施福寺本堂をめざして歩き始めます。
参道は様々な形の石段になっています。
どうです?雰囲気があるでしょ( ̄▽ ̄)
草鞋を履いたその時代の人が駆け上がって行く様子を
想像してしまいます。
多くの僧兵を抱えていたと思われますが、
南北朝時代には南朝方についたため
戦乱に巻き込まれ衰退しました。
戦国時代では、またもや織田信長が登場。
信長は知行改めのため、寺領を差し出すように要求しましたが、
槙尾山はこれを拒否。
信長☆焼いてまえ

この時の焼き討ち担当者は堀秀政です。
秀政は容赦なく焼き討ちをしてしまいました…
石垣の参道はまだ続きます。
弘法大師が得度剃髪したと伝わる御剃髪所です。
札所御本尊は千手観音様です。
施福寺は信長の焼き討ちの後、豊臣秀頼の援助で復興しますが、
江戸時代の山火事で再び堂宇を失いました。
施福寺の御本尊は弥勒菩薩様です。
内陣中央に丈六の大きな弥勒様。
左右には千手観音様、文殊菩薩様の立像が並びます。
江戸時代作だと思われますので金箔がしっかり残っていますが
とても優しげなお顔の方たちでした。
そして、左手の入り口から内陣の裏側へも入ることができます。
不動明王様や弘法大師像などにご挨拶をしてから
裏手にまわると、まず方違観音様という大きな方にビックリ。
中央の厨子の扉が開かれていて、どなたかしら?
と覗いてみたらこれまたびっくり、
馬頭観音様ではないですか。
顎の下あたりで馬口印を結び、膝を立てた半跏像です。
久しぶりにぐっときました。
いいですわよ、馬頭観音様

他にもいい感じに色彩が残って迫力満点の四天王像など。
それほど古いものではないですが、
施福寺の仏像群はとても良かったです。
一度本堂を出て境内を散策しましたが、
もう一度戻って見てしまいました。
お堂の雰囲気がなんというか、心地よいのです。
施福寺にはぜひご開帳時に行かれることをお勧めします。
御朱印
境内からの景色。
向こうに見える山までダイヤモンドトレールが繋がっていると
同じく参拝に来ていた方に教えてもらいました。
ここも新緑が素晴らしい!
車で来られる場所ではないのでたくさんの参拝者で
賑わうこともなく、ウグイスの鳴き声だけが響く境内です。
納経所の方が、いいところでしょ?と。
はい、本当にそう思います( ̄▽ ̄)
しかし、時間になりましたので下山しなくてはいけません。
下りは20分くらいでした。
難所ということで覚悟はしてましたが、
思ったほどキツくはなく、清々しい気持ちで参拝してきました。
巡礼を始めた頃に比べると随分強くなったなあ、と
自分でも驚いています。
いや、観音様が力をくださっているのかもしれません( ̄▽ ̄)















