膝栗毛は早くも第3弾です。

頑張るなぁ。

前回の保土ヶ谷からスタートです。

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保土ヶ谷駅から2kmほど歩くと
権太坂へ入って行きます。


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権太坂は箱根駅伝で有名のようですが、
駅伝のコースではない旧道はこんな坂道です。

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保土ヶ谷バイパスを横切りました。
この陸橋も登り坂です。

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権太坂の名前の由来は二つあって、
藤田権左衛門さんが
改修工事を手がけたので、
権左坂→権太坂になった。

もう一つは、その昔、旅人(侍?)がこの坂を上り終えて
休憩しているときに町の老人に坂の名前を聞いた。
耳の悪いおじいさんは自分の名前を聞かれたのかと思い、

権太でごぜえます。と。

こちらのほうが江戸っ子らしいユーモアが
あっていいですね。


坂の下には、坂の厳しさに行き倒れになった人や馬が
葬られた投げ込み塚があります。
昔はAEDがないですからね…

その権太坂は今は緩やかに整備されていてそれほど
キツイものではなかったですが、道沿いにはマンションや
学校もありまして、車か、せめて電動自転車でもないと
生活は大変そうです。

権太坂を下って右方向に行くと境木地蔵さんがあります。

境木地蔵尊
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お地蔵さんだって水浴びしたくなる暑い日でした。


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境木は武蔵国と相模国の境で立てたもの。
ここより、相模国です。

境木を過ぎると、今度は焼餅坂が待っていました。
江戸方面からは下り坂です。

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焼餅って漢字だと美味しそうな食べ物だけど、
ひらがなで、やきもち、だと食えんわねえ。
なんて話しながら焼餅坂を下って、次は品濃坂という坂を登っていきます。

品濃一里塚
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神奈川県ではほぼ原型をとどめている一里塚だそうです。
こんもりと森のようになってます。

ここで日本橋から9番目、36km地点。

まだそんなもんなのかぁ(´Д` )

やがて戸塚宿に入ります。
マンホールは版画風の箱根駅伝だ。

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戸塚に着いて昼食にしました。

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戸塚駅の飲食店街で釜揚げしらすとマグロ丼。
その地の名物っぽくなりました(*^_^*)

藤沢までは、1号線沿いを歩きますが
これがだらだらの登り坂でした。
権太坂や焼餅坂、品濃坂に続き、
今日のコースはあっぷだうんでした。

こうやって長い時間歩いてわかったこと。
それは手のむくみです。
長時間手を下げて振り子のように振っていると
血行障害がおきて水分が溜まりパンパンに浮腫んでくるのです。
これを防ぐために手を高くあげてみたり、
グーパーをしたりしながら歩いてますが、
調べてみると、脱水症状の一つなんだそうです。
これには凍ったペットボトル飲料が効果的!
(コンビニでも凍ったものが売ってます)
これを握りながら歩きます。
何かを握るのも良いことですし、こまめに水分補給もできます。
ついでに頭や首のまわりも冷やせるし
暑い中でのウォーキングには欠かせませんでした。

暑過ぎるとすぐ溶けちゃうけど(T . T)


庚申塚

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三猿が彫られた石仏は相棒には珍しかったようです。


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日本橋から46km!
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遊行寺坂を下って藤沢の遊行寺に着きます。
時宗総本山 無量光院清浄光寺
(通称、遊行寺)
4時を過ぎていたので寺務所は閉まっていました。
せっかく御朱印帳を持って来たのに(T_T)
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街道沿いには史跡が点在してるのですが、
目立たないものも多くて、かなり見逃してます…

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この日の目的地、藤沢本町に到着!

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歩行距離は約19km。
歩数は32000歩。

今までと違い、アップダウンの多い道なのに
前回よりも多少距離を伸ばし、時間も短縮できたのは
慣れてきたこともありますが、
信号で止まることが少なくなったのだと思います。


街道でみたおもしろいもの。2

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へい、らっしゃい。

今日はいいブラウスがはいってるよ!!

次は茅ヶ崎宿、平塚宿、大磯宿。
いよいよ湘南です。富士山が見えるかなはてなマーク

6月から始めた膝栗毛の二回目です。

この日のお天気は雨から回復するということだったので
集合のおふれ太鼓が鳴りました。

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京急蒲田駅から再び出発します。

蒲田はもう神奈川県の手前なので
2kmほど歩くと六郷の土手ですよ。

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いよいよ神奈川県に入りますよっと。

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六郷橋は何度も洪水で流され、
1688年以後は六郷の渡しが設けられました。

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六郷橋を渡って旧東海道に入ります。

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途中の東海道かわさき宿交流館に立ち寄りました。
ここが結構面白いです。
マップや史跡の資料もいただけます。

東海道中膝栗毛では、喜多さんは弥次さんに
火の炭がついた団子を食べさせられるんですが。

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(喜多さん) エ、いめえましい、ぺっ。


こちらは客引きでしょうか。
まさか…

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開運の壺があるョ
買わないと不幸になるョ。


こんな客引きはいやだよ( ̄◇ ̄;)


鶴見川橋が見えてきました。

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鶴見から生麦を通って行きます。



生麦事件の碑

薩摩藩島津久光の行列に、馬に乗ったイギリス人が無礼を

はたらいたとして、お共の藩士がイギリス人を殺傷

(1名死亡、2人重傷)した事件です。


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現在は道路建設のために仮移転しているようです。

ほとんど趣がないです( ̄_ ̄ i)



