思いきり私事ですが。今日は、息子の高校の日本語クラスの卒業式に行ってきました! 息子の学校では、外国語の選択授業として日本語、中国語、フランス語などがあり、うち息子は日本語を5年間選択。恥ずかしながらうちの子供達の日本語力はムムム? という感じなので、学校でしっかり鍛えていただいたわけです。

ともあれ、会場だった高校のチャペルに駆けつけると。すでに司会の男子生徒、女子生徒が壇上に立っていましたが、ひと目見てド肝を抜かれました。なんと! 2人は羽織袴と振袖姿だったんです。今時、日本でさえ羽織袴&着物姿の高校生なんて滅多に見られませんよね? 卒業生代表として答辞を読んだカップルも同じく和装で、ビックリでした。

あとで聞けばこの子達は家から羽織袴で着たわけではなく、ハワイ大学付属高校の着付け部の先生方の協力で、卒業式のために正装したとのこと。それがわかるまで、本当に私は呆気にとられてしまいましたよ...。

ビックリしたのは服装だけではありません。司会の子をはじめ、仲間を代表して日本語でスピーチした(着物姿)の子達の、日本語の見事なこと! うち2人は息子の友人なので知っているのですが、彼らはけっして日本人家庭のお子さんではありませんよ! 英語が彼らの第一言語です。なのにこうして5年間、学校で日本語を習っただけで、あれだけ流暢な日本語が話せるようになるんだ! ホントにホントに私、ビックリしました。聞けば息子の通うプナホウスクールで日本語を学ぶ中学・高校生は700人もおり(全校は3000人以上だったかな?)、その規模は全米一だそうです。

こんなことなら、我が家も、もっと子供達にしっかり日本語を教えればよかったな...。ちょっと後悔が頭をよぎった、今日の卒業式でした。

ちなみに今日は日本語クラスだけの卒業式でしたが、今月末には、本ちゃんの高校の卒業式が待っています。そして8月には、NYに旅立っていく息子。息子の友人のなかにはアメリカ本土の大学に赴く子もけっこう多く、「大学に行くまでにウクレレで1曲弾けるように、みんなで練習しよう!って、仲間内で言っているんだ」とは息子の弁。

とんだ付け焼刃ですが、やはり一応、ハワイを代表して本土に旅立つ覚悟...というのは抱いているのかも? ウクレレだけでなく、フラで1曲踊れるほうがカッコいいとは思いますがね...。


日本から1日遅れて、ハワイでは今日が母の日。思いがけず娘から紫の美しい薔薇をもらい、すごくハッピー!

今日は1日のんびりしたいところですが、これから仕事を兼ねてクアロアまで行ってきます。高校生の子供達も、母の日だからこそ、文句を言わず遠出についてきてくれる模様。ハワイアン夫がランチも作ってくれました。スパムむすびをリクエストしました。

では行ってきます!(母の日ということでごく簡単でゴメンナサイ~)


先日ハワイ島を訪れた際、ヒロ郊外のラウパホエホエ岬を見てきました。ラウパホエホエ岬は、ヒロの津波の悲劇を今に伝える悲しい土地です。1946年の津波で大きな被害を受け、海近くにあった学校の生徒が多数亡くなったことは、今もハワイで語り継がれています。

私は2012年にヒロの津波博物館でその悲劇を知り、いつかラウパホエホエ岬を訪問したいと思っていましたここ(クリックお願いします)に書いたとおり、なにせ24人もの子供達が亡くなった土地です。その多くが、日系移民だったんですよね。

ラウパホエホエはヒロから車で約30分ほどだったでしょうか。ハイウェイから海辺の低地まで車の通れる舗装道路が続いていて、低地に降りていくと、そこにはまだ多数の家々がありました。私の想像ではラウパホエホエは単なる海辺の一角で、学校だけがそこにあったのかと思っていました。しかも津波以来、空き地になっているかと思っていたのですが。実は今も昔も、そこには村落があるのでした。

海の際に記念碑やパネルが立てられており、それを読んで、さらにラウパホエホエ岬について多くを学ぶことができました…。驚いたことに、津波当時ここにはホテルやレストラン、ベーカリーなどもあり、2000人の住民が暮らしていたそうです。ラウパホエホエは寒村などではなく、賑やかで本格的な町だったんですね! 

