施福寺本堂をめざして歩き始めます。
参道は様々な形の石段になっています。

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古い石垣と石段の道。
どうです?雰囲気があるでしょ( ̄▽ ̄)

草鞋を履いたその時代の人が駆け上がって行く様子を
想像してしまいます。


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所々に古い石垣が朽ちた状態で残っています。

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ここも和泉国の城塞だったのでしょう。
多くの僧兵を抱えていたと思われますが、
南北朝時代には南朝方についたため
戦乱に巻き込まれ衰退しました。

戦国時代では、またもや織田信長が登場。
信長は知行改めのため、寺領を差し出すように要求しましたが、
槙尾山はこれを拒否。

信長☆焼いてまえメラメラ

この時の焼き討ち担当者は堀秀政です。
秀政は容赦なく焼き討ちをしてしまいました…

石垣の参道はまだ続きます。

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景色が開けるところがありました。

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愛染堂。
弘法大師が得度剃髪したと伝わる御剃髪所です。
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その髪を納めたという御髪堂に立ち寄りながら

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最後の石段を登ります。

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約30分、石段の参道を登り切りると
本堂が現れます。

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西国三十三 第四番槙尾山施福寺
札所御本尊は千手観音様です。
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施福寺は信長の焼き討ちの後、豊臣秀頼の援助で復興しますが、
江戸時代の山火事で再び堂宇を失いました。

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施福寺の御本尊は弥勒菩薩様です。
内陣中央に丈六の大きな弥勒様。
左右には千手観音様、文殊菩薩様の立像が並びます。
江戸時代作だと思われますので金箔がしっかり残っていますが
とても優しげなお顔の方たちでした。

そして、左手の入り口から内陣の裏側へも入ることができます。
不動明王様や弘法大師像などにご挨拶をしてから
裏手にまわると、まず方違観音様という大きな方にビックリ。

中央の厨子の扉が開かれていて、どなたかしら?
と覗いてみたらこれまたびっくり、
馬頭観音様ではないですか。
顎の下あたりで馬口印を結び、膝を立てた半跏像です。

久しぶりにぐっときました。
いいですわよ、馬頭観音様ドキドキ

他にもいい感じに色彩が残って迫力満点の四天王像など。
それほど古いものではないですが、
施福寺の仏像群はとても良かったです。

一度本堂を出て境内を散策しましたが、
もう一度戻って見てしまいました。
お堂の雰囲気がなんというか、心地よいのです。
施福寺にはぜひご開帳時に行かれることをお勧めします。

御朱印
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境内からの景色。
向こうに見える山までダイヤモンドトレールが繋がっていると
同じく参拝に来ていた方に教えてもらいました。
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本堂の裏手はあまり整備されていないようですが、
ここも新緑が素晴らしい!

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車で来られる場所ではないのでたくさんの参拝者で
賑わうこともなく、ウグイスの鳴き声だけが響く境内です。

納経所の方が、いいところでしょ?と。

はい、本当にそう思います( ̄▽ ̄)

しかし、時間になりましたので下山しなくてはいけません。
下りは20分くらいでした。

難所ということで覚悟はしてましたが、
思ったほどキツくはなく、清々しい気持ちで参拝してきました。

巡礼を始めた頃に比べると随分強くなったなあ、と
自分でも驚いています。

いや、観音様が力をくださっているのかもしれません( ̄▽ ̄)















おはよう大阪♪
この日もお天気も良くてスカイツリーがよく見えました。

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宿を出てから電車を乗り継ぎ、和泉中央駅まで行きました。

駅前のバス乗り場から槙尾山口行きバスに乗ります。
槙尾中学校前というところでバスを降りまして、

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バス停で接続待ちをしていた
オレンジバスに乗り込みました。

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このバスで約12分、対向車が来るとすれ違いが
できないくらい細い道を「お猿の籠や」の
音楽とともに
えっさほいさっさと登っていきまして、

やっと槙尾山観光センター前に着きます。
ここからは歩きになりますが、途中には販売機などは
ありませんので飲み物などはこちらで。
そしてゴミは持ち帰りましょう。
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帰りのバスの時間チェックは怠ってはなりません。

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この日は西国三十三カ所の中でも難所と言われる、
第四番札所、槙尾山施福寺を目指します。

ここからスタートします。
槙尾山はダイヤモンドトレールという全長45kmにも及ぶ
自然歩道の起点にもなっていますので、
軽い登山スタイルの方が多いです。

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施福寺は538年頃、欽明天皇の勅願により創建された
ふるーいお寺である。
などと書かれております。

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写真ではわかりにくいですが、この坂道が急勾配で
結構キツイです。
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やっと急坂を登りきると仁王様がお出迎えです。


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ちゃんとトイレは済ませていけよ汗
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がんばってねドキドキ
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仁王様たちが励ましてくれます。
さて、ここからが本番です。

いざ、まいるぞ!

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気合を入れたところですが、写真が多すぎだと
アプリに言われてしまったので

次回に続けることにします…







湖東三山シリーズが途中になっていました。

これでは湖東三山ではなく、二山になってしまいますので

三山の最後、西明寺でございます。

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こちらも新緑の参道をずんずんと。
この時だけ、雨が降ってきました。

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ですが、新緑はさらに美しく…

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こちらの石垣も立派です。

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二天門
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旅の途中でこの重要文化財の二天門に、東京小岩の某と書いた
油性スタンプが数箇所押されていたというニュースを知りました。
たぶん私が行った当日の出来事だと思います。
写真ではすでに押されていたかよくわからないのですが…

東京の人間の仕業なんでしょうか。
だとしたら全くもって東京の恥ですむかっ
器物損壊罪ですので、イタズラでは済まされませんよむかっ



わたしは、見ていたぞ。
仏罰が下るであろう!!
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本堂と三重塔。
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西明寺も織田信長の焼き討ちに遭っていますが、
鎌倉建築の本堂と三重塔、室町時代の二天門は兵火を逃れました。
本堂と三重塔は国宝に指定され、
多くの仏像とともに現在に残っています。

焼き討ちの際に、僧侶などが機転をきかせて本堂などを
守った、という話もありますが、
この時の焼き討ち担当者は、信長の重臣、丹羽長秀(五郎左)です。

鬼の五郎左、しかし、米五郎左とも呼ばれるように器用で、
なくてはならない働きをしていた長秀ですし、
その人柄などを思うと、
長秀は後々の事を考えて、

焼くのは兵や武器の収容、兵糧などを備蓄する施設だけで良い。
仏様のお住まうところまで壊さずとも良いのだ…

なんてね。
丹羽長秀好きは想像してしまいます。
まあ、焼き討ち自体は残念なことですが…


さて、秘仏の御本尊は薬師如来様。
厨子の中で幕がかかっているので全容を
拝することはできません。

しかし威厳のある、少し怖いお顔だなという印象でした。

やはりドクターはニタニタしてちゃいけないのよ。
私はこのくらいの厳しいお薬師様が好きですね。

薬師如来様の周りには、日光月光菩薩さま。
慶派の作らしい十二神将が並んでいますので、
見応えはたっぷりでしょう( ̄▽ ̄)


ご朱印
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西明寺の鐘楼のまわりの真っ赤な紅葉の写真が
美しすぎてPCのデスクトップ画像にしていた時があります。
この時は緑葉ですが、ホンモノが見られて感激でした!

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新緑の湖東三山の秘仏一斉公開は
平成26年6月1日までです!