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Mostly KOICHIRO チームのブログ

「原田幸一郎先生のコンサート、生徒たちで集まってやりたくない?」という、
NYの道端での立ち話から始まったこの企画、沢山の方のお力添えを得て、
ついに2014年1月31日に紀尾井ホールにて第一回を開催できることになりました。
皆さんのお越しをお待ちしております!

クリスマスイブは先生のお宅へお邪魔しました!
クリスマスディナー前に、私神尾がアイフォンレコーダーを片手にインタビューしてきました。

神尾「先生、まずはじめに、今回世界中から生徒が集まってくることについてどう思ってますか?」

原田「もう皆、それぞれ仕事が忙しいのに、集まってくれることはとても嬉しいです。」

神尾「ひとりひとりアンサンブルメンバーについて先生からひとこと紹介してください!」
(注:ソロを弾くメンバーについては先日のインタビューで語っていただいたので、掲載を待ちましょう! )

(青木調) とても緻密な演奏。早く結婚してほしいな!
(石川素美) 「おしゃべりな明るい子。自分の思ったことを口に出すタイプだったなー。」
(泉原隆志) 泉原くんは童顔で子供と並ぶと兄弟みたいらしいね! 格好よくて京響では、おばさまに大人気らしいよ。」
(井上静香) 「彼女は留学をせずに自分の道をマイペースで歩んでいってがんばっています。」
(植村太郎) 「練習をあまりしなかったから叱ってばかりいたんだけど、なんだかいきなりコンクールで一位をとったんだよ。二次予選の曲を聴いてもしかしたら! と思ったらもしかしたんだよね。」
(榎本麻衣子) 「彼女はね、人間的にも音楽的にも自由なひと。」
(遠藤香奈子) 「器用な子で。とてもよく弾ける子だった。」
(小林玉紀) 「中学のときからずっと教えてた。でもおとなしい子だったな。N響でがんばってるようでよかった。」
(齋藤麻衣子) 「齋藤さんこそ、僕の生徒の中で一番おとなしい子だったよ。彼女もN響でがんばってるね。」
(崎谷直人) 「高校のときから留学していて、彼には一度日本での学生生活を薦めたんだけれども、今ではカルテットでも活躍していてよかったと思ってる。」
(島田玲奈) 「冷静でてきぱきしている子だよね。」
(高橋宗芳) 「破天荒すぎてこいつどうするんだろうと思ってたんだけど・・・変わってるよね!」
(田口美里) 「本当にとてもいい子。」奥様「そうよねー。」
(中原恭子) 「彼女と偶然成田空港であったんだよー。今からソウルのオーケストラに就職と言っててねぇ。まじめないい子。」
(林悠介) 「ヴァイオリンが上手いのはもちろんだけど、女の子にもてたよ!」奥様「うんうんそうなのよ。」場爆笑
(船木陽子) 「大人しくて真面目な子で、N響のオーディションに受かったときには電話してきてくれたなぁ。」神尾「N響メンバー皆さん真面目なんですね。」原田「そうだねーなんでだろう。」
(松浦奈々) 「彼女の才能をもっと活かしてほしい。コンサートミストレスをやってほしい!」
(青木篤子) 「ヴァイオリンをやっているときは引っ込み思案な印象だったんだけれども、ヴィオラに転向してから別人のように積極的になってよかった。」
(石橋直子)「ヴァイオリンをやってるときは、あんまり練習しなくて僕は叱ってばかりだったんだけど、ヴィオラに転向してからは本当にがんばってるよね!」
(杉田恵理) 「ヴァイオリンをやってるときは真面目すぎる感じがしたんだけれど、ヴィオラに転向してからはとてもハッピーに見えるね。彼女のカルテット(注:カルテット・ベルリン・トウキョウ)も素晴らしい。」
(鈴木学) 「ヴァイオリンのときは僕にもよく叱られてたけど、この間のヴィオラスペースでの演奏は素晴らしかった!」
(田原綾子) 「僕の生徒さんじゃないんだけどね。田原さんはまだヴァイオリンもまだやってるけど、この間の東京コンクールでの1位だったんだよ。」
(横溝耕一) 「彼もヴァイオリンは僕の生徒じゃないけど、カルテットでみたことあるし、N響ではヴァイオリンを弾いてカルテットではヴィオラってすごいよね、大変だよね。」
(染谷春菜) 「毛利先生(注:毛利伯郎)の紹介で弾いてもらいます。実力はすごい子だよね。」
(富岡廉太郎) 「カルテット(注:崎谷直人さんと同じウェールズ弦楽四重奏)ではよく知ってる。早く結婚してほしい! 」
(新倉瞳) 「彼女はずっとバーゼルでがんばっているけど、早く日本で結婚してほしい! 」
(村井智) 「室内楽を教えてます。大人しいけどチェロはとてもすごい上手!」
(岡本潤) 「いしかわミュージックアカデミーで初めて聞いたんだけど、この間N響に入って。素晴らしい。」
(丹千尋) 「なんでもすぐ弾けちゃうひと!」