それにしても、なぜホテルがここに? …というのも岬には立派な船着場があり、多くの移民が、そこからハワイ島に上陸したのだそうです。ここに到着した日本からの移民も多かったのかもしれません。

学校も、小学校から高校まである規模の大きい学校でした。そのため、3人兄弟の全員が亡くなったケースもあったそうです。親御さんの心情を思うと…胸が締めつけられます。

今も岬には船着場が残っていますが、学校があった場所には緑の芝生が広がり、広々とした公園になっていました。岬ですから、三方を海に囲まれている感じで…しかも土地柄か、風がものすごく強いんです! 結果、海も大荒れ。大波が打ち寄せる海を見て、なるほど、これなら1946年の津波の日も、教師達を含め最初は「今日は一段と波が高いな」くらいにしか考えていなかったのかも。そのために多数の人が逃げ遅れたのもしれない…。そんなことを考えました。

さらに。学校跡にある公園はトイレも完備した小綺麗な公園なので、そこでBBQをする人や海水浴客もいるにはいたのですが…。なんだかその一帯が荒涼としていて、私は、まるで墓場のような雰囲気を感じていました。後に主人に聞くと、主人もまた同じように感じたそうです。…約60年前の悲しいエネルギーが、まだ岬には満ちているのかもしれませんね。

以下、今回は珍しく、写真をたくさん載せて見ました。説明抜きでゴメンナサイ!(モノクロ写真は、追悼パネルにあったものです) ラウパホエホエ岬の雰囲気を感じてみてください。













ホノルル・ダウンタウンをふらふら歩いていたら、マイレレイのかかった店を見かけました。銀行だったのですが、ごく最近、オープンしたばかりなのでしょうね。

というのも、ハワイで新装開店やイベントのオープニングセレモニーがあると、リボンカットの代わりマイレ解きというのが行われます。入口前に2本のマイレのレイがかけられ、結ばれていて、オープン時にはそれを切るのではなく紐解く形で、オープンするんですね。下の写真のように、解かれた2本のレイは左右のドアの取っ手に結ばれています。オープニング後、左右にタランと垂らされてる場合もよくありますよ。



この時、マイレレイをカットしないのがよいところ。有難う、おめでとう、ようこそ、お元気で、などなど、様々な想いをこめてレイを贈るハワイ。レイはAlohaの象徴ですから、そのレイにはさみを入れるなんて、タブーですものね。特にマイレのレイはハワイでは格別、というか別格! 結婚式や卒業式、引退の際など、大きな節目やメジャーな機会にのみつけるのがマイレレイ。誕生日や父の日などカジュアルな日に贈るレイではアリマセン。

またフラの女神ラカの化身ともされる神聖なレイでもあり、フラの祭壇に捧げられたりフラダンサーが身に着けたりする、ものすごくスペシャルなレイでもあります。このあたり、プルメリアやカーネーションのレイとは意味合いが違うというか…。

…そういえば以前、こんなことがありました。日本の有名な料理家と仕事でご一緒する機会があり、テーブルデコレーション(撮影用)のための花を仕入れに、ある花屋に出かけた時のこと。グリーンの葉も飾りに使いたいということで、その方はマイレレイを買いたいとおっしゃったのです。レイを切っていろいろ使おうと思ったようなので、私は上記のようなことを説明しなければいけませんでした。「このレイはハワイではすごく神聖なレイで、切ったり、テーブルを飾ったりという使い方はまずくて…」と。

その方はすごくカリスマ~な料理家でしたが、私の説明をよく理解してくださり、あっさり諦めてくださったのでホッとしました。短くカットされたマイレレイがテーブルデコレーションに使われ、それが日本の雑誌に載ったりしたら、大変。ハワイアンが激怒しそうです!

話が横に逸れましたが、ドアに掛けられたマイレレイを見ながら、そんなことをいろいろ思い出しました。そういえば5月1日はハワイではレイデーでした。ハッピー・レイデー!(遅すぎますね)


昨夜は、世にも贅沢なコンサートに行ってきました! ワイキキのシェラトン・モアナ・サーフライダーの中庭でワインをいただきつつ、ナタリー・アイの音楽を楽しむ催しに誘っていただいたのです。声をかけてくださったライター&コーディネーターのAちゃん、MAHALO!



