■BOOK「苦役列車」


芥川賞受賞作品「苦役列車」を読む。


作者の「私小説」らしく、実際作者自身、中卒・逮捕歴あり、という作家として珍しい経歴の持ち主である。


だからというわけでもないと思うが、この作品は、他の作家にない

新たなジャンルの小説にようにみられ、先が気になってついつい一気に読んでしまった。

どの分野でもそうだが、新たなもの出会いは嬉しいものだ。


小説全体が、青黒い背景で塗られたような、そんな毒々しさ、

何か問題が起きそうな、そんな重さが充満している。


「本を読むということは、他人の人生を仮想体験することだ」と誰かが言っていたが

それは本当だなと思う。

主人公の描写が私自身とシンクロさせた。

そして「私は運がよくここまでやってこれたなあ」ということを痛感するのである。

そして「親」の役目とは何か、「子」をどこまで「誘導」することなのか、

なんていうことまで考えが及ぶ。

理屈では高卒も中卒も関係ないと思うことも多いけれど、彼は実際、

こんなに苦労している。これは高校教育の価値観を認めるべきことか。


……運よく人生なんとかやってきた身としては、いくつかの疑問が生まれてくる。


基本的には、人間には同じような「精神」「欲望」があり、

それをかなえていくには、ある程度の品位とお金が必要である。

そして自分自身の「信頼」も必要である。


そういうことが、これから新たな仕事を始めるというこの時節、

私をドキッとさせるのである。

今日、引っ越し手続きなどで町役場を訪れたところ


「○○中学校 吹奏楽部 打楽器八重奏 全国大会出場!」


との垂れ幕が。


なんと、あの弱小吹奏楽部から全国大会出場の話題が出るとは、

いやはや、なんとも感慨深い。


全国大会は鹿児島で行われるとのこと。

鹿児島で○○中学校の音色が響くとは、嬉しい限り。

この町に来て半年弱だが、私にとって一番嬉しいニュースで、心からエールを送ります。


私が今手にしているトロンボーンも、吹奏楽部でスタートしたわけだけれども、

自分も先輩方も後輩たちも「自分たちは下手」ということを自覚していて、

でも先生を頼りにしていいのか半信半疑、どうしたらいいかわからないし

上手な自分たちを目標にしていないし想像もできない状態だったように思う。


やはりそういう状態から「上手」になるには、先生側が変わるとか

秀才が現れるとか、そういう地殻変動が起きないと難しいと思っている。

高校時代に、その考えのもと、あるコーチに相談したこともある。


実際、私の楽器の技術も、中学時代に教わったことで間違ったこともあったし

不十分だったと言わざるを得ない。


でも、なんらかの方法でそれを脱出して「上手」になったときには、

こういう風に、住民を喜ばせることができるんだなー。


今日、久しぶりに胃腸の調子が悪い。


しかも私の人生で最悪に悪い。


何か変なもの食べたかなー。。。

変なことしたかなー。。。


みぞうちのあたりを殴られたような感覚があるので

今日の着付け教室を彷彿とさせるが、

着ている間にもずれてきてしまう程、私の着付けはしっかりしていない。。。(悩み)

着付けのせいだったら、世の中の着物のプロはみんなこの苦しみを味わっていることになる。


あとは昨日今日と連続して飲んだ花粉症用の薬かしら。

なるべく飲まないようにしているので、去年飲んだか定かでない程久しぶり。

もともと強い薬だし、副作用みたいなものがあってもしょうがないかも。。。


いずれにせよ、一つには私の体力の問題があるかしら。


何もしないで歳をとると、嫌なことがあるものだ。