今、流行りの裁判傍聴。
今日は東京高等裁判所へ行ってきました。
午後に傍聴券の抽選があるという裁判の列に並びました。
「定員50席のところ56名の方が傍聴希望されているので抽選を行います!」とのこと。
つまり落ちる確率6/56。
しかも私が持っている番号が定員と同じ数字の50番。
そして落ちた。
くじ運が悪いとはいえ、またかい。
裁判傍聴のくじは2回中2回落としている私。
しかもお堅い霞が関の真ん中で、目的物を目の前にして行き場を失う悲しさよ。
せっかく来たのに帰りたくなかったので、他の裁判を傍聴することにしました。
そして選んだのが、強盗致傷事件。
三人の犯人の証人喚問と被告人質疑が行われました。
それは午前から開廷している裁判だったので、証人喚問の途中から傍聴。
犯人はおそらく20代の三人。
証人はそれぞれの親(母親or父親)。
犯人が自立していない、自立できない、または親がしっかりしていない、などと判断されると
証人として立つ親に対しても、おもしろくない質問が飛び交う。
罪を犯すと家族も含めて辛い立場に負われるとは言うが、まさにそれが今日のこの場であった。
でも現代において離婚している家庭、そして新たな伴侶を探している親、というのは
偏見の対象とはなりえない。
また、誰しも完ぺきな人生を送っている人間などいない。
自分の子供のことを全て把握できている親もいないし、それが正しい親の姿かというと
そうとは言えない。
だが捜査の一環として、親に弁護士や検察側は「コミュニケーションはとれていましたか」
「子どものことが気になりませんでしたか」「ちゃんと監督できますか」と質問をするのだから、
自分に自信を持ってこたえたいところだが、それがどれだけの人が出来るであろうか。
しかし、今日質疑を受けた犯人のうち一番若い男性は、
非常に頭もよさそうでしっかりしているような印象を受けた。
言葉ははっきりしていて、むやみに言葉を濁さない。
何より自分の考えと事実を全て区別して明言していた。
おそらく弁護人らの意図もある程度考えているだろう。
彼のこれまでの境遇が気になるところだが、それは昨日で終了しているだろう。
今日一日ではその話題にはならなかった。
今回の裁判は、前回傍聴した裁判と比べて、かなり雰囲気が異なる裁判だった。
一つは、検察と弁護人の態度によるもの、二つは裁判の休憩の多さ。
前回の裁判は、傷害致死事件で、赤ちゃんを死に至らしめた責任を問うものであった。
その時の印象としては、検察官が被告に対して思いやりある言動が目立っていた。
一方、弁護人は「イケイケ」タイプ。
私がいた日とは別の日にはピンクのシャツだったというが、勢いある質疑が忘れられない。
「弁護士の立場はこうあるべきだ」ということを、私に認識させてくれた。
それが今回は、検察と弁護人の態度が一様であった。
そしてかなりけだるい雰囲気ただよっていた。
検察の「意義ある発言」もめりはりに欠くものであったし、
弁護士・検察の「上から目線」の言葉遣いがいちいち気になった。
もう少し証人・犯人のこれまでの人生を尊重すべきかと思う。
ただし、さすが弁護士は「営業マン」であって、私が彼に道を譲ったときの
「恐れ入ります」の言い方は完ぺきだった。