さて壇上伽藍です。

中門は…
あれ、写真がない。

金堂です。
って、これも撮ってなーい(´Д` )

根本大塔
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根本大塔ありました!
大きいですねー

三鈷の松

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このように写真は人がたくさん写り込んでしまいます。
記念写真を撮っている方々も多いので
撮り終わるのを待ってたりするのも面倒で、
あまり写真を撮らなくなってしまいました。

金堂と根本大塔の納経所
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長蛇の列です。
いったいどのくらい時間がかかるんでしょう。

ここは並ばずに霊宝館へ行くことにしました。

霊宝館は八大童子や孔雀明王、快慶の四天王様など、
昨年、東京のサントリー美術館でお会いした方々がお戻りでした。
快慶の深沙大将様が修理中とのことで残念でしたが、
高野山内寺院の仏様が拝観できたので良かったと思います。

さて、また根本大塔の御朱印所にもどりましたが
相変わらず列は長いままです。

時刻はもう5時です。
金剛峰寺にもまだ行っていません。
しかし宿坊では夕食時間がありますので
もう帰らなくては。。

ちょうど来たバスに飛び乗って宿坊へ戻りました。


こうやくんは、いたるところでお出迎えしてくれます。

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そして夕食を頂きました。

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精進料理とのことでこんな感じです。
後でご飯と素麺が入ったお吸い物がつきました。
お酒も事前に注文すればOKです。
ビールは大瓶なんですのよ、奥サマ( ^ω^ )


さて料理のお味は?
見た目より味がしっかりついています。
煮物や和え物は少し甘めの味付けかな、と思いました。


この宿坊の部屋にはテレビなどはありませんでした。
お風呂に入って早寝しかないです…

夜になってから雨が降り始めました。
雨音だけがしか聞こえない静かな夜です。

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高野山の一日目が終わりました。

先に高野山に行った方々から、はじめに大門へ行ってから
霊宝館や壇上伽藍へ下ったほうが良いという情報をいただいていましたので
宿坊から千手院橋バス停まで歩き、大門行きのバスを待ちました。

時刻表はあっても無いようなもので、この時は20分ほど待ちました。

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大門です。大きさがわかりますね。

ここから緩い下り坂を歩いていきまして
途中にあります、こちらのお寺に立ち寄りました。

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宝亀院さんです。

門を入って右側にある寺務所の前を通り、
小さなお堂に入りお参りします。
さて、どなたを祀っていらっしゃるんでしょうか。




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こ、これは。。( ̄◇ ̄;)



写真を撮らせてくださいね、
と心の中でお願いしてもう一枚。

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入定時の弘法大師さまの御影です。
おいたわしいと言うか、心が苦しくなるような肖像です。
何も予備知識なくお参りに来たので驚きました。


御朱印は御衣観音です。

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宝亀院につきましては新西国巡礼のHPよりますと以下の通り。

空海没後86年目のある夜に、空海が醍醐天皇の夢枕に立ち「高野山 むすぶ庵に 袖朽ちて 苔の下にぞ 有明の月」の一首を詠じたという。
その時の姿が、頭髪もひげものび、袈裟や衣は汚れて所々破れていたという。
天皇はこれを受けて、空海に弘法大師の大師号を贈り、毎年弘法大師の命日である3月21日に新しい法衣を、廟所へ供養することになった。
このために、醍醐天皇の勅願により観賢僧正が開基されたのが、この宝亀院である。

境内には観賢僧正が掘ったと言われる井戸があり、
いまでもこの井戸の水を使い、毎年3月21日には弘法大師御衣替法要が行われている。


と、コピペで横着してしまいましたが(;^_^A


納経所のお坊さまが、
井戸のお水を飲んでいってくださいね。

と言うのでありがたく頂きました。

境内には、1億年前という樹木の化石があちこちにあります。
これもナデナデしてきました。

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ところで…
入定弘法大師さまの御影の両側に大黒天様がいらっしゃいますが
今回はなぜか大黒天様が気になってたんです。

これはご縁を結べるかも??
むふにひひ¥¥

と、念入りにお参りしました。

しかして、その結果は??