「禎夫先生と弦楽四重奏を演奏されるのは東京クヮルテット時代以来だそうですが、どうですか? 昔の喧嘩とか思い出しそうですか? 」

「この間、松本で彼と五重奏を弾いたんだけど、そのとき走馬灯のように当時の思い出とか思い浮かんだよー。当時は本当によく喧嘩をしたけれども、良いクヮルテットにするにはそのぐらいしないとだめなんだよね。」

(東京クヮルテットへの思い等・続編に続く)






こんにちは。ヴァイオリンの鈴木愛理です。

ドイツ、ハノーファーに留学して三年目になりますが、今年は例年よりも暖かく、とても過ごしやすい冬を送っています。
また、世界でもクリスマスシーズンを最も大切に過ごす風習のあるドイツでは、クリスマスマーケットで町は賑わっています。



私は10歳から約10年間原田先生に教えて頂きました。今でも日本に帰国したときは、私の悩みを親身なって聞いて下さりいつも心の支えとなっています
今回このように門下生が集まりコンサートができること、また素晴らしいメンバーと共演させていただけることを大変嬉しく思っています。
素敵なコンサートになること間違いないでしょう!!
そして、今ブログを読んで下さっているみなさまと、ぜひ紀尾井ホールでお会いできますことを楽しみにしております!

鈴木愛理
コンサートに出演してくださる植村さんが、色々原田先生のおもろネタを書いてくださっていて、笑いの止まらないこのごろです。
むね君(最近アメリカではユージーンと改名)も、何か持ちネタがあるとか?
真由子ちゃんも書きなよ、ということで15年くらい前の話をひとつ。

私が中学一年の夏、アスペン音楽祭に行きましたが、親無しで行くと言ったら、うちに泊まって良いよ、一緒に行こう! 
ととても太っ腹で寛大な原田家。
原田先生のアスペンでのアパートメントに居候することになりました。
親には、原田先生のところに泊まらせていただくのだから、せめて深夜12時くらいまで練習しなさい! とむしろ近所迷惑やん! なことを言いつけられ、
まぁ、そんなものかな、と深く考えず、名探偵コナン数冊、落書き帳、使い捨てカメラとお菓子を持って、るんるんで原田先生と旅立ちました。
初日は貧血でダウン。スーパーで倒れかけて、従業員室に運んでもらい寝ている始末でした。

そんなこんなで始まった旅でしたが、一応アスペンで練習する曲は、バルトークの2番のコンチェルトの譜読みとモーツァルトのシンフォニアコンチェルタンテ。
バルトークの2番は、当時の憧れの曲だったので、私意外に猛練習(私なりに)。
譜読みが早いほうだったので、2、3楽章、大体1週間ぐらいでテンポどおり弾けるようになりました。
先生はレッスンされてない間は、ご自分の練習。それがずっと同じ曲を練習してらっしゃる。
とうとう私は、先生に
「真由子ちゃん、バルトークもう弾けるようになったの!」と言われたときに
うん! でも先生はいっつも同じ曲さらってるよね!
と言ったらしい。

ですが、わたくし、なんにも覚えてない! でもとても失礼でいかにも自分が言いそうなことです。
先生は根にもってらっしゃるようで、未だに時々その話をされます。それどころか先生言いふらして、他の門下生、全員知ってるはなしになりつつあります。

私が覚えているのは、自分が名探偵コナン好きが高じてお酒の名前に詳しくなり、その知識を夕食の席で披露していると先生が
「へーーっ! 名探偵コナンってすごい役に立つんだね! 」
とおっしゃったこと。

そして、使い捨てカメラは何に使ったのかというと、先生の食事シーンがほとんどでした。
帰国して現像してみて、親びっくり。原田先生が大きく口を開けて何かを食べようとしている写真がいっぱい。
私にとっては、そのシーンが一番クールな構図だったのです。

とても楽しい夏でした!



