■MOVIE「ヒアアフター」


あの名監督、クリントイーストウッドの最新作を早速拝見。


「ヒアアフター」とは、英語で来世のこと。


死後の世界についての映画である。


イーストウッドは、なぜこんなにも人間味のある映画が撮れるのでしょう。。。

一見オカルトっぽいテーマも、こんなに身近に、ドラマチックに伝わってくる。。。


一つには、彼の撮影領域が広い、という点があると思う。


今回の舞台はアメリカとヨーロッパ(ロンドン、パリ、ドイツ)を横断している。

言語もフランス語と英語が登場。


そして登場人物も、有名ジャーナリストから、麻薬中毒者から、双子から、公務員から、、、

立場も国籍も様々。

ところどころにあらたな刺激が得られる。


あと、決してわかりにくくないところも良いところではないでしょうか。

今回の映画のクライマックス、霊能力者が「人を助ける」瞬間、

霊ではなく、生身の人間が生みだす不思議な力よ。

それが、きれいに、「もうちょっと凝ってもいいんじゃない?」というくらいきれいに

埋め込まれていて、それが観る側にある種の達成感さえ感じさせる。

つまりは、それだけ自分と映画の世界を一体化できる、ということだと思う。


ただ、、、

今回の作品は、正直いって、最後の最後の最後で期待を裏切られた。


「なんだよこれー(怒)!!」

というのが、観終わった直後の私の感想。


最後の空想シーンは、絶っっっ対にいらないと思う。

最近、自分の仕事の関係もあり、都政や石原都知事に関する本を読んでいる。


私は石原都知事は知事として、魅力のある方だと思っていて、不出馬の話題になると

少し残念な気がしている。


なぜ魅力的と思えてしまうのでしょうか。


ひとつは、石原都知事得意の演出効果にまんまと騙されている、と言える。


だが、それだけでなく、多くのことをトップダウン型で推進する、その実行力は知事としてだけでなく

一人の先輩として尊敬する。


3つ目は、発想。


例えば2月18日の記者会見。

記者の「都知事12年務める間にも本を出されていますが」という問いかけに対して

「人間は二つのことを完ぺきにできる」と、まず明言。


石原都知事の表現・言語には、他人が使うことがない力を持った言葉がたまに存在する。

その一例だと思っている。


私が頭が悪いだけかもしれないけれど。


それで、結構4つ目が大事かもしれないと思うのだけど、笑顔。


アメリカの女性記者などは、石原都知事を「かわいい」とほめるらしい。

「本当かよ!?」と思ったのですが、今日記者会見の様子を見て、

恥ずかしながら、本当にかわいいと思ってしまった。


甘くはない言葉のやりとりの後に、あの笑顔を見せられると、ちょっと魅力度が増すと思うのは

騙されているんでしょうか。。。


いずれにせよ、彼の魅力は

25年に及ぶ政治経験と、それ以上に作家として文学と向き合ってきた人生と、国を想う精神が

今の石原都知事の都政の根幹であり、

その上での彼の行動があってこそ、であるのは間違いないのだが、

それが実際「なかなかいない」特徴をもっていて、惜しいなあと思ってしまったりするのです。


ここで、今度都知事選出馬予想の各候補者を見たときに、

「独特の」魅力をもった人は誰か。。。

その点は私にとってはずせないかも。。。


連日トップニュースとなっている、大学入試問題流出事件。


浪人生が犯人と思われ、今事情聴取されているという。


最近、このニュースに関わらず思いますが、この事件はこのように報道されるほどのことなのでしょうか??



まず一つ、大学入試は、ネットで解答を求めてその解答を書きうつす、という方法で受かるのか。


二つ、浪人生は受かりたいという思いでやったという。そこに問題があるか?


三つ、大学側は何をすべきか、ではなく、何が出来たか。



まず一つ目について。


一番の問題は、「携帯電話を上手く使えば大学入試が出来る」ということであって

メディアがその点を述べていないことにとても違和感がある。


他の受験生が「自分が一生懸命勉強して受けているのに、腹立ちます」とインタビューで

答えていたが、試験場の外の人が一瞬で答えを導けるような問題を解くために

みなさん勉強しているのか。

それは大学入試を通過した後は「一生懸命」と表現したところでばかにされるだけであろう。


二つ目、浪人生が「受かるためにやった」と言っているので、

浪人生に過大なストレスがあったのでは、という。


私が浪人時代にあまりストレスを感じなかったのだが、

多くの浪人生がストレスが抱えているとは間違っていないと思う。


ただ、それを報道側(大人)が堂々と述べてしまっては、

日本の悪い教育環境を助長させることになる。

本当にストレスがあったのか? それは浪人生にしかわからない。


三つめ。大学側は責任があるのか。

この事件は、大学側の試験監督がしっかりしていなかったのか。

大学側の携帯電話のチェックが不行き届きだったのか。


私はこの2点を改善したところで、根本的な解決でないような気がしている。

個人個人の情報の扱い方はこれからも変遷を続け、それに大学側がついていかなくてはいけない、

ということはある。


でもこの分野は「いたちごっこ」の性質もあると思っていて、

特に日本社会において重大な位置づけである大学入試が、大学の本職でもないいたちごっこに

気をとられていてはいけない。

(もしきちっとするなら、各大学が専門家を取り入れて「IT室」を作ってやるべきだ。)


それにはやはり問題の改善が第一。


その次に、日本人における「大学」の地位向上も大切だと思う。


東大、京大をはじめ有名大学に進めば将来安泰、という親の意向がまだある。

だけれども、たしかに人生を左右する大学、他の選び方もある、ということをもっと

多くの高校生が日常的に考えるべきであろう。


そうしたプロセスを経て大学入試を受けるようになれば、それは今の入試問題であっても

意味合いが多少変わってくるのでは。

そして携帯電話で解くことの無意味さを、高校生自らが実感するであろう。


とは言っても、取り急ぎ、来年同じ事件が起きないように対策する必要は必ずある。

「携帯電話持ち込み禁止」は非現実的で、携帯電話を封筒に入れるとか、そういった対応は

どれほど効果があるのか、私はわからないので

電波探知機が一番効果的と言えるのではないでしょうか。


また、本当に彼が携帯を見ながら答案を書きうつしたとすれば、

試験監督の責任は問われるところだ。