旅行から帰ってから夢を見ました。


ネズミの夢です。
そう、ねずみは大黒天様の眷属ですよ!

夢というのはこんなのです。
なぜか古い民家の床の板をはずしている自分がいます。

すると床下から小さなねずみがいっぱい出てきて
わたしの背中にどんどん飛び込んでくるんです。


わたし、もうパニック叫び叫び

そのねずみを手当たり次第、
つかんでは捨て、つかんでは捨ててパンチ!

そうしてたら、白いねずみの親分が出てきました。
全部、親分ねずみの仕業だったのです。

もう許さんむかっ

親分ねずみを捕まえて、
もうこんなことをしないでよね!

と説教してやりましたら
親分ねずみは、わかったわかったと言って
ささっと逃げて行きました。


これ…


ご縁どころか眷属にさえ嫌われてますよね(T_T)


大黒天様は厳しいです。
考えがあまい!と叱られたのでしょう。

これからはちゃんとお参りして
ご縁をいただけるよう努力もします…






むかし…




ハムスターもちゃんと可愛いがってたんだけどなぁしょぼん


平成27年5月3日の朝、新幹線で新大阪に到着しました。

高野山で昼食難民にならないようにお昼ご飯を仕入れなきゃ。
と、駅のホームで「たこむす」などを購入して
これで安心だねビックリマーク
と、のんきに南海電車乗り場まで歩いて行きました。
橋本行きの急行に乗る予定でした。

たこむす↓




改札を入って、あ、あれじゃなーい?
ホームに止まっている電車を見つけました。

しかしその瞬間、電車の先頭の「急行 橋本」という文字は
どんどん遠ざかり、やがて小さくなって見えなくなりました。


そうです、乗り遅れました(/TДT)/

次は約30分後です。
特急はすでに指定券は売り切れでしたので
仕方なく次の急行で橋本まで行きましたが、
次の接続各駅停車が高野下止まりで
またしばらく橋本駅で極楽橋行きの電車を待つはめになりました。

ちょっとのミスで約1時間のロスです。
いけないいけない、もっと気を引き締めなくては。

そんなことをやりながらやっとこ極楽橋に着き、
ケーブルで高野山駅へ上りました!

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駅から奥之院行きのバスもぎゅうぎゅうでした。
時間を見たら、うわっ、約束の時間が過ぎています。
宿坊へ荷物を預けに行ってる場合じゃありません。

急遽バスを途中で降りることにしましたが
バスはぎゅうぎゅうですので、

前と後ろの扉を開けるから近いところで降りてください!!

ということで、すみませんすみませんと言いながら
人をかきわけ、後ろ扉から降りました。

降りたらすぐさま前扉のところへ回り込み、
シャキーンと輝くスルッとKANSAIを運転手さんに
見えるように高々と提示しました。

運転手さんは叫ぶ。「オッケー!!」


こんなやりとりが可笑しくて(^◇^;)

ニタニタしながら向かったお寺がここです。

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光薹院と龍泉院と書いてありますが、
まっすぐ行くと龍泉院に行ってしまいます。
龍泉院の前を左にいくと門があります。

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光薹院さんに拝観予約をしていました。

ここでは快慶晩年の阿弥陀三尊にお会いすることができます。

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絵はがきより


説明して下さる方がいないとのことでしたが、
お焼香をした後は中へどうぞ。
と目の前で拝観させていただきました。

灯りは蝋燭のみです。
中尊の阿弥陀様ですら約79㎝と小さなお像ですので
目が慣れるまではよく見えません。
しかし美しい阿弥陀三尊です。

やはり阿弥陀様は、観音勢至菩薩を従えた形がいいです。
いつも思うんですが、もし、自分の臨終時にこの形で来られたら
断り切れません。

ちなみに断り切れない No.1 は、大原三千院の阿弥陀様たち。
あの大きさで、両菩薩様に膝を折られたら、どうしようもないです。

光薹院さんの阿弥陀三尊は、その次で間違いないと思います。


というわけで、高野山での初拝観は光薹院の阿弥陀三尊でした。

これから宿坊に荷物を預けて、たこむすを立ち食いした後、
高野山内に繰り出しました。