モアナ・サーフライダーはワイキキでも一番古く格式があり、「ワイキキの貴婦人」とも呼ばれる優雅な白亜のホテル。そのスパ(モアナ・ラニ・スパ)が、なんとナタリー・アイとコラボしてハワイアン音楽のCDを作ったのですって! そのCDリリースパーティに行って来たというわけなのです。

ナタリーは数々の賞を獲得したシンガーであり、ミス・アロハ・フラの称号も持つクムフラ(フラの師)でもあり。昨日はステージに一番近いかぶりつきのテーブルに着きましたが、ホント、美貌の女性でもありますね。そして感情豊かに歌うナタリーを見つめるご主人、イオラニさんの視線の熱いこと!

イオラニさんはギターを弾き、時に歌うこともしていましたが…。真横にいるナタリーを、何度もウットリするような眼差しで見つめていたのが印象的です。時々、2人の長女が美しいフラを披露していたのですが、イオラニさんの視線は、娘ではなく妻に向いていました…。熱々のカップルの醸し出す音楽、とても素敵でした!

ちなみにナタリーとモアナ・サーフライダーのコラボCD「モアナ・メモリー」は、なんとそのスパのロミロミ・マッサージ中に流れるCDとして、制作されたそうです。ロミロミのセラピストとナタリーが、ナタリーの過去のアルバムから選曲し、オリジナル曲も入っているとか。何ともずいぶん斬新な試み! 

ハワイでは言葉にこそマナ(霊力)があるとされていますから、ナタリーの歌声は癒し効果抜群なのかも? …そういえば数年前までグラミー賞にハワイアン音楽部門があり、でも選ばれるのは毎年、歌のないスティールギター&ウクレレなどのインストルメンタル音楽のCDばかりで、ハワイではものすごく批判されていたんですよね。「ハワイアン音楽の真髄は言葉だ!」と。

…というわけで次回から、モアナ・ラニ・スパでロミロミの施術を受けたら。波の音と、そしてナタリーの歌声がBGMに流れる模様ですよ! 体験した方は、ぜひ感想聞かせてくださいね。私もロミロミ、受けたいな…。


またまたメリーモナークのネタで~す。今年は、若きホノルルのクムフラ、カレオ・トリニダッドのグループ(男性)が初総合優勝しましたね! 古代フラは勇ましく力強く、現代フラはクリエイティブで素晴らしかったです。

彼は9年くらい前?にメリーモナークに初登場し、しょっぱなから入選。大活躍だったのですが総合優勝の経験はなかったように思います。今年のパフォーマンスをみていて、そろそろこの人も優勝するべきじゃ? とおばさん的な心情では思いましたが、やはり機が熟していたんでしょうね。なんて嬉しいんでしょう!

しかも昨年11月末には、練習場の問題で、カレオのハラウ(フラの学校)はしばらくレッスンを休んでいました。その頃、取材の申し込みの一環で聞いたことなのですが、何年も使っていた練習場が申し込み上の手違い?でしばらく使えなくなったとか。メリーモナークも近いのに、どうするんだろう…。その時フと考えましたが、そんな逆境にも負けず! 今回、ついに優勝を遂げたカレオ。立派ですね~。

カレオ・トリニダッドは、ハワイアンの子息だけが通える名門校、カメハメハスクールでフラを教える教師。ルックスもいいので、フラの貴公子、御曹司的な印象もある人です。フラのワークショップ会場などでは、日本からのフラ・ダンサーがキャーキャー言って写真を撮る、そんなシーンも見たことがあります。これからいっそう忙しくなるでしょうが、さらなる飛躍を期待しています! おめでとう、カレオ! おばさんな私も、彼のファンになってしまいそう…。

(上の写真はメリーモナーク…ではなく、昨年ワイキキでのイベントの際に撮ったものです)





いよいよ始まりましたね! フラ界のオリンピック、メリーモナーク・フェスティバルが! 今年はハワイ島ヒロではなく自宅での観戦ですが、一昨夜のソロ部門(ミス・アロハ・フラ)、昨夜のカヒコ・フラ(古代フラ)部門と、家族で手に汗を握りながら楽しんでいます~。あ、上の写真は昨年のメリーモナークのものですが。

