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気まぐれ旅日記 Part-028 (沖縄編-01)


MoryBoon.の思いつくがままに

京都編を一旦休止して、次に何処の話を書こうかと思い巡らした結果、今日から何回か沖縄のことを書こうと思います。
ただし、これから記す日記は旅日記というよりも、僕の沖縄に対する想いというニュアンスが強くなるかなと思います。

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僕が「沖縄」という言葉を初めて聞いたのは小学校の3年生の時でした。
その時同時に「琉球」という言葉も初めて知りました。

当時、父親の仕事の関係で返還前の沖縄から若手の研修生が父の職場に研修に来ていました。
父親は夜な夜な彼ら研修生を連れて飲み歩き、飲み屋が閉店した後、自宅に彼らを招いて、連日深夜まで「沖縄」か、「琉球」か、という話を延々と続けていました。
おぼろげな記憶です。
その、夜中遅くに始まる酔っ払いの議論と琉球民謡の合唱が、半年近く続いたかと思います。

当時の僕には何のことか解かっていませんでしたが、その後、自分自身が成長するにつれてあの時の話が「沖縄返還」を望むのか、「琉球独立」を望むのか、という議論だったんだなぁと理解することとなりました。
このことで、生前の父親に尋ねた事は一度もありません。聞いたとしても政治的な話は一切しなかった父でしたし、応える訳もないと思っていたので。

ただ、一度だけ父親から「琉球で生活した日々」の話を聞いたことがあります。

東京新宿生まれの父親でしたが、戦前、小学校6年生の頃に一年ちょっとだけ那覇で生活していたことがあると聞きました。
「琉球は宝モノのような島なんだ」と。
「お父さんは琉球が大好きなんだ」と。

当時、世間では学生運動が連日ニュースとなり、安保闘争とか全共闘といった言葉が新聞やニュース番組で飛び交っていました。

そして1972年5月15日、僕が13歳の春に「琉球」が無くなり「沖縄県」が誕生しました。
沖縄本土復帰と言われた日です。

僕の沖縄に対する想いは、小学生の頃に社会の仕組みなど解かっていなかった当時からイロイロ思い巡らした気持ちがベースにあります。

そんな僕が初めて沖縄を訪れたのは、22年後の1994年の事となります。

本日は、ここまで。
写真は那覇の国際通りで行われたエイサーの模様です。

気まぐれ旅日記 Part-027 (京都編-04)


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♪富士の高嶺に降る雪もぉ~
 京都先斗町に降る雪もぉ~
  雪に変わりはないじゃなしぃ~
   とけて流れりゃ皆同じぃ♪

『お座敷小唄』です。

なぜこの歌を好きになったのか、記憶は定かではありませんが、幼稚園から小学校低学年の頃、当時住んでいた相模原の家の庭にあった桜の木に登って、この歌をよく歌っていたのを覚えています。それで、母親によく叱られてました「そんな歌、歌うんじゃない!」って。

歌詞の意味なんて何にも解かってなかったのに、母親が叱りに来るの解かってたのに、歌っていましたね。

ということで、京都話4回目です。

先斗町に初めて行ったのは、28歳の時だったかと思います。
一人で夜の先斗町を歩き、一軒の居酒屋さんに入りました。
以降、その居酒屋さんには京都出張のたびに晩ご飯代わりの飲み+食いで寄らせて頂いてました。

京都出張が続いていた当時の僕の行動パターンは、三条河原町周辺のビジネスホテルにチェックイン→先斗町の居酒屋で夕食(つまみ)&ビール→阪急駅入口近くのカウンターバーで黒ビールとラム酒を数杯→祇園縄手のスナックでおまかせコース(お酒は基本焼酎)→ホテルに戻り就寝という感じでした。

気に入った店が決まると、あまり他所のお店には行かないですね、飲み屋さん関係は。。。
写真は、もちろん先斗町です。


京都のお話は、とりあえずここまででいったん休止。
明日からは、また別のサブタイトルで書いて行こうと思います。

気まぐれ旅日記 Part-026 (京都編-03)


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さて、京都のお話3回目ですが、今日、祇園縄手で大変な事故がありました。

被害に遭った方々には、心よりお悔やみ申し上げます。


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僕には「京都のお母さん」と慕っているママさんがいます。
そのママさんのお店が祇園縄手にあるんです。


なので、今日の午後にラジオからニュースを聞いて、多少なりともショックを受けました。


祇園縄手、京都の中でも好きな街でしたので。


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ママさんとは、親子ほどの年の差があります。

知り合って、もう20数年。僕が30歳そこそこの頃から可愛がってもらっています。

しばらく京都に月2~3回ペースで取材に行ってた時期があり、その頃に地元の方の紹介で寄らせてもらうようになったお店なんですが、最近は行けてません。

元気にしていらっしゃることと思いますが。。。


もう少し暖かくなったら、久しぶりに京都へ行こうかな、なんて思っていた矢先でのニュースに心を痛めてます。

気まぐれ旅日記 Part-025 (京都編-02)


