ある日、東海道を歩いてみよう、という話になり、
歩き旅をするにあたり、ひとつお約束をしました。
慶安4年(1651)に品川にお仕置き場(鈴ヶ森刑場)が設けられ、
なぜか盛り上がって
国土交通省の横浜国道事務所から宿場MAPを
取り寄せたりして。
ほんとにやるの?
一緒に行こうと言い出したのはこの人。
↓
過去ブログでも登場しました、
飲酒部長(一応、女性)であります。
一番あぶない人なんですが、どうやら本気らしいです。
じゃぁ、とりあえず行けるところまで行こうよ。
というわけでここに集合しました。
雨模様だったため、予定より2時間遅れで京都の三条大橋へ…
いや、京都の方角へ、と歩き出しました

銀座、浜松町を通り、順調に品川駅を通過。
旧東海道を通ります。
この日は品川神社の祭礼で通りは賑やかでした。
品川寺(ほんせんじ)のお地蔵様
品川寺は江戸33観音霊場の31番札所です。
東海道沿いにはたくさんの史跡、神社やお寺があり、
これも楽しみの一つです。
歩き旅をするにあたり、ひとつお約束をしました。
昼間はお酒は飲まないぞ

その日の目標が達成できたら飲もうよ
そのつもりで昼食はラーメンを食べました。
あれれ( ̄◇ ̄;)
飲酒部長曰く、ビール一杯くらいは酒じゃないらしいです。
…暑かったし、ま、いいか。
今んところは楽しく楽しく!
というわけで昼間のビールは一杯のみ可ということで
決めごとは緩和されました(;^_^A
泪橋です。現在名は浜川橋。
慶安4年(1651)に品川にお仕置き場(鈴ヶ森刑場)が設けられ、
罪人は江戸から刑場に護送された。
それを親族らがひそかに見送り、この橋で涙を流しながら別れた。
と、泪橋の由来が書いてあります。
うっかりすると見逃してしまう立札です。
ほどなく鈴ヶ森刑場遺跡に着きます。
明治4年に閉鎖されるまでに、10万~20万人が処刑されたと
言われています。
中には入らずに写真も遠くから撮ったビビリ者の二人です…
そして、再び国道15号(第一京浜)に沿って歩いて
蒲田に着きました。
スタートが遅かったのでこの日はおしまい。
約16kmを歩きました。
次回は、また蒲田から歩き始めることになります。
東海道53次、弥次さん喜多さん珍道中のはじまりです。
しかし、この二人が東海道を踏破できるなんて
誰も思っていないでしょう。
それがおもしろいんだよ。
やってやろうじゃないの。
なんていう、変な「意地」はどこまで持つんでしょうか( ̄◇ ̄;)