ちなみにハワイアン夫は、フラ界の異端児?のクムフラ(フラの教師)、マーク・ホオマルがお気に入りなのです。カリフォルニア在住の彼は、ギャングさながらのサングラスがトレードマーク。サングラス姿でステージに立ち、ほかのクムフラとは違う変調のリズムでチャントし、フラの打楽器イプヘケ(ひょうたん型のやつですね)も違ったビートで叩く。そのため古典的なチャントが、彼の手にかかると全く違って響きます。しかもイプヘケは側面でなく頭のてっぺんの部分を叩くしで、とにかく伝統的なフラとは違う、革新的なフラのスタイルを貫くことで知られています。なので彼のフラは、すごく賛否両論なんですよね。下の写真はテレビの画面を写したものなので、見ずらくてスミマセン。ダンサーの後ろに写っているのがマークなのですが。



さて、昨夜のメリーモナークでも相変わらずかっこいい古代フラをみせてくれたマークのダンサー達。女性ダンサーが、カヌーのパドルを手に登場したとたん、観衆は大騒ぎ。彼の振り付けには華があるし、ショーマンシップに長けているので、夫も大喜びで見ていました。

ですが私が興味津々だったのは、ある一点。「はたしてダンサー達はカヌーパドルを床に打ちつけるのだろうか」ということでした。というのも。7、8年前、こんな出来事があったからです。私は会場でメリーモナークを観ていたのですが…。



その年はマークのハーラウから、男性グループがカヌー・パドルを持って登場して。ダンサー達は激しい踊りに合わせてパドルを何度も床に打ちつけ、ダン! ダン! というサウンド効果も相まって、観衆は大興奮! 会場全体が、興奮の坩堝に巻き込まれた感じでした。…ですが。審査員席のお歴々は、思い~~~っきり顔をしかめて、舞台を見つめていたんです。

後から聞いたことによると、審査員はこう思ったそうです。カヌーのパドルはハワイアンにとって神聖なもの。それを床に打ちつけるなんて何ごと! パドルは槍(これもダンサーがよく持って踊ります)とは違う。槍は打ちつけてもいいが、パドルを打ちつけるなんてとんでもない!

そしてこれも人づてに聞いた話ですが、その批判を耳にしたマークは思ったのですって。人が何て言おうと関係ない! 俺は俺の好きなことをやるよ! …伝統芸能の話ですから、その言葉はどうなのか…。私はそんな風に考えたのを、覚えています。

そして昨夜、マークのダンサーがまたパドルを持って踊ったので、今度はいったいどうするのだろう。私としては興味津々だったわけです。

昨夜見た踊りはやはりアップテンポでキリがよく、ダンサーはパドルを激しく振り回していました。でも。結局最後まで、パドルで床を叩くことはしませんでした! 一度も。よかった~。内心、ホッとした私。

俺は俺のやりたいようにやるサ! あの時はそんな風に毒づいたマークでしたが、本当は違ったのかも。内心では、反省したのかもしれませんね。…異端児ではありますが、マークって本当は素直で熱心な、フラの継承者なのかも。昨夜のパフォーマンスを見ていて、そんな風に感じました。




今日はくだらなネタで失礼しま~す! ちょっと上のアロハシャツをご覧ください。いかにもハワイらしい、パイナップル一杯のアロハですよね。なんか椰子の木陰のビーチバーで、水着の上に前をはだけてこれを着て、フローズン・ダイキリでも飲んだら、ぴったりくる感じ…。

さて。先週の金曜のこと(祝日でした)。友人のお母様のお葬式があり、行ってきました。娘と私はお手伝いのため朝から出かけ、後に息子と夫がやってきたのですが…。夫をひと目見るなり、ブッ飛びました、私。なんと夫が着ていたのが、このハッピーなアロハシャツだったのです。た、たしかに黒地のシャツではありますが、この柄はちょっと~。それにどちらかというと黒、というより、黄色ですよね、全体のトーンも!

