奈良の画家 疋田泰彦さん
世間では画家など芸術家には独善的で自尊心が高い人が多い。ところが疋田泰彦さんは人格円満で、人付き合いも温かく、ご夫婦ともに敬虔なクリスチャンであった。
奈良出身の彼は、大阪大学法学部を出て住友銀行に就職、その傍ら油絵を楽しむ、いはば日曜画家であった。主として奈良公園の風物から静物まで、印象派的な画風で描かれて、その筆致はクロウトの域に達していた。
私との交遊は、彼が退職され、本格的な画家として再出発されて、初めての個展に招かれて以来、交友が深まり、絵画展や京都清遊にもご一緒した。
その彼に二三の友と初秋のある日、アトリエに招待された。彼は車で近鉄奈良駅まで迎えに来てくれて、奈良地方裁判所の最新作の大型壁画を拝見した後、東に向かうバイパスで大和高原に入って、日笠の村から南に約30分ほど走り、都祁の小さな村のアトリエに案内された。大作に挑むための40畳位の広いアトリエで、奥さんの手作りで落ち鮎や山菜の御馳走に預かった。
実はその2週間ほど後、疋田さんは突然体調をこわされて、奥さんの胸に抱かれて急逝された。何と私たちへの接待が、生前お別れ会になってしまった。私は彼との運命的な繋がりに驚愕した。
彼の壁画の大作は大阪大学法学部校舎のロビーにも飾られているが、奈良地方裁判所の作品は彼が最後に依頼されて描かれた作品で、コンセプトは「風と緑」という。奈良の仏像を代表する興福寺の阿修羅像を大きく描き、眼下に東大寺・興福寺などの伽藍を俯瞰し、その奥に緑濃き御蓋山と、若草萌える三笠山が描かれている。更にこの絵を特徴づけているのは、我が国で初めて十七条の憲法を造られた聖徳太子の騎馬像が、法の理念を期待される疋田氏の願いとして、時空を超えで描かれていることである。見ていても清々しく、疋田さんの人柄を偲ばせる傑作である。
私は奈良公園に入る前に、必ず裁判所に立ちより、この壁画を見つめて疋田氏を偲ぶことにしている。もっと長生きされて、よい作品を創作してもらいたかったのに、本当に惜しい人を失った。
奈良地方裁判所の玄関ホール