暑くてかなり体力を消耗してきました。
休むところはないかなぁと見回したら、

あの赤い文字は恋の矢
オアシスを発見しちゃった!
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しかし、この辺は高速道路建設の真っ最中です。
便利になるんでしょうけど、景観が(´Д` )

さてもとりあえず、オアシスに着きました。

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キリンビールの横浜工場です。
工場見学は予約制で見学時間は75分だそうです。
いい加減な私達が予約してるはずもないので
工場内のレストランへ直行しました。

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きたきた。
横浜工場製造の一番搾りです。

でも…この生ビールの注ぎ方どうなんでしょう?
中途半端な泡のとんがりがシャボンみたいでした。
この泡のキメが荒いので口当たりがイマイチ。

喉が渇いていたのでおいしかったけど…


キリンビール工場を出発して、さらに生麦を歩いてゆくと

きれいなお寺がありました。

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瑠璃光院正泉寺
本尊薬師、長さ8寸なるを安ず。
毘首羯磨(びしゅかつま)作と伝。

毘首羯磨??

調べてみたら京都博物館の屋根の破風に
彫刻されてるギリシャ彫刻風な方なんですね。

帝釈天の侍臣で細工物や建築をつかさどる神だそうです。
お勉強になりました_φ( ̄ー ̄ )

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街道沿いには、あちこちに寺社がありますが、
全部参拝すると前に進みませんので、
お参りすると決めた寺社以外は門前で
一礼することに決めました。

お地蔵さんにもご挨拶します。
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そして、京急神奈川駅に着いたとき
飛び込んできた景観です。

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清水寺も真っ青な造りになってます。
ジャッキで持ち上げたようなお寺です。
渡り廊下もあります。

ここは浄土宗の三宝寺。
時間があれば寄ってみたかったです。

この辺りは神奈川宿になります。
台町というところを通りました。
台というくらいですので坂道を登って行きます。


神奈川台関門跡
横浜開港後は外国人の殺傷事件が多くあったので、
通行人を取り調べるために作られた関門のようです。

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道沿いにはマンションが立ち並んでいますが、江戸時代では
海辺で、見晴しが良いところだったのでしょう。

トラックが残念ですが、坂本龍馬の妻のおりょうさんが
働いていた老舗料亭の田中屋さんがありました。
おりょうさんは英語も堪能で外国のお客さんに評判だったとか。

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そしてやっと保土ヶ谷駅に着き、横須賀線に乗って帰りました。


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この日の歩行距離は約18km。
歩数は30000歩を超えてました。

けっこういけるね。
なんて、まだ余裕をこいてますが、
次回は日本橋を出てからの最初のプチ難関、
権太坂を登って行きます。



街道で見つけたおもしろいもの。

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売れてるんだー
値段もお手頃。
夜道を歩くには必須アイテムですな( ̄▽ ̄)


ある日、東海道を歩いてみよう、という話になり、

なぜか盛り上がって

国土交通省の横浜国道事務所から宿場MAPを
取り寄せたりして。

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ほんとにやるの?

一緒に行こうと言い出したのはこの人。

     ↓




過去ブログでも登場しました、
飲酒部長(一応、女性)であります。

一番あぶない人なんですが、どうやら本気らしいです。

じゃぁ、とりあえず行けるところまで行こうよ。

というわけでここに集合しました。

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日本橋の麒麟さんです。

雨模様だったため、予定より2時間遅れで京都の三条大橋へ…

いや、京都の方角へ、と歩き出しました汗

銀座、浜松町を通り、順調に品川駅を通過。

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品川宿からは、しばし国道15号第一京浜と別れて
旧東海道を通ります。
この日は品川神社の祭礼で通りは賑やかでした。

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花咲か爺さんがいた!

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品川寺(ほんせんじ)のお地蔵様
品川寺は江戸33観音霊場の31番札所です。

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東海道沿いにはたくさんの史跡、神社やお寺があり、
これも楽しみの一つです。


歩き旅をするにあたり、ひとつお約束をしました。

昼間はお酒は飲まないぞビックリマーク

その日の目標が達成できたら飲もうよクラッカー



そのつもりで昼食はラーメンを食べました。







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あれれ( ̄◇ ̄;)

飲酒部長曰く、ビール一杯くらいは酒じゃないらしいです。

…暑かったし、ま、いいか。

今んところは楽しく楽しく!

というわけで昼間のビールは一杯のみ可ということで

決めごとは緩和されました(;^_^A



泪橋です。現在名は浜川橋。

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慶安4年(1651)に品川にお仕置き場(鈴ヶ森刑場)が設けられ、
罪人は江戸から刑場に護送された。
それを親族らがひそかに見送り、この橋で涙を流しながら別れた。

と、泪橋の由来が書いてあります。
うっかりすると見逃してしまう立札です。


ほどなく鈴ヶ森刑場遺跡に着きます。
明治4年に閉鎖されるまでに、10万~20万人が処刑されたと
言われています。

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ちょっと湿った薄暗い雰囲気(;゜0゜)
中には入らずに写真も遠くから撮ったビビリ者の二人です…


そして、再び国道15号(第一京浜)に沿って歩いて

蒲田に着きました。

スタートが遅かったのでこの日はおしまい。

約16kmを歩きました。

次回は、また蒲田から歩き始めることになります。

東海道53次、弥次さん喜多さん珍道中のはじまりです。

しかし、この二人が東海道を踏破できるなんて
誰も思っていないでしょう。

それがおもしろいんだよ。
やってやろうじゃないの。

なんていう、変な「意地」はどこまで持つんでしょうか( ̄◇ ̄;)