認めてくれた人々に敬意と涙が溢れ、帰りの電車で暫く咽び泣いた。
34歳のバースデイで起きた現象は、たしかに悲痛なものではあったが、それは抄子にとっては紛れもないカミからの宣告となった。
ここで大きく舵を切れなければそれはもう己の人生ですらない。
改めて、抄子は自分の人生にこれから産まれるべき胎児が、この一連の流れの中で胎動のように己の腹を蹴ってくるのを痛いほど感じた。
全ての報われない人々へ。
やってもやっても手に入らないと踠くのはつらいですね。
だけど、ある時ふと、手に入ったと感じられる瞬間が訪れる時があります。
でもそれは、諦めずに生きて、なおかつ自分を大事に休みを大切にして、その先に元気な心体でまた挑戦したからこそ得られたものだと思います。
だから、時に回り道も、そして逃げ道も必要ですし、大きな変化に飛び込む覚悟も必要なのです。
失ってからこそ見えたものは、とても貴重です。周りの人には見えないその景色を大事にして、諦めずに己の道を進んでみたら、いいと思います。