ハワイのお葬式に出るのは別に黒一色でなくともいいですが、夫はこれを「黒っぽい服」として選んだよう。ほかにいくらでも暗い色のシャツがあるのに、なぜこれを葬式用に選ぶのか…。その感覚、私にはワカリマセン。

そして翌日は、ブルーノ・マースのコンサートでした。私はやはり一足先に出て、外で家族と合流したのですが。顔を合わせるなり、子供達がブーブー文句を言うのです。「どうしてお父さんの着るもの、お母さんが選んでいってくれなかったの~?」。

そこで夫を見ると。なんと今度は、幾何学模様っぽい、世にも地味なアロハシャツに身を包んでいます。オフィスで着ても地味。日本で着ても地味~、に映るであろうアロハシャツを、しかも通勤用のロングパンツと合わせて! 「どうしてそんなオジサンっぽい格好で来たの? なぜ普通のTシャツにしなかったのよ」と聞くと、「お洒落してきたつもりだけど?」と夫。

…どうやら自分なりに気張って、よい服装でコンサートに出かけよう! と思った結果がソレだったようです。そんなハワイアン夫は、ブルーノのコンサート会場で思いきり目立って…いや、浮いていました。それはそうでしょう。ポップなコンサート会場に、まるで高校の教頭先生がさ迷いこんできたかのような服装だったんですもの。いっそ前日お葬式で着たパイナップル柄のアロハのほうが、よっぽどシックリきたことでしょう。

ハワイアンだからってアロハシャツ選びのセンスがいいかというと、真逆もいいところ!

…そんなことを実感させられた2日間の出来事でした。












行ってきましたよ~。待望のブルーノ・マースのハワイ公演に! ホノルル出身のブルーノ。しかもノリにのっている真最中での凱旋公演ですから、3日間のコンサートはもちろん、満員御礼です。そのチケット争奪戦については、こちらに書いております。

正直な話、私自身はブルーノに夢中! っていうわけではなく、どちらかというと子供達の付き添いで行ってきたのですが...。素晴らしいシンガーでヒット作もたくさん持つブルーノのコンサートはもちろん、楽しかったし、なにより。大きなステージでバックミュージシャンを従え頑張る彼の姿を見て、なんだかジーン...。心がほんわり、温かくなったコンサートでした。

というのも。小さなオアフ島からアメリカ本土に飛び立ち、そして全米、いえ世界で大成功。アメリカを代表する若手シンガーに成長したブルーノは、ハワイの誇りですものね。自分を信じて裸一貫で夢実現にチャレンジし、今の地位を築いたブルーノ。そんな彼をまるで親戚のおばちゃんのような気分で眺め、目を細めてしまったのは、なにも私だけに限らないはず。今日のハワイ公演に来ていた誰もが、老若男女に限らず同じような気持ちで彼を応援していたのではないかナ。「ブルーノ、よく頑張ったね。I am so proud of you! お帰りなさい!」

一方、ブルーノも歌の合間に言っていました。「僕は今、幸運なことに世界各地で歌っています。でもやっぱり一番好きなのは、(ハワイの)皆さんの前で歌うことです!」「世界中どこに行っても、僕はハワイを代表しているつもりでいます」

マハロ、ブルーノ! またすぐにハワイに帰ってきてね。今回は一番チープな、ステージのほぼ横の席だったけれど、次回は(けちな私も)一番高いくくりの席を狙いますよ~。ロコボーイのブルーノを応援しなくっちゃネ。

イースター前夜の今日、身も心も若返った、ブルーノのコンサートでした。私も夢の実現を求めて、ガンバロウ! 人生は一度きりですから...。


先日ご案内した我が家のパイナップル。その後、2つ目のパイナップルの実が大きくなってきました!

最初はごくごく小さかったのですが、今は葉の影から元気な姿が確認できます。以前は真上から覗き込まないと見えないほど小さく、すっぽり葉っぱに隠れていたのですが...。

とはいえ、私の手と比べるとまだこんなモノ。畑で育っているわけではないので、店頭に並ぶほど立派な実は無理...なんでしょうね...。



(それにしてもパイナップルの葉って、アロエ状にギザギザがいっぱい。しかも尖っているので、こんな写真を撮るのにもひと苦労でした~。おまけにふくよか?な手が恥ずかしい!)