■MOVIE「ぼくたちと駐在員さんの700日戦争」


とてもよかった。


理屈抜きでおもしろい。


ブログが発端で映画化に至ったとのこと。


子どもがいたら、きっと見せたいっと思うような映画。


強いてちょっと感想を言うとしたら、最後の花火のシーン。

大人ならお金で花火を買って解決させるところを、

主人公一味は一致団結して汗と血を流して達成させる。


外野からみた結果は大人の成果の方が立派なものだったが

中身をみると全然違う。


青春時代のお金の関係ない時代の「仲間」とか「達成」といった概念を思い出させてくれた。


何より、自分たちの成果が達成できなかった大人の成果を見ながら

主人公たちは、本当に楽しそうにしていた。


主人公たちの心は大人よりも広かった。


あーあ、こんな高校時代を過ごしてみたかった。。。



あと、、、市原隼人ってこんなにきれいな顔してたんだなー。

アカデミー賞4賞受賞した「英国王のスピーチ」を観てきました。


非常に良い映画でした。


ストーリーを話すとすれば、かなり簡単に話せるような、決して複雑ではないお話ですが

その中に、多くの社会的問題提起を含ませた作品になっていました。


これが史実ということで、「真実は小説より奇なり」とはよく言ったもので、

この英国王の運命を、何か神の見えざる手のような力が働いていたような、

そんな歴史の重さも感じさせます。


そして、主演コリン・ファースの演技がすごい。

すごい。


この映画を観て思うに、「言葉を発する」というのは、なんとすごいことなのか。


ショージは、オーストラリア人に言葉を発する機会を多く重ねることで

言葉のもつ力の大きさ、これまで味わうことのなかった複雑な人間関係の中に身を置くことになり

新たな種類の悩みを感じ始めているようにみえた。


だが、そんな彼をみて、「やはり国王は『話す機械』ではない」ということがはっきりした。


なぜ運命が彼を選び、彼の兄を拒んだか。


なぜジョージ6世のスピーチの方が、兄のスピーチよりも心を打つのか。


最後のスピーチを聞きながら、私は理由もよくわからず図らずも涙を流してしまった。



さて、第二次世界大戦の代名詞と言っても過言ではないだろう、ヒトラー。


彼は演説が上手で、その話術でもってドイツ国民の心を一つにした。


ヒトラーの演説を聞きながら、ジョージ6世が「彼は演説が上手い」とつぶやいたのが

印象的だった。


一つは、「スピーチ」に対する彼の消極性が出ていたし、もう一つには戦争勃発の引き金をひいた

ヒトラーに対する嫌悪感も出ていた。そして、自分自身に対する自信の大きさの違いも感じさせた。

同じく「話す」ことが重要な立場にありながら、無関係なような、そんな印象は

もちろん戦争に対する意気込みの違いでもあったに違いない。


皮肉にも、ジョージ6世のスピーチの面倒を見たドクター(実際はドクターではないが)も、

元々は戦争がなければ、ジョージと出会うことはなかったであろう。

それでも戦争は嫌だ。

でも戦争をしなくてはならない。

そういった戦争に対するパラドックスを認識しなければならない。


さて、この映画が「良かった」という印象で終わるための要素として

音楽、構成が欠かせない。


「King's Speech」のタイトル画でもわかるとおり、非常にlightな作品である。

大げさなデコレーションは全くみられない。

それがいい。

途中のクラシック音楽がうまく背景に溶け込み良い演出をしていた。


ただし、ポスターだけはいただけない。

彼は決して「英国史上、もっとも内気な王。」ではなかったはずだ。

■MOVIE「12人の優しい日本人」


先日本ブログで紹介した「12人の怒れる男」の日本人版。

何回かヴァージョンアップして舞台や映画で上映されているようだが、

私は1991年の映画版を拝見。


なんとも人間くさい情景が2時間続く。

一種のサスペンスの要素もあり、的を得た推理を聞いては背筋を凍らせた。

(私はちょっとこわいのが苦手。。。)


でもわざわざこんなよその映画をリメイクするということは

この映画のメッセージは「日本における陪審員制度はどのようになるか」という

問題提起に他ならない。


だが、私がこの映画で感じたものは、必ずしも日本人に限らず、

そして裁判の場に限らず、人の原動力とは何か、という点だった。


始めは「議論をしよう」と言って人を論理で問い詰めようとしていた人が、

最終的には議論を自分に置き換えて自分の気持ち本位の発言を続けてしまう。


人の言動は移ろいやすい。

彼以外の人たちも、所詮は他人の言動に流されていたにすぎない。

もしくは他人を言いくるめようと無理強いしていたにすぎない。


人の生死に関わる場面においても、人はそういう対応をせざるをえない。

普段の生活は当然である。

それを学問で研究する分野は数多くあれど、世の中は人の感情(+コネクション)によって

動いている。