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昨日の日記で京都へは10代の時に一度と記しましたが、ご想像された方もいらっしゃるかと思います。そう、その一度とは高校の修学旅行で、ですね。ですから、自分の旅として行った感覚はあまりありません。

初めて自分の意志で京都を訪れたのはハタチの時。
計画して行ったワケでは無かったんですけれど、結果として自分のやりたかった事を叶えた過程で、京都でもやりたかった事をその時ひとつ叶えました。

その当時、やりたかった事というのは、原付バイクで東京→九州を走破する事、だったんですね。
中学生の頃に千葉県の田舎に住んでいた僕は、船橋のデパートで開催された「浮谷東次郎展」で若くして事故死した市川出身の天才レーサーに出会いました。そして彼の実家が自費出版した(その後に筑摩書房から刊行)『がむしゃら1500キロ』を読み、自分にもそんな旅が出来るようになるのかと夢を見ていたんです。
『がむしゃら1500キロ』は中学生の浮谷東次郎が市川~大阪を原付バイクで往復した時の手記をまとめた一冊です(当時は14歳で原付免許が取得できたんですね)。

浮谷東次郎に憧れた少年時代、僕はバイクでアチコチ走り回りましたが関東圏内から出たことはほとんどありませんでした。
で、ハタチの春に、原チャリで当時父親が赴任していた九州・佐世保を目指して走ったワケです。浮谷東次郎には及びませんでしたが、自分なりにその時に旅した経験が、その後の自分に大きく影響を及ぼした事は間違い有りません。
原チャリで九州を目指した話は、いつか、別途記したいと思います。

その旅の途中で、京都を訪れたのは、自分が目指して訪れた初めての京都でした。
1979年4月30日の早朝です。今でも、日付も天気(薄曇り)も冷たかった空気も覚えています。
早朝午前6時に到着し、10時まで市内中心部を走り回ったり京都駅北口のターミナルで時間を潰して、京都でやりたかった事を実現させるために待ちました。

京都でやりたかった事、とは。
イノダコーヒを飲む。(コーヒーじゃなくて、ね)

70年代のフォークソングに詳しい方なら、プッと吹いてしまうぐらいベタな事です。
ま、今から33年も前の話です。

写真は1月の八坂神社。
2004年から2010年まで、1月10日前後に必ず八坂さんにお参りに行ってました。


今日は長々と記しました。
※浮谷東次郎やイノダコーヒに興味のある方ははウィキとかで検索して下さい。

気まぐれ旅日記 Part-024 (京都編-01)


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え~っと、ネタ詰りを起こしたワケじゃありませんが、これまで海外ネタばかり書き綴って来ましたので、ここら辺でちょっと国内モノに切り替えようと思います。

で、国内旅行の一発目を何処にするか、ちと考えました。



その結果。

「そうだ京都にしよう」と。


京都の記憶、僕の幼い頃の記憶としてまだ残っている情景があります。

3歳になったばかりの時の記憶で、その詳細は覚えていませんが「夜の京都駅ホームで母親に抱かれ寒さに堪えていた」というものです。
父親の転勤で鳥取県米子市から神奈川県相模原市へ。京都駅にて乗り換えがあり、夜行列車の到着を待っていた時の記憶です。

その後、僕が京都を訪れたのは、10代に一度だけでしたが、20代以降はかなり頻繁に訪問しています。
音響の仕事をしていた頃、サーカスサーカスや京大西部講堂のライブで。
自動車関連の雑誌・書籍の編集をしていた頃は京都のレーシングチームの取材で。その取材は、当時担当していた雑誌の長期取材で3年近く、月1~2回は通っていました。
その後に担当した専門誌でも、京大や同志社、立命館の先生方に原稿の執筆依頼や企画の相談などで、これまた月2~3回はお伺いしていました。

プライベートでも、京都には年に何度か遊びに行ってました、2年前までは。
今は、齢80過ぎの母親と同居のため、そうそう簡単に家を空けられないので、行けてませんが。

京都の魅力は、神社仏閣や戦災を受けなかった街並みはもちろんですけど、僕が気に入っているのは「おばんざい」ですね。京風の家庭料理。
ゆで卵と煮卵がどう違うのか、僕にはよくわかっていませんが、京都のお料理は大好きです。

写真は、元カノ舞妓さんに変身中の写真。
京都で人気の、まぁ一種のアトラクション、ですよね。