植村さんブログより。http://ameblo.jp/tarouemura/

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もう一つ話を。
門下になってそう時間もたたないころ。
学生音コン(毎日新聞の学生音楽コンクール)を僕が受けることになって、その年は課題曲がラヴェルの「ツイガーヌ」だった。
割と弾ける人たちにとってはどうってことないかもしれないが当時僕にとっては結構大変な曲だった。
学生音コンというのは4月に課題曲が発表になり、9,10月ごろ、予選本選会がある。
それで、僕は5月の終わりには譜読みもして原田先生のレッスンに「ツイガーヌ」をもって行った。
先生は最初の2-3回こそ我慢して聞いてくれてアドヴァイスをくれたものの。。6月下旬、そして7月になるころには先生の前で「ツイガーヌ」を弾くと凄く機嫌が悪くなった。。
そして7月のある日先生は怒った感じでレッスンの時おっしゃった。
「君、いつまでこんな!!こんな曲弾いてるんだね!」
と。。。
せんせい^-!!
学生音コンはそういうもんなんです。。
引き続き植村さんブログより転載。
http://ameblo.jp/tarouemura/


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先日(今月15日)に書いた僕のブログ。
「爆笑 原田幸一郎」が予想外にウケたみたいで続編を書くことにした。
なにしろ、泣く子も黙るとか重鎮とか言いながらその、大先生の教えを占い師みたい!なんてちゃかしたものだから。。
その記事は神尾さんリクエストでMostly koichiroにも転載されるらしい。
実は今度原田先生に何か恩返ししようと、僕ら生徒が自分たちで企画した演奏会が来年の1月31日に東京、紀尾井ホールである。
☆Mostly Koichiroという名のコンサート☆

僕が小さかった時、最初原田門下になって発表会に出たときそのレベルの高さにびっくりした。なにしろ、一つ上の学年に庄司紗矢香さん、少し下に神尾真由子ちゃんなど。。をはじめ、、各学年凄い人がいた。
そんな超ハイレベルの人が「うじゃうじゃw」いたのだ!そして今では羽ばたいて世界中のあちらこちらで弾いている。
今度のコンサートはそういった元生徒たち20数名が集まり&ゲストにビオラの川本嘉子先生、チェロの原田禎夫先生を迎え盛大におこなわれる。

その中で僕の桐朋時代、二つ上の学年だった高橋宗芳君という先輩がいる。通称むねくん。桐朋時代僕もそうとう仲良くしていて、今回のコンサートを立ち上げた実行委員の一人でもある。

彼は優秀な原田門下のなかでも異彩を放っていたw
ブログの読者の皆様は業界用語というのをご存じだろうか・・・・
寿司の事をひっくり返して「しーすー」と言ったりする。それが過ぎて、気が付いたら「すーしー」としばらく言っていたこともある。。w
他にもギャラやお金の数え方もC(ツェー)万は1万。D(デー)万は2万など。。
僕らは相当かぶれていたのでその「業界用語」を愛用していた。

ある日そのむね君とかと飲み会をしていた。というか僕らは普段から本当によく食べ、飲んで分けのわからない事ばっかり言っていたんだが。。
でもその晩はむね君には珍しく
「次の日朝9時から原田先生のレッスンだから終電で帰る」と言い出した。
それでみんなはなんだつならない。。とばかりにG千(5千円)でいいよ!とちょっと大目にふっかけた。
で、彼はちょっとポケットを探した後困った顔でポカーンとした。
どうやらそのお金がないのは明らかだった。

そこで彼はいいことを思いついたとばかりに持っていたヴァイオリンのケースをおもむろに開け弦を弾きぬいて、帰っていった。
そう彼はG千のかわりにG線を置いていったのだ。。w
さすがのみんなもこれには凄いセンスだと大笑いして拍手喝采だった。。笑!

そしてむねくんは終電にもちゃんと間に合い、家で休み、コンデイションもばっちりで、翌朝9時に原田先生の自宅にレッスンに行き、チャイコフスキーのコンチェルトを弾き始めようとして、G線がないことに気付いたのだった。。